第3話 クエスト:試練の間
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レオの脅威度が上がった。
僕の中のプレイヤーモードが警戒している。『気を付けろ』と。
何があったんだ? 後衛と離れている今の僕には分からない。
『く、来るんじゃねぇ!! クソッタレがッ!』
ぼんやりとメイちゃんとレオの方に意識を向けながら、ボスの振り回す長斧を躱す。
悪いね。オマエからは何も感じないよ。もはや訓練にすらならない。メイちゃんに言うと「敵を侮るな」と怒られるけど。
一応、もう一度聞いてみるか。
「なぁ。本当にゴ氏族や王国のことは知らないのか?」
『殺してやるッ!』
さっきは来るなって言ったじゃん。腰も引けてるしさ。
迫る斧の刃を《纏い影》で弾いて逸らす。ほんの軽く。にも関わらず、ボスの体は横に流れ、バランスを保つ為にたたらを踏む。その背を押して前のめりに転倒させる。
そんな風にボスと戯れていると……レオのマナ集束だ。
集束からの射出。魔法スキルにしては出が早いな。それにマナの流れがスムーズ。さっきまでの入れ込んでいたレオじゃないみたいだ。
チラリと目をやると、まだ生き残っていたゴブリンたちの体の一部が弾け飛び、バタバタと斃れる。
派手なヤツじゃない。あれは《エア・ブリット》か? それも直線じゃなく曲線を描いて敵を追尾した上に、命中した瞬間に炸裂してる。ブーストスキルの効果付与なのか?
急に魔法スキルを使いこなしてる。本当に何があったのやら。一旦戻るか。
……
…………
「お疲れ様。レオ、急にどうしたの?」
あー嫌だ嫌だ。僕のプレイヤーモードがレオを警戒しているのが分かる。一旦認識すると、ちょっと気持ち悪い。恐らく、こういうのを僕は自分で気付いてなかったんだ。だけど、メイちゃんはソレに気付いていた……ということか。
「イノ。多分だけど、私も“プレイヤーモード”だ。どれくらいのマナ、どんな魔法スキル、敵の優先度、立ち位置、どうすれば良いのか? ……そんなのが“視える”ようになった」
ああ。何となく納得だ。マナの流動がさっきまでのレオと違い過ぎる。何らかの“スイッチ”が入った状態か。
「前に言ってた、怖さやグロ耐性は? マシになってる?」
「……うーん……そこは何故かそのまま。ゴブリンの死体とか気持ち悪いし、怖い。でも、頭では効率的な対処法も浮かんでるし……道筋っていうの? そんなのが視える。すごく不自然な感じだけど、コレで少しはまともに戦えるとは思うけどね」
まぁ要検討かな。とりあえず、レベル上げは普通に出来そうだ。さっそく、哀れなボスにトドメを刺してもらおう。
「詳しくはまた後で。まずは五階層のクリアだね。いける?」
「任せて。もう終わる」
そう言うやいなや、レオがボスをひと睨みしてスキルの発動。《エア・ブリット》がボスに着弾したのか、右肩付近がゴッソリと吹き飛ぶ。と思ったら次の瞬間には頭部も弾けた。ボスが叫び声を上げる間もない。
不可視の《エア・ブリット》。それも連続弾。重ねて撃ってる。流石に一発であの威力は出ないだろ。これは《気配隠蔽》とブーストスキルの合せ技? 事前に準備して速射出来るようにしていたのか?
本当に驚くね。こんなに至近距離なのに、発動まで魔法スキルのマナを感知できなかったよ。
僕のプレイヤーモードが警戒するのも納得の所業だ。
「……凄い。魔法スキルをこんな風に使い熟すのは、現役探索者の動画とかでしか見たことがない」
「へへ。メイ様のおかげだよ。メイ様が私を落ち着かせてくれたから……ありがとう」
徐ろにレオがメイちゃんを抱きしめた。ハグと言うには激しくギュッとしてる。
「……レ、レオ? ちょっと、は、恥ずかしいんだけど……」
「もう! メイ様は照れ屋だなぁ! 全身で感謝を伝えてるのに!」
欧米か! まぁ背骨の骨折を心配しなくて良い、真っ当なハグだから良いんだけどね。
「はいはい。戯れてないで。まずはレオのショートカット登録をしよう。流石に今の戦闘でレオが外されることはないでしょ?」
「ええッ!? もう少しメイ様成分を補給したいのに……」
何だよその成分は。……くッ。メイちゃんに顔を埋めやがって! う、羨ましくなんてないんだからね!
