第2話 ヨウのシステム
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結論から言うと……ヨウちゃんの超越者としての機能は、僕やレオと似たようなモノだった。その操作は僕等よりも直観的だったけどね。
まぁ大きく違うのはステータスウインドウの有無。
僕とレオ、それに加えて、伝聞ではあるけどダンジョンで亡くなった坂城仁さん。
多少の差異はあるみたいだけど、この三人はステータスウインドウから諸々の機能を使うタイプだ。ゲームシステム的なやつね。
だけど、ヨウちゃんはステータスウインドウを呼び出せない。僕やレオのを視認することもできない。そこは他の人たちと同じ。
だけど、〝ナニかができそうな気がする〟……という感覚だけはあったらしい。で、そんな中で、改めて僕の持つステータスウインドウの機能を一つ一つ説明していくと……あら不思議。機能を〝認識〟することで使えるようになった。他者と視覚的な共有ができないってだけで、ヨウちゃんにも僕等とほぼ同性能のモノが〝実装〟されてた。
ステータスや友好度の確認、パーティメンバーの登録、アイテムボックス。そして、探索者としては本命とも言える〝ストア〟の利用まで可能だった。
ちなみに、ヨウちゃんに自覚はなかったようだけど、既に獅子堂はパーティメンバーに登録されてた。微妙に謎。パーティ登録の際のあののたうち回るような痛みはなかったみたいだ。これはヨウちゃんの仕様なのか、獅子堂が特別枠なのか、それとも僕の仕様がおかしいのか……さてどうなんだか。
「……これがストア製の武器……呪物の本来の姿……」
「うん。ちなみに僕の鉈丸は、更にもう一段階強化済みだよ。メイちゃんやレオのも。それに防御系の……マナを増幅して、スキル効果がアップするアイテムも使ってる」
「あの騒動の時にもイノは言ってたけど……私達が使ってた呪物は……超越者にとっては普通の装備だったんだね……」
「……武器の性能に頼っても、俺達が勝てる見込みはなかったわけか」
ヨウちゃんが呪物を使う前に愛用していた、拳打用の「普通の手甲」を試しにストア機能で強化してもらった。
分かり易い差を実感したようだ。
何の変哲もない装備品が、マナを纏う業物へと変貌したんだからね。
ついこの前まで、彼女達が使っていた呪物と同等の品だ。
一応の比較として、僕も鉈丸を出してるんだけど……それどころじゃない。流石にヨウちゃんと獅子堂は、ストア製の武器に思うところがあるみたいだね。
そりゃそうだ。彼女達が身を蝕むデメリットを覚悟の上で手に取った呪物は、元を辿れば超越者とパーティメンバー用の装備というだけでしかなかった。
ヨウちゃん達は万能感と共に呪物を得意気に振り回してたみたいだけど、あくまでもストア的には第一段階の強化武器……初期装備に等しい。性能的には上には上がある。
しかも、覚悟の上だったデメリットもチャラ。今となっては、ノーリスクで扱える武器となったわけだ。
呪物派の目的は『ダンジョン外でのスキルの行使』の研究だったらしいし、あくまで呪物は、ダンジョン症候群を発症させる為の仕込みでしかなったんだろうけど……。
色々と思うところがないはずもない。
ま、他の実験体となった生徒の事情は詳しく知らないけど、ヨウちゃんと獅子堂については自らの意思で呪物派に与したんだ。世界の意思だの原作だの……何らかの〝干渉〟があったにせよね。厳しいようだけど、諸々の想いは自分で飲み込んで消化してもらうしかない。
「さてと。とりあえず、ヨウちゃんにも僕やレオと同じようなことができるのは検証できたし、今日の所は引き上げる? ヨウちゃんのパーティメンバーである獅子堂くんと、僕とパーティ登録をしたメイちゃんとの仕様の差についても、一応は調べておいた方が良い気はするけど……?」
「正直なところ、わけが分からなさ過ぎて、色々と気持ちや理解が追い付いてないんだけど……私はまだ大丈夫だよ。体力的には問題ないから」
「俺も問題ない。川神の感じていた〝ナニかができるような気がする〟という漠然とした感覚はあったし、実際に驚きはしたが……別に消耗はしてない」
いつの間にかパーティ登録がされていた獅子堂にも、何となくナニかが……パーティメンバーとして、諸々の〝機能〟が使える気はしていたらしい。ただ、その機能がどんなモノなのか、どのようにして使うのかは皆目見当が付かなかった模様。
う~ん。やっぱり一連の流れに繋がりを感じてしまう。
ヨウちゃんが、仮に自力で超越者に覚醒したとしても、その機能や仕様の内容を独力で理解して、十全に使い熟せていたとは思えない。彼女に実装されたシステムはあまりにも感覚的に過ぎる。
それこそ〝説明書〟が必要だったんじゃないのか?
