第8話 案内人【side B】
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「君らはアホなの?」
村を追われた私たちの逃亡生活は二日程で終わった。
こちらを警戒してなのか、相手側が深追いして来なかったのが幸いして、何とか〝案内人〟と接触することができた。
まぁ……厳密に言えば、不審な逃亡者という立場は継続している。案内人が私たちを見かねて保護してくれたというだけ。
「状況も分からない異世界で、なんで現地民の集団にいきなり正面から堂々と接触するんだよ? せめてしばらく偵察して、相手を見極めて個別に接触するとかさぁ、やりようはいくらでもあるでしょ? そのための現地民の個体だってダンジョンは用意していたはずだよ」
ただ、案内人としては想定外だったようで、私たちの軽挙妄動に本気で呆れている様子。で、こうして詰められる羽目になったわけ。
「……もはや別人だと分かっているけど、どうにもその顔で言われるとすごくムカつく……」
「この顔にムカつくのは勝手だけどさ。現状は君らの軽率さが招いた事態に変わりないからね? はぁ……一応は経験者なんだからさ。こういう時は率先してメイちゃんが慎重論を出すべきでしょ? なのに、聞けば言い出しっぺはメイちゃんだって言うし……」
「……あなたに〝メイちゃん〟と呼ばれたくない」
「はいはい。分かったよ」
先輩の表情が無になってる。案内人に棘を出してるけど、明らかに分が悪い。逆ギレや八つ当たりに近い。案内人の方も軽く受け流す程度。だって、客観的に見れば私たちがバカ丸出しだったわけだからね。
「ふぅ……鷹尾さんをいじめるのはもういいでしょ。それで? あなたのことは何と呼べばいいのかしら?」
塩原教官が……マユミさんが仕切り直しを促してくれた。ただ、鷹尾先輩の提案を止めなかった自分のことは棚の上にポイな感じがするけど。
「イノーアでいい。〝鷹尾芽郁〟が言うように、僕は君らの知る井ノ崎真とはもはや別の存在だからね」
〝プレイヤーの残照〟。
ダンジョンが生み出した存在。
私たちの前に現れたクエストの案内人というのは、イノと同じ姿をしていた。
もっとも、表情に陰があるためか、パーツや声が同じでも雰囲気はかなり違う。やさぐれたイノという印象だ。
でも、よくよく考えれば、イノや新鞍さんのような前世持ちのプレイヤーもダンジョンに造られた存在らしいし……結局は同じ存在? うーん……深く考えるのは止めよう。
とにかく、今回のクエストでは、この〝プレイヤーの残照〟は私たちと敵対しないらしい。丸ごと信じるわけにいかないけど、今のところ彼に敵意はなさそう。
「じゃあイノーア。改めて聞くけど、あなたが今回のクエストの水先案内人というわけね?」
「そうなる。僕はヨウちゃん……〝川神陽子〟の今回のペナルティクエストにおける導き手だ」
鷹尾先輩に気を遣った訳でもないだろうけど、イノーアは私の呼び方についてもイノとは変えてきた。
「まったく。僕としては、川神パーティを敵の〝プレイヤー〟にぶつけてお役御免。やれやれ、これでようやく永い眠りにつけると思っていたら……まさかクエスト開始早々に、本題と無関係なところでいきなり終了になりかけるなんてね。前回のことといい、どうにも僕と川神パーティの相性はよろしくないようだ。はは……」
乾いた笑いを吐き出すイノーア。前回……つまり、彼はあの時の〝プレイヤーの残照〟と同じ個体? 死にたがってはいるようだけど、前と違って正気を保ってる?
