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第六話  初めてのデート(ランセン流)

前回のあらすじ:


大事なのは一歩を踏み出す意志!

まずはジャンの外見改善に成功する。

 たとえ外見だけでもいきなり見違えたジャンのことを、(しゅうと)殿は殊の外喜んでくれた。


「いいぞ、ジャン! その調子でクラリーシャ嬢をデートに誘ってこい」


 と、相変わらずの強引さで提案する。

 折しも休日のことである。

 しかし強情なのは、意外とジャンも父親譲りのようで、


「嫌だよ! 第一、僕は彼女のことを婚約者だと認めたわけじゃない」

「おまえはまだそんな往生際の悪いことを言っているのか。いいから行け!」


 と朝っぱらから親子喧嘩を始めてしまう。


 クラリーシャはそんな二人を見かねて、「作戦会議をいたしましょう」とジャンを廊下へ引っ張る。


「このままお義父様(とうさま)にからまれ続けるより、さっさとデートに行った方が面倒臭くなくないですか?」

「あんたはそんな雑な誘われ方でいいのか……?」

「お母様にも昔から『本性が雑』だと(しか)られるんですよねえ」

「……それはちょっとわかる気がする」

「それにデートといっても無理に色気のあることをするのではなくて、普通に二人で外に遊びに行くくらいよくないですか?」

「……なるほど。あんたがそれでいいなら」


 とジャンと合意に至り、二人で出かけることにした。

 一応、初デートである。


    ◇◆◇◆◇


 向かったのは、町の東近郊にある池だった。

 リュータの周辺にいくつかある水場の一つで、ノースポンド校の傍にあるそれよりも大きく、水も同じくらい澄んでいた。

 王都から旅してきた道すがらに見つけ、良いスポットだと思っていたのだ。

 (ほとり)に並んで座り、クラリーシャが一方的に話しかけたり、透明な湖面を眺める。

 そして、釣り糸を垂らす。


「お、ヒット! またヒットしましたよ、ジャン様。うふふふ、ここのお魚さんたちったら、本当に食いしん坊なんだから、もう! ダメですよう、そんなんじゃ。わたくしみたいなワル~い人間に、逆に食べられちゃいますよ!」

「…………」


 クラリーシャは大はしゃぎで竿を引きながら、水中でもがく魚と格闘する。

 その隣でジャンは白けた顔をして、微動だにしない糸を垂らし続けている。

 二人の後ろのバケツには、既に五匹のカワカマスが釣れていた。

 全てクラリーシャの釣果であり、ジャンが釣ったものはゼロだった。


「いい釣り場ですねえ! 小ぶりなカワカマスばかりですが、入れ食い状態で楽しいです」

「……僕はちっとも楽しくないけどね。釣りなんて」

「そりゃあ一匹も釣れなかったら楽しくないでしょうねえ」


 クラリーシャは釣ったばかりの一匹を、躊躇(ためら)いなくつかんで釣り針から外す。

 もう暴れるわ牙は鋭いわ鱗はぬめるわで、貴族の令嬢が手づかみにしてよい代物ではない。


「わたくしばかり釣れるのはたまたま運がいいから――そう思ってらっしゃいますか?」


 クラリーシャは用意してきた小さな台の上で、ナイフを使ってカワカマスを仕留め、血抜きを始める。慈悲はない。

 その手つきは豪快そのもので、深窓の令嬢らしさは絶無である。


「そうに決まってるだろ? どっちの針に食いつくかなんて、魚の機嫌次第だ」

「それがそうじゃないんですよねえ」


 ジャンとの会話を続けながら、本格的に魚を(さば)きにかかるクラリーシャ。

 カワカマスは骨が大きくて邪魔な魚だが、それを丁寧に取り除く。内臓は次のエサに使う。そして残った身を丹念に叩いて潰す。

 ナイフの扱いは熟練のそれだ。


「どこの釣り場で、どんな魚を狙って、どんなエサを使って、どんな深さまで針を垂らすか。竿を小刻みに操って、生餌に見せかけるテクニックなんてものもあります。確かに最後にものを言うのは運なんですけどね、それでも釣りで重要なのは知識と技術なんですよ」


 クラリーシャは屋敷を出発する前に、ちゃんとこの池の魚の癖を聞いてきていた。

 ちょうどサージが釣りが趣味で、懇切丁寧に教えてくれた。

 そしてジャンに解説しているその間にも、クラリーシャの手は別の生き物の如く調理を続け、叩いたカワカマスの身をこねて、つくねのタネを完成させる。


「さあ、ジャン様。揚げていきますよ!」


 調理に最低限必要なものは屋敷で借りてきたし、鍋の準備も先にできていた。

 焚火もクラリーシャが火打石と火口(ほくち)を使って、手際よく(おこ)している。

 激しく躍る炎にかかった鉄鍋の中では、キツネ色の胡桃油(くるみあぶら)が煮えたぎっている。

 そこへ先ほどのつくねを投入すれば、お手軽料理の完成である!


