第四話 なんかヤバい奴がきた
前回のあらすじ:
新たな婚約者は先のクソヤローと違い、思いやりのある優しい人物だった。
しかしだからこそこちらの立場を汲み、心を鬼にして壁を作ろうとする新婚約者に、クラリーシャは構わずグイグイ行く。
「見えてきましたよ、クラリーシャお嬢様。あれが『ノースポンド校』っす」
馬車の隣に座ったカンナが、客車前方の覗き窓を指して言った。
リュータの都心から北へ、およそ一マイル半(約二・四キロメートル)の郊外。
池の畔に広がる手入れの行き届いた校庭と、建てられてまだ十五年の厳粛な校舎や講堂。
これが今日からクラリーシャの通う学び舎であった。
タイタニアでは雪が解ける三月を目安に社交シーズンが始まり、遅れること約一月、各校は冬期休暇を終えて新年度を迎える。
本日はもう四月四日なので、クラリーシャは数日遅れで途中編入するという格好となる。
学年はジャンと同じ高等部の新二年生。
「わたくし、実は学校に通うのを楽しみにしていたのです」
と昨日もジャンに語った話を、カンナにもする。
「お嬢様は王都のガッコには通ってなかったんすか? こっちはパチモンなんしょ?」
「パチモン」
カンナの表現にユーモアを感じて、クラリーシャは思わず噴き出しながら、
「それが王族は学校に通わないというのが、伝統的慣習なのですよ。わたくしはレナウン殿下の婚約者でしたから、準王族扱いということでダメって言われました。ですが王都でできたお友達たちは通っていて、皆様楽しそうで羨ましかったのです」
「じゃあ念願叶ってよかったっすねえ」
「ええ、ええ。フェンス家に嫁ぐことになって、また一つラッキーが見つかりました」
可愛く拳をにぎり、ガッツポーズを作るクラリーシャ。
そんな彼女を呆れ顔で眺めていたのが、対面の座席に腰かけたジャンだった。
「あんたはなんでもかんでもイイ方に捉えるんだな。僕なんて学校が憂鬱で仕方ないけど」
「どうしてです? お友達と机を並べて学ぶなんて、最高の環境ではありませんか?」
実家でも王宮でもクラリーシャが受けた王妃教育は、教師とのマンツーマンという形が大半だったし、同年代の者たちと苦楽を味わうというシチュエーションに憧れがあったのだ。
「冗談じゃないね! 授業はしんどいし、僕に友達なんて一人もいないよ」
「お一人もいらっしゃらないのですか?」
「とにかく貴族って連中が苦手でね。どいつもこいつも鼻持ちならない奴らさ。……あんたは毛色が違うから、びっくりしたけど」
「ふーむ」
実際、貴族の子弟には高慢だったりワガママだったりと、あまりおつき合いしたくない人間が多いのも事実なので、クラリーシャは一旦ジャンの言い分を呑み込んだ。
◇◆◇◆◇
馬車がいよいよノースポンド校に到着した。
広大な校庭の一角が円形交差点になっていて、学生たちの乗り降りに使われている。
空いている場所に停車するや、まだ憂鬱そうにしているジャンがさっさと下りる。
次いでカンナが。慣習的に淑女は大荷物を持ち運ぶものではないため、授業道具等が入った鞄はメイドの彼女が持ってくれる。
一方、巾着袋を提げるのが当世の淑女の嗜み。クラリーシャのそれは貝殻を模した粋な逸品で、かつて“東洋の黒真珠”と謳われた祖母から譲り受けた形見。
そして、舅殿が普段着用にと誂えてくれたドレスの、スカートを両手でつまんで「ていっ」と馬車から飛び出す。
瞬間、辺りがざわついた。
登校時刻だ。
円形交差点の周囲には、大勢の学生がいた。
その彼、彼女らがほとんど一斉に、クラリーシャの方を振り返ったのだ。
「ねえ、あれ。あの冴えない彼、フェンス男爵家のジャン君でしょう?」
「じゃあ一緒に馬車を下りたあのご令嬢は――」
「噂のクラリーシャ嬢!」
「間違いないな。私は以前王都で、遠目だがお見かけしたことがある」
「王太子殿下に婚約破棄されたというお話、本当の本当でしたのねえ」
「違うよ。野蛮なフェンス男爵に拐かされるのも同然に、泣く泣くこんな田舎くんだりへいらっしゃったという話だよ」
「なんてお可哀想……」
「でもさ、実は俺、ちょっとうれしいって思ってんだよな」
「ご高名な完璧淑女とご学友になれるだなんて、鼻が高いわよね~」
――などなど、自分を噂する大小の声があちらこちらから聞こえてくるではないか。
(もしかしてわたくし、注目の的ってやつです!?)
