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完璧令嬢クラリーシャの輝きは逆境なんかじゃ曇らない ~婚約破棄されても自力で幸せをつかめばよいのでは?~  作者: 福山松江


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9/10

第九話  「いつか」につながる道を、君と歩めたなら

前回のあらすじ:


突然現れたランセン家からの刺客(弟)。

そしてクラリーシャを連れ去ろうとするカミーユに対し、ジャンは……。

 その日、ジャンは授業がまるで手に着かなかった。

 普段だって真面目に聞いていないのだが、今日は全く頭に入ってこない。

 ずっとクラリーシャのことを考えていた。

 カミーユが告げた、別れの日のことを考えていた。


(僕はクララの幸せを願っていた。もっと相応しい男と結婚すべきだと考えていた)


 それは決して嘘じゃない。本心だ。


(でも……でも……二度と会えないと言われたら………………辛い)


 一方で、これもまた偽らざる本音だった。

 まだ会って日もないというのに、自分でもびっくりするほどクラリーシャの存在が、ジャンの中で大きくなっていた。

 カミーユに別離を突きつけられたことで、痛いほど自覚させられた。

 

(だって仕方ないだろう……あんなに()()()()()()()()女性(ひと)、簡単に忘れられるものかよ)


 これも魔性の女と呼ぶべきなのだろうか?

 クラリーシャの言葉ではないが、自分はとっくに狂わされていた。

 彼女のことをよく知りもしないうちから帰れと言ったり、興味を持ったら持ったで友達になってくれとか余裕ぶっこいたり――過去の己を殴ってやりたい。

 無論、これが恋愛感情なのか否かまでかは判じ難い(何しろジャンは初恋の経験すらない)のだが、とにかく別れたくないという気持ちが、後から後から湧いてくる。


 だから、ジャンは覚悟を決めた。


    ◇◆◇◆◇


「カミーユは二週間後に、君を力づくで連れ帰ると言っていた。だったら僕が、力づくでも連れていかせない」


 放課後、ジャンはクラリーシャに決然と告げた。


「ありがとうございます、ジャン!」


 聞いてクラリーシャは、パァ――っと表情を輝かせた。

 そんな彼女の顔を見られて、ジャンはうれしかった。

 昨日までなら素直にこの感情を認めなかっただろうに、自分でも現金なものだと思った。


 またクラリーシャは、ジャンがどうして心変わりしたのかと、野暮なことはいちいち聞いてこない。

 巷でよく聞く「()い女」とは、彼女のことを言うのだと思った。

 

「ただゴメン、クララ。啖呵を切っておいて格好悪いけど、僕は剣の腕がからきしだ」


 幼少時こそ頑張っていたが、反抗期に入ってサボってきたツケだ。


「だから二週間ででき得る限り強くなりたいんだけど、虫のいいことを言っているのはわかってるんだけど、それでもランセンなら――いや、君なら知ってるんじゃないかと思って……どうかな?」

「でき得る限りって、MAXでき得る限りですか!?」

「う、うん」


 嫌な予感を覚えつつも、背に腹は代えられずジャンはうなずいた。


「たとえ血反吐を吐いてもMAXでき得る限りですか!?」

「もちろん!」


 たった二週間で強くなれるならと、クラリーシャと別れずにすむのならと、ジャンは自棄になってうなずいた。



 ()()()()()()()()()()()()()()()



 帰宅後、町屋敷(タウンハウス)の裏庭のことである。


「せいっ……やあああああああああああああっ!」


 と、裂帛の気勢を上げるのはクラリーシャ。

 訓練用の木剣を両手で構え、大上段から打ちかかってくる。

 その姿はまさに勇ましき戦士のそれ。

 ジャンから見れば小柄で華奢なはずの彼女が、遥かに(おお)きく雄々しく見える。

 そしてその太刀筋は、身の毛もよだつほどに美しい!