「ああっ……食べ物が揚がる時の音って、どうしてこうも人の心を昂揚させるのでしょうかっ」

「僕は魚料理は好きじゃないんだけどな。臭いし」


 海の存在しないタイタニア西部の人間らしい感想でジャンが、一人で盛り上がるクラリーシャのテンションに水を差した。


「でも食べていただきますからね?」

「……わかったよ。それも我慢できないほどワガママじゃないつもりだ」

「うふふ、知ってます」


 クラリーシャはにっこりと笑う。

 こんがりと揚がったカワカマスのつくねを、お玉杓子ですくって網に載せ、油を切る。

 塩をジャンジャカ振る。

 池まで来るのに荷物は少なくしたかったので、皿やフォークは持ってきていない。

 自然の中で、網の上の揚げつくねを手づかみで食べるという、野趣あふれる軽食だ。


「さあ、ジャン様も。一口でガブッと行ってくださいませ」

「あ、ああ……」


 二人で同時で頬張る。

 二人、同じ顔をして瞳を輝かせる。


「美味い……。それに臭くない……」

「そうでしょう、そうでしょう」

 ジャンの口から漏れた感想に、釣りから調理から全部一人でやったクラリーシャは大満足。

 もちろん淡水魚だから、臭みが全くないとはいえない。

 しかし釣り立てだから、揚げれば風味に変えて打ち消すことができる程度。

 歯応えこそ良いけど淡白な味の白身も、香ばしい胡桃油(くるみあぶら)の威力でガツンと補強。

 冷蔵技術の発達していないこの時代、カワカマスを最も美味しく食べることのできる調理法の一つといえよう。


「……こんなの、食べたことない」

「川魚は足が速いのです。サージさんが釣って帰ったり漁師さんから買ったりして、ジャン様の食卓に上がるころにはもう、ジャン様のよく知る臭みたっぷりのカワカマスになってるでしょうからね」

「……なるほど」

「別に学校(スクール)のお勉強だけが、学びではないと思うんです。新たな知識を得るって、それだけで楽しくないですか? 心躍りませんか?」


 とクラリーシャはジャンに将来立派な当主になって欲しくて、隙あらばプレゼンしようとする。

 やり口が違って見えるだけで、根の強引さは舅殿に負けず劣らずだった。

 一方、ジャンは諾とも否とも答えず、代わりにこう訊ねてきた。


「……あんた、本当に公爵令嬢なのか?」

「ええ。成人儀式(デビュタント)を経て、ジャン様と正式に結婚するまでは」


 クラリーシャはより正確な補足付きで肯定しつつ、どうして自分の出自が疑われているのだろうかと不思議に思う。

 果たしてジャンはかぶりを振りながら言った。


「僕が知る高位貴族の令嬢は、釣りなんかしない。まして釣った魚を自分で捌くなんてできない。あげく焚火を熾すだって? 苦労するから騎士でさえ嫌がって、兵士たちにやらせる作業じゃないか。それをあんたは喜々としてやっていた。今日だけの話じゃない。窓からロープで飛び込んできたり、僕の髪を切ったり、そんな公爵令嬢がどこにいる!?」

(ここにいますが!)


 クラリーシャは苦笑いしつつ、しかしジャンの疑惑ももっともだと思い、説明する。


「確かにわたくしの知る限りでも、普通のご令嬢はなさらない真似の数々ですわね」

「あんたは普通じゃないって?」

「申し上げたでしょう? 尚武(しょうぶ)(くに)の、武門の娘だと。幼いころから兄弟とともに野外に出て、父や騎士たちから生存術(サヴァイバル)を学びました」

「将来、王妃になるのが約束されていたのに?」

「だからこそです。もし将来、戦に敗れ、城が陥落し、レナウン殿下と二人で落ち延びるようなシチュエーションになろうとも、この技術があれば敵兵から身を隠しつつ生き延びることも可能です」

「想定が極端すぎる……」

「甘い想定で身を亡ぼす者を、武人は匹夫と呼ぶのです」


 実家で学んだ戦訓を、クラリーシャはきっぱりと口にする。

 でもせっかく釣りを楽しみに来て、堅い話を続けるのも野暮だと思い、一転、砕けた口調になって言う。


「そういうわけで、わたくしは深窓では育てられなかった、さしずめ箱入らず娘なのです」

「箱入らず娘て」


 ジャンが呆れ声で言った。

 わりと笑いどころだと思ったのに、クスリともしてくれない。

 どころか彼は、妙に深刻な顔つきになって言い出す。


「確かにこういう『勉強』なら、僕だって歓迎だよ。つくねは美味しいし、さっきあんたが言ってた釣り方を僕も試してみたい」

「そうでしょう、そうでしょう!」


 ジャンの言葉にクラリーシャは笑顔で応じた。

 急に決まった婚約者相手といえど、いつまでもギスギスとしていたら息が詰まる。

 これで彼の方からも歩み寄ってくれたら、うれしいに決まっている。


「でしたら早速――」

「今日でつくづく痛感したよ。あんたがどれだけ大物かって」


 なのにジャンはクラリーシャの言葉を遮り、クラリーシャの視線から逃れるように――せっかく猫背を矯正中なのに――ひどく顔を落として言い出した。


「こんな田舎の格下貴族に嫁ぐことになったのに、あんたにちっとも動じた様子がないのが、ずっと不思議だった。でも要するにあんたには確固たる自信があるから、そんなちっぽけなこと気にしてやいないんだ。あんたのこと、可哀想な悲運のお嬢サマだって思ってたけど、僕の決めつけだった。いや、見くびってた」

「え、ええ、そうですね……褒めすぎなような気もいたしますが。でもとにかく、わたくしが決して嫌々嫁ぎに来たわけではないと、ご理解いただけたようでうれしいです」


 後はジャンが婚約を受け入れてくれれば、この件はめでたしめでたしだ。

 そう思ったのに――


「……理解したよ。だからよけいにでも、あんたとは婚約できないって再確認した……」


 思いがけないその言葉に、クラリーシャは一瞬凍り付いた。

 そして心の中で叫んだ。


(どうしてそうなるんですかああああああああああああああああ!?)


改めて宣言したジャンの真意とは!?

明日もぜひお楽しみに!

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