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第三話  新しい婚約者

前回のあらすじ:


新興男爵家を潰さないため、新たな婚約者(取柄ゼロ)を支えてやってほしいと義父に頼まれたクラリーシャは、人生ハードモードにかえって生き甲斐を感じて成り上がりを誓った

 舅殿が言い出した。


「ランセン公爵は現在、所領に戻っておられるそうだな。オレは明日王都を発ち、ご息女を嫁にもらうご挨拶(あいさつ)に伺おうと思う。さぞかしお(しか)りを受けるだろうがな」


 クラリーシャは答えた。


「ええ、叱られるどころかきっと面倒なことになりますので、ご挨拶は見送った方がよろしいかと。代わりにわたくしが一筆(したた)めて事情説明をいたしますので、お義父様(とうさま)は使者の方だけご用意くださいませ」


 聞いて舅殿はまた丸い目をさらに丸くし、


「手紙一通で全部すませるってのか?」


 クラリーシャはとってもイイ笑顔になって、


「はい! 下手に説明しに行けば、父が『そんな婚約など認めん!』とか言い出しかねませんので。それより明日にも一緒に王都を発って、ジャン様の元へ向かいましょう。()()()()()()婚約を成立させましょう」


 仮にも貴族のご令嬢とは思えない型破り且つ豪胆な発言をしたクラリーシャに、舅殿はもう絶句していた。


    ◇◆◇◆◇


 舅殿はエスパーダ辺境伯に、軍副司令として仕えている。

 ためにフェンス男爵領にある荘園管理用の本邸(カントリーハウス)の他に、辺境伯領の都に職場通勤用の別邸(タウンハウス)を持っており、普段はそちらに住んでいる。

 ジャンも同様とのことで、クラリーシャは舅殿とともに州都リュータへと赴いた。

 

「ジャン様とお会いするのが楽しいです♪」


 目指すタウンハウスは、比較的中流家庭が集まった住宅街の一角にあった。

 別邸とはいえ貴族の住まいとしては、小ぢんまりとした四階建て。

 馬車が玄関先に到着すると、十二人の使用人たちがわざわざ総出で、笑顔で出迎えてくれる。

 従僕(フットマン)一般女中(ハウスメイド)らしき男女でおよそ半々。

 この彼らで家庭に仕える全員だろう。

 階下の住人だけで百人近くいた、ランセン家のタウンハウスとは比べるべくもない。

 上級使用人アッパー・サーヴァント下級使用人(ロワー・サーヴァント)の区別もないようだ。

 舅殿が田舎男爵だと自嘲するだけあって、貴族の家というよりは郷紳(ジェントリ)富豪(リッチマン)に毛が生えた程度の代物――というのが忌憚のないところだろう。


 だからといって、クラリーシャにはやはり不満などなかった。

 今も舅殿が先に馬車を飛び降りて、そのまま使用人たちのところへ行って、「お帰りなさい、旦那様!」「長のご出征より、よくぞご無事で!」と囲まれている。

 本来なら、淑女たるクラリーシャの下車に手を貸すのが貴族の作法(マナー)だが、舅殿は恐らくご存じない。

 だけど、これも不満はない。

 むしろクラリーシャは昔から、たかだか馬車を乗り降りするのに、いちいち男の手を借りるのも、介助を待たねばならないのも、七面倒臭くてしょうがなかったのだ。

 舅殿の真似をして「えいっ」と馬車から飛び降りる。

 淑女にあるまじきはしたない振る舞いだが、ここにはそれを見咎める者など誰もいない。


(ああ、気持ちいい!)


 顔も憶えきれないほどの使用人に囲まれるのは窮屈だし、馬車なんか一人で乗り降りする方がいいに決まっているのだ。

 ただこれまでは公爵令嬢として、将来の国母として、相応しい立ち居振る舞いを身につけなくてはならないから我慢していただけで。

 馬車から飛び出したこの一歩は、それらの因習やしがらみから解き放たれた、大いなる一歩である。

 クラリーシャにはそう思えた。


「遠いところからようこそおいでくださいました、クラリーシャ様」

「旦那様よりこの家のことを任されております、サージと申します」

「あーしはカンナっていうっす。どうぞお見知りおきくださいっす」


 馬車を降りたクラリーシャの前に、使用人たちがぞろぞろとやってきた。

 みんな純朴な人たちなのだろう、裏表のない笑顔で歓迎してくれた。

 クラリーシャは彼ら一人一人の顔を見て、名前をしっかりと記憶して、


「ジャン様に嫁ぐため参りました、クラリーシャと申します」


 敢えて淑女の礼(カーテシー)をとるのではなく、庶民のように深々と頭を下げる。

 王都から来た鼻持ちならない女ではなく、皆さんの一家となる女ですと仕種(しぐさ)で訴えかける。

 その気持ちと意図が伝わったか、


(公爵令嬢サマって聞いてたから、失礼なくお仕えできるか不安だったけど……)

(全然恐くないどころか、気さくなお方じゃないか)

(アタシたちにも優しくしてくれそう)

(しかもさすがお綺麗だし、本当にステキなお嬢様だわ!)