「ふん。そんなに眠りにつきたいのなら、今すぐにでも眠らせてやるぞ?」
物騒な物言いと共に、得物に手を掛けて殺気立つのは野里教官改めスゥ。
教官組は塩原真由美と野里澄。
チームとして動く以上、教官呼びは止めましょうというマユミさんの提案でこう呼ぶようになった。
個人的には、野里教官については心の中ではスゥと呼び捨てにしてる。なんならコイツとかアイツとかでもいいくらいだ。もちろん、口には出さないけど。
「いちいち虚勢を張らなくてもいいよ、野里澄。狂犬や狂戦士を気取っていても、あなたはヒトを殺すことに強い忌避感がある。人語を解する人型というだけで、ダンジョンの魔物である僕をついぞ攻め切れなかった。一般の探索者としては有能かも知れないけど、〝プレイヤー〟絡みのクエストにおいては、その至極真っ当な倫理観は枷にしかならない」
「……ッ」
言葉の内容はあれだけど、イノーアにはスゥを煽るような気勢はない。淡々と事実を語るだけという印象。なによりスゥに限らず、彼の指摘は私たちにとっても図星でしかない。
相手がたとえ魔物であろうと、意思疎通のできる〝ヒト〟と認識してしまえば、どうしても殺すことへの忌避はある。クエストクリアに意気込んでいても、やはり考えてしまう。
「イノーア。悪いんだけど、あなたの愚痴や御高説は後回しにしてくれるかしら? 結局のところ、クエストをクリアするために私たちは何をどうすれば良いの?」
敢えてだろうけど、マユミさんはイノーアの言を〝どうでもいい〟とばかりに切り捨てる。さっさとやるべきことを教えろと。
「ふっ。それもそうだ。今は役割に徹するとしよう。今回のクエストで君ら川神パーティが実行するのは、端的に言えばクエストのタイトル通りだよ。女神陣営の〝プレイヤー〟であり、リ=ズルガの遥かなる伝承……ゴブリン・ロードを倒すだけさ」
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その由来、生誕や育ちといった氏素性は不詳。
彼の御方がどこから来たのかを知る者はいない。
ただ、そこにいた。
他種族との戦に敗れ、大陸から追われ、流れ着いた島にて緩やかな滅びを待つだけの、とあるゴブリン氏族の前に彼の御方は突如として現れたのだという。
故郷を捨て、誇りを捨て、ただただ逃げ延びるしかなかった氏族らの悔恨、諦念、苦しくも平穏な微睡むような島での暮らしを聞き、彼の御方は問うた。
『それでいいのか?』……と。
その瞬間だ。
彼の御方は、その瞬間から、まさに我らのロードとなられたのだ。
我らは失われた誇りを取り戻す。
気怠く優しい微睡みから覚め、辛く厳しい現実を生きる。
我らを追いやった者どもを打ち倒し、遥かなる大陸を制覇する。
それは復讐などという陳腐なものではない。
我らは純粋に願ったのだ。
ロードの、ロードによる、ロードのための国を……帝国を築く礎となることを。
身も心も捧げよう、命も誇りもだ。
すべては我らが主のために。
ロードのために。
……
…………
………………
「……というのが、リ=ズルガでの〝ロード降臨〟という伝承だ」
イノーアに連れられて、私たちはとある集落の屋敷にいる。
詳しい建築様式なんて分からないけど、土間があり、地面から少し上げられた板間には、編み込みで描かれた綺麗な紋様の敷物が敷かれている。
板間の中心部は四角く掘り下げられており、その下には灰が積もっている。吊り下げ式の鍋まであるし、まさに囲炉裏のような造り。
地球の、日本のどこかで見たことがあるような……そんな匂いがする。
ただ、生活用品と思しき物の多くは見慣れない形だし、飾りや敷物の紋様なんかは馴染みのない異文化感が強い。
そんな異文化情緒溢れる敷物に腰を下ろし、私たちはほっと一息つきながら話を聞いている。
