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鏡の向こうの運命のヒーロー  作者: 武田カヌイ
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迷宮の街、真実の探求

 警視庁特殊運命捜査部捜査一課の課長室。蒼井(あおい)一課課長は真剣な表情でデスクの前に座り、二つのプロファイルを見比べながら考え込んでいた。徐に顔を上げ、ドアを見つめながら「入っていいよ」と声を発した。

 彼は特異な能力を持ち、数分先の出来事が分かる運能力もっていた。小野寺彩香(おのでらあやか)がノックする前に彼女の訪問を予知していたのだ。

 ドアの裏側でその光景を目にした彩香は微笑みを浮かべながらノックをやめ、自然にドアを開けて蒼井の前に進んだ。頭を少し下げ、ソファに向かい座りながら彼を見つめた。その眼差しは蒼井への敬意と信頼を込めたものだった。

 蒼井は口を開いた。

「確か今日で、研修の学科の最終日、明日からは演習だよね?」

 小野寺は答えた。

「はい、今のところ、研修生たちは問題なく授業を進めています。」

 蒼井は頷きながら続けた。「この、現在の西村俊介(にしむらしゅんすけ)のプロファイルと被疑者の西村俊介のプロファイルは、内容はほぼ同じだが、明らかに年齢が違う。面白いのは、現在の西村だと、犯罪組織にいた3年間が抜けている。これは事実なのか、それとも演技なのか、小野寺二課長はどう思うかな?」

 小野寺は口を開き、答えた。「今の西村君の会話から察するに、嘘をついているとは思えません。記憶喪失の可能性も考えましたが、児童施設や学校、部活などを調査した結果、環境は同じでした。しかし、当時の西村を知る犯罪者たちからの調書による情報から推測すると、この被疑者西村は、別人格だと思います。可能性があるとしたら、多重人格ですね」

 蒼井は重ねて言った。「私も多重人格を考えましたが、あの4年前の『赤の災害』の出来事を『Kウイルス』と答えた点が解せないんだ」

 小野寺が口を開いた。「私も気になり、国科研に依頼しましたが、そのような検体は存在しないとの回答がありました。ただ、ある国でそのウイルスに近い研究をしていたとの国連国軍情報もありましたが、『赤の災害』の影響で研究は中止されたようです」

 頷きながら、蒼井は口を開いた。「今後、現在の西村とも、この件に関わってくることを踏まえ、被疑者西村を被疑者Aと呼ぶことにする。小野寺二課長は、もう一度6年前の被疑者Aの情報を探ってくれるよう、お願いしよう。以上だ」

 小野寺は敬礼して一課課長室を出た。警視庁地下駐車場に待機していた神谷(かみや)の車に乗り込み、話し始めた。「新宿歌舞伎町の『ホストクラブICE(あいす)』に向かってくれる。詳細は車の中で話すから」神谷は頷きエンジンをかけ、警視庁を後にした。

 

 6年前、新宿歌舞伎町の街並みには、色鮮やかなネオン看板が輝きを放っていた。その華やかな看板の中に、有村陽葵(ありむらひまり)は、モデル仲間に連れられて『ホストクラブICE』の前に立っていた。彼女は「私、ホストクラブってあんまり興味ないし、入ったことないんだよね〜」と口ごもりながら話す。しかし、モデル仲間は手招きしながら「やだよ、絶対楽しいし、みんなめっちゃカッコいいから、入っちゃおうよ!」と誘い、陽葵を引っ張って店の中に入って行った。

 陽葵は目の前の華やかさと掛け声に驚きながらも、その世界に引き込まれてしまった。ソファに座ると、ボーイが近づいてきた。「御指名はありますか?」と尋ねる。陽葵は戸惑いながら首を横に振った。すると、ボーイは笑顔で言った。「それなら、入りたての新人がいるから紹介するね」と告げ、すぐに新人ホストを連れてきた。ホストの名前はヒロキだった。「こんばんは!ヒロキです!」と挨拶を交わし、ヒロキは陽葵の隣に座った。

 彼らの会話は特別なものではなかったが、ヒロキは常に優しく接し、陽葵の悩みを親身に聞いてくれた。その楽しいひと時は夢のように思えた。

 以来、陽葵はほぼ毎日のようにホストクラブに通うようになった。数か月が経ち、ボーイが金と銀であしらった頑丈なシャンパンケースを運んでくる間、ヒロキは陽葵の目を凝視し、笑顔で見つめ合っていた。陽葵は微笑みながら言った。

