第29話◆ソータvsラウド
戦闘場の観客席には、錬成学院の二学年~六学年とその教官の合わせて55人。そして涵養学院の総勢300人近い二学年~六学年の学生たち。
だがそれだけではなく、一般の観戦も認められているので、かなりの大勢の客がいるようだ。
昨日行ったクレープ屋さんも屋台で観客席の上の方で待機しており、それ以外にもいくつか出店も用意されており、大きなお祭りのような騒ぎになっていた。
「さぁ~、お集りの皆さん! 本日は、我が国が誇る最高の戦士を生み出すガーディアン養成校! 涵養学院と、最強の戦士を生み出すグラディエーター養成校! 錬成学院の合同訓練という形で、二校の学生たちの学院対抗試合を開催いたします!!」
マイクを持った司会の男性がそう言うと会場で歓声が沸き上がった。かなりの迫力に少し引いてしまう。
今は一学年の学生全員が、十人ずつ横に並んで向かい合うように立っている。そんな中でラウドが口を開いた。
「久しぶりだなぁ、アリオス。お前も錬成学院で頑張れてるようで何よりだぜ」
「あぁ、久しぶりラウドくん。この中じゃ俺は大して強くは無いけどね。……まぁ、“今は”だけど」
アリオスは「今は」をあえて強調して伝える。
「少し……変わったみてえだな……」少し自信を付け始めているアリオスの発言に反応をしたが、今は目の前を敵を倒すことに集中するラウド。
もう今にも「ソータ・マキシ……テメェにだけは負けねぇ」と言われているような闘争心を感じるソータ。
実際に言われてはいないが、顔にそう書いてあると言っても過言ではない。そんな彼の顔を、涼しい顔で見ているソータ。
「では、両者向かい合ったところで、教員同士の握手を試合前の挨拶と致します! 涵養学院一学年担任、アルリウム・ティーラン先生! 錬成学院一学年担任、メリッサ・エスト教官! 握手をお願いします!」
「よろしくお願いします」「よろしくなのだ!」そう言って二人の手と肉球による握手が始まったのだが、お互いは思い切り力を込めて握手をし合う。
アルリウムを睨み付けながら、ミシミシと聞こえてくるほどの握力で彼女の肉球を握る。
「いだだだだだ!! 痛いのだ! 離してほしいのだぁ!!」アルリウムがそう言うと、メリッサは勝ち誇ったかのように「あぁ! すまんな!」と言って手を離した。
その様子を見ていた司会は少し驚いた様子を見せていたが、気を取り直して続けた。
「最後に簡単に説明をいたします! 両者一対一で試合をしていただき、先に敗北宣言をした方。もしくは、気絶か死亡した場合が敗北となります! 死亡する前に止めるようにはしますが、自分の命は各々の学生が守ってください。治療師の方は十分にご用意しておりますので、怪我に関してはご安心ください! また、試合中の回復魔法の使用は禁止です! 使用した段階で失格になり敗北の扱いとします!」
おいおい、死んでも負けなのかよ……!
「それでは、第一試合を開催いたします! 涵養学院一学年、ラウド・スピアーvs錬成学院一学年、ソータ・マキシ! 両者前へ!」
両者は前に出る。それと合わせて、二人と離れるように学生たちは後ろに下がった。そしてソータは、試合前の挨拶としてお辞儀をすると、相手のラウドを見据える。
このラウドという少年は、槍と盾をメインとしているが、ソータの持っている黒鉄の槍のようなものではなく、ランスに近いものだ。それを片手に装備し、反対には盾を装備している。
さすがは涵養学院といったところだろうか? ソータは、紅蓮の手甲を両手に装着し、黒鉄の槍を持っているだけなのだが……あの盾を使ってみるのもアリか?
