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4. 次へ

:-:-:-:-:-:-:-:



 当たり前のことだけど、武たちの暴走は学園の処罰を受ける結果になった。流石に生徒同士の抗争だったと公表されることはなかったけれど……お祖父ちゃんを通じて、獅子堂家には詳細を伝えてもらった。たぶん、学園からも獅子堂家には詳しい説明があったと思う。その上で、武はかなり駄々をこねていたみたい。


 他の生徒とは違って、彼はどさくさ紛れにダンジョンスキルによって怪我を治してもらったと聞いたけど、私が大怪我をさせたことに違いはない。


 礼儀として、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの付き添いで獅子堂家に謝罪に伺ったのだけど……武とは会えなかった。会ってくれなかった。


 イノ君からは、


「いやぁ……今はまだメイ先輩に合わせる顔はないでしょう……流石に。何というか、傷口に塩を塗り込むようなものじゃ……?」


 と、出向く前からそんなことを言われていたんだけど……その通りになってしまった。……何だか悔しい。


 イノ君と野里教官との話の中で少し出た、武の戦闘スタイルについても……その時は本人が気付かないと意味がないなんて言ったけど、次に話ができるなら、私は武に伝えるつもりではいた。


 ダンジョンの中の実戦で相対して、〝惜しい〟と思ってしまったから。あの子は正統派のままにもっと強くなる。強くなれる。でも、そのためには、攻守どちらかに主軸を置くべき。


 攻撃の際は守りを意識して踏み込みが半歩足りない。防御についても、攻めへ転じることを意識するあまりに守りに集中しきれず、どこか中途半端になる印象があった。


 イノ君のように、攻守共に捨て身としか思えないような……超が付くほどに効率よく動ければ解決する話だけど……無理だ。武は天才に違いないけど、その強さや戦い方は私の知る〝常識〟の中にある。でも、だからこそ、少しの工夫と覚悟次第でもっと伸びるのも分かる。


 他の生徒の戦いを見て、やはりイノ君の異常さを再確認する羽目になってしまった気もする。改めて、どうしてあんな動きが可能なのかを聞いたけど……


「それは、僕が〝超越者(プレイヤー)〟だからとしか言えませんね」


 ……あのドヤ顔。思い出しても腹が立つ。……チッ。


 あと、


「獅子堂は初恋を拗らせてあんな感じになっちゃったんだから、メイ先輩がハグしてチューでもすれば、案外すぐに立ち直るかも?」


 もちろん冗談だと分かってはいるけど……イノ君のああいう感じは、ヤッパリスキニナレナイ。

 

 なにはともあれ、武たちとのアレコレで滞っていた五階層のボス戦攻略の再開。


「既に二人ならホブゴブリン自体は倒せる。五階層のクリアは周囲に強化ゴブリンが何体出るかによっての運しだいといったところだ。ボス部屋の扉は階層ゲートと同じで、潜ると別の空間に飛ばされる。飛ばされた先は巨大な密室のようになっており、そこでボスが待ち受けている。ボス部屋はゲート以外で行き来はできないが、帰還石を使っての撤退自体は可能だ」


「相手の配置によっては、今日は様子見だけでも良さそうですね」


 野里教官はダンジョン攻略においては慎重派だけど、まさかイノ君までそんなことを言い出すとは思わなかった。……普段の戦いは、まるで命知らずなくせに……。


「……イノ君。そんな心持ちではダメ……今日、五階層を超える」


「鷹尾の心意気は素晴らしい。だが、ダンジョンでは逃げられるなら逃げろが鉄則だ。死力を尽くして戦う必要はない。いや、死力を尽くさないとダメな時点で、そのダイブは失敗だ。ダンジョンの深層を目指すといっても、私は無謀な挑戦を推奨したりはしない。その辺りは学園の方針にも賛成だ。私が推すのは、冷静に、確実に、時に強引に……というくらいだ。……命を失えばやり直しはできないからな」


 普通に怒られてしまった。


「……すみません。気が(はや)っていました」


「大丈夫だ。本気で心配はしていない。井ノ崎が鷹尾に同調していればブン殴っていたがな」


 うーん……イノ君が急に慎重なことを言い出すから、妙な対抗心で思わず口走ってしまったということにしておく。


 野里教官の私たちの扱いの差に、イノ君が不満そうだけど……野里教官に仕掛けようとしたり、普段からしれっと暴言や毒を吐いたりしてるんだから、扱いの差は仕方ないと思う。