「ヒロ、今月こそは月間表彰を取れるかな?」

 すると、ヒロキは嬉しそうに頷きながら、「あまり気にしなくても大丈夫だよ。それよりも陽葵のことが心配なんだ。無理しなくていいからね。楽しく飲もう」と言って立ち上がり、席を外した。

 その後、ボーイが駆け寄り、暗い顔で陽葵に話しかけた。

「ヒロキさ、このままでは月間表彰入賞は厳しいかもしれないんです…」

 驚いた陽葵が尋ねると、ボーイはシャンパンタワーを頼めば巻き返せるかもしれないと話して去っていった。ヒロキと入れ替わった。

「暗い顔してどうしたの?」と心配そうに陽葵に話しかけた。「ヒロさ、シャンパンタワーっていくらぐらいするの?」と聞くと、「あいつまた余計なことを言ったな」と呟きながら「陽葵、気にしなくていいから。あれは200万するからね…」

 すると、陽葵は笑顔で「ヒロのためなら、明日シャンパンタワーを頼んじゃおうかな〜」と言って、二人の楽しい時間は過ぎていった。

 店を出た陽葵は歩きながら思っていた。どうしよう、もう貯金もほとんど使ってしまったし、明日までに200万どうやって稼げばいいのかと落ち込んでいると、目の前の看板に青空(あおぞら)ファイナンス「無担保」「無保証」「即日融資」と書かれた言葉が目に入った。彼女はその文字に引き寄せられるように店の中に入っていった。陽葵は笑顔で店から出てきた。思ったよりも簡単にお金を貸してもらえるんだ、と心の中で喜んでいた。店の人は私の顔と体をジロジロ見ていたけど、私がモデルをしていることを知っていたのかしら、もしかしたら私のファンだったりして、と笑顔で考えていた。

 そして、数日後の表彰式の日、お店の中はお祭り騒ぎとなっていた。司会者が舞台に立ち、音楽が流れる中で発表を始めた。「皆さん、今月の月間表彰の結果を発表します!入賞3位は、ヒロキー!」会場は拍手と歓声に包まれ、ヒロキは喜びに満ちた笑顔で立ち上がった。陽葵も喜びを分かち合い、感動の涙を浮かべた。

 しかし、月日は経ち、借金返済に駆け回り、陽葵の店通いも週に二回程度に減っていた。

 ある日の午後、陽葵は新宿駅前で立ち尽くしていた。目の前にはヒロキが別の女性と腕を組んで歩いているのを見て、陽葵は目が覚めた。しかし、覚めるのが遅かった。既に借金は1000万近くに膨れ上がっていた。モデルの仕事もお店通いの影響で激減していた。陽葵はため息をつきながら、新宿歌舞伎町の看板を眺めて立ち尽くしていた。

 

 現在の新宿。彩香(あやか)は車の窓から新宿歌舞伎町の看板を見つめていた。華やかな大通りを曲がり、車は一方通行の途中で静かに停まった。彩香は先に降り、車はパーキングに入っていった。パーキングから出てきた神谷とともに、彩香は歩き始めた。二人はかつて『ホストクラブICE』があったであろう場所に立ち止まり、看板を見つめた。その看板には『赤の災害』の影響で店はなくなっていた。

 彩香は静かに話し始めた。「被疑者Aの陰に、ある女性の存在があるとの情報が持ち上がっていたのだが…」神谷が口を開きながら言った。「被疑者Aの彼女ですかね?」彩香は考え込みながら答えた。「わからない。その女性はここの店のホストに相当入れ込んでいたらしい。彼女の関与があるのかもしれない」と言って、次の目的地に向かうために歩き始めた。

 街は静まり返っていた。かつては彼らの笑顔と歓声で溢れていたこの場所が、今では寂れた風景となっていた。彩香は周囲の建物や通りの様子をじっと観察し、被疑者Aの謎を解く手がかりを探していた。

 

