第9話 人の道を外れし者【side B】
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ヒトを殺すことへの忌避?
知らない。知ったことじゃない。
今回はそんなのを思う間もなかった。
それどころか、敵の反撃や自身の防御すら気に留める隙間がなかった。
考えなかった。
まさに無心。
たぶん、今の私が出せる正真正銘の全力。同じことをもう一度やれと言われても難しいほどの一撃だった。
うん。
でも、それでもまだ届かなかった。
主人公の必殺の一撃で決着……ってわけにはいかないみたい。現実は厳しい。
悔しくないと言えば嘘だ。
だけど拘らない。頓着しない。
今の私は、もう自分一人だけで完結する必要がないから。
「く……ッ!?」
鋭く甲高い音。だけど、とても金属同士の衝突とは思えないほどに不吉な音。
激しく響く。
まるで悪魔の絶叫。
削られながらも受け流した結果だ。
サワが。
盾で。
イノーアの鉈を。
それはあり得ない挙動。
私の全霊の《オーラフィスト》を、右腕を犠牲にして凌ぎつつ……イノーアは鉈を振るってきた。ノータイムで。私の命を確実に刈り取れる強撃で。
肉を切らせて骨を断つよりも先。骨を断たせて命を絶つという、捨て身の極致を体現しようとした。
だけど、サワは読んでいた。反応した。
私とイノーアの刹那の攻防に割り込んで来た。
その上で、きっちりイノーアの強撃を受け流して私を守った。
サワ。
私の《紫電》の動きを認識したのも、イノーアの正確無比な攻撃に対応できたのも。
普通に考えればあり得ない。
でも、私は確信してた。
囁きが聞こえたから。〝光〟が視えたから。
〝攻撃を受けている〟
〝騙されるな〟
〝敵を討て〟
〝盾を信じろ〟
〝川神陽子ならできる〟
〝三度目だ〟
〝槍が足止めする〟
〝確実に仕留めろ〟
〝逃せば次はない〟
〝ここでは外道が正道だ〟
「がァァッッ!!」
「ゥッ!!」
これまでは、いくら想定して備えていても、いざとなれば肉体が思考に追い付けなかった。噛み合わなかった。
今回はすんなりと動いた。イメージ通りの動きができた。
防御を任せられたから。一呼吸よりも遥かに短い間ではあったけど、サワの守りで溜めができたから。
渾身の右に続いての左。全力での連撃。
追撃の《オーラフィスト》。
血飛沫。手応えもあった。
それでも……まだほんの少し、イノーアの命には届かない。
追撃の拳は身を捩って躱された。脇腹を抉るに留まる。
間を置かずにそのまま距離を取られ、部屋の入口(出口)側を確保されてしまう。
サワもだけど、やはりイノーアの挙動もおかしい。
「ふゥ、ふは……ははは……ッ! や、やれば出来るじゃないか! さ、流石は主人公。いや、主人公たちと言うべきかな?」
左手で鉈を構えるイノーア。
呼吸は荒い。
先の一撃で右腕の肘から先もない(千切れた)。
脇腹にしたって、普通の人間なら致命傷と言っても過言じゃない深手。
もはや満身創痍のはず。
なのに私は動けない。プレイヤーモードが止まれと警告する。他のメンバーも動きようがないようだ。攻めもだけど、守りに入ってもイノーアには隙がない。
「……で? ナニがどうなってるわけ?」
膠着状態へ移ったと見るや、間髪入れずにマユミさんが問う。
スゥ、獅子堂、鷹尾先輩も臨戦態勢ではあるけど、流石に今の一連の流れについては疑問がある模様。
「……わ、悪いんだけど、僕から直接の説明はできない。メッセンジャーは用意してるから……後はそっちで勝手に察してくれ……ぐふ……ははは……」
苦しげながらも、どこか楽しそうなイノーア。口角が上がってる。微笑んでる。
ああ。彼は知ってるんだ。自らの望みが叶うことを。
隙なく構えたはずの自分を、私が仕留めるということを。
「……アァッ!」
「ははッ! それでこそだよッ!」
プレイヤーモードの警告? 膠着状態? マユミさんの疑問?