登校初日にして大変な空気が漂っていた。
こちらを遠巻きにする学生たちの、ざわめきがなかなか収まらない。
そんな中、はっきりとこちらを呼びかける声が聞こえた。
「お久しぶりですわ、ランセン公爵令嬢――いいえ、クラリーシャ嬢」
わざわざ呼称を言い直す辺り、悪意がたっぷり覗いている。
おまえはもう公爵家の人間ではない落ちぶれ令嬢だと、声の主は皮肉ったわけだ。
聞いた周囲の学生たちがさらにざわめく。
そんな彼らを路傍の石の如く無視し、一人の令嬢がクラリーシャの方へとやってくる。
整ってこそいるが、底意地の悪さが人相に現れた顔立ち。
使用人によくよく手入れさせているだろう、腰まで伸びた茶髪。
葡萄酒色のドレス、孔雀羽の扇、極細の鎖で編んだ巾着袋――身に着けるものは全て、王都でも流行中の最新のモードだ。
さらには取り巻きの学生を男女問わず、ぞろぞろと連れていた。
「まあ! こちらこそご無沙汰しております、コーデリア様」
と、クラリーシャも会釈を返す。
面識こそあるが、社交シーズン中に王都で何度か挨拶を交わした程度の間柄。
リュータ領主エスパーダ辺境伯の末娘で、同い年の十六。
それがこの彼女、コーデリアだった。
クラリーシャは辺境伯家令嬢と対峙し、またそれを周囲の学生たちが見守る。
「見た? コーデリア様の方から誰かにご挨拶なさるなんて、前代未聞だわ」
「それだけランセン公爵令嬢のことを意識してるってことだろう」
等々、ひそめた声が辺りから聞こえてくる。
するとコーデリアが、ジロリとひとにらみで黙らせる。
周囲にいる大勢の学生たちが、女王然と振る舞っている辺境伯家令嬢に対し、誰一人として頭が上がらない様子だった。
「聞きましたわよ、クラリーシャ嬢。王太子殿下に婚約破棄された上に、フェンスなどと格下も格下の家とのご婚約を、強制なされたのでしょう? あまりにおいたわしくて、わたくし、どんな顔をして貴女にお会いすればよいのかと、散々悩みましたのよ?」
などと、コーデリアはさも同情した風に言っているが、これも婉曲なマウントとり。
何しろ目がサディスティックな愉悦で笑っている。
一方。クラリーシャは笑顔を崩さず――ただし額にぶっとい青筋を浮かべながら――コーデリアに答える。
「お心遣い痛み入ります、コーデリア様。ですがわたくし、義父となるフェンス男爵の高志を聞いて感じ入り、望んで嫁入りに参った次第ですので、ご心配は杞憂ですわ」
「まあ、そんな強がりを! どうかこのコーデリアには本当のことを打ち明けてくださって?」
などと、公衆の面前で使うには不適切な台詞を、嫌らしくのたまいやがるコーデリア。
しかしクラリーシャもこの程度の挑発は受け流し、
「とんでもないです。確かに殿下に婚約破棄されたのも、それでわたくしの心が傷ついたのも事実。ですがフェンス家の皆様は、そんなわたくしを温かく迎え入れてくださいました。事情をよくご存じない方々からは、婚約を強制されたように見えるのは仕方のないことですけれど、こちらは事実と全く異なることをこの場を借りて申し上げますわ!
