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1.


 オレの同級生は、激烈に変人だ。

 彼女は、名前を青柳あおやぎ東香とうかといい、オレの通う中学校で勝手に「緑化サークル」なる、キテレツな奉仕活動団体を立ち上げた。

 そんな、緑化サークルの目的は一つ。

 ここ、都内港湾に位置する埋立地の人工島「大鮫島おおさめじま」を、緑と愛で沈めることである。



 早朝、登校時間より優に早い時間に、オレは塔銘学園の中庭に呼び出された。

 並び立つ校舎の隙間を埋めるようにして設けられた狭い中庭に着くと、すでに彼女は金剛力士像のごとく堂々と待ち構えていた。その右腕には、「緑化」と書かれた、トレードマークの真っ赤な腕章が輝いている。

 オレを見つけて、彼女は顔を綻ばせる。女優のように出来のいい造形の顔の前で、一本だけ編み込みを入れたショートカットの髪が揺れていた。

「やーやーひろしくん。グッモーニン!」

「ったく、こんなジジイみたいな時間に呼びつけやがって。ワルどもの集会でもこんな時間なかったぞ」

「さすがは不良バッドボーイの広くんだ、反社会集団の習性には詳しいね」

「〝元〟不良な。……それで、今日はどこを緑化するつもりだ?」

「この中庭の花壇(フラワーステージ)さ。我が塔銘学園中等部(とうめいスクールミドル)には、このような使われていない花壇スペースが沢山あるんだよ」

 ――注釈を入れておくと、このエセ英語と日本語が入り交じった東香の奇妙な喋り方は、彼女いわく「国際語」といい、昨今の多様化社会を生きるための必須テクニックらしい。知らんが。

