第15話 プレイヤーは……
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「メイ様! あの結界、思っていたよりずっと強度があるみたい! 今の私の魔法で壊してしまう心配はなさそう!」
アークシュベルの面々を更なる混乱に導く魔法攻撃。その張本人である【黒魔道士】が、喜色気味に声を上げる。
「……レオ、強度を試すつもりの初撃で、いきなり最大威力の魔法を使うのはどうかと思う」
どこか浮かれた様子の移動砲台をよそに、守護者であるメイは呆れ顔。もっとも、彼女が呆れているのはレオに対してのみに非ず。
確かな実力はあるものの、うっかりなのか慢心なのか……普段のダンジョン階層では決してしない、あり得ないような凡ミスで敵地で孤立する羽目になった同志。
そんなイノを〝油断し過ぎだ〟と散々罵っていたかと思えば、街中でいきなり魔法をぶっ放すという暴挙に出た同志。
このどうしようもなくタガの外れた〝超越者〟どもに、鷹尾芽郁は呆れている模様。
「い、いやぁ……ダンジョン階層だと、こんな街中で魔法を使う機会なんてないからちょっとテンション上がっちゃって……ま、まぁ、結果オーライということで……ほ、ほら、イノの方も混乱に乗じて動きやすくなったみたいだし……」
テレパスでイノの状況をちらりと確認しながらの言い訳。流石に、メイとのテンションの差に、レオは自分がやらかしたことにはたと気付く。
彼女は、この異世界的な場所もダンジョンの中だと認識しているにはいるが、それでも、ゴ氏族の集落や王都ルガーリアには、これまでのダンジョン階層にはなかった日常の営みや文化が……社会がある。社会を構成しているのは、彼女の感覚ではれっきとした魔物ではあるものの、皆が〝普通に生きている〟のもまた事実であるため、ここがダンジョンの中だという緊張感が少し抜けてしまう。
この世界の住民たちは、嬉しければ喜び、楽しければ笑う。不愉快だと怒り、悲しければ泣く。客人をもてなそうとするホスピタリティがあり、自分たちの文化や国に誇りを持っている。
まさに普通。種族こそ違うものの、ゴブリン社会にも、レオが理解できる〝当たり前〟がアチコチに見受けられた。
日常の風景を前に少し気が緩む。……が、それと同時に、この日常の中でフィクションパワーを遺憾なく発揮できるという状況に、レオはどこか現実離れした高揚感を覚えていた。本人が言うようにテンションが上がってしまう。
そんな彼女の内面の変化も承知の上で、守護者たるメイは〝プレイヤー〟に語り掛ける。
「……前から言おうと思っていたことがあるんだけど、今までは勘違いかもしれないと様子を見てた。でも、今、この瞬間、私の中ではっきりとしたからレオに伝えるよ」
「え? メ、メイ様……?」
学園の仲間として、ダンジョンの深層を目指す同志として、それなり以上に打ち解けて柔らかくなった表情ではなく、感情が抜け落ちた能面顔でメイは真っ直ぐにレオを見つめながら……ツッコむ。
「……わりと似た者同士だよね?」
「え?」
「……〝超越者〟という共通点があるからなのかは分からないけど、レオとイノ君って……やらかしの方向性が少し違うだけで、やっぱり似た者同士だよ。前世というのがあるのに子供っぽいし……まるで遠足の前日に寝れない子みたい。で、当日におかしなテンションで色々とやらかしちゃう感じが……同じに見える」