と、周囲の学生にも聞こえるように改めて宣言しておく。
一方、コーデリアは苛立たしげに歯噛みした。
彼女としては、クラリーシャがさぞ落ち込んでいるはずだと、思い込んでいたのだろう。
それで傷口に塩を塗りたくるつもりで、わざわざ待ち構えていたのだろう。
ところが当てが外れ、当の本人は全く状況を悲観していないと知って、ムカついたのだろう。
コーデリアは思わずひん曲げた口元を、咄嗟に扇子を広げて隠しつつ、
「それを強がりと申しておるのですわ。温かく迎え入れられた? ではそのお召し物はなんですか。そんな安物のドレス、ランセン公爵令嬢にはとても相応しいものではございませんわ。ましてや『クラリーシャ嬢が新しいドレスを披露すれば、次の流行になる』と王都で謳われたほどの、ファッションリーダーであらせられた貴女だというのに! わたくしでしたらみじめなあまり、心が冷え切ってしまいますわ」
と、さもクラリーシャの境遇を嘆くような口ぶりで、しかし服装を貶してくる。
それで周囲の学生たちも、クラリーシャのドレスに注目する。
彼らの反応は二通りだった。
「やはり新興の男爵家の財力では、嫁にろくなドレスも用意してやれないのか」という嘲り。
「あんなみすぼらしい格好で我慢させられるとは、おいたわしい」という本物の同情。
しかしクラリーシャは胸を張り、周囲の誤解を解くため堂々と主張する。
「これは義父がわたくしのために、心を砕いて誂えてくださった一着です。確かに高価な生地も使われていなければ、宝石の一つもあしらわれておりません。ですが、とても着心地がいいんです。動きやすくて快適なんです。さすが義父は武人の中の武人、お抱えのお針子さんまで常在戦場のなんたるかを知る名職人だと、感服いたしたほどですわ」
と、舅殿の名誉を守る。
実際、クラリーシャはこのドレスをいたく気に入っていた。
なぜならランセンとて、質実剛健を貴ぶ家風なのだ。
「貴族は舐められたら負けな稼業」であるために、確かに社交界の場では頭がおかしいほど高価(庶民の生活費数年分)なドレスをまとい、しかも使い捨てにする。
一方で普段着は簡素で丈夫、着たまま登山ができるようなものを仕立てさせていた。
その点、舅殿が抱えているお針子は、実家の者たちにも紹介したいほどの腕前だった。
ところがコーデリアは、クラリーシャの主張を「苦しい言い訳」ととったようだ。
「あらまあ、フェンス男爵は本当に野暮なお方だこと。戦場のなんたるかですって? きっと美意識と軍事作戦の区別もついていらっしゃらないのね。そのような野人が舅となるだなんて、クラリーシャ嬢が本当にお可哀想」
と、あくまで同情のていをとりつつ、扇子の向こうでクスクスと嘲笑う。
だがクラリーシャはすかさず反論した。
「ですがそんな武骨な義父だからこそ、エスパーダ辺境伯は信頼し、軍副司令に取り立てていらっしゃるのではありませんか? 義父の為人を笑うことは、それを重んじる貴女のお父上の名誉を翻って傷つけることになりますよ?」
「く……っ」
この的確な指摘に、コーデリアは咄嗟に言葉を返せない。
無様に歯噛みするだけで、その口元を扇子で隠して取り繕うのが精々。
まさしく斬って落とすが如き、クラリーシャの弁舌だった。
その鋭さに周囲の学生たちも舌を巻き、賞賛のざわめきが起こる。
コーデリアも分の悪さを悟ったのだろう。
内心の苛立ちを表すように、扇子を口の前で畳んでは広げるをくり返していた。
(これで彼女が引き下がってくれるとよいのですけど)
