狂気の愛国者、渡津うい(わたんず うい)
地下の対策室で如月と一緒に議論を交わす。
話がひと段落した所で、彼女が確認をする様に聞いてきた。
「えっと、次はとりあえずPSIの入手経路は分かったので港での検問強化ですよね?」
「それも必要だが……既に相当量のPSIが日本に持ち込まれたと考えて良いだろう」
「それなら、国内に入り込んだPSIカルテル構成員の検挙ですね」
PSI対策課のエージェントとして、この事件は放置できない。
だが、それと同じかそれ以上の感情が俺の中で渦巻いていた。
夢の中で感じた悲しみ、絶望、そして怒り。
世の理不尽に抗おうとする意思が、俺の中でメラメラと燃え上がっていた。
「それと、PSIカルテルに騙されているお姉ちゃ……。アリスの姉達を助ける」
俺の言葉に、如月が不思議そうに軽く首を傾げた。
最近気づいたんだが多分これ、疑問を投げかけてるんじゃなくて癖だな。
「俺たちの仕事は超能力が関係する犯罪の摘発、検挙だが……目的は、日本の平和だ。アリスの姉達に孤児院の件が伝われば、最低でも国内でのPSI関連事件の急増は止められるだろ?」
「え、あっ。はい、そう……ですね」
何だろう、珍しく歯切れが悪い。
だが、言っている俺本人も何となく違和感がある。
考えに瑕疵は無いと思うんだが。
「じゃあ、アリスちゃんのお姉ちゃんを探さないといけないですね」
「ああ、多分PSIカルテルの拠点に潜伏していると思うが……俺たちも海外のPSIカルテルは専門じゃないからな」
PSIカルテルの目的は分かったし、PSIの密輸経路もはっきりした。
部分的ではあるが、計画の一部も見えてきている。
しかし、肝心のカルテルに関する情報が乏しい。
「海外のPSIカルテルに詳しそうな人を本部の特殊有識者情報から探してみます」
「頼む。それと、悪いんだが本部へ調査状況の報告も頼めるか? 今後、かなりの人数を動員する必要が出てくるだろうし」
本当は俺がするべきだが……。
俺の言葉に如月がふふっと笑う。
「今の先輩、見た目は銀髪外国人幼女ですもんね」
「うるせぇ! 俺だってちょっと気にしてるんだぞ!」
「先輩の事は、どう報告しますか?」
「話がややこしくなるし、今、俺の調査権限が無くなると面倒だからな……とりあえずは行方不明で通してくれ」
「了解です」
翌日、アポイントメントが取れた有識者に会う為、俺たちは早稲○大学の文学部キャンパスを訪れていた。
待合室で案内を待つ間、如月に話しかける。
「正直、マトモな有識者は出てこないか、もっと時間がかかると思っていた」
「えへへ。私こういうの、得意なんで」
確かに、如月の情報収集、整理に関する能力はずば抜けている。
正直俺より正確で早く、何なら署内でも……署内なら、右に出る奴は居ないんじゃないかと思う。
「お待たせしました。ご案内いたします」
少しして、案内の女性に連れられて部屋の前まで案内される。
これから会う人物は、早稲○大学の文学部で教鞭を取るノンフィクション作家で、過去に出版された"暗躍する中東PSIカルテル"の著者だ。信頼できる公的な立場を持つ海外のPSIカルテルに関する専門的な知識を有する人物として、現状でこれ以上の条件を見つける事は困難だろう。
「ようこそいらっしゃいました。ご同僚の方は先にお通ししています」
扉を開けて中に入ると、柔和な笑みを浮かべた初老の男性が声をかけてきた。
如月が返事を返す。
「警視庁から来ました、超能力対策課の如月と申します。本日はお忙しい中、お時間をいただき誠にありがとうございます。こちらは、重要参考人のアリス・アルテウスさんです」
如月の挨拶に合わせて、俺も口を開く。
「アリス・アルテウスです。本日はお時間をいただき、ありがとうございます。えっと、それで同僚と言うのは……?」
如月と二人で、顔を見合わせる。
他のエージェントが来るなんて話は聞いていない。
確かに部屋にはもう一人、知らない女性がいる。教授と対面する形で立っている為、俺たちからは黒い短髪と、体のシルエットがわかりにくい黒のカジュアルスーツの背中しか見えていない。
立居振る舞いから、かなり現場なれした人物だ。
「初めまして、かな。組織犯罪対策部の……佐藤です」
俺の名乗りが終わると、件の女性がゆっくりと振り向いてコケティッシュな笑みを浮かべた。
その顔は、とても良く知っている。
「んなっ……渡津っっっ!!」
思わず、声を荒げてしまった。
次の瞬間、渡津は笑顔を絶やさず、瞳に怪しい光が宿る。
「あれ? あれれ? お嬢さん、どうして私の事を知ってるのかな? 私の知り合いにアリス・アルテウスなんて子は居ないし、君がその情報を得るにふさわしいライセンスを持っていないのは明白なんだけどな? 直接の知り合いでもなく、正しいライセンスも無しに私を知っているって事は”悪い子”って事になるんだけど? 重要参考人ってどういうこと? まずはその件に関する納得のいく説明して欲しいなー?」
渡津が猛烈な勢いで言葉のマシンガンを撃ち放つ。
さりげなく、そして最速で右手がフォルスターへ伸びてる。
俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
じゃなくて、怖い怖い。
こいつは冗談ではなく、必要であれば躊躇いもなくそれを抜くし、使うだろう。
「あっあの、その! って渡津さん? え、嘘? あの? なんで?」
如月がテンパっている。
怯えて、俺の背中に隠れて丸まってしまった。
俺は自分を落ち着けるために大きく一度深呼吸。
片手で額を抑えつつ、口を開いた。
「俺だ、二条銀次だ」
その言葉に、渡津は納得した様に表情を声音を和らげる。
「あー、あの! 能力で姿を変えられる! そういえば今は超能力対策課でしたね!」
「はぁ……俺はそんな能力じゃなかっただろ?」
「あれ? そうでしたっけ? そう言えばミキティーちゃんとはまだ仲良くやってます?」
「きさんぶちくらすぞ」
それは俺がまだ若手の頃、無線を切り忘れて部署内で醜態を晒した事件だ。
その話は俺の中で特級呪物に指定されている。
「……マジでパイセンじゃないっすか!!!」