第6話 超越者
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「プ、超越者ですか……? い、一体どんな存在なんです?」
なんかヤバい流れだ。もしかして、僕みたいなのが過去に存在したのか? ……違う。過去に限らない。僕という実例があるんだから、同じような状況の人が現在進行系で他に居てもおかしくはない。いや待て、そもそも超越者って何なんだ? 僕がそうだと決まった訳でもない。落ち着け。
「井ノ崎。私はな、この学園では教師ではなく、魔物との戦いを教える、戦闘科目の指導教官として在席している。だがな、それはあくまでも副業であり、本業は探索者なんだ。……そう。今ではダンジョンから資源を持ち帰る、探索者という“職業”が成り立つほどだが、人類がダンジョンと遭遇して一世紀が過ぎた今でも、ダンジョン自体は依然として未知の存在だ」
「え、えっと……? 先生?」
「黙って聞いてろ。……ある研究によると、世界中のダンジョンは繋がっており、最深部と言える場所はたった一つだそうだ。そして、ダンジョンは意思を持っており、その意思は人類と直接的なコンタクトを図るために、最深部に辿り着き得る人類を選別しているんだとさ」
先生がいきなりよく解らない話をし始めた。NPCが脈絡もなく世界設定の説明をしているのか?
「……えっと、その選別方法が親和率だと?」
「まぁ与太話の一つだがな。しかし、ダンジョンが未知の存在であると同時に、探索者にも謎は多い。ダンジョンで活動したり、ダンジョンテクノロジーを解明しようとすると成長するのは何故だ? 何故【クラス】による恩恵を受けたり、《スキル》を使うことが出来る?」
いや、知らんがな。そもそも探索者である貴女の方が知ってるでしょうに。
「……それらの秘密を解くヒントを携えた探索者が、一九四五年の広島で起きたダンジョンブレイクの際に現れた。ダンジョンから吐き出された夥しい数の魔物の大暴走。それらを鎮圧した探索者達の中にその人物は居たそうだ。現在でも最上級の機密事項であり、その探索者の名前、年齢、性別、容姿、体格、使用していたスキル、当時のクラスやレベルなど、その正体に繋がりかねない情報は一切が伏せられている。少なくとも、私の持つ権限で閲覧できる情報ではない」
一九四五年の広島か。僕の記憶にある向こうの世界では、第二次世界大戦末期のあの惨劇だ。
この世界では、ダンジョンとのファーストコンタクトの地、サラエボと同じように、ダンジョン災害での都市壊滅の歴史となっている。こっちの教科書でも見た覚えがある。
その災害の地、そこに現れた探索者が超越者なのか。
「…………」
「その人物Xは、他の探索者とは明確に違っていた。まず、普通ならあり得ない、物理戦闘クラスと魔法クラスの双方へクラスチェンジする事が出来た上、クラスチェンジ後も、以前に会得した系統違いのスキルを一部使用する事が出来たという。更に、通常なら五〇までは測定出来るはずの成長限界が測定不能であり、アイテムを用いずに無限収納を使用していたそうだ」
聞く限りでは、ゲームのプレイヤーキャラとしては普通だ。
育成に自由度があったり、インベントリが初期設定だとか……。というか、こっちの世界では結構制限があるみたいだね。ダンジョンの不思議システムで、ゲームとかと同じように処理されてるのかと思ってた。
ダンジョンを探索して魔物を倒す。魔物の死体は消えて、確率でアイテムをドロップする。
こんな仕様なのに、初期設定でインベントリなしとか……荷物の持ち運びだけで大変そう。ダンジョン内を動き回るにしても、食料とか水も必要だろうし……。
「……本当なら凄い話ですけど、そんな探索者は噂でも聞いたことがありませんけど?」
「それもそうだ。いきなりこんな話を聞かされたら、私だって都市伝説、フィクションの類だと思うさ。……だが、その人物Xは実在し、公的な記録にも残っている。流石に既に亡くなってはいるだろうが、日本のダンジョン管理や学園の創設にも関与しており、この日本で、今も使われているダンジョン探索の指導マニュアルを作成したのも同じ人物だ。その他にも、ダンジョンの存在意義、探索者の役割とその謎についての考察なども詳細に記録を残している。まぁそれらは最重要機密として厳重に保管されており、私のような学園付きの指導教官であっても容易に触れられないがね」
そんな凄い人物が居たと。
僕がこの情報を聞けば、そりゃ確かに“プレイヤー”の存在を疑うだろうさ。でも、こっちの世界の人達からすると、ただの偉人というか、凄い才能を持った人という認識なのでは? 僕の親和率の増加は結局どう繋がる?
