第7話 発端 【side B:川神陽子のクエスト】
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「……で? この先はどうするんだ? 〝超越者〟様? それとも、ここでは〝導師様〟と呼ぶ方がいいか?」
イラついた感じをぶつけるように問い掛けてくる獅子堂。完全に八つ当たりだ。
何だかんだと言いながら、彼とはそれなりに付き合いも長くなってきた。しかも、ダンジョン探索で命を預け合うという、ある意味では〝深い仲〟だ。
だからこそ分かったことがある。
悪ぶってるけど、基本的に獅子堂は良いやつだ。実家のことや鷹尾先輩のことで色々と拗らせてたけど、その拗らせてた部分を削ぎ落したら、まさに正統派なリーダーって感じ。文句を言いながらも、皆を引っ張っていくようなタイプ。面倒見だって良い。
でも、周りから一目置かれてる状況だと分かりにくいけど、獅子堂本人はわりとガキっぽいところもある。
好きな子……というか、親しい相手には意地悪したくなるとか、変な風に甘えてしまう気質ってやつ? 彼が捻くれてたのも、本を正せば鷹尾先輩への恋心を盛大に拗らせた結果だったしね。
今のムカつく感じも、その延長だと思えば許せる……わけもない。私が獅子堂のイラつきの捌け口になってやる筋合いもない。……いや、まぁ……今の状況について、それこそ厳密に本を正せば〝超越者〟である私の所為ではあるんだろうけどさ。
「この際だからハッキリ言わせてもらうけど……獅子堂って、そういうところは本当にガキっぽいよね? むしろお子ちゃまな感じ?」
「……ふん。何とでも言えよ。俺はただ、〝超越者〟様のご意向を伺いたいだけだ」
あー……ホント腹立つ。一時でもこんなのを好きだった、かつての自分も腹立たしい。いわゆる黒歴史ってやつ?
「あのさぁ……ヨウちゃんも獅子堂も止めろって。傍から見てると、二人とも似た者同士にしか見えないぞ?」
「ちょっと! 誰がこんなやつと似た者同士なのよ!?」
「なッ!? おい川神! 誰がこんなやつだ!?」
「(そういう、間とか反応がまさに似た者同士なんだけどなぁ……)」
一体、誰と誰が似てるっていうのよ!? まったく! サワは一体どこを見てるんだか!
「……はいはい。二人は似た者同士なんかじゃないってことで良いから、とにかく落ち着いてくれよ。ここで俺たちが騒いでても仕方ないだろ? それに、獅子堂の嫌味ったらしい言い方はともかく、コレはヨウちゃんの〝くえすと〟ってやつなんだから、ヨウちゃんに決めてもらわないと始まらないのも分かってるでしょ?」
ぐ……こういう時のサワは嫌いだ。
私だってそれくらい分かってる。だけど、色々と混乱もしてるし、ほんのちょっとだけ現実から目を逸らすくらいは良いでしょ?