クラリーシャはそう思いつつ、油断なく辺境伯家令嬢との対峙を続ける。
果たしてコーデリアはぴしゃりと扇を閉じると、その手を止めた。
何か新たな攻撃材料を見つけたように、その目は一点に注がれていた。
まるで獲物をいたぶる前の猫の如く爛々と、嗜虐の色で輝いていた。
「フェンス男爵の為人についてはもう結構!」
コーデリアは自分から貶してきたくせに、厚顔にも居直ると話題を変える。
「だって貴女が嫁ぐのは、そこなジャンですものね。ご英明と名高いレナウン殿下とは比べるべくもなければ、クラリーシャ嬢とは到底釣り合うはずもない凡愚な男。これを悲劇と言わずしてなんと言うのでしょうか! 嗚呼、おいたわしい」
とクラリーシャの後方へ、嘲弄するような流し目を送ってくる辺境伯家令嬢。
その眼差しの先ではジャンが、必死に空気に徹していた。
下手に会話に加わり、コーデリアに槍玉に挙げられないようにと縮こまっていた。
見上げるように背の高い彼が、どうにかクラリーシャの背中に隠れてやりすごそうと、涙ぐましい努力をしていた。
貴族の鼻持ちならなさが、とにかく苦手だとこぼしていたジャンだ。
そんなジャンに対し、コーデリアの取り巻きたちまで意地の悪い口調であげつらってきた。
「男のくせに剣もダメ! 馬も乗れない!」
「学問教養もまるで身に着いてないし、教師に叱られてばかり」
「さらには礼儀作法もなってなくて、女性のエスコートさえままならない典型的な田舎貴族」
「身だしなみにも頓着なく、風采が上がらないこと甚だしい奴」
と、まさに言いたい放題だ。
そしてコーデリアが、とどめとばかりに言い放つ。
「一つとして取柄のないダメ男――それがこのジャンでしてよ?」
聞いた周囲の学生たちからも、苦笑と失笑が漏れる。
にもかかわらず、ジャンは何も言い返さない。
ただ羞恥に体を震わせ、ますます顔を落とすだけ。
(もう! 仕方のない人ですねえ)
自分の陰に隠れる婚約者をチラと振り返り、クラリーシャは困り顔にさせられる。
でもすぐにコーデリアへ向き直ると、これも毅然と反論する。
「今の発言は取り消してくださいませ、コーデリア様」
すると背後のジャンから、「まさか庇ってくれるのか?」という気配がする。
その期待をクラリーシャは一身に背負い、コーデリアに向かって言った。
「確かにジャン様はわたくしの見るところ、剣や馬を扱う筋肉になってません」
「ぐふっ」
クラリーシャがズバッと言うと、背後から血を吐くようなうめき声が聞こえた。
だが気にせず続ける。
「学問も教養もダメダメだと、義父も懸念しておりました」
「がっ」
「礼儀作法も零点ですね。まして女性のエスコートなんて、わたくしを置いて馬車からさっさと降りてしまうほどで、壊滅的と言わざるを得ないでしょう」
「うっ」
「髪はワカメだし姿勢はネコちゃんだし、風采が上がらないというご批評も適正です」
「ぎっ」
クラリーシャがズケズケと言うたびに、背後からうめき声が連発する。
また「君はどっちの味方なんだ……」と泣き言を漏らす、か細い声も聞こえる。
(もちろん、ジャン様の味方に決まってます)
だからクラリーシャは声高に言った。
「ですがジャン様はとても思慮深いところのある、心優しい人です」
聞いたコーデリアが「はあ?」と小馬鹿にしたように鼻を鳴らしたが、気にせず畳みかけるように続ける。
