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第一話  望みのままの褒美からの婚約破棄

 公爵令嬢クラリーシャは、どこに行っても注目を集めてしまう。

 単に王太子レナウンの婚約者だからとか、未来の王妃だからという肩書以上に、クラリーシャ本人の存在感――輝きと言ってもいい――が人々を()きつけてやまないのだ。

 それは今日も例外ではなかった。

 これから国王陛下による大事な謁見セレモニーが始まろうかというのに、決して主役は十六歳の小娘(クラリーシャ)ではないのに、既に集まった宮廷貴族や廷臣たちは口々に彼女のことを噂し合っているのである。


「見て、クラリーシャ嬢よ。今日もお綺麗でいらっしゃるわ」

「黒真珠のようにきらめく瞳と髪のお色! 本当に羨ましい」

「ランセン公爵家に降嫁(こうか)なされた、今は亡きご祖母殿のお血であろうなあ」

「確か遥か東の帝国の、公主(ひめ)であられたというお話よね?」

然り(しか)、然り」

「あのご身長の高さは、武勲赫々(ぶくんかくかく)たるランセン公爵家のお血筋かしら」

「すらりとなさって羨ましいわあ」

「だがクラリーシャ嬢が優れているのは、ご容姿だけではないと聞くぞ。王妃教育を担当する女官がお教えすることが何もないと、うれしい悲鳴を上げていた」

「うむ。ランセン公爵は厳格な御仁だからな。ご実家での基礎学習の賜物であろう」

「わたくしはクラリーシャ様が舞踏会で踊る姿が、目に焼き付いて離れませんわ」

「あら? チェンバロのお腕前だとて宮廷楽士顔負けでしたわよ?」

完全無欠の淑女(フローレスレディ)(うた)われるのも、伊達ではないな」


 ――エトセトラ、エトセトラ。

 あまりに持ち上げられすぎて、クラリーシャは背中がムズムズして仕方ない。

 というか、いたたまれない。


(だってレナウン殿下が隣にいるんですもの!)


 自分は今日、王太子の随伴としてこの謁見の間にきたのだ。

 皆もどうせ褒めたり噂するのなら、未来の国王であるレナウンの方に忖度(そんたく)すべきではないのだろうか。

 にもかかわらず、


「レナウン殿下のご美貌も、タイタニア随一のものですけれど……」

「このところは政治や経済、ご勉学にもひどく励んでいらっしゃるとのことだが……」

「口の端に上らせるのも畏れ多いことだが、クラリーシャ嬢と並ぶとさしもの殿下も霞んで見える」


 ――みたいな声が、チラホラと聞こえてくるのである。

 おかげで隣のレナウンが、屈辱で全身を震わせていた。

 笑顔こそ絶やしていないのは、さすが宮廷作法(マナー)のなんたるかを心得た殿下というべきだが。


「殿下、殿下。宮廷雀さんたちのお言葉なんて、真に受けるものではないですよ」


 クラリーシャはそっと小声になって、婚約者に耳打ちする。

 下品にならない仕種(しぐさ)で、そっと寄り添う。


「わかっている、リーシャ」


 するとレナウンは素っ気なく答え、またクラリーシャが近づいた分だけ離れる。

 なんとも冷たく感じる態度だが、今日に始まったことではない。


 クラリーシャは身長五フィート九インチ(約一七五センチメートル)。

 レナウンが五フィート八インチ(約一七二センチメートル)。

 ヒールを履いて並ぶと、もうクラリーシャの方が見下ろす格好になってしまう。

 それをレナウンは以前から、気にして仕方ない様子なのだ。


(レナウン様はわたくしと違って繊細なお方ですもの、わたくしの方が気を配らないと。またお母様に『本性が雑』だと(しか)られてしまいますわ。それにレナウン様は将来このタイタニア一国を背負う重責と日々、戦っていらっしゃるのだから、わたくしもちゃんと半分支えて差し上げないと)