「ぎゃあああっ」


 ジャンは全く反応ができず、木剣を棒立ちで構えたまま、右の肩口を打擲(ちょうちゃく)される。

 それが痛いなんてもんじゃない。堪えれず涙がボロボロこぼれる。

 軽量とはいえ胸甲(きょうこう)を着けているのに、(よろい)の上から打たれてこの激痛。

 骨が折れてないのが不思議なほど。


「さらに隙アリですわよおおおおおおっ!」


 クラリーシャはお構いなしに、畳みかけるように打突を放ってくる。

 ジャンはそれをどうにか――というか完全にマグレで――木剣で受け止める。

 瞬間、刀身から伝わってきた凄まじい衝撃が、剣を保持する両手の手首で爆発する。


「剣の柄をにぎる時は、雑巾を絞るようにギュッと! でないと手首ごと刀身を後ろに弾かれて最悪、骨折いたしますから!」

「わかってるよ! やってるつもりだよ!」


 ジャンは痛みを誤魔化すため、完全にヤケッパチで怒鳴り返す。


「短期間で強くなりたいなら、打合稽古(うちあいげいこ)に勝るものはございません!」


 と、最初にクラリーシャが言い出した時、ジャンは逡巡(しゅんじゅん)を覚えた。


「ちょっと待った! クララと戦うのか!? 女の子の君と!?」


 手際良く二本の木剣を用意し、さらにジャンでさえ把握していない物置の古い胸甲を引っ張り出してくるクラリーシャを、止めようとした。

 それが完全に誤りだった。

 まだまだ彼女を見くびっていた。


「遠慮はご無用! わたくし、そこらの騎士様より強いですから! 武門の娘ですから!」


 と豪語するだけあって、クラリーシャの剣捌きは嵐のように激しく、凄まじかった。

 ジャンはずぅーっと防戦一方に追い込まれ、反撃する余裕もない。

 亀のように守りに徹しているのに、それでも彼女の木剣に打たれまくる。

 女の子を傷つける心配をするより先に、自分の身を案じるべきだった。どう考えても。


(もしかしたら僕が何もしなくても、クラリーシャが勝手にカミーユを撃退できたんじゃないか?)


 そんな思いが幾度となく脳裏をよぎった。

 でも弱音として吐くことは絶対なかった。


(違う。そうじゃない)


 とすぐに、そのたびに考え直したからだ。

 クラリーシャとさよならしたくないというのは、自分のワガママだ。

 こんな情けない男では彼女と釣り合わないとわかっていながら、それでも貫いているのだから、言い訳しようがないほどのワガママだ。


(だったら、せめて、僕が体を張らなきゃ嘘だろ)


 一度は諦めた、剣の稽古。

 同時に諦めた、フェンスの家督。

 でもクラリーシャのことは、簡単に諦めきれない。

 そして、もし、いつか、自分がクラリーシャに相応しい男になることができたなら――

 男爵家を継ぐことくらい、わけもない話だろう。


(だったら今は、このシゴキに喰らいつく!)


 ジャンは歯を食いしばって、クラリーシャの剣撃の嵐に立ち向かう。


「さあさあ、ジャン! この程度を凌げなかったら、カミーユに勝つだなんて夢のまた夢ですわよ!」

「既にここが悪夢の中なんだが!?」

「カミーユとてランセンの男です! まだ十四ですが、既に一廉の武人! でもお父様やお兄様のような、付け入る隙もないほど強い超一流の域には達してません! ジャンはその隙に付け入ればいいわけですから勝機はあります! 頑張って!」


 クラリーシャは時に叱咤し、時に激励し、ジャンの闘志を鼓舞してくれた。

 そうしながら木剣をにぎる手は別の生き物のように、ジャンを滅多打ちにしてくれた。

 また都度都度、実戦的なアドバイスをくれた。


「本番ではカミーユが一方的に攻め、ジャンが守りに追い込まれる形勢になるでしょう! でもそれで構いません、専守防衛は立派な作戦! 凌いで凌いでカミーユに隙が生まれるのを、虎視眈々と待つのです!」

「本番まで地獄かよ!」

「胸を張って! 目線を高く保って! 姿勢は戦いでも大事ですよっ。いっそエラソーにふんぞり返るくらい顔を持ち上げて! 視界が広く見えるはずですっ」

「ほ、ほんとだ……」

「わたくしは今、ジャンの鎧がある場所しか狙っていません! 守る箇所が絞られているなら、ガードもしやすいはず! まずこれで完璧に受け凌げるようになるのが、ステップ1です!」

