the one
「……コッチもだな」
ラゴネロに関する資料を見ているうちに、また夢の中で見た人物を見つけてしまった。
アリスのもう一人の姉、マルガレーテ・アルテウスだ。
なんて言うかもう、嫌な予感しかしない。
「ああ、こちらは、その……、中東のPSIカルテルの内、ラゴネロ以外のPSIカルテルには所属していない、人以外の生命では無い。えーっと」
教授が説明に苦心する様に頭をかく。
随分、遠回しな表現だ。
それは、つまり……。
「……あれ?」
写真は認識できるし、理解もできる。
私にはこれがマルガレーテだと分かる。
だけど、それ以上の事を表現できない。
言葉にしようとした瞬間に考えが霧散してしまう。
「どう、なってるんですか?」
如月が困惑した表情で口を開く。
「この写真、反ミーム性を持ってるっすね」
教授が口を開く前に、渡津が答える。
彼女の回答に教授は頷き、如月は首を傾げた。
「えっと、反ミーム性って何ですか?」
如月の質問に渡津が優しく問いかける。
「まず、ミームは分かるかな?」
渡津の言葉に、如月が申し訳なさそうに首を振った。
「いいえ、分からないです」
「ミームの正確な定義については議論の余地があるし長くなるからこの場ではイメージを伝える為に一部正確性を欠いた形で説明するんだけど、例えば……日本で何かが品薄になると何が起きるかな?」
「えっと、トイレットペーパーが品薄になります。なぜか」
「そうだね! その情報がミームだよ。他にも流行語やファッションの流行とか、ネット上で有名なコラージュ画像とか、脳から脳へ伝わる文化的な情報の単位のことをミームって言うんだ」
「反ミームはその反対って事は……脳から脳へ伝達されない情報って事ですか?」
「その通り! 如月さんだっけ? 君は飲み込みが早いね。本来、反ミームは自然界には無い概念上の存在なんだけど……世界規模で見れば、そう言う超能力もごく稀にあるんだよ」
「ありがとうございます!」
渡津の解説が終わったタイミングで、話を戻す。
「この写真……違うな。マルガレーテ・アルテウスの情報その物が……あー、マイナスより多い伝達力を持つミームでは無いってことか」
ちくしょう、反ミームの説明はできるのに。
その話をマルガレーテに直接繋げるともう否定系しか使えない。
渡津は写真の反ミームについて言及したから言葉にできたのか。
彼女はいつから、何処まで理解していたんだ?
勘が鈍っていないのは頼もしくもあり、恐ろしくもあるな。
俺の言葉に、教授がゆっくりと頷く。
「仰る通りです。しかし、完璧な反ミームではありません」
教授の言葉に、渡津が指を1つ畳む。
「呼称は言葉にできるし、記載もできる」
それに、如月が続く。
「写真には映るし、ソレ(……)を見て理解する事もできる」
性別の情報を指し示さない形であれば、形容詞も通るみたいだな。
後は、重要な所だと……。
「否定系の言い回しであれば、表現する事ができる」
マルガレーテを表現する上で、コレは不要では無いテクニックだ。
しかしこれは、恐ろしく……簡単では無い。
めんどくせぇぇええ! 脳内でも否定系で考えないと思考することすらできねぇぇえ!!
「さらに、条件を直接的に伝える事も、可能ではありません」
確かに、そうじゃなかったら最初にそう説明すれば良いだけだな。
俺が言葉にできたのは、この場の全員が性質を理解したからか。
「この性質はRA(RealityAnchor)内でも有効なんですか?」
超能力者の収容施設には超能力の発動を抑制する装置、RAが設置されている。
その中でなら、もう少し話しやすいかもしれない。
「効果はある筈です。しかし、最低でも300hm (ヒューム)以下にしない必要があります」
「あっあの……」
如月が躊躇いながら小さく手を上げる。
彼女は超能力対策課に入って日が浅い。
専門用語についてはまだまだこれからだ。
制約の解除条件に全体周知が含まれている可能性がある以上、疑問を黙っておくのは非効率的になる可能性がある。
それに、ちゃんと考えられる脳は多い方が良い。
如月の頭脳をこの話し合いで戦力化する為にも、説明は必要だ。
さっきは渡津に説明を任せてしまったし、今度は俺が引き取ろう。
「たてほこ(盾矛)問題って知ってるか?」
「はい、むじゅん(矛盾)の語源になったって言う。とある商人が絶対に破れない盾と、絶対に破る矛を売ろうとした逸話ですよね?」
「それぞれの盾と矛を、超能力だと考えたらどうなる?」
「絶対に破れないバリアと、絶対に貫通するレーザーみたいな超能力が衝突したらどうなるかってことですよね。もしかして、hm値の高い方が勝つって事ですか?」
「その通りだ。hm値っていうのは、超能力者が現実に対してどれだけ自分の法則を押し付けられるかという単位だと考えて良い」
まあ、この説明だけだと微妙に嘘になるんだが。
詳しい説明は余計に混乱させるし、今はこの理解で問題ない。
「RAは周辺のhm値を高める装置だ」
「なるほど! だから超能力者はRAの有効範囲内だとhm値が足りなくなって超能力が使えなくなるんですね」
ちなみに、何もない空間のヒューム値は1だ。
まあこれは何もない空間を基準に計測機が作られているから必然なんだが。
超能力が持つヒューム値は魔力で増幅が可能だが、変換効率は各超能力でかなりの差がある。
俺は元の体で最高200hmちょっとだった。
如月は俺の肌感で大体100hm前後ぐらい。
渡津に至っては”ほぼ”1hm……多分、どれだけ魔力をぶち込んでも2hmには届かないだろう。
常時300hm越えは控えめに言って化け物だ。
というか、人間ってそこまでヒューム値が高くても溶け出さない物なんだな。
「国内で300hm以上のhm値を出すRAがある所と言えば、○島の超能力者専用の監獄か……後は皇○、さらに九州の方にある研究所ぐらいかな?」
○島はここから立地的に近いが、船に乗るのは面倒だな。
むしろ、収容可能な場所が国内に存在したことを喜ぶべきか?
「否定系でない限り、相手について思考する事すら困難な超能力ですか……厄介ですね」
ここで議論しているだけでも頭がおかしくなりそうなのに、この上で戦闘をするのは至難の技だ。
勝機があるとすれば。
「渡津……お前なら勝てるか?」
「うーん……それだけなら、勝率は五分って所っすね」