「生まれを鼻にかけない、慎み深い人でもあります。世の貴族の多くが、たまたま生まれた家の権力を己自身の実力だと錯覚しがちな中で、ジャン様は決して嫡子の立場に甘んじることなく、いっそ擲つ気概さえお持ちなのです。まさに天晴と申す他ありません」
理由こそまだ聞いていないが、ジャンは男爵家を継ぐつもりはないと言った。
だからクラリーシャはそう解釈した。
公爵令嬢の立場や将来の王妃の座――己の腕力でつかみとったわけではないそれらに魅力を感じなかった自分と、同胞のように思えた。
後ろにいる本人が「またイイようにとる……」と絶句していたが、気にしなかった。
一方でコーデリアだ。
「黙って聞いていればさっきから……だからなんだと仰りたいのかしら?」
と、あくまでジャンを侮る態度を崩さず、高慢な口調で訊いてくる。
クラリーシャは斬り返すように答えた。
「ジャン様にはジャン様の魅力があるということです。あなたは『一つとして取柄がない』と仰いましたが、その一点、撤回なさってくださいませ」
聞いてコーデリアは「御冗談を!」とばかりに高笑い。
認めたら負けだと思っているのだろう芝居がかった仕種だった。
「思慮深くて優しい? 貴族の立場に甘んじない気概? そんなもの魅力でも取柄でもなんでもありませんわ! ジャンがダメ男であることに変わりはございませんわ!」
と、けたたましく笑い続ける様は、見るに堪えない。
いくら扇子で口元を隠しても、彼女の品のなさまではとても隠し切れるものではない。
しかも取り巻きたちまでお追従で、ゲラゲラと嘲笑する。
コーデリアたちが普段からこの学校で、どれだけ増上慢に振る舞い、平気で他者を見下し、尊厳を踏みにじっているのかが、ありありと偲ばれる光景――エスパーダ辺境伯という虎の威を借りる狐どもの、醜悪な姿だ。
そんなコーデリアたちの方へと、クラリーシャは一歩を踏み出した。
(もう言葉は充分に尽くしました)
だから行動に出た。
貝殻を模した巾着袋から、扇子を取り出す。
どんどん派手に、大型化する当世の流行とは反した、楚々とした扇である。
それこそ小物入れに仕舞っておけるほどに小さい。
お洒落な扇子をこれ見よがしに持ち歩くのは、タイタニア淑女の嗜みだ。
扇言葉と呼ばれるジェスチャーを使うのが、奥ゆかしい貴婦人だという文化もある。
しかし生憎と、クラリーシャはどちらも嫌いだった。
扇言葉なんてかえって厭味ったらしく見えてならなかった。
だから、携帯するにも巾着袋に仕舞っているし、滅多に取り出さない。
そして、クラリーシャが扇言葉を使うのは、ただ一つの用法のみ――
「もう一度だけ言います。事実と異なるジャン様への誹謗を、取り消してください」
言ってクラリーシャは手にした扇を、あたかも刃の如くコーデリアの鼻先に突きつけた。
たちまち周囲の学生たちが、今日一番のどよめきを上げる。
扇を突きつけられたコーデリアは、ぎょっとなって目をしばたたかせている。
その取り巻きたちは扇を突きつけた少女の迫力に、呑まれたように怯んでいる。
一方、クラリーシャはただコーデリアのみを見据え、彼女の足元へと扇子を投げ捨てた。
これはタイタニアの扇言葉で、紳士にとっての手袋を投げつけるジェスチャーに相当する。
すなわち決闘の申し込みだ!
「我が生家は王国開闢以来、東方を守護せしランセン! 我が生地は尚武の州、モーヴ!
婚約者を不当に侮辱され、再三の忠告も無視され、撤回も謝罪もないとなればこれは黙っておられません。
さあ、どうやって勝負を着けましょうか?
舞踏や演奏の腕前でも。馬術や遊戯の競技でも。剣でも槍でも!
