ソフィア・テイラーは非情な令嬢である。
私こと――ソフィア・テイラーは非情な令嬢である。
そんな噂が流れたのはある夏のことだった。
私が、執事やメイドに対して酷く冷酷であるということだ。
ちなみにそれは全くの嘘で、私は一度たりとも無下な扱いをしたことがない。
なのになぜそんな噂が流れてしまったのか、それは目の前にいる、リリス・エイプリル子爵令嬢によるものだとわかっている。
「あらソフィア。今日は一人で学園に来たの?」
「はい、そうです。家が近いので」
「ふうん、そう」
鼻を鳴らして私を見下しているのが、そのリリスだ。
で、そんな私をなぜ目の敵にしているのか?
それは彼女の未来の婚約者と言われている、エリオット・ハヴィランド伯爵が、私と同じ趣味を持っているからだ。
「やあ、君たちはいつも仲良いね」
学園の通路から私たちを見つけ、小走りで歩いて来た彼がエリオット。
サラサラの金髪で、水晶のような瞳が輝いている。
「そうですね、仲良しですわ」
「ええ、まあ」
私はリリスにも、エリオットに対しても特別な感情は抱いていない。それどころか、放って置いてほしいくらいだ。
ただ、エリオットの書く絵は素晴らしく芸術的で、惚れ惚れするほどの作品を描く。
そしてエリオットは私の絵が好きらしく、よく話かけてくれる。
リリスがいなければ気兼ねなく絵の話ができるのだが、そうもいかない。
「放課後、先生が外で絵を描こうと言ってるんだ。ソフィア、君も行くだろう?」
リリスが見ているところで、はいと言えるわけがない。当然のように私は断る。
「いえ、私は家の用事がありまして真っ直ぐ帰るつもりです」
「そうなのか……残念だな」
私も残念だ。エリオットの絵を間近で見たかったのだが……仕方がない。
エリオットが肩を落として去って行くと、リリスは満足したかのように「それでは」と、その場を離れた。
どうせだったらハッキリと「好きだから近づかないで」と言ってくれれば助かるのだが、プライドが邪魔をしているらしい。
そうして自宅に戻ると、父と母が真剣な表情で何か話し合っていた。
自室に戻ろうとしたが、話があると呼ばれてしまう。
「どうしましたか?」
「実はな……」
そしてそれは、とても重い話だった。
父の仕事がトラブルにあって、来月の支払いが滞ってしまうらしい。
それだけではなく、屋敷にも住めなくなる可能性があるとのことだった。
当然、学費を払えなくなるので、私は四年生を待たずに自主退学になるしかない、と。
これは相談ではなく、決定事項だった。できることはすべてした。
ただ一言、すまない、と。
「そうですか……」
悲し気な二人を見ていると、何も言える気になれなかった。
欲をいえばもう少し早く言ってほしかったが、学生の私が何かできるわけもない。
自室に戻ると、飾っていた自分の絵を眺めた。そして、エリオットから頂いた絵も。
これでもうリリスに絡まれることはない。エリオットと話すもことなくなる。
そうなると、なんだか悲しくなってきた。リリスと会えないことではなく、彼の絵を見ることができないことに。
貴族の名ははく奪されるのだろうか、そこまでは聞けなかった。
しかし名が残っていたとしても、屋敷も金もなければ意味がないだろう。
そんなことを考えていると、一つだけ心残りがあることに気づく。
どうせだったら、最後にリリスにガツンと言ってやろう、私に当たるなと。
何でも言えるはずだ。もう何も気にしないでいいのだから。
ほんの少し意地悪な気持ちを睡眠薬にして、私はぐっすりと眠りについた。
◇
「何ですか? 話っていうのは」
お昼休みになってリリスを呼び出した。今までの鬱憤を晴らすかのように、酷い悪口を言ってやろうと。
「あのさ……」
しかし、その瞬間に思いとどまる。これを言ったところで何になるのか? 一時的にはスッキリはするだろう。
だが、それだけだ。その後、彼女は私が落ちぶれたことを知って笑うはずだ。負け犬の遠吠えだったんだなと。
だったら、逆だ。彼女を思いやれば、それこそ復讐になるのではないか? そんな私が突然消えてしまうことで、悲しくなるのでは? そして、その時に振り払えればいい。
「なあに? 早く言いなさいよ」
「リリスはエリオットが、好きなんでしょ?」
「……はい? いきなりどういう――」
「私は別に好きじゃないよ。だから、だから彼と特別な関係になりたいなんて思ってない」
「な、何のことだかわかりませんわ!?」
「リリス、エリオットと仲良くなれる方法教えてあげようか?」
すると彼女は、驚くべきことに怒るのではなく、頬を赤らめた。それも耳まで真っ赤に。
やっぱりそうだ。彼女は、エリオットが好きなんだ。
「彼は絵が好きだから、私が色々と教えてあげるよ」
これでいい。彼女がエリオットと近づいて、それで仲良くなったところで、私は消える。
そしてリリスは、後悔するのだ。もっと私に優しくしておけばよかったと――。
「いりませんわ」
「え? いりませんって……?」
「そんなの、望んでません。私はエリオットのこと好きでもなんでもありません」
さっきまで頬を赤らめていたはずが、今は少し怒っている。
おそらくだが、強がっているのだ。さっきは咄嗟に言われたので反応してしまったが、今は自分を隠している。
もう少し問い詰めたら、すぐに本音を本音を話すはずだ。
「そんなの嘘でしょ? わかってるよ」
「なんでそう思うんですか?」
「だって、私がエリオットと話してると、すぐにあなたが邪魔をしてくるじゃない」
「そ……それは……」
やっぱりだ。少しつついたら、すぐに頬を赤らめる。
もう少しで、落とせる。もう少しで、私を必要とするはずだ。
「だから、教えてあげるよ。エリオットが喜びそうなこと全部――」
「……違います!」
「え? 違う?」
「私がその……仲良くしたいのは……そ、ソフィアあなたで……」
「……え?」
なんだか様子が変だ。リリスは身体をくねらせている。
「いや……私のことが嫌いだったんじゃないの?」
「嫌い……? な、何がですか?」
「だっていつも絡んでくるし」
「そ、それは!? あなたと話したいからです」
「……へ?」
「だ、だって! みんな、みんな私のことを遠ざけるんです! その……私は仲良くしたいだけなのに……でも、ソフィアだけはいつも話してくれるし……」
「あ、いや、ええと、落ち着いて!? ねえ! 泣かないで!?」
涙を流しそうになるリリス、もしかして彼女って不器用なだけで、悪い子じゃない?