 6年前の新宿。足を引きずるようにして歩く陽葵(ひまり)は、青空(あおぞら)ファイナンスの看板を見つめながら、その扉をくぐり入っていった。「今月は5万しか支払えないのですが...」と切羽詰まった声で訴えた。男性は陽葵の言葉に相槌を打ちながら、彼女に応じた。「それは困るね、10万と約束したんだよね...あ、そうだ!君なら直ぐに稼げる店を紹介しようか?」陽葵は心からの安堵を感じ、男性の提案に喜んで承諾し、男性の後についていくことを決意した。

 しばらく歩いた後、陽葵と男性は怪しげなピンク色の看板の前で立ち止まった。男性は陽葵に促すような態度を取りながら、彼女をその店に連れて行こうとした。しかし、陽葵は何かを察知して身を引き、男性の誘いに拒否の意思を示した。

 すると男性は突如として豹変し、怒りを露わにして陽葵に向かって叫んだ。「おい、おい、残りの5万はどうするんだよ!」と怒鳴りつけてきた。泣きそうな陽葵は驚きと恐怖に包まれ、後ずさりするようにして男性から離れようとした。

 そんな陽葵の後ろに、20代の男性が笑顔で近づいてきた。彼は黒い手帳を見せながら男性向かって声をかけた。「ここって、確か風営法違反の店だよね。あ、でも変な動きはしない方がいいよ。あの席に座っている人や、あの電柱に立っている人たちも、あのカップルも、みんな私服の警官だから」と教えてくれた。

 男性は驚きと焦りを顔に浮かべながら言った。「この店は知らないし、また後でな!」と陽葵に告げ、足早に去っていった。

 陽葵は涙目で20代の男性に話しかけた。「警察の方ですか?」彼女の声に男性は笑みを浮かべながら答えた。「俺?警察官に見える?違うよ」陽葵は指を座っている男性に向けた。「あの人は全然関係ないよ。大体、あの、いちゃついているカップルも、どう見ても警察官じゃないよね、はは」と軽快な口調で言いながら、彼は自己紹介をした。「俺は西村俊介。(きみ)は?陽葵(ひまり)、可愛い名前だね。で、いくら借りてるの?」

 陽葵は驚いた表情で「えっ⁉」と声を上げると、俊介は再び尋ねた。「あの、おじさんどう見ても金貸しだよね。で、いくら借りてるの?」陽葵は小さな声で「1000万です...」と答えた。

 俊介はゆっくりとスマートフォンを取り出し、誰かと話し始めた。陽葵は不安そうな表情で彼を見つめていた。しばらくして、真っ黒な高級車が路肩に停まり、窓が開いて男性が声をかけた。「西村さん、どうしたのですか?トラブルですか?」と心配そうに尋ねると、俊介は微笑みながら答えた。「別に、ちょっと遊びに行こうかなって」と軽やかな口調で言った。

 男性は苦笑いしながら「ヤバかったら、すぐ連絡してくださいね」と気を配りながら黒いバッグを俊介に手渡した。俊介は礼儀正しく頷き、男性に感謝の意を伝えた。そして、車は立ち去っていった。

 その後、俊介がそっと陽葵の手を握りながら歩き出した。「さてと、確か、青空ファイナンスだったよね。行こうか!」と穏やかな声で言った。陽葵は内心、動揺していたが、俊介の暖かい手に何故か安心感を抱いていた。

 二人は青空ファイナンスのドアを開けて中へと足を踏み入れると、デスクに座っている男と長机の椅子に座っている二人の男性が目に入った。そのうちの一人の男性が驚きの表情で立ち上がり、声を出した。「あ!さっきの警官だ!」

 すると俊介は笑顔で黒い手帳を取り出し、堂々と言葉を返した。「これのこと?ただの手帳だよ」と平然と答えた。

 男性は一瞬で豹変し、怒りを露わにして俊介に殴りかかった。「は?ふざけたことをしやがって!」と激昂(げきこう)した声をあげた。しかし、俊介は身体をよろけたように肩を落とし、右肘が男性の喉元に当たり、「ぐぁ」という悲鳴が漏れ、男性はのけぞり、勢いよく倒れた。

 俊介は笑顔で謝罪の言葉を口にした。「ごめん、ごめん、よろけて偶然肘が当たっちゃったみたい」と言いながら、男性の側にしゃがみ込んだ。デスクに座っていた男が大声で言った。「おい、おい、おまえ何者だ?」と男が問い詰めると、俊介は自己紹介をする。