 とばかりに使用人たちの笑顔が、ますます花が咲いたようになった。

 クラリーシャもにっこり、ダメ押しに、


「王子様に婚約破棄されるような不束者(ふつつかもの)ですので、どうか気兼ねなくおつき合いくださいね?」

「「「アッハイ」」」


 さすがにアピール強すぎた。

 ドン引きされた。


(ファ、ファーストコンタクトはしくじったかもしれませんわね……)


 反応に(きゅう)している使用人たちに釣られて、クラリーシャも笑顔を引きつらせてしまう。


「まあまあ、挨拶はその辺でいいじゃねえか。それよりジャンの顔が見えないんだが?」


 意外と空気が読める舅殿が、その空気を入れ換えてくれる。


 この場の顔ぶれに使用人たちのものしかなかったのは、クラリーシャも気になっていた。

 ジャンが頼りにならない人物だというのは事前に聞かされていたが、それにしたって出迎えもしてくれないというのは少し薄情に感じられた。


「そ、それが若様は、今日も朝から部屋にこもりきりで……。何度もお声がけしたのですが、一向にお顔を出してくれない有様でして……」


 使用人を代表してサージという初老の男が、舅殿へしどろもどろに説明する。

 これには舅殿も目を剥いて、


「なんだとっ。お嫁さんが遥々来てくれたんだぞ!? 先触れだって出していたはずだっ」

「もちろん、若様にもお伝えしました。ですが、『勝手に婚約を決められても認めない』と仰せで……」

「バカ息子がっ!」


 怒鳴り声を上げるフェンス男爵。

 それから一転、今度は舅殿がクラリーシャへしどろもどろになって、


「すまない、クラリーシャ嬢……。今すぐオレが倅を引きずり出してくるから、どうか見限らないでやってくれないか……」

「いいえ、お義父様のお手を煩わせるまでもなく、わたくしがご挨拶に参ります」

「……いいのか? というか、あんたは腹を立てていないのか?」

「はい。これしきのことで怒るほど、高慢ちきではないつもりです」


 クラリーシャは口元に拳を当て、クスクスと忍び笑いする。


「それに第一、ジャン様のことを支えて上げて欲しいと仰ったのはお義父様ですよ? これしきのこと自力でなんとかできねば、内助の功もございませんでしょう?」

「……あんたは本当に義理堅い人だな、クラリーシャ嬢」

「というかわたくし、できない約束はしない主義ですので」

「ハハ、それを義理堅いっていうんだよ」


 舅殿が感心を覚えたように、ますますクラリーシャに好感を持ったように、温かい笑みをにっかと浮かべた。


 それからクラリーシャは屋敷に入り、三階にあるジャンの部屋へと向かう。

 案内は同年代の、鳶色の髪のメイドが買って出てくれる。

 先ほどカンナと名乗った娘だ。

 動作が機敏で、働き者らしいのが窺えた。

 そして部屋の前に着くや、無作法な手つきでガンガンとノックする。


「若様、若様! 未来の奥様が来たっすよ! いい加減、ここ開けてくださいっすよ!」

『うるさい、カンナ!』


 返事はただちにあった。

 これがクラリーシャの、未来の旦那様の声だろう。

 高くも低くもなく、今は苛立ちのせいかひどく尖った声が、部屋の中から聞こえた。

 他でもない婚約者がもう部屋の前まで来ていることに、ジャンは気づいていないのだろう。遠慮のない口調で続けた。


『僕はそのお嬢さんと会うつもりもない!』

「いい歳してダダこねるのはみっともないっすよ! 未来の奥様、めっちゃ美人っすよ! ぶっちゃけ若様、ラッキーすよ!」

『関係ないね! いいから早くお引き取り願えよ!』


 固く閉ざされた扉の向こうで、(かたく)なに言い放つジャン。

 取り付く島もないとはこのことだろう。

 どうしてここまで強烈に婚約を――否、クラリーシャを拒むのか。


(せめて会って、話して、馬が合わなかったということでしたら、理解もできるのですが)