「……最近のサワは、なんだか意地悪くなったよね?」
「へ? あー……うん。それはさぁ、俺が意地悪くなったんじゃなくて、ヨウちゃんが今までみたいに取り繕わなくなったからじゃない? 素を出すようになった分、相手からの言動にもいちいち反応しちゃうようになった……とか?」
「……」
やっぱり今のサワは意地悪だ。普通に痛いところを正面から突いてくる。私に対して遠慮もなくなった気もするし。あぁ……何だか恥ずかしい。獅子堂のことをガキだと言ったけど、これじゃ私の方こそクソガキみたいじゃない。
「ほらほら。お子ちゃまたち。青い春を謳歌してないで、さっさと〝クエスト〟に取り掛かりましょ。ここが普通のダンジョン階層じゃないのは分かったけど……クエストが発生した以上、クリアしないと帰れないのは同じでしょ?」
サワの言葉で私が勝手に凹んでいると、塩原教官がパンパンと軽く手を叩きながら、この場をリセットしようとする。
目の前にある現実に向き合えと、私にプレッシャーを掛けてくる。
「……し、塩原教官。でも、一体何をどうすれば良いかが分かりません。ダンジョンシステムからメッセージは受け取りましたけど……意味不明だし……」
今、私たちはダンジョンに……ううん。ダンジョンの中にある、〝例の異世界〟にいる。
私、獅子堂、サワこと澤成樹、塩原教官、そして……野里〝元〟教官という〝パーティメンバー〟で。
「……とにかく、この国で語り継がれている〝導師様〟とやらについて調べるしかないだろう? 今のところ、あいつらの手掛かりはそれしかない」
神妙に腕組をして、いかにも余裕のある大人を気取ってる(役立たずの)野里教官がそんなことを言い出す。ハッキリ言って、そんなのはわざわざ野里教官に言われなくても分かってる。分かり切ってること。余計な一言ってやつ。あーやっぱり私は野里教官が嫌いだ。
『まぁまぁ。何を揉めておるのかは知りはしませんが、ここで立ち話もなんですし、粗末なところですがアタシの小屋へおいでなし。そなたらが気にしている導師様の伝承についても詳しくお話ししましょうぞ』
「あ、ご、ごめんなさい。お恥ずかしいところを……」
私たちがあーだこーだと揉めてるのを見かねてか、この地で出会ったゴブリンの老婆がそんな風に申し出てくれた。
普段、私たちがダンジョンで殺し合いを繰り広げてるゴブリンじゃない。いや、その魔物感のある容貌は間違いなくゴブリンなんだけど……その瞳には理性が宿ってる。私たちを見るその表情だって、その、何というか……まるで孫を見るお祖母ちゃんみたいなんだ。包み込むような温かい優しさがある。
「……すみません。では、折角なので詳しい話を聞かせてもらえますか? ええと……改めまして、私の名はシオハラ・マユミと申します」
『ほうほう、これはこれはご丁寧に。そう言えば、お互いに名乗ってませんでしたね。アタシは、リ=リュナと申す者です。……もはやとうの昔に風化してしまいましたが、かつてこの地で栄えていたリ=ズルガ王国のお姫様の名だそうで……畏れ多くも私が受け継がせてもらっています』
リ=リュナ。ゴブリンの老婆はそう名乗った。
何故かは分からない。でも、たぶん彼女は、このクエストの鍵になるヒトだと思う。
私の中のダンジョンシステムが……イノ曰くの〝プレイヤーモード〟がそう囁いてる。
リュナさん。彼女は、私が〝超越者〟として覚醒した時のかつてのイノと同じ匂いがする。
私にとっての〝導き手〟。
そして、私たちは彼女から聞くことになる。
神聖オウラ法王国の話を。
後に神聖オウラ法王国を建国することになる、若き日の初代法王を導いたという、女神エリノラから遣わされた導師とその従者の話を。
導師。導き手。
千の異能を用いた導師イノーア。
絶世の美貌を持ちながらも、その姿は見る者の心により変幻すると伝えられているらしい。
その真実の姿はゴブリンだったとか、黒いローブを纏った老翁だとか、はたまた鉈を振り回す少年だったとか……。
そして、そんな導師イノーアや初代法王を守護したという二人の従士。
刀で天地を斬り裂いたという従士メイと、百の魔法を操ったという従士レオラ。
…………うん。これって完全にイノたちだよね?