「……先生。結局、その凄い探索者が超越者という存在なんですか? あと、僕の親和率は……?」
「ふふ。その人物Xは『短期間で親和率が大幅に増大する』という特徴もあったそうで、最終的には一〇〇〇%を超えたとか測定不能になったとか……。あと、今現在の公式な世界最高レベルは【三五】だが、人物Xは五十年以上前に既にレベル【一〇〇】を超えていたのでは?……等などの逸話がある。そしてその人物Xは、他を超越するその理由を問われると『プレイヤーだからとしか言えない』と答えていたそうでな。以来、他と隔絶、超越する者を“プレイヤー”と呼ぶ習わしが密かに出来たらしい。また、人物Xが日本に現れた同時期、世界各国でもダンジョン絡みの開発や整備が一気に進んだこともあり、超越者は他国にも居た、あるいは居るというのが関係者の見解だ」
「………………」
「………………」
しばしの沈黙。
え? それだけ?
親和率が短期間で増加という、特徴のほんの一部が同じだから?
いやいやいや。ちょっと待ってよ。何の実績もない僕と、その偉人である超越者を繋げて考えるのは流石に無理があるでしょ?
そりゃ僕からしたら心当たり的なモノはあるけどさ。この乏しい根拠なら別に言い逃れ出来るんじゃね?
「…………結局のところ先生。あ、教官と呼んだ方が良いですか?」
「……そうだな。新入生への種明かし以外、いつもは教官と呼ばれているから、教官で頼む」
「改めて野里教官。結局、僕を呼び出したのは何故なんですか? 僕がそんな機密扱いの偉人と同じだと?」
「同じだとは言わんさ。ただ“今は”親和率の大幅な増加だけじゃない。井ノ崎、お前はナニか隠しているな? いや、いちいち否定はするな。無駄だ。こうやって対面して解った。それにだ、実は昨日の時点で私には直感があった。だから、お前の入学の際に検体として送られた血液などを改めて調べさせてもらった。いやぁ、新入生の検体は既に破棄が始まっていたからなぁ〜井ノ崎の検体が無事で良かったぞ〜」
何だよこの人。意味が分からないんだけど……もしかして電波ちゃんなのか? その含みのあるニヤニヤ笑いをやめろ。
「なぁ。お前は進路をどうするつもりだ? 学園の調査はかなり力を入れており、その結果は精密だ。さっきの訓練では可能性を示したが、A・B組に振り分けられなかった者が、今更探索者を目指したいと言ったところで学園は相手にしない。なんだかんだと学園が望む人材育成コースになるだろう」
「…………」
そんな事だろうとは思った。学園の指示に従うしかないんだろうね。
不思議だ。
今まで——ダンジョンに入ってゴブリンをこの目で見るまで——は、探索者なんかまっぴら御免だと。このゲーム的な世界、主人公や重要キャラの騒動に巻き込まれたくない。……なんて風に考えていたのに。
今は探索者云々じゃなく、ただただダンジョンに潜ることに心惹かれている僕がいる。
もしかすると、これがゲーム的な強制力じゃないかと疑ってもいる。いや、教官の話を聞いてほぼ確信してると言ってもいい。
このゲーム的な世界で、僕はたぶん“プレイヤー”なんだろう。あるいはプレイヤーの操作するアバターか。
「……学園が僕たちの進路を定めているなら、それに従うまでですけど?」
「そうか。……少し嘘が混じっていそうだが、本音ではあるようだな。
それで、さっきの話の続きだが、井ノ崎の検体を調べたといったな? その結果を教えてやろう」
「……聞かないという選択肢はないですか?」
「そうか、そんなにも気になるか!」
聞けよ人の話! この教官のニヤニヤ笑い、腹立つわ!
