第18話 再挑戦
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「……なぁ獅子堂。この状況、ついて行けてるか?」
「……俺に聞くな。どうしようもない非常事態だと割り切っている。クエストとやらを何とかしない限りここから出られない以上、どんな荒唐無稽な状況でも進むしかない」
一通り僕の状況を説明したわけだけど、サワくんは何がなにやら……という心境らしい。ま、いきなりこんな話聞かされてもね。気持ちは分からないでもない。
塩原教官は坂城さんとの経験があるから、まだ少し耐性もあるみたいだけど、〝超越者〟であるヨウちゃんを含め、他のメンバーはポカンとするのが精々だろう。
〝ダンジョンからのお使いイベントに失敗して、幽霊みたいな状態で移り変わるこの世界を見させられていた〟
うん。訳が分からない。こんな話をされて、『そうだったのか!』……と、すんなり納得できる人は中々いないだろう。むしろ、そんな人がいたら逆に心配してしまう。
「色々とすぐには飲み込めないとは思いますけど……とりあえず、僕の方はこれでペナルティクエストをクリアしたので、間を置かずにシステムからの通知が来るでしょう。具体的にどうなるのかは分かりませんけど、僕はメイちゃんやレオを解放するために行きます。ヨウちゃんパーティについては……塩原教官、あとはよろしくお願いしますよ」
「うーん……私としては、井ノ崎君からもう少し詳しい情報が欲しいところなんだけど?」
ヨウちゃんや塩原教官たちには悪いとは思うけど、別に僕が殊更に急いでるという訳じゃない。急かしてきてるのは、あくまでダンジョンシステムだ。
『おめでとうございます。〝プレイヤーの残照(井ノ崎)〟を撃破したことにより、ペナルティクエストのクリアとなります。これにて、〝続・帝国へ続く道〟のクエストへの再挑戦が可能となります。また、一連のクエストを放棄して帰還することもできます。どうされますか?』
ダンジョンのシステムメッセージが早速に来た。
「(ちなみに、クエストを放棄して帰還するという場合、対象は僕だけなのか? メイちゃんやレオは含まれない?)」
すかさず、僕は頭の中でシステムに問う。質問する。
このシステムメッセージ、これまでは条件に合致した場合にただ流れて来るだけの一方的なモノだと思っていたけど……実は違った。
質問なども可能だし、その時の通知内容に関してなら概ねちゃんと答えてくれる。
ただし、通知内容に関係ない質問は無視されるし、平常時にはいくら念じても対話型のシステムを呼び出せない。しかも、タイミングが割とシビアで、メッセージが通知された直後の僅かな時間だけしか質問を受け付けてくれないというクソ仕様。
神聖オウラ法王国の五百年の経過を延々と見せられるというペナルティクエストの最中、システムメッセージを何度となく受け取る中で気付いた。まぁ気付いたキッカケは『そんな説明じゃ分かるかボケッ! もっと詳しく教えろ!』という心の中のツッコみだったけど……システムはそれを質問として受理してくれた模様。
幽霊みたいになって過ごすという訳の分からない状況でも、システムに弄られてるおかげなのか、僕は自我を保ててはいた。でも、だからといって心が荒まなかったわけじゃない。
ノアさんの暴挙やその結果を見せつけられてやるせない気持ちを抱きもしたし、説明不足なダンジョンシステムへの怒りや憤りはずっとあった。システムの通知に対しても喧嘩腰だった。
その結果、システムと対話できることに気付いたわけだけどね。
まぁ今となっては良しとしよう。
それ自体は偶発的な小さな発見だったけど、ダンジョンシステムの謎に迫るためには大きな一歩だ(ということにしておく)。
『はい。井ノ崎真の想定通りです。ペナルティクエストのクリア報酬は、あくまでもプレイヤーである井ノ崎真当人のみが対象となります。このまま帰還した場合、鷹尾芽郁、新鞍怜央の両名は〝破棄〟されます』
「(あっそ。じゃあ帰還はなしだ。あと、〝続・帝国へ続く道〟への再挑戦なんだけど、この先もペナルティクエストをクリアさえすれば何度でもやり直しができる?)」
『〝続・帝国へ続く道〟に再挑戦できるのは一度きりです。次に失敗してもペナルティクエストは発生しません。単に終了となります』