 クラリーシャは首を傾げる。

「いい加減にしないと旦那様がブチギレるっすよ!」


 カンナが無作法なノックを続ける。

 果たしてジャンは答えた。


『キレそうなのは僕の方だよ! 父さんもカンナも――皆、どうかしている! そのお嬢さんは公爵家の生まれなんだろう? しかも将来の王妃サマになる予定だったんだろう? そんな立派な女性が、父さんのワガママで男爵の倅と婚約させられるなんて、ひどい話じゃないか! 一回そのお嬢さんの気持ちになって考えてみろよ。しかも王子に婚約破棄されたばかりなんだろ? 傷心だって癒えてないだろうに、可哀想だろうが』


 と、義憤に駆られた様子でまくし立てたのだ。


(あらあら……。まあまあ……)


 聞いてクラリーシャは穏やかに微笑んだ。

 薄情な人かと思えば、違った。

 クラリーシャのことが嫌で拒絶しているのかと思えば、違った。

 大違いだ。

 ジャンは相手となるクラリーシャの立場と心情を思い遣り その結果として婚約を拒否していただけなのだ。


「若様の言い分はわかったから、旦那様に直接言ってくださいっすよ!」

『嫌だね! 部屋から出たら、それこそ父さんの思う壺だ』

「ブチギレた旦那様が悪鬼(オーガ)と化して突入しても知らないっすよ!?」

『ハッ、鍵をかけてあるし、物を積み上げて塞いだから無理だね。父さんでも誰でも、入れるもんなら入ってみろよ!』

「なんて大人げない!」


 呆れ返りつつ、まだガンガンとノックをやめないカンナ。

 そんな仕事熱心なメイドを、クラリーシャは「もういいです」と制止する。


「え、どうしてっすか? ま、まさかやっぱり嫁入りはナシってことっすか? 早や若様に愛想尽きたっすか!?」

「いいえ、それはないです。むしろお嫁に来て正解だったと感激しているところです」


 先ほどのクラリーシャを(おもんぱか)る一言を聞けただけでも、そう思えた。

 たとえジャンが貴族の嫡男としてはダメダメでも構わない。

 品性下劣な正体を現したレナウンより、結婚相手として百倍マシに決まっている!


「ですからわたくし、これは是が非にでもジャン様にお会いしようと思います」


 いったいどうやって――と顔に「???」を浮かべるカンナに向かって、クラリーシャはイタズラっ子めいた顔でウインクした。


    ◇◆◇◆◇


 フェンス男爵家・嫡子ジャンは、後に述懐している。

 クラリーシャと出会ったその時の衝撃は、一生忘れることはないだろう、と。


 この日、ジャンは朝から部屋に閉じこもり、徹底抗戦の構えをとっていた。

 父親のワガママで連れてこられた婚約者とは、敢えて心を鬼にして会わないつもりだった。

 そう、クラリーシャ嬢は被害者であって、何も悪くない。

 責任は全て、強引な性格の父親にある。


「ああ、ムナクソ悪い。でもそのお嬢さんだって、せっかく遥々来てくれたのにな。さぞ僕のこと恨んでるだろうな」


 拭えない罪悪感が(うず)いて仕方ない。


「でも婚約拒否しておきながら、良く思われようだなんてのも、僕のワガママだよな。じゃあ、やっぱ徹底して悪役になるべきだよな」


 と、ジャンがそう独白しつつ、せめて春風でも浴びて心を洗おうと窓際に近づいたのと、


「うふふ。ジャン様はとても潔い方ですのね」


 と、少女の可憐な声が突如として聞こえたのは――

 奇しくも同時だった。


「……は?」


 いきなりのことに唖然となるジャン。

 そして、目の当たりにした。


 両手両足でロープをつかんだ美少女が、

 窓から勢いよく飛び込んでくる、

 トンデモナイ光景を……。


「『入れるものなら入ってみろ』とのことでしたので、来ちゃいました」


 彼女はロープを離すとまるで腕白坊主のように、ぺろっと可愛く舌を出してみせた。


    ◇◆◇◆◇


 (さかのぼ)ること数分前――

 クラリーシャは館の屋根の上に立っていた。

 ドレスは脱いで、動きやすい格好に着替えている。

 さすが四階建て、地上までの高さは十四ヤード(約十三メートル)はあろうか。

 前庭にいる使用人たちが、ハラハラとこちらを見守っている。


(ど、どうか無茶はやめてください!)