知るか。
《紫電》を全開にしたまま飛び込む。止まらない。
たとえ隙がなかろうが飛び込む。
激突。
屋敷の入口が木っ端微塵に。
私の拳そのものは鉈の腹で受け止められたけど、今回は反撃の余地なし。イノーアは踏み止まれなかった。堪え切れず屋敷の壁ごと外へ吹き飛んで行った。
相変わらず、私の中のプレイヤーモードが止まれ止まれと警告を発してる。
うるさい! このポンコツめ! 〝敵〟のスキルなんかにあっさり騙されやがって!
私は止まらない。ここで仕留め切る。彼に時間を与えちゃダメなんだ。
吹き飛ばされるままに、イノーアは逃げの一手に選ぶ。相変わらず判断が早い。
でも無理。逃げられない。私たちからは。
「ァガ……ッ!?」
イノーアが転身しようとしたその瞬間。
脚に直撃した。貫いた。
あり得ない軌道を描き、認識の外から短槍が飛来した。
獅子堂の《飛燕》という投擲スキルだ。
いつの間に発動していたのやら。
たぶん、私の一撃目の後か。
サワだけじゃなく、獅子堂も動いていたみたいだ。私やイノーアの認識を縫うようにして。
「川神ィッ! やれェッッ!!」
はぁ……まったく。獅子堂はこんな時にまで余計な一言が出る。
いちいち言われなくともやるよ。
三度目の正直。次こそはと懐へ飛び込む。紫の雷光を纏って駆ける。
「ははッ! あははははッ!」
《紫電》で加速された、間延びした時間の中で私は見た。イノーアの笑顔を。やさぐれた渇いた笑みでも、斜に構えた冷笑なんかでもない。
快活な満面の笑みだ。
そんなに嬉しいのか……永い眠りにつくことが。
「シッ!!」
こんなにも鋭い反撃をして来る癖にさ。
急制動。足首まで地にめり込むほどの踏み込みで、私は無理矢理に勢いを止める。紙一重で……前髪の数本を犠牲にしながら鉈を躱す。
空振り。
流石のイノーアも身体が流れる。体勢が崩れる。
目が合った。視線がぶつかった。
(はは。川神陽子。君とはもう二度と会わないことを願ってるよ。さ、どうか眠らせてくれ。僕は……随分と長い間〝イノーア〟としてダンジョンにこき使われてたけど……実のところそう悪いことばかりでもなかったんだ。こんな僕を愛してくれるヒトたちがいた。愛すべきヒトたちを見送ることができた。未来ある子たちの可能性に触れることもできた。はは。悪くないどころか……満足だ。ダンジョンの都合で生み出された仮初の命だけど……この上なく良い人生だったよ。癪ではあるけど、このクソッタレなダンジョンに素直に感謝できるほどにはね)
それは刹那に満たない交叉。ただの幻聴に過ぎなかったのかも知れない。でも……私はそんなイノーアの声を聴いた。確かに聴こえたんだ。
「ハァッ!」
おやすみ、〝プレイヤーの残照〟。
呆気ないほどに軽々と吹き飛ぶ。
《紫電》のマナをたっぷり籠めた私の掌打が、彼の胸部にまともに入った。あまりにもまともに入ったものだから、逆に手応えを感じないほど。
まるでおもちゃのぬいぐるみのように、地面をバウンドしながらイノーアが……イノーアだったモノが転がっていく。
いかに頑丈に作られていたとしても、流石にその耐久性の限度を大幅に超えたと思う。
今度こそ、命に届いた。
私が殺した。
『〝プレイヤーの残照〟を初めて撃破しました。おめでとうございます。川神陽子が〝ヒト型の初撃破〟のトロフィーを獲得しました。〝人の道を外れし者〟の称号が付与されます』
『裏クエスト〝イノーアの撃破〟を達成しました』
『《使命》を無効化しました』
『〝ゴブリン・ロード〟への挑戦権が確定しました』
『〝遺されし者〟への対応により、クエストが分岐します』
『それでは、良いダイブを!』
…………はあ?
うん。ちょっと、まぁ……これじゃ余韻もなにも……はぁ……しんみりする時間さえくれないわけ?
あれこれと言いたいことや疑問はあるんだけどさ。
とりあえず一つ。
クエストの条件に設定しておきながら、〝人の道を外れし者〟っていうのは……酷くない?