「あっ俺は西村俊介。NKビルの1階店舗の権利書と借用書を買いに来たんだけど、確か3000万だよね」と自信を持って言った。

 男は不動産屋ではないと首を横に振ったが、俊介は笑顔で黒いバッグをテーブルにドスンと置いて、バッグの中身を見せた。「ここに3000万ある」と言葉を強調した。

 男は大金を目の前にして「おまえは、最近勢力を増している噂の半グレ組織の若造か!」と厳しい口調で言い放った。俊介は微かに苦笑いしながら「別に組織を作るつもりはないんだけど、なぜか勝手にみんながついてくるんだよなぁ」と呟いた。

 すると、男は笑みを浮かべながら「そうだな、5000万なら考えてもいいぜ」と返答した。俊介は困惑した表情で口を開いた。「困ったな、このシマの鮫島(さめじま)さんにも話は通しているだけどなぁ…」と呟くと、男は俊介を睨みつけて「そこの若造がいい加減なことを言うなよ。鮫島組長さんがぽっと出の若造を相手にするわけがないだろが」と激しく言い放った。

 俊介はスマホをテーブルに置き、スピーカーモードにして着信音が鳴り始めると、話し声が響いた。「おーシュン、すまん、今夜は飯食いに行けないな」と電話の声が静かに響く。俊介は諦めたような表情で「飯はまた今度でもいいよ。いまさ、青空ファイナンスに寄っているんだけど、話を聞いてくれなくて困っているんだ」と語った。

 すると、電話の声が「はぁーーー!替れ!俺が話す!」と怒声となり、一瞬で周囲が凍りついた。俊介は笑顔でスマホのスピーカーをオフにし、男に渡した。男はぼそぼそと話し終えると電話を切り、青ざめた顔で俊介にスマホを返してきた。「半額の1500万でどうだ」と言った。

 俊介は陽葵を指差しながら「いいよ、3000万渡すから、その代わりこの子の借用書もちょうだい」と笑顔で応じた。

 青空ファイナンスを後にして、辺りは薄暗くなり、ネオン街の看板が一斉に輝き始めた。陽葵と俊介は並んで歩いていた。俊介が小さな声で呟いた。「今夜はどこに行こうかな。鮫島さんも忙しい人だから、陽葵は帰るの?」

 陽葵は驚いた表情で「私の借金は…」と言いかけると、俊介は優しい笑顔で答えた。「うーん、じゃあ僕と今夜付き合ってくれれば、返済はいつでもいいよ」

 陽葵は頷きながら、俊介と共に歩き始めた。ネオン街を離れると、周囲は次第に静寂に包まれ、ホテル街に足を踏み入れた。陽葵は緊張を感じたが、逃げ出すこともできるし、でも、この人ならと思う自分がいた。

 そして、ホテルの前で立ち止まった。陽葵の身体が少し熱くなるのを感じた。彼女は自分の心に素直に従い、この一夜を受け入れる覚悟を決めた。

 俊介は颯爽(さっそう)とホテルの隣に(そび)え立つビルの1階に足を踏み入れ、暖簾(のれん)を優雅にかき分けて店のスライドドアを開けた。その光景に陽葵は立ち止まり、驚きを浮かべながら目を丸くした。「ラーメン?」と、彼女はぽつりと呟いた。

 すると、俊介の声が店内から響き渡った。「陽葵~、どうしたの?早く入ってきなよ」と、彼は優しく促すように言った。陽葵は店内に一歩踏み入り、周囲を見回した。テーブル席が4つあり、静寂の中に座る客は一人もなく、ただ俊介がカウンター席に独り座っていた。

 俊介が声を出す。「(たっ)さん、ビールといつものね」と言うと、ラーメン店の店主が「あいよ」と返事をした。陽葵が隣に座ると、俊介が興奮気味に話し始めた。「ここの店、麺もスープも不味いんだけど、チャーシューがめちゃくちゃ旨いんだよ」と言った。

 すると店主が苦笑いしながら「それって、褒めているんですか?」と尋ねた。俊介が笑顔で「もちろん!だから今日この店を買ったんだもん」と答えると、気づいた店主は驚き、手が止まり肩が震え、嗚咽しながら泣き出した。陽葵は驚きながらも心の中で思った。