 意気込みも新たに、自分に気合を入れるクラリーシャ。


 すると、いよいよ国王陛下が王妃とともに広間に到着し、謁見セレモニーが始まった。

 本日は「救国の英雄」を迎え、ねぎらうという重要な日。

 というのも――タイタニアは半年前の秋から、戦火に見舞われていた。

 西の隣国であるミッドランドが、突如として侵略してきたのである。

 タイタニアは百年の泰平を誇る平和な国で、しかしだからこそこの卑劣な不意討ちの対応には後手に回らされた。

 国土防衛のための戦は長引き、泥沼化するだろうというのが大方の見方だった。

 ところが、うれしい誤算が起きた。

 宮廷の誰も面識がないほど新興の家の田舎男爵が、自ら立案・志願した危険な夜襲作戦を成功させ、ミッドランドの侵略軍の大本営を直撃し、見事に敗走せしめたのである。

 ゆえに彼を「救国の英雄」と呼ばずして、いったい誰を呼ぼうか?


「フェンス男爵マテウス様、御謁見のため御入室!」


 広間の入り口に待機していた侍従が、声を張り上げて彼を呼んだ。

 それでクラリーシャに集まっていた一同の目が、一斉にそちらへ向けられた。

 さしもの彼らも、「救国の英雄」への興味は並々ならないものがあった。

 もちろん、クラリーシャもだ。

 果たしてどんな人物か?

 年齢は三十八で、筋骨たくましく、十六歳になる嫡男が一人いる――事前情報はこれくらいだ。

 軍記物語(フィクション)なら才気煥発(さいきかんぱつ)な美丈夫というのが相場だが、はてさて。

 やっぱり現実的な策士だったり?

 あるいは乱世の勇者、治世の蛮人という残念なパターンも?

 瞳を好奇心で輝かせるクラリーシャ。

 両開きの大扉が儀仗兵たちによって、重々しく押し開けられていく。

 その向こう側から、ついに噂の勇者殿が一同の前に姿を現した。


(まあ。なんだか森の熊さんみたい)


 というのがクラリーシャの第一印象だった。

 フェンス男爵は六フィート半(約二メートル)の背丈と分厚い体躯を持つ、大男だったのだ。

 しかも面構えは厳めしいし、髭モジャ。全身も毛深そうだった。

「筋骨たくましい」という前評判ではあったが、それにしたってここまでとは想像しない。


 目の当たりにした一同から、身勝手な嘆息が漏れる。

 軍記物語から飛び出したような美丈夫の線ではなかったからだろう。

 期待が一気にしぼんでいくような空気の中で、一人クラリーシャは違う感想を抱いていた。


(この方、きっととてもお強いわ)


 フェンス男爵が雄々しく見えるのは、ただ強靭な肉体に恵まれただけでなく、恐ろしく姿勢が良いからだとクラリーシャは気づいていた。

 ランセン公爵家に仕える騎士たちにも大勢いる。一流の武人は日頃の鍛錬の成果で、あたかも芯に鋼鉄が入っているかの如く、立っても歩いても動作にブレがないのである。

 その点、男爵には一際ぶっとい芯が通っているように、クラリーシャの目には映った。


(我が家自慢の騎士たちが、束になってかかっても敵わないかもしれません)