 ともかく、東香は自分の背後にある花壇を緑化する計画らしい。

 目を向けると、そこにはレンガで囲われ、土だけが敷かれた花壇スペースがある。

「花壇はあるが、花がないな」

「そうなんだよ! うちの塔銘ティーチャー連中ときたら、サービス残業が増えるのを恐れて、誰も園芸に手をつけようとしないんだ」

「そりゃ、誰かが種まきでもしたら、そいつがお花係を押し付けられるに決まってるからな」

「みんな腹の底では、花壇に花がないのでは寂しいと思っているはずなのに、まったくやるせない話さ」

「それで、オレたち緑化サークルの出番ってわけか」

「イエス!」

 両手で丸を作りながら、東香がぴょんと飛び跳ねる。朝から元気なやつだ。

 しかし、こっちは彼女の道楽に付き合わされているだけなので、早く終わりそうなプランを打診する。

「島のホームセンターで、適当に花の種でも買ってきてまくか」

「ノーノー、甘いね広くん。種なんてまくのは時代遅れさ」

 そう言うと、東香は自分の後ろにそれとなく積んであった青いビニールシートに手をかける。

「これを見てくれ……オープン!」

 一気にシートを取り払うと、そこには地面に並べられた、いくつもの「苗鉢」が置いてあった。黒いビニールの鉢からは、青々とした緑が飛び出している。

「なんだよこれは」

「花の苗だよ。例のホームセンターの、園芸フェアで安売りしててね」

 確かに、ビニール鉢にはどれも、行きなれた店の値引きシールが張ってある。

「校内にはどういうルートで持ち込んだんだ?」

「校門の警備員の目を盗んで、運び込むくらい簡単さ。やつら、いつだって詰め所でスマホいじってるだけなんだから」

「それは、違法に学校に私物を持ちこんだ上に、そこらに勝手に並べて置いといていい理由にはならないぞ」

「君、不良のくせに社会法規にセンシティブじゃないか、失望したぞ」

「お前がルールに鈍感すぎるんだ」

まあ、どれだけ文句を繋げても、こいつには通じないと本当はわかっている。

「お前は自分勝手だからな」

「私をこんなに勝手な女の子にしちゃったのは、君じゃあないか」

 まったく、とんだ言いがかりだ。

 もはや反論することすら面倒になって、オレは話題を少しずらすことにした。

「ところで、今日は『他のやつ』いないのか?」

 実は緑化サークルには、信じがたいことに、オレ以外にもメンバーがいる。どうやら東香は、一部のもの好きから人気らしく、熱狂的なファンが何人か所属しているのだ。

「彼らは……今日は休みだよ」

「今日っていうか、なんかあいつらここのところずっと休みじゃねえか? そのせいで、最近はいつも二人っきりだし」

「な、な、な、なんだねその言い方は。べ……別にぃ? 私が君と二人っきりで仕事がしたいから、わざとのけ者にしているとかじゃないし!」

「何を騒いでるんだよ。人手不足じゃ、単純に作業効率悪いだろって言いたいの」

「悪くないもん!」

 ハリネズミのように縮こまって、東香は耳を塞ぐ。こうなったらもうどうしようもない。

 オレは渋々、彼女のワガママを聞いてやることにした。

「わーったよ面倒くさい。そんで、オレは何をしたらいい?」

「私が用意した、この合計十個の花の苗を、花壇に植え付けてくれればいい」

「植え替え、ってやつだな」

「私はガラガラの遊園地ですら、五分の待ち時間に耐えかねて帰るような、せっかちな性格だからね。わざわざ種まきからして芽吹きを待つなんて、超スローリーな手は使ってられないのさ。――あ、ちなみに今の情報は、私を遊園地に連れて行く時に参考にしていいよ」

「お前と遊園地に行くことなんか、一生ねえよ」

 一応、やることはわかったので、オレは東香の後ろに回り込むと、苗鉢を取り上げ、花壇への植え付けにかかる。

 視線を移すと、花壇の端にはすでにシャベルが置かれていた。

「準備いいな、もうシャベルは用意してあんのか」

「わははは、もっと褒めてくれたまえ。なんてったって私はいつでも――え?」

 不意に東香が顔をしかめる。

「私はシャベルなんて用意してないよ」

「はぁ?」

「苗の植え替えなんか、素手でやるか、中庭の園芸倉庫から道具をくすねてくればいいと思ってたんだ。だから今日は、苗以外は何も準備してないんだよ」

「なら、誰かが忘れてったとか?」

「この花壇は私たちが入学したときからこんな有様なんだ。つまり、もう二年強は使われていないということになる。なのに、誰かが今さらシャベルを持ってきたというのかい?」

「どうも気になる話だな」

 手にしたシャベルをよく見てみる。

 頑丈な作りをしていて、先端には湿気った土が付着している。

「ついさっき使ったばっかに見えるな」

「それこそ馬鹿な。我々の運動に心打たれて、先回りして緑化した人がいるとでも?」

「考えにくいな。それに、お前レベルの変人がまだいるなんてごめんだ」

 持ち主不明のシャベルで、とりあえず花壇に手をつける。

 詳しいやり方なんか知るわけもないが、土を丸くすくうように掘ってみると、シャベルの先端に、柔らかい土がこんもりと積もった。

「……おかしい」

「まだ何かあるっていうのかい!」

「いや、二年も放置された荒れ土なら、こんなに柔らかいはずがないだろ。見ろ、土の中に、枯葉や木のチップまで混じってるぞ」

「言われてみれば、確かにこれは『腐葉土』だね。家庭菜園を思いついた主婦が、最初に買ってくるようなやる気マンマンな代物だ」

「オレらも普段の活動でよく使うしな」

 二人して、花壇を覗き込んだまま首をひねる。

 オレが「もしかして」と、さらに土をグリグリやってみると、やがて特徴的な見た目をした、小さな黒い物体が掘り当てられた。

「思った通りだ。〝種〟があった」

「うわ、マジじゃないか。この、黒い筒状で、白いフサフサがついた形は……おそらくマリーゴールドだね」

「この春の時期にまくには、いい品種だよな」

 東香に付き合わされるうちに、オレも植物には無駄に詳しくなっていた。マリーゴールドといえば、この四月あたりが種まきの時期の、黄色やオレンジに花を咲かせる育てやすい花だ。

「私たちが、花壇を盛り上げてやろうと勇み足してきたのに、先回りされていたということか」

「ま、いいんじゃねえか? 代わりにやっといてくれたわけだし」

「何がいいもんか! これは事件の匂いがするよ……よし、緑化は一時中断として、今日はこの花壇の謎を解明しようじゃないか」

「そうなると思ってたよ」

 東香と出会ったのは、昨年の十月。年をまたいで、今が四月だから、ちょうど半年くらいの月日が経つことになる。

 だから、植物のことよりもずっと、オレは彼女の旺盛すぎる好奇心について、よくわきまえている。

「刑事の鉄則からすると、まずは聞き取り調査からだよね」

「誰に何を聞き取るんだよ」

「そこは、君の自由意志に一任するよ」

「結局オレ任せかよ……で、お前は何するわけ?」

 そう切り返すと、東香は自分の足元に並んだ、苗鉢の集団に目を落とした。

「とりあえず、これをどこかに隠さなきゃかな? 教員どもにバレる前に、学校の外に運び出さなきゃいけないし」

 どうやら、しばらく東香の援助は貰えないらしい。元から期待もしてないが。

 まだ眠気の残る目をこすりながら、オレは渋々、彼女の刑事ごっこに付き合ってやることを決めた。

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