「まぁ良いですけど……太刀と槍はどうします?」


「……まだ打刀と脇差。あと少しレベルアップして訓練すれば、片手で太刀を扱えるかもしれないけど……今は使い慣れたバランスを崩したくない」


「なら、インベントリに入れっぱなしにしておきます。もし戦闘中に入れ替えが必要なら合図をお願いしますね」


「……うん。ありがとう」


 イノ君の〝超越者(プレイヤー)〟ポイントであるインベントリ。


 具体的には分からないけど、ダンジョンアイテムの収納袋の上位版みたいな感じらしい。『ステータスウインドウから取り出す感じ』……なんて言ってたけど、その点についてはよく分からない。


 イノ君については、分からないことは今さらという気もするので流してる。……もしかすると、こんな風に〝気にならなくなる〟というのが、〝常識の枠を広げる〟ということなのかも?


 五階層のボス部屋へのゲートを潜った瞬間、殺気。目の前にはゴブリンたち。……一際大きい奴がいるけど、たぶんあれがボスのホブゴブリン。その周囲には例の強化ゴブリンたちもいる。


「おいッ! 遅れるなと言っただろ⁉」


 少し遅れてイノ君がゲートから出て来た。あれ? なんで野里教官より後に? ……いや、今はそれどころじゃない。


「……イノ君! 強化ゴブリンが多い。一先(ひとま)ず当たる!」


 即座に《甲冑》を纏い、手前にいる前衛の強化ゴブリンたちへと向かう。後方には飛び道具を扱うゴブリンもいるけど……今の私なら、乱戦の不意の一撃にも耐えられる!


 イノ君にも私の意図が通じたのか、強化(バフ)スキルが飛んできたのと同時に、短剣が私を追い抜いていく。……でも、何やら黒い影が紐みたいにくっ付いているけど……アレは《纏い影》のスキル?


 あ! 不自然に軌道が変わって、後ろからゴブリンに刺さった。……そうか。《纏い影》を紐状にして短剣に絡ませて……縄鏢(じょうひょう)(某手裏剣に紐を付けたような暗器)みたいにして使ってるんだ。


 しかも、ある程度は軌道を任意で操作できるみたいだし……便利。《纏い影》はそんな使い方もできるんだ。


 そうこうしている間に、私も間合いへと踏み込む。駆け抜けながら最初に当たったゴブリンを斬り伏せる。


 うん。いかに強化ゴブリンとはいえ、はじめから分かっていたら、油断さえしなければ一合で仕留められる。一体にそれほど時間を掛けずに済みそう。


 イノ君が後方へ回ってくれるみたいだし、前衛の強化ゴブリンたちの相手は私。ボスのホブゴブリンもこっちに注意を向けている。乱戦での立ち回りを……訓練の成果を試すには丁度良い。


 イノ君ほどではないにしろ、強化スキル込みなら、鈍足の私だって早々に囲まれることもない。 イノ君が後方のゴブリンたちを減らす間、強化ゴブリンやホブゴブリンの注意を惹きながら、私も確実に敵を仕留めていく。


 私の足が止まりそうになった時も、イノ君が鉄球を飛ばして敵の気を逸らしたりしてくれたお陰で、順調に強化ゴブリンの数を減らせてる。


 そんな敵の間隙を縫って、イノ君がボスであるホブゴブリンに仕掛けた……けど、敵の体勢を崩すだけ。その上、反撃となる強撃をまともに! ……《纏い影》による防御は間に合ってたけど、軽々と吹き飛ばされてしまう。


「イノ君! 無事⁉」


「な、何とかッ‼」


 深手を負ったわけじゃないみたいだけど……心が波立つ。ザワつく。……このゴブリン……許さない。イノ君は私の同志なんだぞ!


「……くッ! イノ君の(かたき)は討つ。……来い!」


 一対一でボスであるホブゴブリンと向き合う。残りのゴブリンたちはもう眼中にない。視線を外そうが問題はない。だって、イノ君がやってくれる。私は全霊でボスをやるのみ!