 さすが大功を立てた勇者様だけはあると、納得すること頻り。

 もし祖母が存命だったら、きっと惚れ込んだに違いない。

 他家の当主ゆえに、ランセンの騎士には取り立てられないことを惜しんだだろう。


 その大男が真紅の長絨毯の上をのしのしと闊歩し、国王陛下の前に進み出る。

 すぐ後ろには侍従が張り付いていて、宮廷作法に詳しくないだろう田舎男爵のために、小声になってフォローする。

 例えば謁見では陛下の近くにどこまで進み出てよいのか、「平民ならここまで」「男爵ならここまで」という具合に、身分によって厳格に決められている。

 フェンス男爵は侍従のアドバイス通りに足を止めると、その場でひざまずき、(おもて)を下げて言上した。


「えー……神なる巨人の(すえ)にして王国の天を支える御方……ラゼル四世陛下に申し上げます。フェンス男爵マテウス……お召しにより御前に参上仕りました」


 これも侍従に吹き込まれた台詞を読み上げる。

 だから声こそ体格に相応しい朗々たるものだったが、口調はかなりぎこちなかった。

 受けて陛下が苦笑混じりに答える。


「よいよい。我がタイタニアに大勝をもたらしてくれた英雄に、些末な儀礼など要らぬ。面を上げて楽にするがよい」


 まずフェンス男爵が作法に則り、陛下への最敬礼を示した上で、今度は陛下が救国の英雄への度量を見せる。

 ラゼル四世はただ気さくに振る舞っているのではなく、王の権威を保つためにはこの手順が必要だった。これもまた厳格な宮廷作法というものだった。

 それを済ませた上で、


「余はそなたの武勲に報いねばならぬ。男爵よ、望みのままの褒美を申すがよい」


 陛下は恐ろしく気前の良いことを言った。

 確かに戦が長引けば、タイタニアの政治経済に与えた打撃は尋常ではなかっただろう。

 それが男爵のおかげで早期決着し、陛下の喜びもひとしおだろう。

 だからといって「望みのままの褒美」を与えるとは、普通はあり得ない。

 まるで御伽噺の世界の話だ。

 陛下も内心浮かれすぎて、ちょっと言ってみたかったのかもしれない。


「ありがとうございます、陛下。それじゃあお言葉に甘えて――」


 果たしてフェンス男爵も、遠慮するではなく喜んだ。

 楽にせよと陛下に言われたのもあり、面を上げて口調を砕けたものに変えた。


 そんな彼がいったい何を褒美に望むのか――

 一同、固唾を呑んで見守った。


(普通はもっと上の爵位とか広大な領地、あるいは宮廷での地位や重職とかでしょうか)


 クラリーシャも興味津々で男爵の言葉を待った。

 果たして大柄な勇者は、朴訥な態度で答える。


「ウチの倅がそろそろ年頃でして。いい嫁さんをいただきたいんです」


 なるほどそう来たか、と一同がざわついた。

 ラゼル四世にはまだ婚約者の決まっていない王女(むすめ)が二人いる。

 フェンス男爵はそのどちらかを花嫁に迎え、血筋に箔をつける魂胆なのだろうと。

 本来ならば男爵家に王女が降嫁などあり得ない話だが、それが国を救った英雄ならば大それた要求とは言えないだろう。

 陛下も納得の笑みを浮かべ、鷹揚の態度でうなずいた。


「男爵の望みはあい、わかった。余の名において我が娘を――」


 と、フェンス家との婚約を認めようとした。

 しかし陛下も、この場の一同も、勘違いをしていた。

 フェンス男爵の要求には続きがあったのだ。


「ですんで倅の嫁にぜひこの国一の別嬪(べっぴん)と名高い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 と、朴訥としていながらも堂々たる態度で言ってのけたのだ。


「はい……?」


 クラリーシャが思わず首を傾げたのも、無理のない話だった。


    ◇◆◇◆◇


 ラゼル四世が狼狽を隠せない様子で、フェンス男爵に聞き返した。


「余の聞き間違いであったか……? 余の娘ではなくランセン公爵の息女を所望すると、そう聞こえたのだが……」

「ええ、陛下。お姫様ではなくて、そのクラリーシャ嬢をウチの嫁にいただきたいと、確かにオレは申し上げました」

「ま、待つのだ男爵よ……」


 陛下が見たことないほどの困惑ぶりで言った。


「クラリーシャ嬢は、既に(そく)のレナウンと婚約しておるのだ……」

「ええ、陛下。それはオレも聞き及んでおります。ですんでランセン公にではなく、陛下にお願いをしてるんです」

「待て待て待て……。クラリーシャ嬢は物ではないのだぞ? 公爵から預かった息女を、右から左へ下げ渡すような、そんな道理が通るはずがあるまい……」

「ですが陛下は望みのままの褒美をくださると、そういう仰ったのでは?」


 フェンス男爵は肩を竦めて疑問を口にした。

 別に玉座をくれとか、無理難題をふっかけているわけではないのに――とばかりの居直った態度だった。

 国王なのにこんな望みも叶えることができないのか、約束を破るのか、と煽っているようにも見えた。ずっと朴訥に振る舞っていた大男が垣間見せた、さすがは破格の勇者ともいうべき太々しい仕種であった。


(む、無茶苦茶にもほどがありますよ!)