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発端は少し前に遡る。……とはいっても、実のところ、一体どこが〝発端〟なのかは私にも分からないけれど。
とにかく、イノが学園理事を襲撃した後のこと。
学園の指示により、長谷川教官の引率にて、私と獅子堂はダンジョンでレベルアップに勤しんでたんだ。
ダンジョン症候群を再発した二人の理事の治療のため、【白魔道士】のクラスLv.を上げて《ディスペル》を会得するのが急務だったから。
〝井ノ崎真による学園理事襲撃事件〟について、流石に学園側も状況の不味さを実感したのか、イノに対抗するための駒として、私や獅子堂の〝育成〟を急ピッチで進めたいという思惑もあったみたい。
気分的には微妙だけど、執行猶予的な扱いの私たちが学園側の意向に逆らえるはずもなく……言われるがままに、六階層から十階層のいわゆる〝廃墟都市エリア〟を周回しながら、クラスLv.を上げるために魔物と戦ってた。
「え? プ、〝超越者〟としての備え……ですか?」
作業的なレベル上げに励むある日、私は塩原教官に急に呼び出されたんだ。
「ええ、そうよ。色々と事情があるのは聞いてるけど……現状、川神さんが〝超越者〟としてダンジョン探索に挑んでいることに違いはないわ。ダンジョンシステムっていうのは、こっちの都合なんてお構いなしに《《仕掛けてくる》》場合がある。クラスLv.を上げるための慣れたエリアの周回だから……なんて思わずに、さっさと信頼できるパーティメンバーを増やして、ストア製アイテムで装備を整えておくべきよ。井ノ崎君にビビってる今の学園なら、よほどの無茶じゃない限り、川神さんのレベルアップのためと言えば要望は通るはずだから……」
突然の呼び出し自体に疑問符だらけで、状況がよく分かってない私に塩原教官は間髪入れずにそんなことを捲し立ててきた。
実のところ、私がパッと思い付く一連の〝発端〟はまさにこの場面なんだけど、塩原教官曰く、ダンジョンシステムはもっとずっと前から〝超越者〟を誘ってたはずだってさ。
出発点を考えるなら、この世界にダンジョンが出現したあの日にすべてが始まったとしか言えない。でも、だからといって、すべてがダンジョンシステムの思うがまま……なんて風には考えたくないし、絶対に違うと私は否定するけどね。……と、教官はそんな風に語ってた。
「は、はぁ……で、でも、そんな簡単にパーティメンバーを増やせとか言われても……」
「あのねぇ、川神さん。私が坂城仁の……学園が把握していなかった〝超越者〟のパーティメンバーだったって話は聞いたでしょ?」
「え、ええ……まぁ……」
塩原教官は、かつて十五階層に挑んで亡くなった〝超越者〟のパーティメンバーだった人。
当時は野里教官と同じチームだった人。
今の私たちで言うところの、獅子堂や鷹尾先輩と同じような立ち位置だった女性だ。
〝超越者〟関連についての先輩とも言える。
だからなのか、私の誤魔化しにも気付いていた。……というか、塩原教官にそんな〝システム〟が採用されてるなんて、私に分かるはずもなかったんだけど……。
「川神さん。あなた、すでに何人かのパーティ登録をシステムにせっつかれてるでしょ? その中には私も含まれている……違う?」
「……」
一応疑問形ではあるけど、この時の塩原教官は確信してたし、その問い掛けはまさに図星だった。彼女の言う通り。
例の二人の理事の救出作戦後に……私のシステムは、(役立たずの)野里教官をパーティ登録するかどうかの選択をうるさいくらいに要求してきた。
正直なところ、イノがダンジョンに姿を消している今、ダンジョンシステムについて詳しく相談できる相手がいないから放置……もとい、保留にしてた。
しつこかったシステムメッセージは、『うるさいうるさいうるさいッ!』と、こっちもうるさいをずっと繰り返してたら、一日に一回程度の通知メッセージ程度になったから。ミュート機能?