わたくしはなんでもかまいません。コーデリア様の喧嘩、言い値で買って差し上げます。
そして、公衆の面前で粉砕して差し上げます」
胸に手を当て、堂々と正義を主張するが如く宣戦布告する。
その一言一言に――まるで物理的な衝撃が伴っているかのように――打たれたコーデリアと取り巻きたちが後退りしていく。
だがクラリーシャは容赦なく問い詰めた。
「さあ、コーデリア様? お答えを」
タイタニアの扇言葉では、コーデリアが落ちた扇子を踏みにじれば、決闘成立だ。
逆に自ら膝を折って扇子をひろい、謝罪とともにクラリーシャへ返せば、それで水に流すというのが貴人の作法だ。
果たしてコーデリアは、憎々しげにクラリーシャを睨みながら――膝を折った。
クラリーシャの扇子を自らひろい、憤怒で震える手で差し出した。
「わたくしが言いすぎましたわ。ジャンにも何かしら取柄がある……認めますわ」
半ば歯軋りとともに謝罪を口にした。
それほどの屈辱を呑み込んででも、決闘から逃げたのだ。
得意ジャンルを選べとハンデを与えられてなお、完璧淑女と名高いクラリーシャには敵わずと――“ノースポンド校のクイーン”が全校生徒の前で、実力勝負で叩き潰される無様をさらすよりはまだマシだと、賢しらに体面を保ったのだ。
「コーデリア様の謝罪を受け取りました。では、これからは仲良くいたしましょうね?」
クラリーシャは鷹揚に扇子を受け取ると、しれっと右手を出して握手を求める。
「……ええ。貴女とご学友になれること、わたくしは楽しみにしておりましたのよ」
コーデリアはまだ屈辱で震える手で、握手に応じた。
また今のが半ば捨て台詞となって、憤然と踵を返して去っていく。
その後を取り巻きたちがゾロゾロと追い、また気遣わしげに囲んで彼らの女王を慰める。
そうして騒ぎの主役の片側が、舞台を去った。
しかし遠巻きにしている観客たちは、未だ解散しない。
先ほどの啖呵というかランセン公爵令嬢の【覇気】の凄まじさに、唖然騒然となったままだ。
このままでは収集がつかないと悟ったクラリーシャは、お暇を告げる。
「それでは皆様、遅刻してしまいますのでわたくしも失礼いたします」
スカートの裾をつまみ、淑女の礼をとる。
しかも、まさにお手本というべき所作。
両足を前後に開き、中腰になってお辞儀をした格好のまま、しばし維持するというカーテシーは――人体構造的に無理のある体勢であることから――本来、完璧に振る舞うのが難しい。
ゆえに上流階級の令嬢たちは、幼いころから厳しく練習させられる。
それでも未熟な者だとフラついたり、一端の貴婦人でも足の前後の開きを少し短くするなどして誤魔化すのが普通だ。
対してクラリーシャのカーテシーは、正しいとされる姿勢から寸毫の狂いもなかった。
まさに鍛えに鍛え抜いた修練(というか遥か後世の言葉を使えばインナーマッスル)の賜物なのだが、おかげで周囲の学生たちはクラリーシャの全身に{ごっつい(太字)}鋼の芯が通っている様を幻視していた。
もはや淑女の礼というには雄々しすぎる、何か別の代物に見えていた……!
「では、ごめんあそばせ~」
クラリーシャは頭を上げると、そそくさと立ち去る。
ジャンがはっと我に返り、カンナが「さすがクラリーシャお嬢様、スカッとしたっす!」と絶賛しながら後を追う。
しかし遠巻きにしていた学生たちは、にわかにその場を動けない。
クラリーシャが秘めた底知れない何かに、ただただ圧倒されていた。
「王都から素晴らしいご令嬢がいらっしゃると思っていたら、なんかヤバい奴が来た」
彼、彼女らの顔には一様にそう書かれていた。
クラリーシャは入学初日にして伝説を作った。
やられたらやり返す! でもそれだけでは終わらないのがクラリーシャ!!
明日もぜひお楽しみに!