第10話 アプデ待ち(遅延)
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ダンジョンの十四階層。
今回のクエストの舞台となるのは、あくまでも〝通常階層〟だと思ってた。
例の階層世界でのクエストと違って、この世界の探索者が挑んでいるダンジョンで〝プレイヤー〟やそのパーティメンバーがクエストをこなす……って感じなんだと思い込んでた。
事実として、十一階層から十三階層までは、階層移動に変な条件(特定の魔物を撃破する)があったり、通常ではあり得ない演出(隕石エフェクト)があったりはしたけど、その舞台はいつものダンジョンで間違いなかったんだ。
踏破経験者である長谷川教官にも確認したけど、『遭遇する魔物やフィールドについては、いつものダンジョンと同じに思える』とのこと。少なくとも十三階層までは。
問題はここ。次の階層。
十四階層は草原と浅い森が広がるフィールド。それほど高い木がなく、陽の光が差し込む比較的明るい森の中に、遠き日に滅び去ったと思しき遺跡群が点在する浪漫エリア……というのが〝普段〟の十四階層の姿。
魔物はこれまでに多かったゴブリンやオークは鳴りを潜め、獣型の魔物が多く分布しているとか。
中でも、遺跡群付近をうろついてる熊型のギガントベア、類人猿型のビッグフットという魔物は他のやつよりもかなり手強く、中堅の探索者チームでも油断をすればあっさり蹴散らされる。ただ、その手強さの対価なのか、倒すと稀少価値のある魔石や便利グッズ的なダンジョンアイテムをドロップする確率が高く、複数のチームが組織立って専門的に狩りをしており、一種の産業のようになってるんだとか。
まぁようするに、そういう諸々の情報が出回っている既知の階層なわけ。本来の十四階層というのは。
だけど、僕たちがゲートを潜った先は明らかに違う。ハセさんが知ってる階層じゃなかった。
そこは見慣れてるけど見知らぬ場所。
『まぁまぁそう焦りなさんな。こんなのはここじゃ日常茶飯事だぜ。なんだかんだと言いながら、このダンジョンってやつは妙なところでポンコツなのさ』
僕、レオ、ハセさん。井ノ崎パーティの三人の前には猪頭人がいる。
力士とかプロレスラーみたいに、筋肉の上に脂肪が乗ってる感じのでっぷりしながらもがっしりとした身体に、猪(豚?)とヒトを混ぜたような頭が乗ってる。そう。僕らがダンジョンで散々ぶっ殺してきたあのオークだ。
ただし、殺意満々でまともに意思疎通ができなかった通常階層のオークじゃなく、理性と知性を持ち合わせた上にそれぞれに個性がある、例の階層世界の住民のようなオーク。ゴブリンのルフさんやリュナさんたちと同じ……〝理性ある魔物〟。
「ま、まぁポンコツかどうかはさておき、ダンジョンが異常な場所だというのは承知してましたけど……さ、流石にちょっと面食らったというかなんというか……」
別に今さらではあるんだ。ダンジョンで異常なことが起こるのは。でもさぁ……舞台設定はダンジョン側の仕事なんだから、説明くらいはちゃんとしろよって気にはなる。
『ま、ダンジョンに何らかの不都合があったんだろうさ。修正パッチなのか大規模なアップデートなのかは知らんが、今はソレ待ちってだけで引っ掛け的な仕込みとかじゃないはずだ。こういう場合、〝プレイヤー〟たちは各自に馴染みのある、ここみたいな仮の階層で待たされるらしい』
「はぁ……そ、そうなんですか。えっと……ということはジレドさんも〝プレイヤー〟なんですか?」
『厳密に言えば俺自身は〝プレイヤー〟とはまた別……らしい。いくつかの設定情報はインストールされてるが、自分自身についてはあまり詳しく知らないままでな。言われるがままにあちこちの階層世界を渡り歩いてるだけだ』
目の前にいるオークは『しがないオークのジレド』と名乗った。オーク種族としては小柄とか言ってたけど、地球人類の基準と照らし合わせると普通にデカい。当たり前だけど。
サイズ感が微妙に違う僕らは今、何故かお洒落なカフェのテラス席にいる。一緒にお茶してる。うん。意味が分からないでしょ? はは。僕もだよ。
隕石エフェクトに度肝を抜かれながらも、さて、次は十四階層でブラッディオークとやらと戦うのかと意気込んでた僕ら。
そんな井ノ崎パーティがゲートを潜った先は、なんと現代日本のコンクリートジャングル(表現が古い)だったのです。
意味不明過ぎる。