ソータは武器倉庫の方へ目を向ける。その目線に気付いた司会は「今回、武器倉庫の使用は武器を忘れた方のみ利用できることとします! 但し、戦闘中に武器を破壊された場合は、相手の追撃を搔い潜りながらであれば、使用を許可します!」
なるほど……。つまり俺の場合は篭手と槍を破壊されない限り使用禁止ということか。篭手は破壊される可能性が非常に低い。そして黒鉄の槍も魔法鉄クロイズの頑丈な代物で、そう簡単に破壊出来る武器ではない。
「では、第一試合! 始めッ!!」
「準備はいいな? ソータ・マキシ」ラウドが槍の切っ先を向けてソータに言うと、ソータは頷いて「あぁ。かかってこい」と返した。
「調子に乗りやがって……ッ!!」そう言いながら高速で突進し、一気に槍を突き出す!
だが、ランスによる攻撃なので、槍を立てるとランスの側面に滑らせるように受け止めつつ、槍の刃を振り下ろし、ラウドの右肩を槍で突き刺す!
“槍術マスタリー発動――”
「グッ……!!」一瞬怯んだラウドだが、次の瞬間左手に持っていた盾を思い切り右へ薙ぎ払う!
「オラァッ!!」鈍い打撃音と共にソータの頭に命中する! それで怯むかと思われたソータだが、ラウドを思い切り睨み付ける。
「ッ!?」その表情に若干の恐怖を覚えるラウド。
その時、ソータの頭の中でピロリッ! という音が響いた。
“新しいスキル【闘争心】を修得!”
その音をしっかりと聞き取ったソータは頭の中で(闘争心、発動……)と念じた。すると頭の中で音声が流れた。
“スキル闘争心の発動に成功しました”
その瞬間、目に見えない何かのオーラを纏ったようなソータの闘争心が爆発的に膨れ上がる!
「あのスキルは……!」メリッサが目を丸くする。
「メリッサ教官、ソータ・マキシの様子が突然変わりましたが、ご存知なんですか?」エルディアは尋ねる。
「あぁ、クレリアに聞くまでもない。あのスキルは闘争心……通常は、長い鍛錬と死線を乗り越えた戦士にしか覚えることが出来ない習得の難しいスキルだ」
「あぁ……どんどん天才が遠ざかって行く……」そう呟くピッティア。
「チッ! そんな虚仮威しが通用すると思うなッ!!」と自身を鼓舞し再び突っ込むラウド。
だが、闘争心は近付けば近付くだけ、その威力を増す。そして、視線が対象を向いているだけでその効果は更に増幅する。
闘争心を覚えた歴戦の戦士は、高レベルの闘争心で相手を脅して、場合によっては戦意を喪失させているのも事実。覚えた直後でLv1のスキルだからとバカに出来ない強力なスキルなのだ。
その強力なプレッシャーを受けたラウドは、足が竦む。
「クッ……! ソがぁッ!!!」だが、そんな相手を恐れている自身が許せなくなったラウドは、自分への怒りで足を踏み出す!
その時、今度はラウドの頭の中でピロリッ! という音が響いた。
“新しいスキル【反骨心】を修得!”
修得した瞬間、先ほどまで感じていた強烈なプレッシャーが薄らいだように感じる……。
「ヘヘッ……俺にも何かスキルが追加されたようだな……!」
そのまま踏み出したラウド。ソータの胸部を狙って槍を突き出すのだが、これでは先ほどのカウンターを食らってしまう。
それを理解しているラウドは、ソータがまた槍を立てて防御体勢を取ったのと同時に槍を引っ込め、盾を正面に構えて体当たりをした!
