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「でかした! それは有力な情報じゃないか」

 放課後、東香に聞き取りの結果を報告してみると、大ボリュームの好反応が返ってきた。

 今、オレたちがいるのは、大鮫島と本島湾岸を繋ぐ一本橋「涙橋なみだばし」のたもとだ。

 学校を出てすぐのこの場所には、東香が「涙橋なみだばし水門スルース」と呼ぶ水門があり、当然ながら学校非公認団体である緑化サークルにとっての、活動場所的な役割を果たしている。

 水門を囲う柵に寄りかかりながら、東香はオレの報告を振り返る。

「つまり、広くんは一年三組の担任である、近藤教諭が怪しいと思っているわけだね」

「窓の外を見てたところを目撃しただけだけどな」

「起点としては十分さ。実際、他の生徒は特に何も知らない様子だったんだろう?」

「窓際のやつに話を聞いたけど、今朝までのオレらと、花壇への認識は変わらないみたいだったな。そもそもの話、一年生は入学したばっかりだし、勝手に花壇に種まきするような謎の度胸ねえと思うぞ」

「確かにね。私達からしたら、もう三年にもなったかという気分だけど、新入生ニュービーからしたら、中学デビューしたてだしね」

「園芸に目覚めたどっかのクラスが、課外活動とかに使ってるだけじゃないのか?」

「いやいや、それはないさ!」

 結んだ髪を揺さぶって、元気いっぱい東香が否定する。

「自信満々だな」

「実はね、私の方でも調査をしていたんだよ。それもこの塔銘学園中等部とうめいスクールミドル運営者アドミンたちにね」

「普通に『教師に確認取った』って言えよ、なんだよアドミンって」

「そういう君も、ずいぶん私の『国際語』をスラスラ解読できるようになったじゃないか、関心関心。――それで、学校全体の園芸や風紀を担当している教務の先生に確認したところ、例の花壇の使用を申請してきた人は、教師・生徒ともに誰もいないそうだ」

 さすがは優等生だけあって、教務から簡単に情報を引っ張ってこれたようだ。

「つまり、あの花壇は現在進行系で不正利用されているってことかよ」

「そういうことになるね~」

 心なしか、東香の語尾が楽しそうに跳ねている。おおかた、彼女好みのアウトローの出現にときめいているんだろう。

 だが、リアルにアウトローだったオレからすると、刺激の少ない話ではある。

「別に花壇くらい、勝手に種まいても怒られないだろ。誰も使ってないわけだし」

「景観が良くなって、自分でも世話する必要ないなら、青少年の発育だか道徳だかの助長に役立つって、教師たちも大喜びだろうからね」

「勝手に花壇に花を植える活動家ねぇ……デパートのトイレで、トイレットペーパーを三角に折ってるやつみたいな、妙なボランティズムの持ち主だな」

 まさしく「お節介」、もしくは「時間の無駄」といったところだ。

「だがしかし、そんな活動を応援するのが私達じゃないか。私はこの緑化運動に『東香大賞アワード・個人緑化の部』を贈呈したい。つきましては、ぜひとも近藤教諭に会いに行こう!」

「これから? まだ近藤がやったって決まったわけじゃないぞ」

「そこを、めくるめく華麗な推理で解き明かすのが、楽しいんじゃないか。ほら、手を繋いで行こうよ」

「非公認団体所属の激ヤバ生徒二人が、お手々繋いで自分に会いにきたら、近藤はどんな顔するんだろうな」

 適当にあしらいながら、校舎の方を向く。とりあえず、東香が「行く」と言った場所についていくのが、このサークル設立以来のオレの仕事だ。

 もちろん、手は繋がない。



 さっき出たばかりの校門を逆戻りして、オレと東香は学校へと再入校した。近藤に花壇のことを問い詰めるために、職員室へと向かおうとしたのだ。

 しかし蓋を開けてみれば、彼とはすぐに会うことができた。

 実は、職員室までの道のりは、中庭を通るとショートカットになるのだが、その中庭にて、ワイシャツ姿の近藤その人を発見したのだ。

 しかも彼は、例の違法利用花壇に、ジョウロで堂々と水をやっていた。

 遠目にその姿を発見するやいなや、軽快に先頭を行っていた東香は、いたくショックを受けた顔で叫んだ。

「あ、あ、あ、あれ、近藤教諭じゃないか!」

「本当だ、しかも水やりしてるな。じゃああいつが犯人だったってことか。スピード解決して良かったな、東香」

「なにが良いものかっ! もう、これから君と二人で、楽しい楽しい尋問タイムに精を出せると思ったのにぃ、現行犯逮捕じゃ『お前がやったんだろ』って、顔面をビンタできないじゃないか」