しかも、単なる背景的なオブジェクトなんかじゃない。道路には車やバスが走ってるし信号も機能してる。歩道や横断歩道には普通に人々が行き交ってる。
歩きスマホの学生さんもいれば、コンビニで買い物してる会社員もいるし、自転車に子供を乗せてどこかへ向かうお母さんの姿だってある。憩いの場として作られた広場に視線を向ければ、犬の散歩をしてるお爺さんやら、ベンチで談笑してるおばさんたちもいる。
それは見慣れた光景。
あきらかに見覚えがある。何度も訪れたことがある場所。第二ダンジョン学園と共に開発されたという学園都市。その駅前広場だ。
クールを気取るハセさんも流石に絶句してたね。だけど、そこはやっぱり現役探索者。驚きはあっても周囲への警戒は怠らなかった。まぁその一方で、レオなんかは完全に思考停止してたけど。気持ちは分かる。
ちなみに、十三階層から逃げるようにゲートを潜ったため、彼女はピカッとした黄色い電気鼠のコスプレ風パジャマのままだったりする。駅前広場に突如として現れたコスプレJKだ。ま、レオだけじゃなく、僕もハセさんも探索者仕様の装備だし、周囲から浮いてるのに変わりはない。
なにはともあれ、訳の分からない状況で混乱の渦中にあった僕らだったけど、すぐに気付いた。行き交う人々は、僕らの姿が見えてるようだけど意に介してない。歩いてくる人たちは僕らを避けるし、車だって僕らを見て停まる。だけど、それ以上の僕らへの具体的な反応はない。
話し掛けても返事はないし、身体に触れても、いぶかし気に僕らが触った部分を気にする程度。
一度、後ろから肩を叩いた際に驚いて転倒してしまった会社員がいたけど……その当人も周囲の人も、僕らの姿をまったく認識していないような振る舞いだった。急に会社員の男性が転倒しただけ……みたいな感じで。
前にペナルティクエストで幽霊みたいな状態にさせられたことがあったけど、今回もあれと少し似てた。違うのは物理的に接触できるってことか。どちらにせよ、これらがダンジョンの仕業だってのは疑う余地もない。
しばらくは周囲の状況や自分たちの状態確認をしてたんだけど……そんな僕らの前に、このオークのジレドさんが現れたってわけだ。
『よう〝プレイヤー〟。とりあえずは茶でも飲むか。今はこんな形だが、俺も元々はヒト族……というか前世は地球人類でな。こういう階層に来るのは久しぶりなんだ。似非ではあるが、故郷のコーヒーを久しぶりに飲みたい』
なんて言い出して今に至る。
おしゃれなカフェに、コスプレ三名とフィクションな怪物一体がご来店。
何故かカフェの店員さんたちは僕らを認識してたけど、あきらかにおかしい僕らをまるで気にしてないのが異常といえば異常だ。笑顔の接客で注文を取ってくれたし、サイズのデカいジレドさん用に、三人掛けのベンチシートをわざわざ運んでくれたりもした。
で、オークが普通にテラス席でコーヒーを味わってる。はは。なんだこの状況?
「えっと……設定情報をインストールされて階層世界を渡り歩いてる? 〝プレイヤー〟じゃないなら、ジレドさんは〝プレイヤーの残照〟的な感じだったり?」
『いや、俺にはオリジナルとなる〝プレイヤー〟はいない。そもそも戦いには向いてないしな。元々はダンジョンが滅ぼした並行世界の一つをベースにしてるようだから、ダンジョン製という意味じゃ〝プレイヤー〟と変わらないが……なんというか、俺はどちらかと言えば《《運営側》》だからな。属性としては〝プレイヤーの残照〟に近いと言えるのかも知れん。とりあえず、俺は次の階層世界で〝観測者〟って役割を与えられてるんだ。正直なところ、具体的に何をやるかはまだ知らされてないんだが……準備が整うまでは、足止めを食らった〝プレイヤー〟への説明係を兼ねてしばらく待ってろってことらしい。はぁ……なんでこういうところはアナログなのかねぇ……ってか、そもそもが色々と説明不足なんだよなぁ。俺にどうしろってんだよ、まったく……』
ぶつぶつとダンジョンに対しての文句を言ってるジレド。確かに言いたいことは分かる。共感もできる。
とにもかくにも、このダンジョンってやつはあちこちで説明不足が横行してる。三流ミステリーや長期連載で設定が破綻してる漫画とかみたいに、謎を散りばめてるんだ・伏線を張ってるんだ……で許されると思うなよ? っていう気になる。
ただまぁ、今はそんなことよりもだ。
「へぇー……ジレドさんは運営側なんだぁ~」
思わぬところで、ダンジョンの思惑を知れるチャンス到来かな?
