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第二話  幸せとは己の手でつかみとるもの

本日はスタートなので2話更新です!

「本当にすまなかった、クラリーシャ嬢。この通りだ」


 フェンス男爵マテウスは開口一番そう言うや、深々と頭を下げた。

 堂々たる体躯と、一流の武人の姿勢の良さを持つ彼だから、陳謝の仕種(しぐさ)一つとっても見応えがある(というのも変な表現になるが)。


 国王陛下との謁見が終わった後、すぐのことである。

 場所は宮殿内にいくつもある貴賓室の一つ。


「オレのことはさぞや恨んでいるだろう。だが、(せがれ)のことは勘弁してやってくれないか。愛して欲しいとまで図々しいことは言わないが、支えてやって欲しいんだ」


 (しゅうと)となる英雄が一向に頭を上げず、嫁となる小娘に懇願する。


(無茶苦茶なことを言い出す人だと思いましたが、案外まともな方なのかしら?)


 性分というか、クラリーシャはつい好奇心が(うず)いてしまう。


「頭をお上げください、お義父様(とうさま)

「! オレを義父(ちち)と呼んでくれるのか?」

「お嫁に行くと自分でも決めたのですから、当然のことです」

「すまない……。オレのことは存分に恨んでくれていい」

「いえ、自分の人生紙風船ぶりには正直、呆れ返る気持ちを禁じ得ないのですが、お義父様のことは別段恨んでおりません」

「そうなのか……? このまま行けば王妃だった公爵令嬢が、いきなり田舎男爵の嫁に落ちぶれたんだぞ? 恨まれて当然だと覚悟しているが……」

「王妃様の地位も公爵令嬢の立場も、わたくしにとってはさほど魅力がございませんので」

「なんと、そこまで!?」

 舅殿は意外そうに、ただでさえ丸い目をもっと丸くした。

 その愛敬に、クラリーシャは口元に拳を当ててクスクスと笑う。


 まあ世間一般の常識的には、それらの地位や立場は羨望の的であろう。

 しかしクラリーシャは断じて違う。

 その理由を舅となる人に語る。


「わたくしは亡き祖母を心から敬愛し、祖母の教えを金科玉条としております」

「偉大な女傑であらせられたそうだな。名門中の名門ランセン公爵家を、一代でさらに強靭な御家にしたとオレも伝え聞いただけだが」

「ええ、仰る通りです。そして祖母は東方の帝家の血筋だったわけですが、ランセンへの降嫁(こうか)を嘆いたことは一度もなかったと、わたくしも父母から聞いております。なぜなら――」

「なぜなら?」


 舅殿が強い興味を抱いてか、前のめりになって続きを待った。

 クラリーシャは改めて噛みしめるように言った。


「――『人生の幸せは他者に与えられるものではなく、自分の腕力でつかみとるものだ』と」


 それが祖母の一家言であり、また自分が心の深い部分に刻み付けている教えである。

 舅殿が「素晴らしい!」と膝を叩き、クラリーシャはにこりとして話を続ける。


「確かにわたくしは裕福な暮らしを享受しておりますが、それはたまたま公爵家に生まれただけのこと。将来の王妃の地位も、赤子のころより約束されたもの。どちらも自力でつかみとったわけではありません。それがわたくしには正直、不甲斐なく思えてしまうのです」

「なるほどなあ……」


 と舅殿も感心したようにうなずいて、


「無茶を承知であんたを嫁にもらって、やっぱり正解だったよ」


 こちらを見る救国の勇者の瞳に、確かな敬意の色が浮かぶ。


「何かご事情があったんですね、お義父様?」

「深い事情じゃない。それとこっちの身勝手な理由にすぎないのも変わらない」


 そう前置きしながら、今度は舅殿が説明してくれた。


「ウチはオレでようやく三代目の、吹けば飛ぶような男爵家だ。先々代のエスパーダ辺境伯のお引き立てでな。だからジイサン、オヤジ、オレと――とにかく辺境伯の顔を潰さないよう、貴族の血筋(ブルーブラッド)のなんたるかは理解できなくても、せめて王国のために役に立てるよう頑張ってきた」

「素晴らしいお話ですわ。家柄なんていくら古くても、建国時のご先祖様が立派だったというだけで、今はあぐらをかいて貴族の矜持も努力ノブレス・オブリージュも忘れてしまっている方々が、大勢いますもの」

「ハハハハ! 嫁御はなかなか口さがない!」


 クラリーシャが冗談めかして実情をぶっちゃけると、舅殿が豪快に笑ってくれた。

 そして一転、真剣な顔つきになって、


「とにかくだから、我が家は当主自身がしっかりしてないと、いつお取り潰しになっても不思議じゃない――王国に不要だったと陛下や辺境伯が考え直したら終わり、そんな状況なんだ」

「対ミッドランド戦線での大殊勲は、まさにそのご覚悟の賜物というわけですわね」


 クラリーシャもまた大いに感服した。

 危険な作戦に志願し、夜襲という困難な任務を見事にやり遂げた男の言葉は、重みが違う。

 未来の毒夫(レナウン)から逃げるためとはいえ、見ず知らずの相手に嫁ぐことになってもあまり忌避感がなかったのは、少なくとも舅になるのがこのような勇者だという要因が小さくないだろう。


「お義父様が何を仰りたいのか、見えてきました。つまり四代目――わたくしの夫となる方もしっかり当主を務めてくださらないと、フェンス家が取り潰されてしまうかもしれないと、そうご懸念なのですね?」

