第9話◆合格発表
八人で食卓を囲むソータたち。
マキシ家の五人と、クレリア、カトリナ、そしてクレリアの父親である、アルベルトである。
父ゾルダーが、どうせなら旦那様も呼んで差し上げてくださいとカトリナに言って、皆でご飯を食べることになったのだ。
料理は、母のリエナとクレリアの母親であるカトリナの二人で作ってくれて、それぞれが自慢の料理の腕を振るっていた。
「あっ! それアタシが食べようとしてたやつ!!」ソータが大皿から取ったコカトリスの唐揚げを指差して叫ぶクレリア。
「うるさいな、早い者勝ちだろ!」と言ってやると、リエナが口を挟んできた。
「クレリアちゃんがかわいそうでしょ! ちゃんと仲良く食べなさい!」
「良いのよ、リエナさん。ウチのクレリアは少々ワガママな子でして……」と、カトリナ。
「もうソータ、おねーたんに黙ってこんなにかわいいお友達連れてくるなんて~! 隅に置けないなぁ! このこの~!」全く違うベクトルで話し掛けてくる長女のアルマ。
「あ、アタシはかわいくなんて……」と赤くなるクレリア。
「ポニ子、何赤くなってるんだ? とりあえず、分けてやるから食えよ」と言ったソータは、自分の皿に残っているコカトリスの唐揚げをクレリアの皿に譲る。
「ポニ子って……はむっ……ひふな!」速攻口に入れて咀嚼しながら話し始めるクレリア。
「こら、行儀良く食べなさい! もしも今日の試験に合格出来ていたら、お前は立派なグラディエーターになる為に力も礼儀作法もしっかりと身に付けなければならないんだぞ!」
厳しくも優しいそんな言葉を口にしたクレリアの父アルベルト。そしてそのまま続ける……
「礼儀知らずな娘で申し訳ございません、ゾルダー様……」
「いえいえ、私の愚息もまだまだワガママな子どもですから……お宅の娘さんと共に立派な大人になってもらいたいものですね」
楽しい時間はやはり過ぎていくのが早く、八人で囲っていた食卓の皿はもう綺麗に食べ切られ、リビングで皆でくつろいでいた。
「そういえばソータはさ、どうやってそのゴッデススキル手に入れたの?」不意に聞いてくるクレリア。
「そのゴッデススキルって……?」
「ゴッデススキルなのに、二つあるじゃん」当然知っていましたという風に言ってくるクレリア。
「「??」」何を言っているのか分からないぞ?といった反応するアルベルトとカトリナ。
「うふふ、変なこと言うのね、クレリアは! ゴッデススキルを二つも覚えられるわけないでしょう?」カトリナが笑いながら言った。
「でも、ソータの能力にゴッデススキル二つ表示されてるよ!」ソータを指差し、一歩も引かないクレリア。
だから人を指差すなって……。
「え……ほ、本当にソータくんにはゴッデススキルが二つあるのかい……?」驚きを隠せない表情で聞いてくるアルベルト。
とりあえず、クレリアのゴッデススキルである能力透視でバレている以上、嘘をつく必要もないので正直に答える。
「確かに二つありますよ」
「す、すごい……」カトリナが感動している。
「いやぁ……我々も初めてその事実を知った時は本当に驚きました……」ゾルダーが額の汗を拭きながら言ったが彼はそのまま続ける。
「能力透視をお持ちの子とは珍しいですね……ただ、これは陛下も存じておりますが他の方々には言わないで頂けると幸いです」
そう言うゾルダーに頷きながら「そうですね……ソータくんは強そうですが、こんな秘密を知られたら狙われてしまうかもしれない……」と言うアルベルト。
「ソータくん、もしも問題がなければ、ゴッデススキルを教えてもらってもいい?」二人の父親の様子を見ていると、横からカトリナが聞いてきた。
「はい、経験値10倍と天賦の才っていうゴッデススキルです」
「経験値を10倍も……! でも、天賦の才っていうのは何なのかしら?」
大昔のエインヘリヤルという英雄が持っていたゴッデススキルが天賦の才らしいが、中流階級とはいえ一般人にとっての本という物はかなり高額な為、そういった知識を入れられないようだ。
マキシ家は中流階級とはいえ、大隊長を任されているゾルダーのお陰でかなり裕福な家庭だ。本棚一つが埋まるほどの本がある。