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はぐれ者たちの集落での大立ち回り。
集落のイノーアを殺害するという暴挙に出た私たち。
寄る辺のない逃亡生活の再開かと諦めていたんだけど……意外にも、私たちはそのまま滞在を許されている。匿われている。
「気にするなと言うのもあれだが……イノーア様についてはよいのだ。本人も〝これでようやく役目が終わる〟と零していた。貴殿らが引導を渡すというのは皆に周知されていたよ。だが、付き合いの長い古参連中はともかくとして、イノーア様を慕っていた年若い者の中には貴殿らに悪感情を持つ者もいる。我々も迷惑を掛けんように言い聞かせるが……先に謝罪しておこう」
ヒト族の男性。名前はヴァルマさん。見た感じは矍鑠とした七十から八十代くらいなんだけど、聞けばすでに百歳(周期)を超えているんだとか。この世界のヒト族は、私たち地球人類よりも長命らしい。
「いえ。それが必要な役割だったとはいえ、私がイノーアを殺したことに変わりはありません。その結果に伴う諸々は甘んじて受け入れます。ただし、だからといって誰かの復讐心のために、無抵抗で死んであげるつもりはありませんけど」
「当然だな。すまない。逆に余計な気を遣わせてしまったか」
ヴァルマさんは胡坐をかいた状態から、自身の膝に両手をついて頭を下げる。よく分からないけど、おそらく彼らの中でのなんらかの作法に則った謝罪なんだろう。似たような仕草は私たちにも馴染みがある。
でも、ヴァルマさんに頭を下げられても困ってしまう。
無我夢中だったけど、私は明らかに殺すつもりでイノーアを殺した。
それは紛れもない事実だ。
分類としては、ダンジョン製の魔物だったにせよ、その意思がダンジョンやスキルで縛られていたにせよ、私たちの感覚からすれば、イノーアは確かに意思あるヒトだった。
それでも私は殺した。彼の人生を終わらせた。
なのに、私の中には罪の意識よりも別の想いが渦巻いてる。
「ふん。なんにせよだ。復讐に駆られるような連中を刺激しないよう、我々はできるだけ早くここから出て行った方がいいんじゃないのか? 次の当てがないのは心許ないが……その辺りはどうだ? 澤成や鷹尾、川神に心当たりはあるか?」
スゥが投げ掛けて来る。彼女は諸々の疑問の解消よりも、さっさと現実的な次の手を模索したい様子。
少し分かって来た。
ある程度は情報が出回っていた、踏破済みの通常階層においてのスゥはここまで慎重派じゃなかった。
だけど、このクエストありきの階層世界においては、兎にも角にも目先の身の安全の確保を優先する傾向がある。
未知の階層に挑む際は、慎重に慎重を重ね、必ず生き延びて情報を持ち帰るという……探索者の基本に忠実な感じだ。
「うーん……私としては、この集落の一部のヒトの悪意を気にするより、とりあえず順を追ってナニがあったのかを聞いておきたいんだけど? この集落はまだ安全なようだし、逃げるにしても情報は整理しておかないとね。……まず、澤成君はどこでナニに気付いたの?」
一方のマユミさん(チームリーダー)は、なぜなぜどうしてを先に解消しておきたいらしい。
まぁこちらも当たり前と言えば当たり前か。情報のないまま、無闇矢鱈に動くなという定石に則っているとも言える。
個人の好き嫌いは別として、今回の私はマユミさん派だ。
実のところ、私も直感に……〝光〟に従って動いただけで、詳しい事情は知らないままだし。
きっかけはサワ。
イノーアとの会話の中で、サワは私たちが敵のスキル(《使命》とかいうやつ)に影響されているのに気付いた。
しかも、敵スキルの悪影響というのは、私たち個々人の心理だけに留まらず、微妙にシステムすら誘導を受けていた……らしい。
ぼんやりとだけど、そこだけは理解してる。
流石に今回の件については、もう隠し事はなしでしょ?