「……イノ君から邪念を感じる……」
じーと見てたらバレた。
メ、メイちゃん。き、気の所為だから。
ほ、ほら。散らばってるドロップアイテムを拾い集めないと!
……
…………
五階層へのショートカット機能を発現する石板。
レオがマナを通すと、目を刺す青白いLEDっぽい反応。お前もかよ! 前は冗談のつもりだったけど、もしかすると、コレは本当にプレイヤー特有の反応なのか……?
「……他の子と違う気がするけど、ちゃんと石板は反応してる。ショートカットの登録も一応大丈夫そう。あと、ボス撃破の影響なのかレベル七になってる。プレイヤーモードの余韻で気付かなかったのかも?」
レベルアップに気付かないほどか。確かにレオのプレイヤーモードは、マナの流動に関しては本当に別人みたいだった。というか今もだけど。
ただ、性格などに変化があるのかはまだ判らない。付き合いが浅いっていうのもあるけどさ。
「それで? この五階層にプレイヤーありきの秘密があるんでしょ? それもレベル上げに関して」
「この前説明した“王国へ続く道”のクエストと同じような感じで見つけたんだよ」
探索型クエスト。秘密の通路や隠し部屋。
五階層のこのボス部屋にもあった。
クエストが開放された際、はじめはオマケ程度かと思っていたけど、討伐型も探索型もガッツリとダンジョンの攻略や謎解きには必要な要素だと思い直しているよ。
五階層のゲートの後ろにある壁。その向こうに一階層の時と同じような空間があり、案の定、僕が壁に触れるとクエストが発生した。
クエスト :試練の間 ※探索型クエスト
発生条件 :五階層のボス撃破
内容 :戦え! 戦うがいい!
クリア条件:なし
クリア報酬:なし
相変わらず意味不明だ。このタイトルとかテキスト内容を考えてるの誰だよ?
まぁとりあえず、隠し通路を進んでいくと魔物と戦う部屋があったわけだよ。意味が分からない? 本当にそのままの意味だ。
石造りの部屋に木製のドアが三つ並んでいるだけ。部屋は学校の教室くらいの広さかな。で、その並んでいるドアを開けると、魔物と御対面という仕組み。
「それで、なんなのこの部屋は?」
「えーと。戦う部屋?」
「…………」
やめろよ。レオまで能面顔にならないでくれ。
「……レオ。“今回は”イノ君の悪ふざけじゃないから。本当に各ドアを開けたら魔物が待ち構えているの。しかも、相手をこっちで指定できたりもするみたい」
メイちゃんナイスフォロー。でも、どうしてかな。軽くディスられてる気がするんだけど?
「レオはゲームとかしなかったんだっけ? 僕はさ、ダンジョンでずっと思ってたよ、『敵との遭遇率が悪いな』ってね。特に六階層からはマップがだだっ広い割に魔物と遭遇しないわけ」
このダンジョンでの探索は、六階層からは泊まり込みが基本。
レベル上げにしても、魔物の出現し易いスポットはあるけど、当然他のチームにも人気であり順番待ちも多々あるとのこと。順番待ちを嫌ってアチコチを巡回するにしても、マップの広さに対して魔物の数が少ないという傾向がある。
ちなみに、これは何も廃墟エリアだけの問題ではなく、十階層から先も同じ。とにかくダンジョンは階層が進むごとにマップが広くなっていく。『効率の良いレベル上げ=泊まり込みでの場所取り合戦』というのが探索者の常識になっているくらいだ。
「僕らは学園から六階層の先に行くなと言われていたし、基本日帰りの活動だったから……レベル上げの効率がすこぶる悪くてね。早々に暗礁に乗り上げたんだ。このライバルがほぼ居ない、学園のゲートでそんな有様だったから。正規の探索者ゲートだと、レベル上げもままならないっていうのも分かる気がしたよ」
「……つまり、この部屋はレベル上げのためにあるの?」
「本当の所は分からない。だけど、僕はこの部屋……というか、クエストというシステムも含めて、ダンジョンのバランス調整じゃないかと考えてる。まぁただの憶測だけどね」
……とは言いながら、僕個人としては確信してる。