「聞いて驚け! 同じ検体のはずなのに結果が違っていた! いや変化していたと言うべきか! まず、成長の限界値は【一二】だったはずが、なんと測定不能だ! つまり、お前の成長限界値は最低でも【五〇】以上という事だ! 親和率ならともかく、成長限界値が変化する事例など聞いたことがない!」
楽しそうだね。なんだろう。美人にドヤ顔でニヤニヤされると、こんなにも腹が立つモノなんだね。新発見だ。
「だからどうしたんですか? 学園の人材育成コースはもう決まっているんでしょ?」
「なぁ井ノ崎。お前には分からないかも知れないが……実は私もかなりヤバい橋を渡ってるんだ。持ち出し禁止で破棄されるはずの生徒の検体を外部へ持ち出し、倫理上の問題から、許可がないと違法となる成長限界測定を勝手に行ったりな。ちなみに、正規の測定器なら今では成長限界をレベル【一〇〇】まで計測できるが、今回使用したのは旧式とはいえ違法な横流し品だったりする。な、ここまで言えば私がマズいことをしている事くらいは分かるだろ?」
知らんがな。これをそのまま学園にチクってやろうか? いや、そうなれば僕の存在も公になる。ヤバい橋を渡っているということは、この野里教官は学園を通さず僕に接触しているということだ。何となく読めてきた。
「……それで? 教官は僕に何を望んでいるんですか? 少なくとも学園には言えない事ですよね? 学園の意向に逆らっている以上は」
「ははッ! ガキだと思っていたが、なかなか話が分かるじゃないか! そうだ。私はお前……いや君に頼みがある。当然学園には内密にな。その代わりと言っては何だが、私も君のことは秘密にするし、君が望むことに対して可能な範囲で協力も惜しまない。……それでだ、私のその頼みというのはだな………………」
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「遅かったな、イノ。何の呼び出しだったんだ?」
「……昨日の親和率の測定で不具合があったみたい。数値がおかしかったから、改めて再測定だってさ。先生が測定器を準備するのを待ってて遅くなったんだ」
「あぁ昨日のヤツか。なんかおかしいとは思ってたんだよな。イノ、確か俺と同じくらいだったもんな」
「そうそう。結局、測定器に不具合があったみたい。さっき測定したら前と同じだったよ」
何だろう。風見くんに嘘を吐くのは心が痛い。自分で思っていたより、僕は風見くんのことが好きなようだ。ヨウちゃんやサワくんになら、割と軽く嘘をつけそうな気配があるんだけどね。
「風見くんは家族と相談はしたの?」
「ああ。予想通り母ちゃんは大賛成だってよ。『斜に構えててもアンタは優しい子だから、魔物相手に斬った張ったは無理だ』ってさ。いや、実際そうなんだけど、ハッキリ言われるとアレだな……」
ゴブリンとの戦闘から解体ショーまでを目の当たりにし、流石に自分の向き不向きを認識して素直になってるようだ。ちょっと照れてるみたいだけど。
「……さっきはあんなこと言ったけど、やっぱり僕も探索者以外の進路にするよ。待ってる間、先生からも色々と話を聞いてさ。僕には無理そうだと思ったね。多分、ヨウちゃんやサワくんみたいな人じゃないと探索者に向いてないんだろうね」
「そうだよな。あの二人はホント、探索者に向いてると思うぜ。で、さっきちょっと澤成とも話をしたんだけど、B組は普通に座学で説明を受けたってよ。聞いた話じゃ、今から一か月くらいかけて、ゴブリン解体ショー的なことがアチコチで行われるらしい。それが一通り終わってから、C〜H組は再編されるんだってよ。人によっては寮棟ごと変わることもあるらしいぜ。……せっかく一緒だったのに、イノと別の組や寮になるのはちょっとなぁ〜」
野里教官から、僕もその辺りのことは聞いていた。この入学から組編成による大移動までが、学園の毎年の風物詩だそうだ。
その際に生徒の個人的な荷物が入るか入らないか程度の「収納袋」が支給されるらしい。これは、ダンジョンテクノロジーによる量産品で、所謂劣化インベントリ。この場合は劣化アイテムボックスと言った方が正確かも知れない。
この収納袋を手にすることが、本格的な学園での生活のスタートと言っても過言ではないらしい。何故こんな回りくどいことをするのかは分からないけど、このやり方も例の人物Xが雛型を作ったみたいだ。
風見くんと離れ離れになるのは確かに寂しい。でもゴメンよ。僕の寝泊まりする寮棟が変わることも、H組に割り振られるというのも、今の時点でもう決まっているんだ。
それが教官の目的のために必要なことだからね。
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