「天賦の才については……何かしらの才能に関する物だということは大体察してますけど、僕でも分かりません」スキルで分かっていることだけは正直に全てを話すソータ。
「なんでよ、ソータだけ! ずるい!」クレリアが怒り出す。
別に望んで手に入れた能力でもないし、ただ単にガチャガチャを回して運良く手に入れただけなので、ずるいと言われても困るのだが、
そんな事を一々説明するのも面倒だし、黙っておくことにした。
それに、そういった方法でソータがゴッデススキルを手に入れたことなど、この場にいる誰もが知る由もないことだ。
尤も、説明したところで信じてもらえるかどうかは不明……いや、おそらく信じてはもらえない。
「さて、そろそろ夜も更けてきましたし、私達はそろそろお暇しましょうかしら」カトリナが口を開いた。
「あら……泊まっていっていらっしゃっても結構ですのに」リエナが言うと、ゾルダーが言う。
「リエナ。あまり客人を困らせるな」
「ふふっ、こうしてみるとパパとママって、親子みたいだよね~!」と言う次女ソエラ。
「それについては、気にしているんだ……」と目に見えて落ち込むゾルダー。
そりゃそうだ。結婚した相手のゴッデススキルが不老だったせいで、歳を取るのは自分だけなのだ。想像以上に辛いだろう。
「何言ってるの、貴方は昔も今もこれからも世界一カッコイイ私だけの夫よ!」と、目の前で頬を赤く染め上げながら言うリエナ。やめてくれ、見てるこっちが恥ずかしい……。
「と、とにかく、私達の子どもが二人とも合格することを祈りましょう!」
そう言って、リエナの発言に照れて顔を赤くしたゾルダーは、それを見せないようにクレリアの父アルベルトと固い握手を交わす。
いや、バレバレなんだけどね。
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家の外へ出て、ラピス家の三人を家族全員で見送ると、リエナとアルマとソエラの女性陣三人は家の中へ戻って片付けを始めた。
そして、隣りにいるのは父ゾルダー。
「ソータよ」
「うん?」
「あの子……クレリア・ラピスと言ったかな?」
「あ~、確かそうだったかな?」
「あの子は恐らくだが、合格しているぞ」
「えっ……!?」
「話している姿を見て思ったんだが……目の付け所が凄まじかった。あの目は戦いの場でも数回しか見たことがない。あの目の動きは相手の隙を瞬時に見破って攻撃に転じられる目だ……」
正直、ゾルダーがここまで誰かを褒めている様子を見たことがないソータは驚きを隠せないでいた。
「……もしかたら彼女はかなりの使い手になれるかもしれん。それこそ、エルドラド軍大隊長クラスの……」そこまで言い終えると、ソータの頭を優しくくしゃくしゃと撫でる。
「…………」
やはり才能というものは、ハッキリと目に見えるものではない。そういう雰囲気を醸し出すものだ。
ソータの持っている天賦の才は謂わば飾りなのではないか? ……ゾルダーの言葉からそのような考えが浮かぶ。
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―― 二ヶ月後。
今日は合格発表の日だ。合格発表は三日に分けて行われる。ソータやクレリアはエルドラド王国の城下町に住んでいるので、初日だった。
「ソータ、自分の試験番号は覚えてる?」母リエナに再確認させられる。
……受験票に書いてある番号は1078……受験番号は1078なので、その番号が10人という極めて狭い中に掲示されていれば、ソータは合格だ。
錬成学院前まで着くと、既に泣きながらゾロゾロと帰っていく人たちの姿が見える。……皆落とされたのだろう。
「こ、これは嘘ではございませんのッ!?」どこかで聞き覚えのある声が聞こえてきた。
そちらに目をやると、受験票を握りしめて目に涙を浮かべている女の子がいた。
……あの子は、ロッサ・パルセノスだ……。実技試験の決勝戦でソータと戦った相手だ。
残念ながら、ロッサと組んでいたフレッドという男の子は合格しなかったようだ。掲示板に名前が書かれていない……と、あれ?
掲示板の一番上には“試験番号1078 ソータ・マキシ”こう書かれていた。
んん? ……え? 自分の受験番号と自分の名前が書いてあるぞ……?