このダンジョンはプレイヤーに“ナニか”をさせたがっている。クエストはその一つだ。少なくとも、クエストを無視すると手痛いしっぺ返しを食らう……そういう“匂い”がプンプンしている。
もちろん、ダンジョンはプレイヤーが死んでも『まぁ仕方ないか』という程度の難易度なのも間違いないだろう。
「……レオ。六階層から先に行けない私たちが、短期間に今のレベルに達したのは、この部屋のおかげ。五階層のショートカットも含めて、何ヶ月も泊り込んで、魔物を探し回る必要も無かったから」
「本当に短期間でレベル一五にまで? じゃあ、ここで頑張ればレベル二〇とか三〇とかも?」
もっともな疑問だね。僕だって出来るならそうしたい。序盤でレベルを上げて、サクサク進むのも悪くない。むしろ死んだら終わりの現実なんだから、絶対にソッチの方が良い。
でも無理。この部屋ではレベル一五が限界。
「その辺りも説明するよ。まず、この部屋で戦える魔物は……ゴブリン、強化ゴブリン、ホブゴブリン、強化ホブゴブリン、オーク、強化オーク、ゴブリンジェネラル……というラインナップ。ここの魔物を倒してもドロップアイテムは落とさないし、討伐系クエストの討伐数にもカウントされない。更に、レベル一五に達した後は、強化オークやゴブリンジェネラルを何度倒しても一向にレベルが上がる気配がないんだ。たぶん、何らかの制限が掛かっているんだと思う。ちなみに、本来は十階層以降で出現すると言われるオークとは戦えるのに、スライムやウルフタイガー、スケルトンやゴーストと言った、六階層までに出てくるヤツでもここでは戦えないのもいる」
僕の妄想だけど、この部屋の魔物はルフさんの世界の“勇者”じゃないのかな。いや、ダンジョンの魔物全般にそんな感じを抱いてるけど、この部屋は特にという意味で。
ダンジョンでは「出てくる魔物」に違いや偏りがあるらしいし、他のダンジョンではルフさんがいるのとは違う、また別の世界に繋がっていたりするんだろうか? 相変わらず謎が多い。先に進めば解けるのか……楽しみにしている自分がちょっと嫌だね。
「じゃあ、ここで効率的にレベル一五まで上げて次へ進めと?」
「ゲーム的なバランス調整としては無理矢理だけどね。あるいは新シナリオ、新マップが実装されるまでの繋ぎのためのクエストだったとか? 十階層にも同じような部屋があったら、レベル調整の部屋と言って良いんじゃないかな。結局のところ、答え合わせは出来ないけど」
六階層から次のセーブポイントである十階層まで、上限まで上げたレベルでただ突き進むだけなら楽と言えば楽だ。でも、その間の階層でも何らかのクエストが発生するだろうと考えてる。なので本格的にダイブするとなれば泊まり込み必須。流石に未成年の女子を連れまわすのは不味い。
それに、もし卒業後も夢が折れていないなら、サワくんも誘ってみようかとも思っている。
今すぐにでも先へ進みたい気持ちもあるけど、僕も人生二回目だ。別に数年くらい待つさ。心の奥底には、その間にメイちゃん達には別の道を見つけて欲しいという想いだってまだあるしさ。もう口にも態度にも出さないようにはするけどね。
「……イノ君から何やら良からぬ気配が?」
勘良すぎーッ! ちょっと考えただけじゃん!
「べ、別に疚しいことはないよ?」
「……その態度が既に怪しい。別に良いけど……?」
「ほ、ほら、レオ! プレイヤーモードにも慣れないといけないんだし! ちゃっちゃとこの部屋を試すから来てよ!」
や、やめて! メイちゃん! じっと僕を見ないで! 心を読まないで!
「はいはい。メイ様、あんまりイノをイジメたら駄目だよ? イノもどうせ『六階層以降は卒業後だし、その間に違う道を見つけて欲しい』とか思ってたんでしょ?」
しっかりレオにも読まれてるじゃん。何なの? 二人ともエスパーかナニかかよ。
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