「そういえば、このビル、NKビルって看板が出てた」と。

 店主の泣き声が店内に響き渡る中、陽葵は俊介が楽しく会話している顔を見つめ、うっとりとしていた。

 しばらくすると、俊介は飲み過ぎていた様子で、トイレに向かって行った。陽葵は気まずそうに店主に声をかけた。「あの、西村さんが言うほど…とにかく、とても美味しいラーメンなのに、どうして一人もお客さんが入ってこないのですか?」店主が笑いながら「ふふ、こう見えても普段はこの時間になると満席なんだよ。今日は特別に貸し切りなんだ。自然にね」と答えた。

 陽葵は困惑した表情を浮かべた。店主は窓の外を指さしながら、「隣のホテルの従業員、タバコを吸いながらこちらを見ているでしょう。あの人はうちの店の常連さんで、あそこの二人も、あっちのおばさんも、みんながこの店の常連さんなんだよ」と説明した。

 陽葵が驚いて「え⁉ どうして、入ってこないのですか?」と尋ねると、店主は笑顔で陽葵の顔を見つめながら言った。「西村さんが、この店に女性を連れて来るのは初めてなんです。だから、みんな気を利かせて入ってこないのですよ」それを聞いた陽葵の頭の中は真っ白になり、自然と涙がこぼれ出た。

 俊介はトイレから出てくると、「やべぇ、飲み過ぎたな。そろそろ帰るか。辰さん、(みなと)を呼んでくれ」と頼んだ。

 店主は頷きながら電話をかけ始めた。陽葵は目を真っ赤にして俊介に感謝の言葉を述べた。「西村さん、今日は本当に色々とありがとうございました」と心からの感謝を伝えた。

 俊介は満面の笑みで「俺のことはシュンでいいよ」と優しく返答した。

 陽葵は俊介の顔の近くで目をじっと見つめながら、「シュ…」と小さく呟いた。

 

 すると、陽葵の視界には西村と奈々(なな)が振り向いて話している光景が広がった。「陽葵さん、起きてください。授業終わりましたよ」と西村の声が聞こえた。陽葵は戸惑いながら「シュ…西村くん…?」と声を出した。湊が笑いながら「お前の特技はヤバいな、いつか目を開けながら死ぬんじゃないかと思うぜ」と言った。

 陽葵は急に立ち上がり、駆け足で教室を出て行った。奈々は怒った表情で湊を睨みつけ、「湊くん、あの言葉は酷すぎる!陽葵さんが泣いていたよ!」と言った。湊は戸惑いながら「えっえ~?普段はこれぐらいの冗談は普通だったのに…」と動揺していた。

 陽葵の心は複雑だった。顔はシュンでも、心は他人。もう一度シュンに会いたいと思うと、涙が止まらなかった。

 

 一方、彩香と神谷は、ラーメン店であろう暖簾(のれん)がたたまれた店の前に立っていた。彩香が口を開いた。「ここの店の名義、以前は被疑者Aの名義だったのよ」神谷が呟く「青空ファイナンスも忽然(こつぜん)といなくなり、まるで、被疑者Aの存在を隠すかのようですね…」彩香が「一旦警視庁に戻って調書を見直しましょう」と言いパーキングに止めてある車へと向かって歩き出した。

 車に乗り込んだ二人は、新宿歌舞伎町のネオンが輝きだすのを背にして走り出した。神谷がしっかりとハンドルを握りしめ、彩香に話しかけた。「運力向上研修、明日から演習が始まります。私も教官として参加しますので、しっかりと研修生の動向を見守ります」

 彩香は窓の外を見ながら深いため息をついた。「そうですか、お願いします。私たちの捜査もまだまだですが、一つの節目が始まるのかもしれませんね」彼女の声には少しの疲れと希望が混じり合っていた。

 

 時を同じくして、研修も折り返しに入り、明日からの演習が始まる。西村は「ハーモニーティーハウス」の2階にある部屋から窓の外を静かに眺め、深いため息をついた。彼は心の奥底で何かが動き出す予感を抱いていた。「今日の陽葵さん、いつもと違っていたな…何だろう、この胸の高鳴りは…」彼の胸には不思議な感情が生まれ、想いが交錯していた。


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