はは。ゲームオーバーと来たか。ま、他の〝超越者〟がどうかは知らないけど、僕に関しては的確な表現と言えなくもない。
「(じゃあ、ペナルティクエストが発生する……再挑戦可能なクエストと、そうじゃないクエストの違いは?)」
『…………』
沈黙。期待はしてなかったけどやっぱり駄目か。今回の通知内容からはちょっと外れた質問だった。
まぁ仕方ない。
「(僕は〝続・帝国へ続く道〟への再挑戦を望むよ)」
『プレイヤー井ノ崎真から、〝続・帝国へ続く道〟へ再挑戦する意思を確認しました。それでは良いダイブを!』
僕にはそもそも選択の余地なんてない。〝井ノ崎真〟に、ダンジョンシステムのオーダーをクリアする以外の道なんて……初めから用意されてないのを知った。気付いた。
ま、今回に限ってはそういう諸々の背景や事情なんかと関係なく、クエストを放棄して僕一人で帰還するなんて以ての外だ。メイちゃんとレオを家に帰すまでが僕にとってクエストだしね。その辺りの僕の基本姿勢は、別に何かを知ったからといって変わるわけでもない。
「塩原教官。申し訳ないんですけど、そうこう言ってる間にシステムからの通知が来ました。僕は一度失敗した〝続・帝国へ続く道〟に再挑戦するので……たぶん、皆の前から消えます」
「え? もうなの? じゃあ、今の内に……川神さんのペナルティクエストへの備えをどうすればいいかだけでも教えてくれないかしら?」
塩原教官、割りとグイグイ来るね。まぁ彼女ならヨウちゃんたちを導いてくれそうだ。無事にクエストを切り抜けて帰還して欲しい。
「ヨウちゃんへのペナルティクエストの内容が分からないので何とも言えませんけど……僕の場合、〝超越者〟個人へのペナルティという扱いだったので、ヨウちゃんも一人で挑むことを覚悟しておいた方がいいかも……という、当たり障りのないことしか言えなくてすみません」
「仕方ないわね。で? どうなの? 川神さんの方は、まだダンジョンシステムからの通知なんかはないの?」
あっさりと切り替えた上で、塩原教官はまだ混乱の中にいるヨウちゃんに問う。
「え? あ、えっと……私の方にはまだ何の通知も来てません。ただ……何となくですけど、私へのダンジョンからの通知は、イノのその……再挑戦するというクエストが終わった後な気がします」
ヨウちゃん。直感というか、直近の未来視というか……彼女の〝光〟とやらは健在みたいだね。
僕はアレを〝プレイヤーモード〟だと解釈してたけど……恐らく僕のシステムとは別物だろう。
ノアさんやローエルさん、〝プレイヤーの残照(井ノ崎)〟を支えていた〝女神システム〟のように。
彼女の場合は〝原作システム〟とでも言うかな? ゲーム版かアニメ版かは不明だけど。もしかすると、原作に関わりがあるレオも、大元ではヨウちゃんと同じシステムかも?
無事に戻れたなら、改めてそういうところのすり合わせもしたい。
西園寺理事たちが、各〝超越者〟のシステムや特性の違いをどこまで把握しているか……せめて、僕の持つ情報とは違う有益なナニかを持っていて欲しい。じゃないと学園側と交渉する価値が下がる。ま、今後のダンジョンダイブの邪魔をされない仕組み作りはしておきたいから、交渉なり取引自体はするけど。
「ヨウちゃんの直感がそう告げるならそうなのかも。もし、本当に僕のクエスト後に動きがあるというなら……その時には、この神聖オウラ法王国は〝今の形〟で存在してないかもしれない。なにしろ、僕は過去に戻ってクエストをやり直すみたいだし……」
「過去に戻る……タイムスリップ……あはは……本当にダンジョンはデタラメだね。でも、私の〝光〟はイノの言葉を否定してない。〝導き手に従え〟と囁いてる」
「そのシステムなり〝光〟なりが示す〝導き手〟云々はともかくとして……現実的な川神パーティにおいては、塩原教官の指示に従うのが良いだろうけどね」
「うん。それは重々承知してる。塩原教官の指揮に従うのが、生還する可能性が一番高い」
釈迦に説法みたいなものか。パーティを組んでいるヨウちゃんが分かってない筈もない。
塩原教官は、この狂ったダンジョンの異世界であっても探索者として活動できる人だ。
以前に……過去に囚われて道を踏み外した野里教官なんかより、仲間や恋人を喪っても気丈に前を向く塩原教官の方が、人として何倍もタフだと感じたことがあったけど……あの時の評価は間違いじゃなかったと思う。
まぁ、流石に今の状況を予見した訳でもなかったけど。
