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問掛噺5「春」「夏」「冬」

「答え」なければ出られない。答えるためには「問掛」を探さなければならない



・あらすじ・

仕事に疲れた冴えない社会人である女は囚われた異空間で人ではないモノ相手に不可思議な問答を強いられるのだが……。



『そもさん!』



 せっぱ!




 この異空間で生者は名乗ってはならないという。

 名乗れば強欲な猿神に名前を奪われ神隠しに遭ってしまうから。

 だからきっと、目の前にいるこの三人は既に生者ではないのだろう。



 ひとたび隠されれば来し方行く末、輪廻の理からも存在を消され、隠されたことにすら気が付かない神隠し。

 それでもこの姉妹たちは肉体から離れ魂だけとなった時に自分たちに大切なものが欠けていることに気が付いたんだろう。

 名前も姿も判らない、“この世のどこにも存在しない”……大切なもの。



 それはさながら猿轡の呪い。


 目的も、望みも。


 それを直接発言することは許されない。


 だからこそ彼女たちは私に問い掛け続けた。


 繰り返される問答の中から真の望みを伝えようとした。


 彼女たちが私に求める“答え”、それは……。






『おねぇちゃん、答えを見つけてくれた?』


 目の前に立つ三人の人ならざるモノたちはこちらに期待するように、一様に笑みを浮かべている。


『わたしたちの言の葉は、いずれも問い掛け』


『わしらはずっとおぬしに問い続けておる。早う答えを見つけよと待ち望んでおる』


 確かにヒントはこれまでの彼女たちの言葉に散りばめられていた。あまりにも小さな、ひとつひとつは砂粒のような取るに足らない言葉の数々。

 それが積み上がり目に見える砂山となるまで根気強く、彼女たちは言葉を重ね続けた。



 輪廻の車輪を押し歩く老人。


 欠けたら進めない輪廻の輪。


 釈迦の転生を童歌にする少女。


 虫の形は魂を乗せる精霊船。





 ――あなたたちは囚われた魂。輪廻に進むことを望んでいる。






 名を奪う強欲な猿神。


 一人欠けた姉妹の名。


 全部で一つの魂。


 全部揃わないと、進めない。


 そしてどこにも存在しないもう一人。


 パンジーの花言葉は【私を思って】





『……どうか取り戻して……』


 私を見つめる6つの瞳はいつしか切望するように。


『答えを』


 呼べばいいというのならそうしよう。それが“答え”で彼女達の“望み”なら。



 純白の雪のように清らかで汚れない名を持つ「冬雪フユキ


 盛夏の月光のように煌々と照らす名を持つ「夏月ナツキ


 芽吹きを誘う風のように暖かく穏やかな名を持つ「春風ハルカ



 あなた達の本当の“捜し者”の名は――。

 そして、

 答えを導く。




    「秋花アキカ




 突風が巻き起こる。

 パンジーの花弁が舞い上がり館が霞と消え視界一面を塗り潰すように真っ赤な曼殊沙華が広がっていく。





 ――ォォオ……ン……





 獣の鳴き声と共に赤い絨毯から何かが飛び出し天に駆けていく。

 後を追うようにフユキとナツキも黄金色の獣に姿を変じて三匹で戯れながら昇る、昇る。


『そう、そうだったの。あの子はアキカ……天上の花のように祝福と再来を約束する名を持った大切な妹……ありがとう、お姉ちゃん。これで皆で共にいける』


 一人残ったハルカは潤む瞳で笑いほころぶ。


『わたしたちはアキカの名前と存在を奪われた。この世から存在をなくしたアキカは輪廻の理から外れ、二度と転生することもできない哀れな子……あの子を救ってくれて、ほんとうにありがとう』


 ここから出してくれるんだね?


『もちろん元の場所にかえすしお礼もするよ。わたしがお姉ちゃんの守護をしようか。これでも力あるモノ、人の霊ならどんな悪霊でも寄せつけないよ』


 いらないよ、あなたも早く姉妹のところに行きたいでしょう。気持ちだけもらっとく。


『でもそれじゃあ感謝の気持ちを返しきれないよ? 』


 んー。

 それじゃあ、これはできるかな?

 …………。

  ………………、……………………。



『そんなことでいいなら簡単だよ! ……それじゃあわたしももういくね、ありがとう、バイバイお姉ちゃん』


 そうして四匹目の獣も天に跳び上がる。


 残されたのは一面鮮やかな赤の中ぽつんと立ちつくすしがない社会人。そして、嫌というほど見覚えのある砂時計。

 迷いなく拾いあげる。使い方なんてとっくに知っていた。

 手の上でそれをひっくり返した瞬間




 世界が、




 反転した。




◇◇◇




 気が付けばそこは元いた海岸だった。

 時間はそれほど経ってない。手元にあったはずの砂時計もない。


 帰ろう。とても疲れた。


 その前に、あの子とした最後の約束を見届けようか。




 キイ、    キイ、

    ぴちゃん。  ぴちゃん。



 キイ、    キイ、

    ぴちゃん。  ぴちゃん。



 キイ、    キイ、

    ぴちゃん。  ぴちゃん。 ……ぷつん。





 木の陰でユラユラ揺れていたお人好しの首吊り霊。その身体をこの地に縫い付けていた紐がぷつりと切れた。


『あら、あらあら? これはどうしたのかしら……?』


 彼女はしばらく不思議そうに木の周辺をうろついたあと、ユラユラとどこへともなく消えていく。

 彼女は今後浮遊霊としてこの世を彷徨うのだろう。そうして縛られるものが無ければじきに行くべき所へ逝くはずだ。



 ――ォォオ……ン……



 遠くの空で響く獣の声。


 約束――確かに見届けたよ。

 ありがとうハルカ。いつかまたどこかで。




おしまい



 短編連作『問掛噺』これにて終幕です。


 こちらの『問掛噺』は各話がそれぞれ頂いたお題からつくった三題噺であり、その『問掛噺』編全体もまた頂いた三題をもとに構成されています。


各話の三題

1…「砂時計」「チョーカー」「海」

2…「海」「車輪」「喜び」

3…「鷹」「虎」「飛蝗」

4…「パンジー」「姉妹」「猿轡」

5…「春」「夏」「冬」


全体の三題

 …「恒河沙」「狐」「流転」


 恒河沙とは無数の砂粒のことなのだそうですが、その流転を砂時計になぞらえました。

 狐は作中明言はしていませんが狐に関わる要素が登場しています。


・鬼火 ……別名「狐火」

・仔犬のような頭蓋 ……仔狐の頭蓋

・曼殊沙華 ……別名「狐花」



 改めまして、各お題を提供してくださった方々、そして最後までこのお話にお付き合いくださいました皆さまに御礼申し上げます。


 三題噺の新たなお題はまた近々Twitterあたりで募集するかと思います。

 また当作品を見かけました際にはよろしくお願いいたします。

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