「そう! まさにそうなんだ、クラリーシャ嬢! 問題は倅のジャンなんだよ」


 よくぞ理解してくれたと、舅殿が快哉を上げる。


「ジャンはオレに似なかったのか……体はヒョロヒョロで武術も馬術もてんでダメだし、覇気がなくて郎党どころか使用人にさえ舐められている。しかもここ最近は一日の大半をウジウジと部屋に閉じこもって始末に負えんのだ。学校(スクール)にはちゃんと通っているから、引きこもりってわけじゃあないんだが……」

「運動は苦手でも、部屋で勉学に励んでらっしゃっているのでは?」

「それが成績も話にならないレベルだって、教師が口をそろえて言うんだ。オレも学や教養は威張れたもんじゃないから、せめてそこを倅が補ってくれるなら、次期当主として頼もしいんだがなあ……」


 天を仰いで嘆く舅殿。

 立派な巨漢がすっかり小さくなって見える。


「昔はジャンもこうじゃなかったんだ……。素直で、頑張り屋でな……良い子だったんだよ。剣の稽古や勉強に一生懸命で、オレが褒めてやるとそりゃもう大喜びでなあ……」

「いわゆる反抗期ということなのでしょうか?」

「……かもしれん。五年前に母親を亡くしてな。あれからオレとジャンの仲は、どうにもギクシャクするようになってしまった。オレはガサツな性格だし、あいつの心情をケアしてはやれなかった。男親一人になっても立派に育てようと気負うばかりで、厳しくしすぎたのもあった」


 と自省する舅殿。

 しかし義父とて最愛の妻を早くに失ったわけで、その悲しみを堪えつつ親として完璧に振る舞うことは、決して容易ではなかっただろうとクラリーシャは同情した。


「お義父様は、昔のジャン様に戻って欲しいとお考えなのですね?」

「ああ、そうなんだよ。……いや、素直じゃなくてもいい。オレのことは嫌ってくれてもいい。だけど昔のように何事も一生懸命な、立派な当主になってくれなけりゃあ困ると、弱り果てていたんだ。そしてそこに聞こえてきたのが、あんたの噂だ」

「わたくしのですか?」

「正確にはあんたたち、か。それまで『正直、頼りない』という評価だったレナウン王子が、クラリーシャ嬢とともにすごすようになって以来、たった二年で人が変わったと耳にした」

「えっ!? しかし殿下は、お会いした時から努力家でいらっしゃいましたが?」

「オレが耳にした話と違うな。あくまであんたに触発されて、二人で切磋琢磨した結果だと聞いた。おかげで今では王太子に相応しいご立派な御方になったともな」


 だから――と舅殿は続ける。


「クラリーシャ嬢が嫁に来てくれたら、不出来な倅も人が変わったようになるんじゃないかと、立派な当主に成長してくれるんじゃないかと、そう期待した。幸い歳も同じだしな。これがあんたを褒美にくれと、陛下に要求した理由なんだよ」

(理由はわかりましたけど、わたくしにそんな殿方を別人にしてしまうほどの影響力があると!? わたくし、魔女ではないのですがっ!?)


 やっぱり無茶苦茶な話だと、クラリーシャは困惑を禁じ得ない。

 その一方で、こうも考える。

 舅殿だとて無茶苦茶なのは承知で、まさしく藁にもすがる想いでクラリーシャを頼ったのではないかと。


「フェンス男爵家が潰れれば、一族郎党が路頭に迷う。それだけは避けにゃならんのだ……」


 事実、舅殿はひどく思い詰めた顔でそう言った。

 そして、それこそがまさに貴族がなす(ノブレス・)べき責務と努力(オブリージュ)


 強い覚悟を見せられて――

 クラリーシャは己の心に、カッと火が点ったのを感じた。


 その強い想いのままに、自分もまた(はら)を括って言う。


「わかりました、お義父様。まだお会いしたこともないジャン様を愛せるかどうかは自信がございませんが、妻として支えるとそれはお約束いたします」

「っ。……ありがとう、クラリーシャ嬢。レナウン殿下にも言われたが、せめてものあんたは大切にすると約束する。どうか身一つで我が家に来て欲しい」


 熊めいた大男が、感極まったように鼻の下をこする。

 そんな舅殿に、クラリーシャは意気込みと抱負を語る。


「わたくしも全力でお家のためにがんばります。皆の力を合わせ、吹けば飛ぶような男爵家から脱却いたしましょう! まずはお義父様の代の間に子爵家へ陞爵(しょうしゃく)し、ジャン様の代で伯爵家へ!! ゆくゆくはわたくしが産んだ子を鍛えに鍛え、侯爵家へ上り詰めるのです!!!」


 まくし立てたクラリーシャの言葉を、舅殿は唖然となって聞いていた。

 しかしクラリーシャは興奮のていで、


「ああっ、血が騒いできましたわっ。これこそ自分の腕力で幸せをつかみとるということっっ。親に与えられた立場や約束された地位よりも、遥かに人生の醍醐味(だいごみ)にあふれているというものですわっっっ」


 ――と。


 そのはしゃぎっぷりは今し方、王太子に婚約破棄され、公爵令嬢から落ちぶれることとなった悲運な娘の態度とは、到底(とうてい)思えるものではないだろう。

 舅となるフェンス男爵は、極めて好意的な苦笑いとともに言った。


「めげない人だな、あんたは……」


 クラリーシャは口元に拳を当て、クスリとして答えた。


「ええ、よく言われます。わたくしの唯一の取り柄なんです」


かくしてクラリーシャは新しい婚約者の元へと!

明日もぜひお楽しみに!

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新作始めました。
『辺境領主の「追放村」超開拓 ~村人は王都を追放された危険人物ばかりですが、みんなの力をまとめたら一国を凌駕する発展をしてしまいました~』
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ぜひ1話でもご覧になってみてください。
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