獅子堂は元々ヨウちゃんとワンセットみたいな扱いだったから気にならなかった。でも、塩原教官に野里教官、それにサワくんまで……ヨウちゃんのパーティとしてダンジョンへ挑むことになるとはね。
とにかく、彼女たちには今回のクエストをクリアしてもらいたい。そこが再スタート。無事に学園に戻ってからが……本格的な第二章の始まり。〝超越者〟によるダンジョンダイブの。
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『君は間違ってるッ! ノアの異能はこの世界には過ぎたものだ! あの狂信者を野放しにするのは危険過ぎる!』
『あの《女神の使命》を操るノアが征くのは、独り善がりな独裁者の道だ! 皆が進んでやつの理想を受け入れるほど、この世は単純じゃない!』
『君はなにも感じないのか? 君にとってこの世界はクエストの舞台装置でしかないのかもしれない。しかし、知っているはずだ。この世界に生きる人々にとって、この世界は紛れもない現実だということをッ!』
……というわけで、気付いたらこの場面だった。
情報交換をしながら、ヨウちゃんたちと一時のお別れをしてる最中に場面がスパッと切り替わった。
再挑戦とやらが発動した結果なのは流石に分かるけど、発動自体には何の予兆もなく、正真正銘の突然の出来事。
やり直しをさせてくれるという時点でありがたいと思わないとダメなんだろうけど……こうも急だと文句の一つも言いたくなる。いきなり鉄火場という状況だし。
「…………ふッ!」
『ッ!?』
鈍く響く金属音。
あれこれと語ってるローエルさんに踏み込む。鉈丸を振るうも流石に防がれた。その上、咄嗟に引いて距離を取られる。
そこまで甘くはなかったか。
『くッ!? き、君はッ!?』
けど、僕は知ってる。余裕のある強者感を出してるローエルさんだけど、一対一なら僕の方が強い。もう一度踏み込む。止まらない。止まってられない。
『くッ! な、舐めるなッ!!』
『ロ、ローエル様!!』
連撃。激しく打ち合う。攻める僕に凌ぐローエルさんという構図。
僕はこれで二回目。もう次はない。間違えることは許されない。
〝続・帝国へ続く道〟が求める条件で真っ当にクリアを目指す。
このまま押し切る。
もちろん、それ以外にも思うところは色々とあるにはある。ジーニアさんやグレンさん、ノアさんのこと。そして、システムやプレイヤーのこと。
でも、今は目の前の敵を斃すことだけを考える。【プレイヤーの残照】であるローエルさんを仕留める。殺す。
「イ、イノ君!?」
「いきなりどうしたのッ!?」
メイちゃんとレオの声が響く。テレパス。……あぁ、ずいぶんと懐かしい。二人とも無事に解放されたのか。
でも、僕がローエルさんに仕掛けて驚くということは……もしかすると二人にはクエスト失敗の記憶がない?
確かにペナルティや再挑戦云々は僕個人に対してのモノだと聞いてはいたけど……まぁ確認は後回し。
「メイちゃん、レオ。説明は後でするから。とにかく、今は自分たちの身を守るのに専念して欲しい。このローエルさんの手勢がそっちにも向かってるはず。刺客の相手はノアさんたちに任せて守りを固めてて」
「……イ、イノ君?」
「僕はローエルさんを逃すわけにはいかない。確実にここで殺しきらないといけない……テレパスも切るから」
「一体なにが」
「え? ちょ」
テレパスの接続を一方的に切る。向こうの戦闘については、メイちゃんとレオに任せるしかない。一応前の時は無難に凌げてたし、今回もできると信じる。
僕は僕でやるべきことをやる。
ここは確かに分岐点だった。リロードに相応しいポイントと言えなくもない。ローエルさんを取り逃がしたことが、後のアークシュベルの分断を生んでしまったわけだし。
『ぐぅ……ッ! わ、私が押されるだとッ!?』
『ローエル様ッ!』
『こいつッ!!』
隠れて様子を窺ってたローエルパーティが慌てて飛び出してくる。はは。ローエルさんに任せて余裕こいてるからそうなるんだよ。
さて、リロード直後で正念場か。
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お久しぶりです。
長らく間が空いてしまいましたが、書籍2巻が発売(2024/11/1)となり、ぼちぼちとweb版も更新していきます。