ステータスウインドウを出せないヨウちゃんには、その項目や機能を僕に説明されるまで意識できなかった。
〝僕〟こそがヨウちゃんにとっての説明書だった……とか? 例の騒動の中でヨウちゃんも、導き手がどうたらという声を聞いたとか言ってたし。
ま、今ここで考えても答えは出ない話だ。ただ、ついつい何らかの作為があったのでは? ……と考えてしまう。
「二人はこう言ってるけど、メイちゃんは?」
「……私も問題はないよ。ただ、私と武の差と言われても……イノ君と川神さんの違いと同じじゃないの? ステータスウインドウが見えるか見えないか、出せるか出せないか。私はイノ君と同じ。武は川神さんと同じ……」
「たぶん、そうだろうとは思いますけどね。なので、主に確認するのは、獅子堂くんがヨウちゃんと同じやり方で、ステータスウインドウの機能を使えるかどうかってところですね」
僕のパーティメンバーであるメイちゃんは、ステータスウインドウを呼び出すことも、各種項目の確認やクラスチェンジ、インベントリの使用なんかも僕と同じようにできる。
ただし、ストアの機能は使えない。クエストの受諾についてもノータッチ。あと、インベントリは共有化されてるけど、僕が意識的に〝別フォルダ〟に収納したアイテムは、メイちゃんが取り出すことはできない。
ちなみに、同盟者であるレオはステータス画面を共有できないし、お互いのものを直接確認することもできない。開示許可制だ。超越者同士は、同盟という形でパーティを組んだとしても、機能や情報を完全に共有するわけじゃないらしい。
「ってことで……ヨウちゃん。ついでだから、獅子堂くんの短槍をインベントリに収納して、そのままストアで強化してみてくれない? で、獅子堂くんはヨウちゃんが収納した短槍を自分で取り出して見せる……っていう感じでどう?」
「分かった。やってみる」
「……まだ良く分からないが……試してみるとしよう」
新米超越者であるヨウちゃん(と獅子堂)のシステムチェックは、その後もしばらく続いた。
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第二ダンジョン学園の本棟。
他の校舎などに比べると、モダンな佇まいを見せる建築様式であり、いわゆる迎賓館的な使い方をされるなど、実用的な機能性よりも見た目や雰囲気を重視した造りとなっている。
ただ、本棟は来賓を迎える為だけの施設ではなく、ダンジョン学園の要職にある者、理事などが生活するスペースまで設けられている。
それは福利厚生などという生易しいモノではなく、むしろ逆。理事達を外へ出さない為の……外部との接触を最小限に抑える為の〝処置〟だ。
ダンジョン学園の理事達。
彼等彼女等は人望に人脈、理事としての実務に調整能力、探索者やサポーターとしてのこれまでの功績……などなどを買われて今の立場にいる。だが、ダンジョン学園の理事というのは、決して世間一般で言われるほどに栄誉ある立場という訳でもない。
ずば抜けた能力や人望があっても、それだけではダンジョン学園の理事にはなれない。
理事たちの決定的な条件。
それはダンジョン症候群の発症。
特異領域の外で……日常的にマイナス《スキル》を垂れ流してしまうという特殊な症状の現出。
これがダンジョン学園においての理事の資格。
要は〝まとも〟に一般社会に戻れなくなってしまった者達。望むと望まざるとにかかわらず、ダンジョンに関与せざるを得ない状況となってしまった者達。
いつの頃からか、学園や探索者協会は、有能な人材を〝逃がさない〟為、恣意的にダンジョン症候群を発症させるべく動いていたという事実すらある。
つまり、ダンジョン学園の一部の理事達ですら、ある意味では囚われの身……組織の被害者だったとも言える。
もちろん、ダンジョン症候群を発症した者についても、純然たる事故であった者も多い。だが、一方で研究や権力の獲得などの為に自ら進んで〝処置〟を受け入れた者もいるのだ。人それぞれ。
場面はイノ曰く、一昔前のマフィア映画に出てくるようなボスの執務室。
上質な革張りの大柄な椅子の上には、一人の権力者が体を沈めている。
「……そう。川神さんも、レオや井ノ崎君とほぼ同じ〝機能〟を有しているのね?」
老齢の女性。
権力と研究結果を求め、自ら進んで〝処置〟を受け入れた理事の一人。
名を西園寺京子。
現在、第二ダンジョン学園で最大派閥の長であり、新鞍怜央の親類。そして、長年に渡って〝超越者〟の調査・研究を続けてきた女傑。