「う、うそ……!?」口に手を当てて固まるリエナ。
「ご、合格した……!」段々と嬉しさが込み上げてくるソータ。
しかも、その三つ下には“試験番号1044 クレリア・ラピス”とも書かれていた。
あの時組んだ二人揃って錬成学院に合格していたのだった。
後ろから歩いてきていたポニ子に声を掛ける。
「おはよう、ポニ子! 掲示板見てみろよ!」
「お、おはよう、ソータ……その様子だと、ご、合格したのね……オメデトウ……」緊張のあまりガチガチに固まっているクレリアがいた。
今の段階でガチガチに固まってたら、合格したと知った彼女は驚きすぎて石になって動けなくなるんじゃないか?
「あら、リエナ・マキシさん。おはようございます!」後ろから歩いてきたカトリナ。
「おはようございます、カトリナさん」
「そのご様子ですと、お子さん合格したようですね! おめでとうございます」
「ありがとうございます、カトリナさん! ……これから、一緒に頑張りましょうね」
「……えっ?」
からくりのオモチャのような硬い動きで掲示板に近付いていくクレリアをしばらく眺める。
……少し遠目からその様子を眺めていると、彼女は何度も目を擦って掲示板を再確認している。
「ね、ねぇソータ」掲示板から目を離さず、後ろにいるソータに声をかけるクレリア。
「どうした?」と言って彼女に並ぶソータ。
「……あの……アレって、なんて書いてある?」掲示板の自分の名前を指差すクレリア。
「……試験番号1044 クレリア・ラピス」
「ほ、本当に書いてあるよね? ……ゆ、夢じゃないんだよね?」
「あぁ、俺たち二人で錬成学院に入学出来るんだ!」
「や……やった……! やったあぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」すごい音量で泣きながら叫ぶクレリア。
そのまま振り返り、カトリナを抱きしめるクレリア。
「ま、ママぁ! やったよ! アタシやったよおぉぉぉぉぉッ!!」涙で顔がぐちゃぐちゃになったクレリアが、カトリナに抱き付いている。
「うん……うん……ほんと、よく頑張ったわねクレリア……!」カトリナまで目に涙を浮かべてクレリアを優しく抱きしめていた。
そんな様子を眺めていると、リエナが歩いてきてソータの頭を撫でる。
「ソータも、よく頑張ったわね。さすがは私たちの自慢の息子よ!」
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――その日の夜。
「ソータの錬成学院の合格を祝して……カンパーイ!」いつかの時のように、次女ソエラが乾杯の音頭を取っていた。
「本当によく頑張ったな、ソータ! 俺たち全員鼻が高いぞ!」本当に嬉しそうな笑顔で言うゾルダー。
「私達五人家族の中でも唯一の合格者よね」そういうリエナにゾルダーは少し訂正を加える。
「五人の中どころか……マキシ家だけで言えば、代々続いてきた家系だというのに、錬成学院の合格者はソータだけだ。リエナ、お前はそれほどまでの力を秘めた天才を産んでくれたんだ!」
「これは、おねーたんも鼻が高いなぁ! ……私も実技訓練でボロボロにやられちゃったからね」
「だがソータよ。ここからが本当の戦いの始まりだ。グラディエーターとなる為の訓練は非常に大変なことだと聞く……」
確かにその通りだ。錬成学院に入学できたからと言って、その後の人生が全て決まるわけでもない……。
名門に入れたからには、本気で努力して皆に置いていかれないように頑張るしかないのだ。……と言っても、正直この世界での生活はソータ自身かなり気に入っており、努力が全然苦ではなかった。
それと同じ頃、上流階級のとある家庭では……
「エルディア! どういうことだ!!」テーブルを拳で叩く音が響く。
「父上! 申し訳ございません!!」頭を下げるエルディアという少年。
「俺は錬成学院を首席で合格しろと言ったはずだが……? 貴様、よくも次席で合格したものだな……!!」男は怒りで拳を震わせる。
現在頭を下げている彼の名は、エルディア・トトラーシュ。ソータの同級生になる少年で、トトラーシュ家の三男である。
父親は、レイザック・トトラーシュ。エルドラド軍第一大隊長である。事実上のエルドラド王国最強の剣士だ。
トトラーシュ家では、錬成学院に合格することはもはや当たり前であり、エルディアの兄二人、姉一人、それぞれ全員首席で合格していたのだ。
つまり、錬成学院を首席で合格できなかったのは、エルディアだけだった。……とはいえ、合格するだけでも凄いことのはずなのだ。
「首席での合格者ソータ・マキシといえば……第三大隊長のゾルダー・マキシの息子だな……アイツの子が真の天才だとでも言うのか……一体何者なんだ……?」
レイザックはそう言いながら、深く考える。