 堪らないのはクラリーシャである。

 宮廷作法的に、当事者とはいえ口を出すわけにはいかないので黙っているが、いきなり嫁に来いとか言われても困る。

 しかも相手はこの場にいない、見ず知らずの男だ。


(第一レナウン殿下との先約があるんですから! 早く断ってください、陛下。早よ早よ!)


 クラリーシャは思わず貴婦人的立ち居振る舞いを忘れて拳をにぎりしめ、目に力を込めて国王陛下に無言で訴える。


 ラゼル四世もその視線と気迫に気づいて、渋面になった。

 英雄への褒美の約束か、公爵家との結婚の約束か、どちらをとるかで板挟みなのだろう。

 その隣ではシャイナ王妃が大きな胸の前で手を組んで、ハラハラと見守っている。

 果たして王が如何なる決断を下すのか――群臣一同、固唾を呑んで待つ。


 ところがである。

 答えを出したのは、国王その人ではなかった。


「考えるまでもないではありませんか、父上! いえ、陛下!」


 クラリーシャの隣にいた少年がいきなり前に進み出て、こう言い募ったのだ。


「フェンス男爵は紛れもない救国の英雄です! その彼の武功に重く報いねば以後、誰が戦で奮起するでしょうか? それは国を危うくする所業に相違ありませぬ!」


 と、レナウンが役者ばりに髪を振り乱しながら訴える。


 周りは唖然茫然だ。

 まさか彼自身の口からこんな言葉が出てくるとは、誰も思っていなかっただろう。

 ラゼル四世が、シャイナ妃が、さらにはフェンス男爵でさえあんぐりとなっている。

 もちろん、一番驚いているのはクラリーシャである。


(で、殿下!? レナウン殿下あ!? いきなり何を言い出すんですか!?????)


 隣にいる婚約者の、悲劇の主人公ばりに慨嘆している横顔を、穴が開くほど見つめる。

 しかしレナウンはこちらの気も知らず、


「王国の盤石のためならば、余らの婚約はなかったことにすべきだ! 無論、余とて許嫁を――他ならぬリーシャを失うのは辛いっ。だが苦渋の想いで彼女を諦めよう……!」

(ええええええええええええええええええ!?)

「どうか約束して欲しい、フェンス男爵! リーシャを大切にすると。余に代わり、良き(しゅうと)として必ず幸せにしてくれると!」

(ええええええええええええええええええええええええええええ!?)


 レナウンは被害者ぶっているが、言っていることは一方的な婚約破棄だ。

 さも理屈は通っているが、クラリーシャに一言の相談もなく決めていいことではないはずだ。


 愕然となっていると、レナウンに突然抱きしめられた。

 これが別れの抱擁だと、最後になると、まるで名残を惜しむように震えながら、小声で耳打ちしてくる。


()()()()()()()()()()()()()()()()、天の神々に感謝せねばな……っ」


 と、驚くべき台詞を。

 ほくそ笑む気配とともに。

 うつむいたレナウンの表情は周囲の誰にも――そしてもちろん、抱きしめられたクラリーシャからも――見えなかったが、邪悪そのものの笑みで毒々しく彩られていた。

 体の震えもまた、暗い愉悦によるものだった。


「どういうことですか、殿下……?」

「余は父上がそなたを――貴様を婚約相手に選んだことを、ずっと恨んでいたのだ。完全無欠の淑女(フローレスレディ)だと持て囃される貴様に対し、余はまるで釣り合いのとれぬ王太子だと、陰で笑われているのが業腹で仕方なかったのだ」

「そ、そんなことは決して――」


 ない、と言おうとしてクラリーシャは、しかし言い切れなかった。

 確かに二人が並んだ時、自分ばかり周囲から持ち上げられる状況は、今日に始まったことではなかったのだ。


「余とて努力はしたっ。しかしどれだけあがいても、もがいても、貴様にはまるで追い付けぬ。当然の話だ、貴様は余に輪をかけて勤勉なのだから、追い付ける道理がない。余のみじめさが貴様にはわかるか、リーシャ?」