『ブヒ!? ちょ……ッ! 待て待て待て! い、いきなり物騒なやつだな!? お、お前、今、俺を躊躇なくぶっ飛ばそうとしてるだろッ!?』
ちッ。バレたか。なかなかに勘の良いオークだな。というかこのジレドってオークは通常階層のモブオークよりも弱いみたいだし、別にバレても構わないんだけどさ。
『ブ、ブヒィィッ!! ナ、ナチュラルに鉈を構えるんじゃないッ!! ってかどっから出したんだよッ!? あ! イ、インベントリってやつか! くそ! なんだよ! 俺にはそんなのないんだぞ! 〝プレイヤー〟の方が機能的には便利じゃねぇか!!』
テラス席のベンチやテーブルを蹴散らしながら、よたよたとジレドが立ち上がって後退してる。がちゃがちゃと店の物品を壊したりしてるけど、店員や他のお客さんたちは意に介さず。何事もないかのよう。
そんな店内で、図体のデカいオークだけが右往左往してるという有様。
うん。確かに彼は〝プレイヤー〟とは違うみたいだね。隙だらけで遅い。あきらかに戦闘用の動きじゃない。ちょっと涙目になってるくらいだし。
あー……なんだろうなぁ。
ダンジョン内の魔物は普通にぶっ殺してるし、階層世界の住民だって僕は手に掛けた。〝プレイヤーモード〟はともかくとして、後々になって苦悩したりもするさ。でも、敵として相対した以上は仕方ないという割り切りや覚悟なんかもある。自分にそんな言い訳をしたりもする。
だけど、今回のこれは……ちょっとね。
相手がオークというフィクション全開な姿ではあるけど……こう、なんというか……日本のビル街のおしゃれカフェで、逃げ惑う素人のオークを鉈で脅してる姿っていうのは……罪悪感が酷いね。心が抉られる感じがする。
「あ、あのさぁイノ。ジレドさんって……その、あきらかに素人でしょ? 別にそんなに脅かさなくてもいいんじゃない……?」
どうやらレオも僕と同じような思いを抱いたらしい。
「いや、待て。こちらにそう思わせるというのが、ダンジョンやこのオークが仕掛けたナニかかも知れないぞ?」
ハセさんからの待てが入った。彼は時に自身の感性や感覚すら疑ってる。個人の感覚を弄る程度は、ダンジョンならば造作もないと理解してるから。ある意味ではクエストに順応してると言える。
ただ……僕はその辺りについては懐疑的だ。もちろん、やろうと思えばダンジョンなら朝飯前でやれるだろう。実際に《女神の使命》なんていうヤバいスキルもあったわけだしね。
だけど、個人の感性を都合よく弄って、すべてが予定調和な人形劇をするぐらいなら、何のために報酬というエサをぶら下げたクエストを出すんだって話だ。
僕はそういう意味では信じてる。このダンジョンという超存在が遊んでるってことを。
僕らみたいな参加者が、決められたルールをいかにして掻い潜るか、無理難題なお題をいかにして解決するかっていうゲームを楽しんでるはずだ。
参加者同士の騙し合いや戦いの結果ならいざ知らず、ゲームマスターであるダンジョンが、一度設定したルールを脈絡もなく勝手に改竄したり、参加者を直接操るなんてのは……無粋にもほどがある。そんな真似をされたら、こっちとしては諦める他ない。プレイする価値もないクソゲー未満だ。
『な、なんだよ、くそッ! お、俺をぶっ殺しても何にも分からないんだからな! ご、ごご……ご、拷問とかされても、ただ俺が痛いだけなんだから!? 吐き出す情報なんてないからな! ほ、本当だぞッ!? お、俺は! ひ、久しぶりにニンゲンと話がしたかっただけなんだからな!』
「……」
涙目で訴えてくるジレドさん。
うーん……やっぱりなぁ。なんだかいたたまれないや。
「あのさぁ! イノもハセさんも! もういいでしょ!? ジレドさんが可哀想じゃん!」
レオがそう言いながら僕とハセさんの前で手を広げる。ジレドさんを背に庇う体勢で。
本来なら、ダンジョン内でよく知りもしない相手に背を向けるなんてのは、危険極まりないを通り越して自殺行為に等しい。
『お、おぅ……す、すまないな〝プレイヤー〟のお嬢ちゃん……』
今回は杞憂に終わったけどさ。
現状、ジレドさんに僕らと敵対する意思はないようだ。だからといって、イコール信用できるというわけでもないけど。
ま、もし仮にレオに危害を加える素振りを見せたら……その瞬間、ハセさんの魔法が発動する。すでに待機してる。僕らだって保険は掛けてる。
ハセさんは野里教官と違い、相手が意思疎通のできる〝理性ある魔物〟であっても、敵とあらば躊躇なく殺れる人だ。
相手の背景や種族なんかより、敵と味方ではっきり線を引く感じだね。僕の〝プレイヤーモード〟と、どこかちょっと似てる気がする。
「はいはい。分かったよ。確かに、ジレドさんをぶっ飛ばそうが拷問に掛けようが大した情報は出てこないだろうね。もしダンジョンがそれを推奨してるなら、もっとそれらしいヒントがあったはずだろうし……」
『そ、そうだ! このダンジョンはポンコツだが、それなりには公平だからな! 俺から情報を吐き出させるのがお前らの正解ルートなら、お、俺の方にもちゃんと指示が出てるはずだ!』
いや、どちらにせよ、僕らがジレドさんへの指示とやらを確認できない以上は何の説得力もないからね? 別に今回は深くツッコまないけどさ。
ま、そういうわけで、僕らはダンジョンのアップデートとやらが終わるまでの間、この仮の階層でオークのジレドさんとお喋りをして待つことになったわけ。
さて、今日も今日とてダンジョン(足止め)か。
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※しばらく更新をお休みします。すみません。