「ご、ごめんなさい……。私、感情を出すのが下手で……どうやって仲良くしたらいいのかわからなくて」
「だったら……私が友達になろうか?」
悲し気だったリリスの表情が明るくなる。私はどうせもうすぐ学園を去るのだ。
正直、予想とまったく違うことになってしまったが、そう思ってくれていたのは素直に嬉しく思えてきた。
だったら、最後に友達が出来た方が、私にとっても嬉しい。
「いいのですか!? 嬉しいです!」
「よろしくね。あ、でもどうしてエリオットと話すときだけ、私を監視するように見ていたの?」
リリスは、私が他の人と話しているときには間に入ってこない。来るのは、エリオットと話しているときだけだ。
「何度も言いますが、エリオットに別に思っていません。それどころか、逆です」
「逆? 逆ってどういうこと?」
その時、エリオットが泣きわめきながら学園を走り去っていった。いつもの温和な彼の表情とは思えないほど、鼻水と涙を照れ流ししながら。
「うわああああああああん、どうしてそんな僕がああああああああ」
一体何があったのだろうか、訳が分からない。
視線を戻すと、リリスが笑っていた。
「ざまあみろです」
「どういうことなの? なんで、エリオットは泣いて……たの?」
「彼は、あなたのことを非情な令嬢だと言いふらしていたんです。それと、絵が上手かったのは、全部魔魔法でズルをしていたそうです。その証拠を見つけ。同級生と先生に伝えたので、おそらく赤点になったでしょう。それで、泣いたんじゃないでしょうか」
「……へ? そ、そうなの!? ていうか、彼はなんでそんな嘘を!?」
「彼の手口です。気に入った女子を孤立させて、自分だけはわかってると嘘をついて近寄って、あなたを物にしようとしてた。だから私は、あなたを守ろうとしていたの」
「そ、そうだったの……?」
まさかのまさか、リリスは私の味方だった。それどころか、守ってくれていたのだ。
心の中で鬱陶しいなんて思っていたのに……私はバカだ。
「ごめんなさい、私てっきりあなたがエリオットが好きで、それで目の敵にされているのかと……」
「謝らないで。私、不器用なところがあるからいつも誤解されちゃって……わかってくれて嬉しいです」
満面の笑みのリリスが、とても可愛らしく、それでいて綺麗だった。
「リリス、これからは仲良くしてくれる?」
「もちろん、私も嬉しいですわ」
「そういえば、どうして私と仲良くなりたいと思ってくれていたの?」
よく考えるとそうだ。だって、何のメリットもないだろうに。
「ええと……一目ぼれです。私、ソフィアさんのことが好きで好きでたまらないんです!」
「え、ええ!? 一目ぼれ!?」
「最初は友達からで大丈夫です。でもいつか、それ以上の関係になりたいと思ってて……」
「そ、そうなの!?」
「はい!」
まさかのまさかだった。けれども、そんな彼女はとても小さくてかわいい。
まるで小動物のようだ。
……あれ、私もリリスのこと……気になってる。
そうして私はリリスと友達になった。
そして驚いたことに、彼女は私の事情を知って、トラブルを解決してくれたのだ。
家は安泰、なんだったら前よりも良い仕事が出来るらしく、父親は喜んでいた。
ということで、私は学園に残れることになった。
「ソフィア、お手て繋いでもいいですか?」
「あ、うん。いいけど……恥ずかしいな」
「ふふふ、ソフィアのお手て、気持ちいですわ」
「……リリスの手も、気持ちいいよ」
私こと――ソフィア・テイラーとリリス・エイプリルは特別な関係を持っている。
そんな噂が流れるには、そう時間はかからなかった。
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