「現行犯逮捕じゃなくても、それは違法捜査だ」

「ふん、とにかく真相を追求してやるもん」

 つかつかと東香は近藤に近づいていって、その背中をノックする。

「すみません、お時間よろしいですか?」

「えっ!?」

 突然の襲撃に、ジョウロを取り落としそうなほど驚いた様子で近藤が振り返った。

 まぁ、不意打ちで東香から声をかけられたら、オレだってひっくり返る自信があるが、彼はわりと早く落ち着きを取り戻した。

 ジョウロを花壇横に置くと、ズボンやワイシャツを軽く払ってから、近藤はオレたちに相対する。

「どうしました?」

「私は、個人的に園芸活動をしている三年の青柳という者です。こきげんよう」

 わざとらしいくらい丁寧に、おしとやかに、東香は名のりを上げた。

「お名前くらいはもちろん知ってますよ、東香さんは有名人ですから」

 そのセリフには、きっと「良い意味でも、悪い意味でも」という前置きが隠れているんだろうが、東香は好意的に受け取ったようで、笑顔になった。

「はい、その東香です。……それで、この花壇に以前から注目してたんですが、今は近藤先生が管理していらっしゃるんですか?」

 ジョウロや花壇に目をやりながらたずねる東香に、近藤は柔和な表情でうなずく。

「ここで、個人的に花を育ててるんです」

「あぁ、そうでしたか」

「もしかして、東香さんも何か植えたかったですか?」

「実はそうなんですよ! それで、この花壇って、利用許可とか必要なのかなぁって……」

 これは上手い。

 もちろん東香は、花壇に利用許可が必要なことは事前調査で知っている。その上で、あえて知らないフリをして質問することによって、近藤が利用許可について嘘をついたり、何か隠し立てするようなことがないかと、カマをかけたわけだ。

 オレたちがじっと見つめる前で、近藤はややあってから口を開いた。

「実は、花壇の利用については教務に申請が必要なんだけど、今回はちょっと事情が違うんですよ」

 意外な答えに、東香が聞き返す。

「どう違うんですか?」

「それを答えるにはまず、ちょっと追加の説明が必要かな。――ほら、あそこを見て」

 近藤が手で示した先、中庭の端のほうには、こじんまりとしたビニールハウスが設置してある。

「あのビニールハウスの中には、スコップとかジョウロとか、園芸で使う道具が入ってるんだけど、その他にも、色々な植物な『種』が保管されているんですよ」

「園芸倉庫ですよね。でも、道具の他に、種が保管されてるとは知らなかったです」

「あはは、職員でも知らない人が大半だから無理ないよ。それでね、この花壇に植えたのは、そこから持ってきた古い種の一つなんだ。何ぶん保管期間が長いものだからね、きちんと芽吹くかはまだわからないんだ」

「保管してる間に、種の中の養分が切れちゃったら、発芽力を失っちゃいますもんね」

「さすがは東香さん、詳しいね。それで先生は、この未使用の花壇に種を一つまいてみて、きちんと芽が出るかどうかの『実験』をすることにしたんだよ」

「教務に連絡しなかったのは?」

「あくまで、まだ実験段階だからだよ。これは個人的な試みだし、別のクラスが花壇を使いたいようなら、そっちを優先したいと思って。もちろん、きちんと発芽して育てることになったら、教務にはきっちり報告するつもりだったよ」

「あぁ、そういうことだったんですか」

 この理屈には、東香も納得せざるをえなかったらしい。

 近藤はさらに、花壇のすぐ背後にある一年三組の教室の窓から、教室の内側に体を入れると、窓際にある教卓の上にまで手を伸ばして、何かを取ってくる。

「ほら見て、これが今回使った種です」

 見せつけてきたのは、表に【マリーゴールド(黄)】と表記された、種入の小袋だった。その袋には、近所のホームセンターの赤い値引きシールが張ってあり、確かにこのあたりで仕入れられた物だということを証明している。

 種の袋をガン見している東香に、近藤は胸を張った。

「もしも、このマリーゴールドが咲いたら、また見に来てください」

 


 近藤と別れてから、オレたちは彼の言っていた園芸倉庫を見に行くことにした。

 中庭の端(といっても、狭い中庭なのですぐ近くだが)にぽつんと置かれた小ぶりなビニールハウスの中には、いくつか錆びた金属のラックが置かれており、その上に鉢植えやシャベル、ジョウロなどが置かれていた。

 東香はなんの遠慮もなしにビニールハウスに侵入すると、積まれた備品をガサゴソとあらためて、やがて百均で買ったような小さなプラケースを掘り当ててきた。

 土で汚れたプラケースの中には、近藤が見せてきたのと同じような、種が入ったポリエチレンの小袋がいくつも入っていた。

「うーん、近藤教諭の言った通りだ。こっちにある種はたしかに古いものだし、袋にはみんなホームセンターのブランドロゴが印刷してある」

 東香がそのうちの一つを手渡してくる。

「こっちのは値引きシールはついてないんだな。……あれ、この店のロゴって、こんな色だったか?」

「これオレンジ色のロゴは、旧バージョンのロゴだね。昨年、デザイン変更でオレンジから緑に変更されたらしいよ。――うわ、見てくれ、こっちには三年も前の種がある!」

「オレたちが入学するより前か。そりゃ、色々変わってるわけだ」

「くそー、こんなに余ってるなら、ちょっとくらい緑化サークルに恵んでくれてもいいじゃないか! うちの無能管理者(アドミン)どもめ」

 近藤と喋っていた時のおしとやかな口調はどこに行ったのか、東香は相変わらず素直すぎる物言いだ。

 オレはいくらか袋を確認してから、東香の持ってきたケースの中に投げ返す。 

「これで本当に謎は解けたな。近藤は、ここに放置された種を有効活用しようとしただけらしい」

「何も後ろ暗いことはなかったのか……」

「残念そうだな」

「もっと面白いことになると思ってたんだよ。やりがいのある調査リサーチとか、解きがいのあるキューとか、もっとザクザク出てくるものだと予想してたのに」

「オレたちの代わりに、近藤が一つ緑化してくれたってことで、それでいいだろ」

「もー、つまんなーい」

 それから、むすっとした東香をなだめるのは大変だった。色々と声をかけたり、(非常に不本意ながら)褒めたりもしてみたが、東香はまだ何かに引っ掛かっているらしく、ずっと不機嫌だった。

 まぁ、今度の放課後一緒にクレープを食べに行ってやると約束したら、すぐに元気になったが。

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