でも、よくよく意識を向けてみれば、私にパーティ登録の可否を求めるシステムメッセージは、何も野里教官だけじゃなかったんだ。
『澤成樹をパーティ登録しますか?』
『浪速瑛一郎をパーティ登録しますか?』
『佐渡望をパーティ登録しますか?』
『佐渡希をパーティ登録しますか?』
『塩原真由美、川神陽子、双方の好感度が一定値を超えました。パーティ登録をしますか?』
『野里澄、川神陽子、双方の好感度が一定値を超えました。パーティ登録をしますか?』
何だか微妙にメッセージが違うけど……サワや浪速、佐渡姉妹については十二分に心当たりはあった。……ううん、よく考えるとちょっと違うか。
実のところ、サワについては若干微妙。特殊実験室でチームを組んでた浪速たちに比べれば、ダンジョン探索で濃密な時間を過ごしたと言えるほどじゃない。
サワがパーティ登録できるなら、中等部で一緒に班を組んでた美濃沙帆里、堂上伊織、佐久間愛佳あたりの名前がないのがおかしい。
仮にダンジョン探索を度外視した、読んで字のごとくの〝好感度〟が関係するなら、むしろかつての私はイノの妹である花乃ちゃんこそを同類の天才だと認識してたし、お互いに好感度は高かったはず。サワほどじゃないにしても、風見に対してもそこそこに好感を持ってた。
なのに、私のシステムには花乃ちゃんや風見の名前はない。
そもそも、野里教官に私は〝好感〟なんて抱いてない。むしろ人間的には嫌いだ。あと、塩原教官にしてもおかしい。こっちは野里教官よりも関係性は薄い。私は彼女に好感も嫌悪も抱いてない。抱きようもない。だって顔見知り程度なんだから。
塩原教官とパーティ登録できるなら、他にも大勢の候補者がいるはずだ。
『ダンジョンシステムのルールがイマイチよく分からない』
システム説明をしてくれてたイノが、よくそうやってぼやいてたんだけど……その意味が私にも分かってきた。
「た、確かにパーティ登録をどうするのかって、システムからの催促的な通知は来てますけど……塩原教官はどうしてそんなことが分かるんですか? かつての……坂城さんとパーティを組んでた時にも同じようなことがあったんですか?」
坂城さんが亡くなったダンジョン事故の経緯は私も聞かされていた。
塩原教官が坂城さんと恋人同士だったというのも。
その事故こそが、野里教官のタガが外れた原因らしいってことも。
だからこそ、あまり踏み込んで聞きたくはなかったんだけど……。
「いえ、仁と組んでた時に《《こんな事》》はなかったわ。川神さん、実は私にもシステムから通知が来たのよ。『川神陽子のパーティメンバーとして、ダンジョン探索を再開しますか?』……ってね。訳が分からないのは私も同じよ。システムから通知が来た時、私はまだあなたのことを知らなかった。そもそも川神陽子って誰? って状況だったからね」
「は、はい?」
「……その直後よ。スゥが……野里澄がダンジョン症候群を発症して、学園の生徒と共にダンジョンに取り残されたって話を聞いたのは」
「え? そ、それって……つまり、私が〝超越者〟となる前の話ですか?」
イノが呪物騒動の後にボソッと言ってた。
『……今さらだけどさ。僕はヨウちゃんやサワくんが昔から知ってる〝井ノ崎真〟とは別人なんだ。いや、別のナニかと言った方がいいかもね。僕には井ノ崎真として過ごした記憶があるし、場面ごとの感情の起伏なんかも覚えてる。でも、ダンジョンなんてモノが存在しない、こことは違う世界で過ごした男の一生分の記憶も持ち合わせてる。穴だらけ、継ぎ接ぎだらけではあるけど、いわゆる前世の記憶ってやつだね』
確かにイノは変わった。このダンジョン学園に来る前と来た後で、別人に入れ替わっていたと言われると〝あ、そうなんだ〟と、納得できるくらいには変わってたように思える。
でも、それは他の子だって同じだ。普通に成長する過程で、幼い頃とまるでキャラが違ってくる子だって当たり前にいる。
前世がどうのとか言い出す子も。……中二病的な?
別人だの前世だのと言われても、私たちの目の前にいるイノがイノであることに変わらない。
そんな風に思ってた。
『もしかしたら、僕がここに来たのは、ヨウちゃんを〝超越者〟として覚醒させるためだったのかもしれない。でも、仮にそうだとしたら……その役目が終わった後の僕は、これからどうなるんだろうね?』
イノがそんな話をしてた時、正直なところ、私はそれどころじゃなかった。呪物騒動であまりの馬鹿さ加減を露呈してしまった自分のことで手一杯だった。
あの時、もっとちゃんとイノと話をしておけば良かった。
ダンジョンシステムは、私なんかが思っていた以上に影響力が大きいし、得体が知れない。
〝超越者〟というのは、ダンジョン探索を先へ進めるための便利機能なんかじゃない。
もっと……別のナニか。
ダンジョンシステムが何かを為すための駒。
たぶん、〝超越者〟のパーティメンバーとして選ばれる人たちというのも……突き詰めていくと、この狂ったシステムが求めている人材なんだと思う。
そう。私のパーティ登録で名前が出てきた塩原教官は、ダンジョンに呼ばれている側の人だ。
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