皆の視線を受けて、サワが少し困ったように話し始める。
「えーと……正直なところ、たまたまの偶然だったんですけど……例のステータスウインドウに〝履歴〟という項目があって……この階層世界の会話のやり取りや俺たちの行動なんかが、テキスト化されて閲覧できるようになってたんですよ」
「ログ? そんな項目あったかしら?」
「いえ、以前は間違いなくなかったから……たぶん、今回のクエスト開始後にひっそりと開放されたやつだと思います」
サワはあっさりそう言うけど、無茶苦茶にもほどがある。
ひっそり開放されても、具体的なヒントや通知がなければ、感覚派の私のシステムだとほぼ気付けない。見落としてしまう。
視覚的なステータスウインドウ方式だからこそ……か。
イノが言うように、鷹尾先輩がこっちに加入したのは……やはりダンジョン的には順当だった?
でも、なんだかんだで私の〝光〟も、イノーアへの違和感はあったし……正解ルートは一つじゃないのかもね。
「それでそのログなんですけど、割りとリアルタイムで更新されていくというか、音声入力のアプリみたいに今喋ってる内容や行動も順次テキスト化されていくから、ちょっと面白いなと眺めていたんです」
「ちょっと待って。じゃあ澤成君はずっとステータスウインドウを開いたままだったの? イノーアとのやり取りの最中も? 見えなかったけど?」
「あー……実はこのステータスウインドウって、サイズや呼び出す位置をある程度変えたりできるんですよ。それで……こう、カードサイズにして手の平に映し出す感じで……隠してたというか……」
私たちに内緒にしていた、サワの隠し情報の一つみたい。
サワ曰く、この情報はイノも知っていたらしい。その話を聞いた鷹尾先輩が軽く舌打ちしてた。彼女もイノからは聞かされてなかったそうだ。
「ふぅ。有益な情報を秘匿するというのは、いわば探索者の習わしみたいなモノではあるんだけど……澤成君。できればクエストが絡む情報については、事前に共有してくれないかしら? まぁ……ムリニハトイワナイケド?」
怖い。見た目は柔らかい笑顔だけど……マユミさんは少々お怒りのようだ。あ、微妙にスゥの腰も引けてる。どうやら我等がリーダーは、怒らせるとダメな部類の人らしい。うん。分かってたけどね。
「う゛……は、はい……す、すみません。い、いや、言い訳なんですけど……実はイノから『今後〝プレイヤーの残照〟みたいな、自分たちと同一の記憶や能力を持った〝モドキ〟タイプの敵が現れた際には、ちょっとした情報の差異で相手を出し抜けたりするかも?』みたいなことを言われて……」
やっぱり元凶はイノか。
たとえそれが探索者としての常識であっても、仲間に対しての情報の秘匿というのは、サワのキャラらしくないと思ってた。元々のサワなら、まずは仲間内で相談した上で今後のことを考えたはず。
「ええ。言わんとしてることは分かってるわ。別に澤成君に悪意があったなんて疑ってないから。もちろん、井ノ崎君にもね。ただ、それでもやっぱり、ダンジョンのシステムやルール関連の情報は共有しておいて欲しいのよ。気付いたことなんかをね」
「は、はい……」
しゅんとなったサワ。どうやら、ある程度の情報は私たちにも共有してくれるようだ。
それでこそ私の知ってるサワだ。根は気の良いやつなんだよね。特に今の彼は、誰に対してもフラットな感覚で接するし、偏見や見栄なんかの執着は薄い。他人と自分を比べて一喜一憂したりしない。自分にないモノを持つ相手にくだらない嫉妬なんかもしない。
「ええっと……それで……集落に保護されてからもちらちらとログを眺めていたんですけど、イノーアとの会話の所々で〝《使命》の影響あり〟ってログの記載が出て来てたんです。極めつけはイノーアが……ええと、見せた方が早いですね」
サワが自身のステータスウインドウを広げて表示する。
イノーアが発したセリフのテキストが出てきた。これがログってやつらしい。
「この時のイノーアの言葉の中に、ログ上で妙なアクセントが付いていたんです。あと、俺が縮小化して表示していたログでは……いわゆる縦読みで仕込まれてたようです」
「縦読み? 妙なアクセント?」