(貴族のお嬢様のやることじゃないですよ!)

(あああ心臓に悪い……っ)


 とクラリーシャを見上げるその目が訴えている。

 彼らがこちらの身を案じてくれているのはうれしいが、


(このくらいの高さ、平気ですよ。足場(やね)だってちょっと傾いててすべりやすいだけで、別に綱渡りをしているわけじゃないんですから)


 クラリーシャは平然と笑顔を向け、ひらひらと右手を振って応える。

 一方、左手には丈夫なロープを持っていた。

 屋根裏部屋の窓から外へ出てくる時に、クラリーシャの体重より重いベッドの足に括りつけてから、反対端を引っ張ってきたのだ。

 そして、それを屋根の下へと垂らす。

 もちろんジャンの部屋の窓に目がけてだ!

 ちょうど直上にカンナが起居する屋根裏部屋があったので、ロープの支点を結ぶのに使わせてもらったというわけである。


「本当に大丈夫か、クラリーシャ嬢?」


 その屋根裏部屋の窓から、舅殿が不安げな顔を出していた。

 窓枠が小さくて、巨漢の彼は外に出てこられない。


「これくらい朝飯前ですわ、お義父様。では御免あそばせ!」


 クラリーシャは軽快に返事をすると、ロープを使ってするすると下降していく。

 両手両足を使ってしっかりと体を保持しつつ、丸一階分を降りるくらいならあっという間。

 まさに熟練の身ごなし。

 残り少しのところまで来ると壁を蹴り、一度屋敷の反対側へと大きく離れて、振り子の要領で窓から部屋へと突入する。


 種明かしをすれば――これがジャンの部屋に、クラリーシャが窓から現れた経緯だった。



「ようやくお会いできましたわね、ジャン様。既にお聞き及びのことと思いますが、わたくしがこのたび嫁ぎに参りました、クラリーシャと申します。不束者(ふつつかもの)ですが、末永くよろしくお願いいたします」


 窓辺に雄々しく立ったクラリーシャは、ロープを離すと挨拶する。

 同時に、初めて会う未来の夫を観察する。

 まず目に付くのは、その背の高さ!

 目測、六フィート四インチ(約一九三センチメートル)。

 肩幅も申し分なく、父親譲りの立派な体格である。

 ただし猫背だし、筋肉も脂肪も全然ついてなくてガリガリの痩せぎす。

 なまじ背が高い分、よけいにヒョロヒョロとして見えて、頼りない印象が強い。


(ですがこの方ならわたくしの背丈が大っきな分にも、文句を言われずにすみそうですね)


 レナウン王子に「並んで立つとみじめになる」と、恨み言をぶつけられたばかりだ。

 おかげで自分の背の高さが、コンプレックスになってしまうところだった。


 次いでわかるのは、ジャンは身だしなみには頓着(とんちゃく)がないタイプのようだということ。

 栗色の髪を伸ばし放題にして、(くし)も入れてないから、まるで海藻みたいになっている。

 目元まですっかり隠れてしまっていて、人相も判別できない有様。

 総じて「イケてない」男子――それがジャンであった。


 一方でジャンの目には、果たして未来の妻(クラリーシャ)は初対面でどう映っているだろうか。


「あんた、バカかよ!?」

(いきなり罵倒されましたわ!?)


 しかも貴族にあるまじきぶっきら棒な言葉遣いで、クラリーシャは二重にびっくりする。


「王都でできたお友達の皆様から『変わり者』と言われたことは多々あるのですが、『バカ』は初めてですわ……」

「どこから入ってきてんだよって言ってんの!」

「窓からですが何が?」

「非常識だと思わないのかよ!」

「非常識なのはジャン様もご一緒では?」


 クラリーシャは扉の内側に積み上げられた、机やら衣装箱やらを指し示す。


「そっ、それは僕も反論できないけど……。だからって窓からはないだろ!? 落ちたらどうするんだよ、危ないだろ!」

「もしやわたくしの身を案じ、わたくしのために怒ってくださっているのですか?」

「そ、そんなわけないだろっ。イイ方にとるなよっ」

(半分くらいは『そんなわけある』というお顔をしてらっしゃいますけどね)