その衝撃でソータを転倒させると、ソータはすぐさま横に転がると、腕を使って跳ね起き、すぐに戦闘態勢に入る。
「マジかよ……」ソータの様子を見てそんな声を漏らしたのは、涵養学院の一学年、ザックという少年だった。
涵養学院の学生は通常、転倒するとすぐさま首に刃を付けられ敗北宣言をするしかない。転倒させられたら負けだと教えられていた。
むしろそれが常識だったし、実際転倒したら戦争でもまず死ぬと思え! と教えられてきた。だが、グラディエーターの見習いは常に最善の手段を瞬時に判断し、それを高い機動力で行動に移せる……。
防御を重視していないわけではなく、防御よりも圧倒的な敏捷力と攻撃力で相手を翻弄し、確実に勝利するための戦士だった。
「ぐぬぬぬ……」ザックだけに限らず、涵養学院の全員にそう教えていたアルリウムは、肉球を握りしめながら悔しそうな顔でソータを見つめる。
「ふふっ……」メリッサ教官は、そんなアルリウムの顔を見て笑っていた。
「どうかしたんですか?」クレリアに声を掛けられるとメリッサ教官は口を開いた。
「あぁ……さっきのソータの咄嗟の回避行動に悔しそうにしているアルリウムの顔が可笑しくてな……ぷっ……! ふふっ……!」笑っているメリッサ教官。
それを見つけたアルリウムは「うにゃー! むかつくのだー! メリッサちゃんは意地悪なのだー!!」と騒いでいた。
「な、なんて言いますか……あっちの先生は随分と騒がしい方なんですわね……」そう呟くロッサ。
ソータとラウドの攻防は未だに続いており、ラウドの攻撃は必ずと言って良いほどソータには当たらないか、当たっても大したダメージを与えられない。
その間にも初撃のカウンターによる出血で徐々にHPを減らしていくラウド。
「そこだぁっ!!」だが、一瞬のソータの隙を見つけて、ソータの右目に目掛けて刺突攻撃を命中させるラウド。
“槍術マスタリー発動――”
「ぐうぅぅッ!!」かなりのダメージに怯むソータ。
「ソータッ!!」クレリアが声を上げる。
オオォォォォ!! という歓声が沸き起こる。もちろん、心配する声もあるが、戦っているこの場は見世物でもある。
一撃離脱の法則に則り深追いはせず、怯んだソータに追撃のシールドバッシュをしてからすぐにバックステップをするラウド。
だが、その戦闘では当たり前と教わっていた法則が裏目に出る。
突然、ソータの両目が赤く燃え上がるように光ると、槍を回し始めた。
目の前でただグルグル円を描くように回しているだけだが、どこか違和感がある……。
「な、なんだ……?」
槍の先端だ! 槍の先端に魔力が宿って……それを回す事で円状の魔力が集まっている……!?
そう理解したラウドだが、理解が追い付いた瞬間、ソータは攻撃スキルを発動した!
「魔導円陣砲!!」
回すのをやめたソータは、円状に漂っている魔力の真ん中に槍の先端を鋭く突き出す! すると、その勢いに押された魔力が槍の先端で凝縮し、練られた魔力の光線がいきなり発射される!!
「!!??」突然そんな攻撃をされたラウドは対応できず、盾は構えたものの、その盾に命中した瞬間魔力の爆発が起こり、盾が粉砕され、その衝撃でラウドはふっ飛ばされ戦闘場の壁に激突した!
司会はその試合中、全く実況をしなかった。
一学年とはいえ、有り得ないようなレベルの高い戦いに、呆然としていただけだった。だが、すぐに本来の役目を思い出し言葉を発する。
「――しょ、勝者! 錬成学院、ソータ・マキシ!!」
ワアァァァァァァ……!! という歓声が沸き上がった!