「え? は? え、えっと……メ、メイ……様……?」
その指摘に対して、異世界の魔道士少女が決して軽くないショックを覚えたそうだが……割愛。
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駆ける。駆ける。
混乱する領事館内。
何が起きたか分からないまま、右往左往する面々の横を僕らは駆け抜ける。
動きに微妙な違和感があるから、《シャドウコピー》は解除。今は素のままのヒト族イノとして領事館の出口を目指している。
あくまでフリではあるけど、リュナ姫は《纏い影》で拘束した状態で運搬してる。傍から見れば、あきらかに無力化されて連れ去られているように見えるだろうさ。……いや、この状態からだと、彼女は自力で拘束を解くことができない。なので、事実として無力化されているわけなんだけどね。
レオの暴挙(メイちゃんに真顔で説教されてたのは笑える。by テレパスで覗き見)はさておき、確かにあの一撃で騒ぎになり、軍人たちの不意を突いて影から飛び出すことができた。
で、その勢いのままに、あの高慢ちきな軍人エルフをぶん殴ってやった。勢いのままの考えなしはもう今さらだ。
別に僕自身は軍人エルフに個人的な恨みなんかはないけど、リュナ姫がちょっとスッキリしてたのは見なかったことにしておこう。
『イ、イノ殿ッ! そ、外はそちらではない! ど、どこへッ!?』
……おっと。今はあんまり話し掛けて欲しくないんだけどな。一応、リュナ姫は人質……ゴブリン質か? まぁそんなのはどうでも良い。とにかく、僕とリュナ姫は敵対者という体なんだし。
『いたぞぉッ!! 東館の踊り場だッ!! 逃がすなァッ!!』
『敵はすばしっこいぞ! 囲めッ!!』
『モタモタするな! 隊列を組めッ!!』
種族が違うせいか、同じようなデザインの軍服を身に纏ってはいるけど、それぞれの兵で印象がずいぶん違う。多種多様な面々が立ちはだかってくる。
どうやら先回りされたっぽい。敵側の方がリュナ姫より先に僕の意図を……牢を目指しているのを察していたようだね。
僕は今、完全に〝プレイヤーモード〟。
レオが暴挙に出た瞬間、彼女の魔法が領事館の結界を揺さぶった瞬間に……スイッチが入った。今までよりも明確に〝ソレ〟が分かった。パチンと切り替わった。
この状況下での最適解は……どさくさ紛れに帝国人を搔っ攫うこと。
アレもコレもを狙うのが正解だと、僕の中の〝プレイヤーモード〟が囃し立てる。
妙にスッキリとした頭の中で、僕は僕自身を操作する。
「……シッ……!」
『ゴぁ……ッ!?』
『ぶ……ッ』
『痛てぇッ!?』
ノーモーションで鉄球をばら撒く。
猫獣人(仮)、リザードマン(仮)、コボルト(仮)な軍人たちに直撃。それぞれの戦力を削る。
つまり、いつものダンジョン階層とは違う。今回のは必殺じゃない。これも不思議な感覚だ。
右肩、左膝、右手首……と、あきらかに致命傷にならない部位を選んで僕は鉄球を投げた。確かに、〝できるなら殺したくない〟とは思っていたけど、〝プレイヤーモード〟での戦闘は甘くない。ヌルくない。
ダンジョンの攻略や元の世界へ戻るためだと言い訳しながら、この世界の住人を殺すことも〝仕方がない〟と、僕はどこかで割り切ってもいた。
なのに、どうして?