実のところ、たった二日程とはいえ、寄る辺もなく、先の展望もない逃亡生活というのはかなり堪えた。精神的にも肉体的にも。
ここは私たちが不用意に踏み込んで不審者認定をされた、例のゴ氏族の村とはまた別の場所。
聞けば、この集落はゴ氏族の村とは距離を置くはぐれ者たちの集まり……という設定を隠れ蓑にした、イノーアの活動拠点の一つなんだとか。
「さて。川神パーティはともかくとして、鷹尾芽郁にはこの伝承について引っ掛かるモノがあるだろう?」
「……脚色ありきだとしても、ただの一言で周囲を熱狂させるというのは、ノアさんの《女神の使命》に似ている……」
「御名答。例の《女神の使命》スキルの原型は、まさにゴブリン・ロードのモノだ。彼が使用したのは、単に《使命》というスキル名らしいけどね」
《女神の使命》というのは私もイノから聞いた。井ノ崎パーティが四苦八苦した超強力な洗脳スキルだって。
「……繋がりが分からない。リ=ズルガの神格化された英雄であり、大陸を支配するほどの大帝国を興したゴブリン・ロードが〝プレイヤー〟なら、この世界の管理権とやらはとっくの昔に女神陣営が獲得しているはず。それとも、ここは私たちがクエストで訪れた世界とは別?」
先輩の疑問の通りだ。
私たちはイノから聞くだけだったけど、ゴブリン・ロードという存在はリ=ズルガにおいては、私たちでいうところのマケドニア王のアレクサンドロス三世やモンゴル帝国のチンギス・カン……よりも偉大な存在であり、どちらかといえば、神話や伝承の時代と混じりあう神武天皇やギルガメシュ王のような扱いらしい。
後世にそんな風に伝えられるほどの〝プレイヤー〟なら、クエストなんて悠々とクリアしていたはず……という具合。
「僕は久しぶりの活動なんでね。君たちには、前提となる舞台の説明が必要なことを忘れていた。この世界は、あの女神陣営の信徒どもが跋扈していた世界で間違いない。イノ……井ノ崎真たちが、クエストをクリアしてから……ほんの少しだけ、時間が経過した先さ」
若干の気怠さのようなものを纏いながら、イノーアは語る。
今、私たちがいる世界は、イノたちがクエストをクリアしてから百周期(百年)が経過した世界だそうだ。
イノーアは覚醒と休眠を繰り返しながら、ダンジョンからの指示により、この世界での活動を余儀なくされているらしい。クエストの舞台を整える裏方として。その点については、彼にも同情の余地が大いにある。
私たちには馴染みがないけど、ラー・グライン帝国とアークシュベル王国との戦争というのは、順当に王国側の勝利に終わって帝国は解体されたんだとか。
ただ、アークシュベル王国もこの百年の間での興隆と衰退……栄枯盛衰の潮流があり、現在は、かつてのラー・グライン帝国の流れを汲むラグナ王国とアークシュベル王国の二大強国が睨み合う情勢とのこと。
私たちの歴史だって似たようなものだ。
国と国との関係性なんて、百年前からやってることはさほど変わらないっていうのは、この世界でも同じみたい。
多種多様な種族や寿命の長さ、はたまた魔法やスキルなんて超常パワーが日常的にあったりする所為なのか、それともダンジョンの意図的な操作なのかは分からないけど、科学技術的な進歩は私たちの世界ほどではなく、ヒトびとの生活様式は百年前とあまり変化はないそうだ。
ちなみに、私たちがいるのはズルガ島という大きな島であり、ゴブリン氏族が主となったアークシュベル王国のルガーリア自治領という名なんだとか。先輩たちがクエストで訪れた時にはリ=ズルガ王国だった地。
「正直よく分からないけれど……舞台設定については承知したわ。それで? 結局のところ、そのゴブリン・ロードと女神陣営はどう繋がるのかしら?」
「はは。塩原真由美はせっかちだね。まぁクエスト挑戦者としては、その実務的なところは望ましい姿なんだろうけど……」
ふとした瞬間に、やっぱりイノとは別人なんだと実感する。