「ガギャァァッッ」


 ……やはりゴブリンとは言え、コイツはスキルだけじゃなく〝戦う技〟を持ってる。ゴブリンにしては大柄なその身を縮こませて、地を這うように、滑るように踏み込んで来る。大上段に刀を構え……迎え撃つ!


「……《虎断(こだ)ち》ッッ‼」


「ジェギャッ⁉」


 凝集されたマナごと、刀を叩き付けるように振り下ろす。私の一撃はホブゴブリンの頭部を砕き、その身を地に縫い付ける。


 潜んだ状態から一気に飛び掛かって来る……そんな虎をも一刀両断するという技。一撃必殺を信条とする鷹尾一刀流とも相性も良い。


 私がボスを仕留めたのと同時くらいに、イノ君の方も終わったみたい。


「ふん。強化ゴブリン六体を含む十二体とボスか。なかなかの()()だったな」


「強化ゴブリンが後衛に偏っていたら、ちょっと危なかったかもしれませんね」


 確かに、後衛に強化ゴブリンが多ければ、私は近付く前にもっと削られていたと思う。イノ君だって、今回みたいな立ち回りはしにくかったはず。


「……前衛は私と相性が良かった。……イノ君の仇も取れた」


 ボスであるホブゴブリンとの死合いは、今の自分を試す意味で凄く意義があった。


 やったよイノ君……。


 いつもの意趣返し的なつもりだったんだけど、イノ君が凄く嫌そうな顔してる。ゴメン。ちょっとやり過ぎたかも。


「まぁゴブリン共には不幸だが、確かに鷹尾には噛み合あっていた。ホブゴブリンも結局は一刀のもとに切り伏せたしな。あの一撃は見事だった」


「……ありがとうございます」


 自分でも出し切った一撃だという自負はあったけど、野里教官が素直に認めてくれるほどだったみたい。……ちょっと嬉しい。


「それにしても井ノ崎、何故遅れた? それに、あの《纏い影》は何だ?」


「……色々とあるので……後で説明します。まずはボス戦後の流れを教えて下さいよ」


 何だかイノ君がソワソワしてる? そうだ。どうして先にゲートを潜ったイノ君が、野里教官の後に出て来たんだろう? 後で説明してくれるということは、イノ君には原因が分かってる?


 その後、野里教官からボス戦後の段取りやダンジョンのルール、転魂器代わりとなる石板などなどについて説明を受けた。ちなみに、私はレベル【八】になってた。改めて、【武者Ⅱ】へとクラスチェンジを考える。クラスLVを限度まで上げた後、クラスチェンジ予定。


 次はイノ君。ただ、何故か彼の場合、石板に埋め込まれた水晶にマナを流したら……目を刺すような青白い光が。ま、眩しい。今回はイノ君が悪い訳じゃないけど……不意の目潰しを受けたみたいで、ちょっとイラっとしてしまう。


 気を取り直して……イノ君は【チェイサー】から【シャドウストーカー】というクラスへ。レベルは【十】。……ふ、ふふ。もうそんなに悔しくはない。……嘘。少し悔しい。


 そんなこんなで、五階層のボスは滞りなくクリアできた。ショートカットなどについてもちゃんと機能してる。


「それで井ノ崎。ボス部屋へのゲートを潜った後、何故遅れた? 最初は単に出遅れたと勘違いしたが、よく考えると、私はお前と鷹尾の後ろに位置してゲートを潜ったはずだ。井ノ崎だけが遅れる訳がない。……何かあったのか?」


「……まぁ今更ですけど、やはり僕は〝超越者(プレイヤー)〟だったということですね。教官やメイ先輩には二秒のタイムラグでしたけど、僕だけ別の部屋に飛ばされていました」


「別の部屋だと?」


 何だかよく分からないことを言い出したイノ君。恐らく、全部を私たちに話す気はなさそう。何だか取捨選択をして、言葉を選んでる。普段のどうでもいい軽口や冗談とかではよく口が回るのに……。


 そんなイノ君から、学園の基礎を築いたとされる〝超越者(プレイヤー)〟、皇恭一郎という名が出て来た。なんでも、未だにダンジョンの中で生存して、深部を目指してダイブを続けている可能性があるのだとか。……あり得ない。まさに〝常識外〟の存在。


 でも、そもそもダンジョン自体が摩訶不思議な常識外なんだから、あり得ないことが、十分にあり得るのかもしれない。……イノ君と出会ったばかりの頃に比べれば、私の常識も少しは広がったのかな?