「はい。詳細については井ノ崎からもレポートを提出させますが……検証の様子を見る限り、川神も一通りの〝機能〟を使えるようです。川神がメンバーとして選んだ獅子堂についても鷹尾と同等でした。呪物……超越者謹製の装備品についても、川神も獅子堂もペナルティ無しで扱えるようです。あくまで現段階での話ですが……」
そう報告するのは、イノ達の引率兼監視役。特殊実験室付きの教官である長谷川。
いつもは冷静沈着な彼も、今は緊張感を纏っており、若干ぎこちない。
それもそのはず。相手はダンジョン学園の本棟を根城とする理事なのだ。ダンジョン症候群により、マイナススキルを常時発動している。マナで身を鎧うことのできないダンジョン外で。
緊張するのは当たり前。そもそも、その凶悪なスキルの関係上、西園寺理事とは長時間の接見も禁止されているほどなのだから。
「……ふぅ。私が言うと白々しいと思われるかも知れないけれど……残念だわ。これで川神さんの〝生涯の仕事〟が決まってしまった。他の可能性が閉ざされてしまったわ」
「……ある意味ではそれも仕方ないのでは? もちろん、唆した呪物派の連中が悪いのは当然ですが、川神も獅子堂も、リスクを承知で自らが選択した結果だと言えます。……他の一部のサンプル達と違い、家族を人質に取られて脅されたというわけでもありません」
「……それでもよ。レオも井ノ崎君も……恐らく川神さんも。どうにも超越者というのは、その〝機能〟を含めて、ダンジョンから何らかの〝干渉〟を受けているのは間違いないわ。川神さんが呪物派に取り込まれたのも、もしかするとそんな〝干渉〟の影響だったのかも知れない。その点の懸念については、井ノ崎君も少しだけ指摘していたわ」
これまでも研究は続けられていたが、実際のところ、西園寺女史が現役の超越者と接することができた事例はそれほど多いわけでもない。その能力や性質をじっくりと検証できるようになったのは、親戚であるレオが初めてと言っても過言ではない。
今までの数少ない事例……超越者候補者達については、レオという〝現役〟と比較することによって、皆が〝機能〟などを十全に使えているわけではないというのが、改めて明らかになったほど。
ただし、西園寺理事が把握している超越者候補達は、イノが五階層のボス部屋の直前で出会った、日本における元祖超越者とも言える皇恭一郎の模擬人格が把握している者達とも若干のズレがある。
学園側が把握していない者もいるし、皇恭一郎の模擬人格が把握していない者もいるということ。
実のところ、イノやレオのように自らの特殊な性質や機能を認識している超越者は少数派。レア。
「干渉……ですか? まぁ井ノ崎が我々に伝えているのならば、あいつにはそれなりの確証があるのでしょう。色々ととこちらの出方を窺っているようですし……」
「ええ。彼は賢明よ。尤も我々からすれば少し〝小賢しい〟きらいがあるけれどね。……そんな小賢しい井ノ崎君は、私達に中途半端な情報を開示しない。彼が必要だと判断するか、あるいは隠し切れないと諦めた情報しか我々には出そうとしない。そんな彼が、我々側では検証できない曖昧な情報を出すということは……よほどに重要な情報なのでしょう。ダンジョンからの〝呼び掛け〟についてはレオからも聞いているしね。ふふ。これからも彼とは仲良くしておきたいものだわ」
女傑が薄く笑う。それは微笑みというには酷薄に過ぎる印象を周囲に与えるもの。イノがこの場にいれば、〝腹黒い権力者の笑顔だ〟などと揶揄しているかも知れない。そういう類のもの。
「長谷川教官。くれぐれも井ノ崎君を失うような事態は防いで頂戴ね? ……いざという時の優先度は、レオよりも彼が上だと覚えておいて」
「……降り掛かる火の粉は当然として、火の粉が舞う兆候についても留意しておきます。しかしよろしいのですか? 新鞍よりも井ノ崎を優先するなど……」
「……私個人としては当然にレオの身の安全が何よりも優先される事です。……ですが、学園の理事として、ダンジョンの探究者としては……やはりレオよりも井ノ崎君の方が使えると判断せざるをえません」
「…………」
西園寺理事。
彼女もまた野里澄と同類。いや、ダンジョンに後悔を残し、無力な己への怒りに身を焦がしていた野里よりも、ある意味では純粋なのかも知れない。
今となっては、イノの白魔法スキルがあれば、ダンジョン症候群を寛解させることができるにもかかわらず、研究の為にと敢えて症状を残したままにしているほど。
ダンジョンの謎を追う探求者にて求道者。
人の情を有しながらも、大望の為にはその情を捨てる覚悟を持った人種。
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