肌感覚ではあるけど……アークシュベルの兵たちは、十階層のボスとして出てくるオークと同程度か少し劣るくらい。今の僕が本気でやっても、流石に鉄球投擲での一撃必殺は難しいのは確かだ。でも、もっとダメージのある部位を狙えたのも事実。
……うーん。別に今ここで悩まなくてもいいか。〝プレイヤーモード〟なんていっても、やはり僕を操作しているのは僕に他ならないんだし、僕の普段の考えが反映されてもおかしくはないはず。殺さずに済むならそれに越したことはない。
それに、もしかすると今の〝仕様〟すらも、ダンジョンシステムのなんらかのお告げ的なモノなのかもしれないしね。ま、今は深く考えない。スルーだ。
というか、そんなこんなをゴチャゴチャと考えながらも、僕の身体は疾走る。跳ぶ。鉈丸を振るうし、鉄球を更にばら撒く。アークシュベルの軍人たちの包囲網を切り崩すために動く。思う前にすでに動いてる。
『コ、コイツ……ッ!?』
『チビのヒト族のくせにやたらと強いぞッ!?』
『隊列を崩すなッ! 二重三重に囲め! こちらがバラけると敵の思うつぼだぞ!』
翻訳の加減なのかな? それとも、こっちの世界にも〝思うつぼ〟なんてそのままな言い回しがあったり? ……どうでも良いか。スルースルー。
個々の戦闘能力は僕の方がかなり上。でも、敵も然るもの引っ掻くものってね。流石に職業軍人というべきなのか、隊列を切り崩そうと僕が動いても、その穴埋めをするように、指揮官らしき半魚人みたいな巨漢が指示を飛ばしてる。兵たちもその指示を忠実に実行しようとしてる。
厄介だ。
ダンジョンの魔物たちも連携はしてくるけど、この軍人たちはまたソレとは一味違う。連携の質はダンジョン階層の魔物と比べ物にならない。訓練に裏打ちされた動きだし、明確に意図をもって連携してくる。こっちの動きを先読みして対処してくる。本当に厄介だね。
『よし! そのまま追い込むのだッ!! 奴に動き回るスペースを与えるな! 先に場を潰せッ!!』
くそ。指揮官の半魚人(仮)め。見た目はいかにもパワー系なくせに、細々と指示を飛ばして僕の動けるスペースを削ってくる。っていうか、なんで陸で活動してんだよ。エラ呼吸とかじゃないのか?
突き出される槍を躱しながら、広いスペースを求めて動く……けど、僕のこの動きすらも半魚人(仮)は計算している。読んでいる。
まったく、本当にやりにくい。いつぞやの野里教官との制限付きの一戦なんかよりもしんどい気がする。ま、こういうやりにくさが一対一と集団戦の差なのかもね。
振り返ってみれば、ダンジョン階層の魔物との戦いなんかは、多少の連携があっても結局は一対一を繰り返してるような感じだったように思う。
まったく……隊列の一部を崩してそのまま駆け抜けるつもりだったのに、とうとう足を止められた。
あーあ。後ろも前も、なだれ込んで来た兵たちに塞がれた形か。まさに進退窮まるって感じだね……はは……。
『よしッ! 足が止まったぞ! そのまま一定の距離を置いた状態で囲いを維持しろ! 後方から網を掛けて完全に動きを止めるのだッ!! 網の巻き添えとなった者は、内側から敵に網を絡ませろッ!』
『『はッ!!』』
指示も的確だし、兵たちの動きも指示に忠実。道具も十全に使用してくる。
確かに窮地だ。この場だけを見るならね。
「……ま、仕方ないか……」
だらりと腕を下げたまま、鉈丸を強く握る。マナを込める。
あっさりと諦める。
なんらかのダンジョンシステムの意図があったのかもしれないけど、こうなったら仕方がない。
僕は自分の命を犠牲にしてまで〝不殺〟を貫く気はない。
方針転換。
これまではあくまでただの鈍器として、マナを込めずに峰や平で殴ってたけど……殺す気で刃を使えば、網どころか兵士たちの囲いすらも、僕には……鉈丸には通じない。
舐めるなよ半魚人(仮)。
今のこの状況は、僕が殺さないように立ち回った結果でしかないってところを見せつけてやる。
『な、なんだッ この禍々しいマナはッ!?』
『は、早く網を掛けろッ! なにか仕出かす気だぞッ!! 急げッ!!』
『こ、これがイノ殿の本気……なの……ッ!?』
場の空気が変わる。鉈丸が発する妖気が満ちていく。
まるで、鉈丸が血を求めて獲物を見定めているかのようだ。
リュナ姫には不快かもしれないけど、しばらくは我慢してもらうしかない。
「……イノ君。駄目だよ。それは駄目……後々が面倒」
……と、思ってたんだけどね。ストップが掛かった。
で、領事館の結界が静かに斬れた。
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