「ここです」
『僕は久しぶりの活動なんでね。君たちに
は、前提となる舞台の説明が必要なことを忘
れていた。この世界は、あの女神陣営の信徒
どもが跋扈していた世界で間違いない。イ
ノ……井ノ崎真たちが、クエストをクリアし
てから……ほんの少しだけ、時間が経過した
先さ』
〝僕はれどノて先〟
僕はレドの手先。
……は、はぁ? なにこれ? く、くだらない……とは言えないか。縛られていた中での、イノーアの苦肉の策だったのかも知れないし。
「とまぁ、こういうわけで……この会話の後、しばらくしてから〝レド〟の名前が出たから……ああ、イノーアはゴブリン・ロードのレドってやつの手先になってるけど、システムを通じて俺たちにヒントを出していたんだろうなぁ……って思いまして。もちろん、詳しい事情なんかは分からないけど、これに気付いたことをイノーアに知らせれば、そのまま戦いになるだろうと見越してこっそり獅子堂と連携を図りました」
「……」
申し訳なさそうなサワ。獅子堂なんかは平然として悪びれてもいないけどさ。
でも〝光〟が告げてる。ううん。〝光〟なんかに頼らなくても分かるよ。それぐらい。
私がまだ深くは知らない〝探索者としてのサワ〟は……まだまだ切り札となる情報や力を隠し持ってる。
このログの説明だけじゃ、レベル差があるにもかかわらず私の《紫電》やイノーアの動きに対応できた理由にならない。
至近距離であれば、《獣装》を使用した本気のスゥでさえ私の《紫電》にまともに反応できない。
だけど、サワは《紫電》の私と連携して見せた。イノーアの動きを読んで獅子堂に指示まで出していた。
おそらく、私の〝光〟やイノの〝プレイヤーモード〟みたいな、なんらかの〝反則技〟を持ってる気がする。ううん。気がするとかじゃない。持ってないとおかしい。
それに、たとえ能力を度外視したとしても、結局はサワもイノの同類。
ダンジョンの深層を目指す馬鹿だ。
反則技なんかがなくても、いざとなれば、必要とあればどんな手だって使う気がする。
間違いない。認めざるを得ない。
今のサワは規格外だ。レベルやスキルなんかじゃ計れない。マユミさんやスゥ、獅子堂や鷹尾先輩よりも、このダンジョンにおいては格上。
当然のように私の前を歩いてる。
ふ、ふふふ……あは。あははは。はは。
あーあ。やっぱり私はこうなんだ。
ごちゃごちゃ考えて気付かないフリをしてた。気付かないままでいたかった。
渇望に。醜く歪んだ自分の本心に。
鷹尾先輩に挑む獅子堂のことを笑えない。
どうしようもなく嫉妬してる。負けたくないんだ。私は。サワにもイノにも。なんなら鷹尾先輩にも、獅子堂にも、マユミさんにも、スゥにも。
だって、だって、私は天才なんだもん。川神陽子なんだもん。
凡人ごときに負けたままじゃ終われない。出し抜かれたままで済ませられない。前を征くやつらを蹴落として、私の背中を見せつけて嘲笑ってやりたい。
このまま、ちょっと優秀なだけの有象無象として埋もれたくないんだ。
学園を牛耳る権力ごっこが大好きなくだらない大人たちもだ。
凡人ごときが私の頭を押さえ付けてあーしろこーしろと命令する?
あり得ない。許せない。許してやるもんか。
ダンジョンだって同じだ。この天才様をこんな理不尽なゲームに勝手に巻き込みやがって。
〝人の道を外れし者〟?
上等だね。確かにその通りだ。もう素直に認めるよ。
イノーアを殺しても、私はその罪の意識よりも彼に勝てたことを喜んでる。達成感すらある。
私を見ろ。誰も彼も、私のことを無視できなくしてやる。嫌でもその眼に刻みつけてやる。誰も追い付けないとこまで到達してやる。私にひれ伏せ。仰ぎ見ろ。讃えろ。この天才様を。
そんな想いが私の中に溢れている。
はは。もう仕方ないよね。これが川神陽子なんだ。
私は、こんなどうしようもない私とちゃんと向き合うよ。本気で遊んであげることにするよ。
どうやらここには、この天才様が本気になっても敵わないような遊び相手が当たり前にいるみたいだしね。
あはは。
ホント、いい暇つぶしになりそう。
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