銃撃戦の死神
渡津は俺へ駆け寄り両脇に腕を差し込み持ち上げる。
「えー!! どうしちゃったんすかこんなに可愛くなっちゃって!!!」
「うるせぇ!! 離せ!!!」
「まさかパイセンにこんな趣味があったなんて! いえいえ! たとえどんな格好、どんな趣味でも私はパイセンを避けたりしないっすよ!!」
渡津は俺の話を聞かず、そのまま俺を振り回す。
「ちぃいいいいいげぇぇぇぇえええええ!!!!はぁぁぁあああなぁあああああせぇぇぇぇえええええ!!!」
渡津が落ち着くまで、強制高い高いは続いた。
しばらくして、何事もなかったかの様に教授が話を切り出す。
これまでの醜態は無かった事にしてくれるらしい。
なんて良い人なんだ。
「それで、本日はどの様なご用件でいらっしゃったんですか?」
教授の言葉に、如月が代表して答える。
「お忙しい所、大変申し訳ありません。海外のPSIカルテルについて、教授のご意見を伺いたく参りました」
全員でソファーに座り、やっと話が聞ける状態になった。
なぜか俺は渡津に拉致られ、彼女の膝の上に乗せられる。
上を向いて抗議の視線を送るが、頭を撫でられた。
大変不服だが、これ以上話が脱線させるのも面倒だ。
「……なるほど」
如月がこれまでの調査で分かった件のPSIカルテルに関する情報。
俺が夢の中で見た情報なんかを上手にまとめて話す。
教授は一通り話を聞き終えるとソファーから立ち上がり、壁際にズラリと並べられたロッカーを開く。
しばらく視線と一緒に指が空中を撫で、一点で止まった。
「この辺りか」
教授はロッカーから資料の束を取り出し、ソファーまで戻ってくる。
「お聞きした条件に当てはまる様なPSIカルテルはこの辺りですね」
口で説明するより、資料を見た方が早いって事だろう。
教授がソファーの前のローテーブルに資料を置く。
「拝見します」
俺たちは阿吽の呼吸で資料を分担して開いていく。
「……コレだな」
資料の中から、見知った顔を見つける。
白いオーバーシャツの上に豪華なファーの付いた革ジャン、ジーパン風のホットパンツ。
深く被った黒と赤のキャップ帽からミディアムのブロンズがはみ出している。
アリスの姉の一人、エーファ・アルテウスだ。
俺の言葉に、教授が深刻な表情で口を開く。
「中東を二分する大規模PSIカルテルの1つ、ラゴネロの基幹戦闘員ですね」
これで、少なくとも俺たちが戦っている組織の名前は分かったな。
写真を眺め、渡津が教授へ問いかける。
「物質操作系の超能力者ですか?」
エーファの写真は戦闘時の物だろう。
彼女は左手をブカブカな革ジャンに突っ込み、もう片手を前方へ水平に伸ばしている。
彼女の周囲には某ロボットアニメの遠隔操作兵器みたいに、アサルトライフルが自由自在に飛び回っているのが分かる。
体で触れる事なく、物体を動かす。
ありふれた能力だが、同時に10個以上を自由自在に、しかも正確にトリガーが引けるとなれば……状況さえ揃えばかなり強力な能力者だろう。
PSIカルテルという、危険な武器を簡単に手に入れられる環境がそれをなし得ている。
「……いいえ、違います」
違ったらしい。
俺の心の中のドヤ顔解説を返してほしい。
忘れろビーム!
「刑事さんは、世界一射程の長い兵器は何だと思いますか?」
教授が渡津の方を見て問いかける。
渡津、今は刑事なのか?
彼女がどういう立場で動いているのか分からない。
「私の想像力の範囲で申し上げれば、大陸弾道ミサイルでしょうか?」
渡津の言葉に、教授は頷く。
「しかし、大陸弾道ミサイルも飛翔距離に限界はあります。それに、例えば地下に隠れてしまえば被害から免れる事もできますよね」
おいおい、この話の流れだと、エーファの能力は大陸弾道ミサイルより厄介という事にならないか?
思わず、懐疑的な視線を教授に送ってしまう。
「最も確実なのは、目標の目の前まで人が武器を持っていって、発砲する事です」
そりゃそうかもしれないが、これじゃただのナゾナゾだ。
人間が直接武器を運んで良いなら、もう別に棍棒とかでも良いだろ。
「エーファは、兵器を作り出し、自在に操る事ができます。そしてそれは、他人が使う事も可能です」
は? 兵器を自在に作り出して操作する?
創造系と物質操作系のハイブリッド?
いや、創造系の方がやばすぎて本人の戦闘能力は割ともうどうでも良い。
何の三流小説の話だ?
如月が青ざめた表情で口を開く。
「兵器の製造範囲、個数や持続時間に制約は無いんですか?」
「小銃であれば最大で30~40丁ほどを同時に出現させたのが分かっています、あとはRPGや高射砲の出現も複数回確認されています。持続時間については不明ですが、戦闘中に消える、みたいな話はありませんね」
治安が崩壊しつつある日本でも、未登録の小銃が発見されれば結構な騒ぎになる。
戦場なら小銃の数本は大した話じゃ無いかもしれない。
だけどここは戦場じゃ無いし、普通の人が普通に暮らしている空間だ。
例えるなら、子供同士が拳で殴り合いをしている中に突然、フル装備の兵士が乱入してきてアサルトライフルを打ちまくるに等しい所業だ。
どう考えても登場する作品を間違えている。
「……パイセン、正直私はまだあんまり全容が見えて無いんですが、まさかコレが入国したんじゃないっすよね?」
渡津が耳元で俺に聞いてくる。
俺は無言で首を横に振った。
「現地での異名は”銃撃戦の死神”或いは”中東の歩く火薬庫”。国連により特定危険超能力者に指定されています。超能力ランクは推定A+です」
超能力ランクは能力者の実力を考慮せず、純粋な超能力の危険度を表す指標だ。
選定基準が曖昧なのは良く指摘されているが、一応指標としては使える。
例えば、如月の超能力がC判定。
俺がB判定。
渡津が……俺の知る限りではB+で、日本で正式に登録されている超能力としては最高ランクだ。
「私が駆り出された理由が分かったっす。この山、下手したら都内が地獄になるっすよ」
本部がどこまで分かっていたか知らないが、その通りだ。
確かにこれは、渡津を野に解き放ってでも解決したいと思うだろう。
その代償がどれぐらい高くつくのか、俺には分からないが。