「ゴメンナサイわかりません!」


 クラリーシャは正直に答えた。

 だってそうだろう。

 己の理想と現実が乖離しているなら、努力を続けるだけのことだ。

 クラリーシャならむしろ遣り甲斐を感じることだ。


「貴様の背丈も、余には憂鬱の種だった。常に上から見下ろされるのが屈辱だった。並んで立った時、余のみじめさが誰の目にも浮き彫りなるのが我慢ならなかった」

「身長は好きで大っきくなったわけではありませんしっ」

「もっと言えば、余は母上のように胸の大きな女が好みなのだっ。貴様は本当に何から何まで不本意極まる婚約相手だった」

「ひ、ひどいっ」

「余は貴様が大嫌いだ。その貴様と婚約破棄する僥倖を得られて今、天にも昇る心地だっ」


 レナウンは言いたい放題に毒を吐き出すと、せいせいしたようにクラリーシャを突き放した。

 そして声を張り上げ、広間の一同に知らしめた。


「リーシャもまた婚約解消に同意してくれた!」


 などという嘘を、臆面もなく。


「彼女が愛国心と献身の精神にかけて人後に落ちぬことは、諸卿らもよく知るところだろう! そのリーシャだ、陛下の詔勅(みことのり)の不可侵を護るため、また救国の英雄の求めに応えるため――将来の国母の座も諦め、喜んで男爵家へ嫁ぐと言ってくれた!」


 またももっともらしい理屈を捏造し、まくし立てるレナウン。

 しかし聞いた一同は、納得顔でどよめいた。

 公爵令嬢が我が身を犠牲に男爵家へ嫁ぐのだと、そんな空気が醸成されつつあった。

 

 もちろん、クラリーシャはそれを否定できる。

 レナウンの今の発言は虚偽だと告発できる。

 だが、したところでどうなるというのだ?

 婚約破棄を認める気はなく、このままレナウンと添い遂げたいと主張するのか?

 見下げ果てた本性をさらけ出した、こんな男と?


(考えてみれば、これはわたくしにとっても僥倖なのでは?)


 王太子の本性を知ったのが結婚の後だったら悲劇だが、前なら不幸中の幸いというものでは?

 しかもあちらの方から婚約をなかったことにしてくれるというし。

 将来の王妃の座だって、別に執着も未練もない。

 赤子の時からそうあれと決められていた責務だから、相応しい人物にならんと努力を怠らなかっただけで。気ままに乗馬でもしている時の方が楽しい性分だし、実は宮廷など窮屈で仕方なかったというのが全き本音。


(うん。やっぱりわたくし、ノーダメですね)


 クラリーシャはどこまでもタフにそう結論した。

 そして、そうとなれば決断は早かった。


「全て殿下の仰せの通りです。わたくしはフェンス男爵家へ嫁ぎましょう」


 一部の隙もない淑女の礼(カーテシー)とともに、優雅に宣言する。

 受けてフェンス男爵が喜色を浮かべ、陛下もどこか安堵した顔を見せる。


 それでよい。

 いずこから待ったがかかる前に、さっさと決定事項にしてしまうに限る。

 特に父親がもしこの場にいたら反対しただろうが、幸い今は領地に戻っている。

 もちろん、見ず知らずの男に嫁ぐのに不安がないと言えば嘘になるが、レナウンと結婚するより百倍マシに違いないと、クラリーシャはすっぱり割り切った。

 なんなら「将来の毒夫から逃げる口実に利用させてもらおう」くらいに思っていた。

 どこまでも前向きで、めげない少女――それがクラリーシャだった。


「ごきげんよう、殿下。どうか今度こそお幸せに」


 別れの挨拶(あいさつ)を済ませ、そそくさと退散しようとする。


「……嫌味か」


 とレナウンは思いきり顔を(しか)める。

 クラリーシャにそんなつもりはないのに、どうしてそんな風に歪めて受け取るのか、不思議だった。

 でもすぐに、


(なるほど、これがわたくしには殿下のご胸中を頓着できないということ)


 と納得できた。

 世の中には、永遠にわかり合えない相手というものがいるらしい。

 一つ勉強になった。クラリーシャはそう思った。


全十話の物語です。

毎日更新していきますのでよろしくお願いいたします!

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『辺境領主の「追放村」超開拓 ~村人は王都を追放された危険人物ばかりですが、みんなの力をまとめたら一国を凌駕する発展をしてしまいました~』
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