表情に陰があるだけじゃない。その仕草や雰囲気は、どことなく枯れたような……癒えない疲れや古傷のようなものがこびりついている。
正気を保っているように見えるけど、たぶん……彼は決定的に〝壊れてる〟。
『彼を決して死なせるな。その役目を果たさせるまでは……』
私の中の〝プレイヤーモード〟が、そんな無茶な警告を発している気がする。
「……悪いけど、前提となる設定の説明にはまだ続きがある。まず、ゴブリン・ロードの名はレド。ややこしいけど、彼の主たる前世の記憶は犬頭小人種族で、気付いたらダンジョンの存在する異世界でゴブリンのレドになっていたそうだ。まぁ井ノ崎真や新鞍玲央と似たような境遇だ。で、その異世界でダンジョンに挑む勇士組……君らで言うところの探索者として活動していく中で〝プレイヤー〟に目覚め、いくつかのクエストを経てこの世界へと辿り着いたわけだ」
「……階層世界のクエスト。つまり、この世界はレドの前世であり、女神陣営の滅びた故郷……」
「正確には、ダンジョンが自らの腹の中で複製した箱庭の世界だ。もっとも、世界が辿った生物の進化や大まかな歴史なんかも似せてるらしいから……当事者たちにとっては、まさしく故郷と呼んで差し支えはないのかも知れない。……はは。個人的には、まったくもって残酷で悪趣味な話だと思うけどね」
その辺りについては、イノの推察込みで私たちも聞いた。
〝酷い話だ〟と、イノもダンジョンの趣味の悪さを罵っていたものだ。
「まぁ今はダンジョンへの文句や恨み辛みはおいといてだ。ゴブリンとして遥かなる複製の故郷に降り立ったレドは、〝プレイヤー〟のスキルや能力によってゴブリン・ロードとして祭り上げられ……あれよあれよと大帝国を樹立する運びとなった。当時の大陸を制覇した」
「……」
それは先輩がクエストで見聞きして来た伝承通り。
だけど、なんだろう?
イノーアの語りには含みがある。言葉の裏に込められたナニかが……?
「あー……そのレドっていう〝プレイヤー〟は、えぇと……様々な〝手先〟を引き連れて大陸を制覇したけど、そもそもそんなのはクエストとは無関係だったとか? あるいは、帝国樹立の偉業は別として、レドは単に別のクエストに失敗した……とか?」
「え? サワ?」
なに? 今までおとなしく話を聞くだけだったサワが急に口を開いた。話に割り込んだ。
「ふっ。様々な〝手先〟を引き連れて……か。はは。君は気付いたのか。クエストの失敗についても……鋭い考察だよ澤成樹。やはり君は……君たちは、ダンジョンが求めた人材の中でも上等な部類なんだと思うよ」
あれ? くたびれた印象だったイノーアの瞳に、微かな喜色が宿ってる?
ナニが喜ばしい? サワへの称賛はナニに対して?
「それはどうも。イノ本人に認められるなら、俺も素直に喜べるんだけど……今のあんたに褒められてもなぁ。結局のところコレもクエストというか、ダンジョンの仕込みなんだろうし……あんたも色々と大変なんだろうなとは思うけど……」
あ、ほんの少し嫌な感じがする。
ほんの少し。ちょっとした引っ掛かり。
でも、絶対に見逃しちゃダメなやつ。
そんなのがこの場にはある。ふわふわと場に浮遊してる。
捕まえる。捉えたら離さない。離しちゃダメだ。
久しぶりの感覚。込み上げてくる。
視える。視えた。はっきりと。
コレは……〝プレイヤーモード〟じゃない方のやつだ。
もはや少し懐かしいくらい。
かつての私が絶対視していたモノ。
土台であり指針。自信。才能。特別。
川神陽子を形作ってきたモノ。
ここは任せる。身を委ねる。
それが正解だと……〝光〟が告げているッ!
「ァァッッ!!」
思考よりも先。
気付いたら、私は《紫電》を纏った全身全霊の全力で拳を撃ち込んでいた。
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