「すぐに、二人の治療を! 特にソータ・マキシの目の治療だ!!」と治療師に指示した司会の声を耳に聞き入れたソータは、フラッとよろめいたと思うと、その場に倒れた。
「あの男……危険……」涵養学院のティティはソータを見てそう呟く。
「えぇ。確かにあの膨大な魔力……どうやってあんな力を……」ティティの隣で試合を見ていたルウィスは眼鏡を中指で上げながらそう呟いた。
「ラ、ラウドくんを……!!」かなり悔しそうにしているアルリウム。
実はアルリウムの目算では、涵養学院生のうち九人は錬成学院生に負けるだろうという予想はすでにあった。唯一、ラウドを除いては。
ラウドは錬成学院を落ちてはいるが、本来なら結構上位の成績順で錬成学院に入学出来るくらいの天才戦士ではあったのだが、実は錬成学院の実戦試験で彼の得意とする戦いの本来のスタイルを見せる前に初戦で負けてしまっていた。
その戦闘スタイルというのは、鉄壁の防御で翻弄してくる相手の攻撃を防いでは槍でカウンターをし続け、突進して槍の攻撃と見せ掛けて盾で体当たりをする攻撃などだ。
後者のフェイントに関しては、相手の動きで間合いの測り方は変わるし、それによって槍を引っ込めて盾を突き出すタイミングなども変わる。だが彼は、その間合いの測り方が天才的に上手かった為、それを難なく身に付けていた。
しかし、色んな武器で戦う必要があり、トーナメントで勝ち抜いた場合の為に、初戦は剣で戦っていた。
事実として、錬成学院の上層部の間では、涵養学院の首席合格者ラウド・スピアーは“涵養学院のソータ・マキシ”といつしか噂されるようになっていた。
そんな彼に大きなダメージは与えられたものの、当たり前のように倒してしまったソータ。しかも、試合中新しいスキルを二つも覚えて。
「ソータ・マキシ……化け物なのだ……!」ワナワナと震えだすアルリウム。
自分が錬成学院にいる時、彼と同じ実力の天才はいただろうか? いや、いなかった。
「回復完了しました!」治療師のうちの一人がそう言うと、ソータとラウドは向かい合い、ラウドは悔しそうに軽く会釈をし、ソータは深々と頭を下げた。
この違いは錬成学院と涵養学院のマナー教育の違いだ。錬成学院は戦いの前後での挨拶など礼節を厳しく指導する。逆に礼節を欠く行動はとてつもない剣幕で叱られる。
実際、六学年の観客席からラウドに対して「何なんだアイツは! 失礼だろ!」といった声もあった。
「ラウド!! いつも言っているのだ! ちゃんと頭を下げ直すのだ!!」アルリウム先生は頬を膨らませて怒っている。
周りからしたら物凄くかわいらしいのだが、本人は本気で怒っている。
「わ……分かりました、先生」ラウドは粗暴な態度の学生だが、見た目ではなく心根でそれを理解する優秀な学生なので、皆の所へ戻ろうとしていた彼はすぐに振り返ると「ソータ・マキシ!」と呼び止めた。
「ん?」振り返るソータ。そこへ走って来るラウド。
「すまねえ。礼節を重んじる錬成学院に失礼な態度を取った」
「いや、気にしていない。それで、どうした?」
「……またいつか、俺と再戦してくれねぇか?」そう言って、少し恥ずかしそうにするラウド。
「あぁ、必ず!」そう言って手を差し出すソータ。それに応えたラウドは満足気な表情で握手を交わす。
「またな」と続けて去って行くソータの後ろ姿に、深々と頭を下げるラウド。
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「さぁ、一回戦目からかなりの熱戦が繰り広げられました!! 続いては二回戦、涵養学院一学年、アイリス・グレイフィールドvs錬成学院一学年、エルディア・トトラーシュだ!」
司会にそう名前を呼ばれ「はい!」と返事をして前に出るエルディア。
向かい合うエルディアとアイリス。エルディアは一度お辞儀をして、剣を抜いて構える。
先ほどのソータやラウド、そして目の前のエルディアの態度を見ていたアイリスは、深々と頭を下げると両腕に大きめな盾を構えた。
「珍しい戦闘スタイルだな……」そう呟いたエルディアの言葉に反応するアイリス。
「えぇ、私はガーディアンになる為にこの学院に入ったの。錬成学院に入る選択肢は最初から無かったの」猫を被っているアイリスはそう言ってキッ! とエルディアを睨む。
当然、猫を被っていることなど知らないエルディアは真面目な学生なんだな……と感じていた。
「それでは、第二回戦! 始めッ!!」司会が号令をかける。
「いきます……!!」アイリスは両腕に盾を持っているにも関わらず中々の速さでエルディアに接近する!