 口は悪いが、やっぱり根は優しい人らしい。

 一つ良いところを見つけた。

 そんな未来の夫に、自己紹介がてら教える。


「ちなみにこれしきのこと、わたくしにとっては危険でもなんでもないです。ロープワークも縄登りも、幼いころから叩き込まれておりますから」

「ハァ!? あんた、公爵令嬢なんだろ!?」

「ええ、わたくしの生家であるランセンは王国開闢(かいびゃく)以来、東方を守護してきた武門の家。また、わたくしの生地であるモーヴは尚武(しょうぶ)(くに)。武術・馬術・体術の一通りは基礎教育というものですわ」

「女なのに!? しかもあんた、本来なら王妃サマになる予定だったのに!?」

「生まれた時からそう決まっていればこそ、父と祖母はわたくしに厳しく仕込んだのです。一朝事あらば、我が身を呈して玉体をお守りするのが、王妃の務めというものですもの」

「何もかも非常識(メチャクチャ)すぎだろ、ランセン公爵家……」

「お褒めに与り恐縮ですわ」

「一個も褒めてねえよ!」

(半個くらいは褒めて……いえ、これは本当に褒めてないお顔ですわね)

 クラリーシャはしゅんとなる。


 一方、ジャンはわずかの逡巡の後に切り出した。


「……あんたにだけは、先に話しておかなきゃならないことがある」


 口調こそ変わらずぶっきら棒だが、クラリーシャを見る瞳には誠意の色が窺えた。


「僕は男爵家を継ぐつもりはない」

「ええっ」

「父さんに言われて大人しく学校(スクール)に通っているのも、家を出る準備がまだできてないからだ。それが済み次第、僕はこの家とも父さんとも縁を切る」

「なんとっ」

「だからあんたが、父さんとの約束を守る必要はない。こっちが不義理を働いてるんだ、あんたは胸を張って好きに生きたらいい」

「そんなあっ」


 寝耳に水の事態に、思わずカタコトになってしまうクラリーシャ。

 覚悟を決めて男爵家に嫁ぎにきたら、今度は婚約相手がその爵位を継がないと言い出した。


(わたくしの人生紙風船ぶりも極まってきましたわ)


 ここまで来ると逆に笑いが出てしまう。引きつった笑いが。


「わかりました、ジャン様。そのことについては、今後みっちりと話し合っていきましょう」

「悪いけど僕の意志は堅いから。今すぐ出ていってくれ、ここは僕の部屋だ」

「うっ。お邪魔しました」


 出入り口の扉をビシッと刺され、クラリーシャはショボショボと出ていく。

 ジャンに「入れるものなら入ってみろ」と(挑発とはいえ)許可されたから、破天荒な手段を使ってお邪魔したのである。部屋の主に出ていけと言われれば、従わざるを得ない。その辺のエチケットは破らないのがクラリーシャだ。

 でも去り際、テーブルの下を這ってくぐった格好のまま、ジャンを振り返って言う。


「今日は失礼いたします、ジャン様。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「はっ!?」

「わたくしも通うこととなっておりますので。これからは学友ですね、わたくしたち」

「マジかっ」


 寝耳に水の話なのだろう、今度はジャンがカタコトになる番だった。

 クラリーシャはちょっぴりしてやったり。

 一度会話を拒絶された程度で、めげる女ではないのだ。


(ふっふっふ。学内ならば、わたくしから逃げることはできませんわよ?)


 もちろん、部屋に閉じこもることも不可能だ。

 かといって登校拒否もできないだろう。出奔の準備が整うまでは、大人しく学校に通うしかないと語ったのは他でもないジャン自身。


「いっぱいお話ししましょうね~♪」

「待てよ! 僕につき合うのに、わざわざあんなところに通う必要はないだろ!」

「そんなことはないですよ。以前から一度、通ってみたいと思ってましたよ?」

「だからって……」

「『胸を張って好きに生きたらいい』とたった今、言ってくださったのはジャン様ですよ? なのでわたくし、これでもかと胸を張って登校させていただきますね」

「ぐっ……」


 二の句を失ったジャンに一礼し、クラリーシャは今度こそ退室した。

 明日を楽しみにしつつ。

二人の間に壁があるなら破壊するのがクラリーシャ流!

明日もぜひお楽しみに!

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新作始めました。
『辺境領主の「追放村」超開拓 ~村人は王都を追放された危険人物ばかりですが、みんなの力をまとめたら一国を凌駕する発展をしてしまいました~』
★こちらが作品ページのリンクです★

ぜひ1話でもご覧になってみてください。
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