「……皇の名は聞いたことがある。ダンジョン関連で財を成した一族だと。()(こう)重工……獅子堂家とも付き合いがあったはず」


 皇恭一郎さんは知らないけれど、皇家については聞いたことがある。イノ君の話を聞く限りでは、無関係ではないはず。


「……ただ、皇家はある時からダンジョン開発に反対の立場を表明して、表舞台からは姿を消したと聞いた気が……」


 そう。ある時から、何故か皇家はダンジョン開発に反対した。つまり、国の方針に従えないとなり、早い話が干されたような形になったらしい。詳しい事情は後でお祖父ちゃんに改めて確認してみないと……。


「ボス戦で使ったあの変則的な《纏い影》も、その模擬人格とやらに教わったのか?」


「ええ。スキルやクラスについてもかなりの知識があるようでしたね。……次に出会う可能性があるのは、二十階層のボス部屋へのゲートらしいですから、それまでに質問事項をまとめておけとも言われましたね」


「……二十階層……まだまだ先」


 イノ君はさらりと言ってのけるし、到達する気満々だけど……二十階層というのは……学園の生徒が平気で口に出せるような階層じゃない。野里教官だって、十五階層を突破できていないんだから。


 それに、まだまだイノ君は隠してる。皇恭一郎さんの模擬人格の話にしても、〝超越者(プレイヤー)〟のことにしても、イノ君自身のことにしても……いつか、話をしてくれるんだろうか?


「……次は六階層。教官。今後の予定は?」


 どうせ今のイノ君は話す気がない。なら、目先のことに注力するのみ。話を切り替える。


「そうだな。しばらくは五~六階層でレベル上げだ。井ノ崎は【シャドウストーカー】の習熟、鷹尾は【武者Ⅱ】へのクラスチェンジが目先の目標だな」


 しばらくはレベル上げ。望むところ。少しずつだけど……『ダンジョンの最深部を目指す』という目標が自分に馴染んできている気がする。気を紛らせれるだけの訓練じゃない。目標に向かって一歩一歩足を踏み出していく感覚。……うん。こういうのも悪くない。


 そんな風に、自分のことを振り返っていたら……イノ君がおかしい。


 何だろう? ……薄い? いつものイノ君じゃない。目が虚ろで、感情が抜け落ちたみたいにボーっとしてる。……怖い。何だか分からない。でも、猛烈に怖い。イノ君がどこかへ行ってしまうような……別のナニかに変わってしまうような……‼


「……イノ君‼ どうしたの⁉ イノ君‼ 大丈夫⁉ 私の声が聞こえる⁉」


 ぴくりと声に反応した。少しずつイノ君が濃くなっていく。……良かった。何だか戻って来てる気がする。


「……イノ君! 大丈夫?」


「え? あ? …………え、えぇ。だ、大丈夫です、大丈夫」


「……本当に?」


 いつものイノ君……のように見える。これは……もう大丈夫なのかな?


「えぇ大丈夫です。……ちょっと、自分のアイデンティティに疑問を感じ、この大宇宙、ひいては世界全体と僕の魂と呼べる存在との間に確かな繋がりはあるのか? 僕自身の存在とは一体何なのか? という、答えのない壮大な問いに没頭していただけですから、はい」


 あぁ、いつものイノ君だ。でも、コウイウノハスキジャナイ。


「………………そういうイノ君、私は嫌いだな」


 思わず本音が出た。うん。今回は私の本心と言葉が一致してる。正しく言葉で思いを伝えられた。


「おい。じゃれてないで準備しろ。せっかくだから、一度六階層に行くぞ。今日は一戦だけして終わりにする」


「……はい」


「はいはい。分かりましたよ」


 さぁ。次の階層。イノ君じゃないけど……今日も今日とてダンジョンへ。その先を目指して。



:-:-:-:-:-:-:-:

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