「わ、わかったっ。頑張るっ」

「ステップ2になったら全身容赦なく狙いますからね!」

「ハードル一気に上がりすぎじゃない!?」


 ジャンは懸命に身を守りながら悲鳴を上げた。



 夕食ができるまで、クラリーシャにボコられたのは小一時間くらいだろうか。

 ジャンにとっては無限に思える生き地獄だった。

 鎧を脱ぐと、青痣だらけになっていた。


「これがこれから放課後毎日続くのか……」

「あら? 毎朝も続けますわよ?」

「…………」


 自分で頼んだこととはいえ、ジャンは閉口させられる。

 しかし二週間で強くなるためにはこれぐらいの荒稽古が必要なのだろうし、クラリーシャもまだまだ手加減してくれているはずだ。

 現に彼女はあれだけ暴れ回ったように見えて、ほとんど息を切らしていない。


「武門の娘ってのは皆、クララみたいに剣も(たしな)むのが普通なのかい?」

「モーヴ州では当たり前ですが、それでもランセンほど徹底するお家はございませんわね」

「……尚武の州(モーヴ)以外では?」

「わたくしが知る限り、皆無ですわね」


 やっぱ頭おかしいだろう、猛武(モーヴ)州。


「ははっ」


 とジャンは一人噴き出す。


「何が面白いのですか、ジャン?」

「いや……僕は君がこんなに強かっただなんて、まるで知らなかったわけだけど――」

「ですけど?」

「『まあクララだしな』って何も驚いていない自分が、よく考えたらおかしいよなって」

「ふふっ。それだけジャンがわたくしのことを理解してくれているということですね。二人の仲が順調に深まっている証左ですね」

「また君はすぐイイ方に受けとる」


 ジャンは思いきり苦笑いさせられた。

 でも不思議とその間、打たれた場所の痛みを忘れられた。


「お夕食の後は一休みして、暗くなるまで町内をランニングしましょう。甲冑を着て」

「カミーユと戦う前にトレーニングで潰されそうなんだが……?」

「血反吐を吐く覚悟だと仰ったでしょう? ジャンは剣の腕前以前に基礎体力も筋肉量も全然足りていませんから、それくらいやっていただかないと」

「わかったよ。けど町内の笑い者になる姿が目に浮かぶなあ」


 非力な自分が甲冑なんて着て走ったら、すぐにヘトヘトになるだろう。

 というかヘロヘロになってまともに走れないだろう。


「わたくしも一緒に走りますから。ぜひ一緒に笑われましょう!」

「それはありがたいな」


 クラリーシャも一緒ならきっと楽しいだろうし、どんな辛さも忘れられるような気がした。


    ◇◆◇◆◇


 そして実際、ジャンが二週間あらゆる辛さに耐えられたのも、クラリーシャがいつも傍で励ましてくれたからだった。

 それはジャンの人生において、最も濃密な二週間だったと言ってもいい。

 ガチで二回ほど血反吐を吐いたし。


「その割りに強くなった実感があんまりない……」


 ジャンは情けない顔でぼやいた。

 早朝、クラリーシャに稽古をつけてもらった直後のことである。

 厳密には間違いなく鍛えられているのだが、既に一廉の武人だというカミーユに敵うほどのものかというと、まるで自信がなかった。


「まあ、一朝一夕で剣の腕前がついたら、騎士さんたちは廃業ですよねえ」

「あの地獄の日々、なんだったんだ!?」


 あっけらかんと言ったクラリーシャに、ジャンは本気でショックを受けた。


「ですが、割合すぐに身につくものもあるんですよ?」

「……具体的には」

「筋肉です」


 猜疑心まみれで訊ねたジャンに、クラリーシャがまたあっけらかんと答えた。

 だから最初、冗談かと思った。

 でも違った。


「甲冑を着て走り込むなんて拷問、無意味にやらせたんじゃないんですよ?」

「拷問て」

「血反吐を吐くくらい必死に鍛えたら、筋肉と体力はすぐに、絶対につきます。その二つは裏切りません。しかもジャンは恵まれた素質を持っているのですから!」

「素質があるなんて言われたの、初めてなんだが……」


 ジャンは半ばぼやきながら、毎朝鏡で確認する、己の姿を思い出す。

 これも厳密には、拷問――もとい甲冑ランニングのおかげで、以前より筋肉も体力もついた実感はある。

 それこそ剣の技量よりはっきりと、モヤシみたいな肉体からは脱した自信がある。

 あんなに猫背だったのに、今では意識しなくてもしゃんと伸ばすことができている。

 でも「素質がある」と言われるほど、自分はムキムキになっただろうか?


「ありますよ。ジャンはわたくしが見上げなければいけないほど背が高くて、肩幅もしっかりしてます。恵まれた骨格を持っている証拠です。全部、お義父(とうさま)様譲りですね」

「……父さんの」


 複雑な気持ちだったが、クラリーシャが言うのならそうなのだろう。


「ムキムキになるほどの筋量なんて、戦場で何十人も相手にするのでなければ邪魔ですよ。恵まれた体格があって、そこにしなやかな筋肉が備われば、充分に反則的ですよ」

「……備わったって言えるのかな?」

「言えます。もう猫背にならないのが証拠です」


 クラリーシャがズバズバと断言する。

 そのたびに、彼女の言葉がジャンの胸に()み込む。

 静かな自信と変わっていく。


 彼女がどれだけ凄い女性(ひと)か、知っているからだ。

 彼女が嘘をつけない性格だと、知っているからだ。

 まだ短いつき合いでも、わかりすぎるほどに。


「そういうわけで――行きましょうか、ジャン」

「ああ」


 二人で登校の準備を始める。

 今日は平日。

 そしてクラリーシャの予測では、カミーユは学校(スクール)で待ち構えている。

 この町屋敷(タウンハウス)はまぎれもなくフェンス家の拠点(ホーム)で、そこに突っ込んでくる戦音痴はランセンにはいないから、と。


「わたくしは敢えて一切、手出ししませんから。騎士様に守っていただくお姫様役に徹しますから」

騎士(ナイト)ってガラじゃないけど……全身全霊を尽くすよ」

さあ強敵との決戦へ!

明日もぜひお楽しみに!

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