日常の君へ
手が震える。暑くて汗が張り付いているのに手だけは氷に触れているようだ。
____あぁ、この場面は絶対に抑えなければならない。わかっている、そんな事。
でも俺は、その重圧に耐える事が出来なかったのだ。頭が空白に支配される。抜けた球は相手のバットに当たり、スタンドに吸い込まれていった。
あぁ、俺の、俺たちの夏が終わるんだ。
唖然として、「俺」は見ていた。
「何だ、今の夢……。」
あまりにもリアリティのあり過ぎる夢だった。まるで現実で俺が体験したかのような。寝汗を拭いて辺りを見やると、そこには知っている景色が広がっていた。
「現代に帰ってこれたのか……。」
俺は家の近くのベンチで眠っていた。
「なんで未来に俺は飛んでいたんだ……?」
不可解な事が多すぎる。気付けば俺は未来にいて、その未来で見たのは自分の死体と失恋だった。まるで絶望を絵に描いたような。まさに地獄だ。
「とりあえず家に帰るか……。」
寝ていた公園から約三分で我が家に着く。築十年ほどの割と綺麗な家だ。街並みに合った白塗りの壁が綺麗だといつも自画自賛していたが、今日はいつにも増して綺麗に見える。一日も経っていないのに随分と懐かしいように思う。
「ただいまー」
返事がない。まだ誰も帰っていないようだ。お茶を淹れてリビングのソファに座る。もたれるとそのまま寝てしまいそうだ。疲れているのだろう。当然だ、あまりにも密度が濃過ぎた。自分はこのまま順当にいけば自殺する運命なのだ。
それを知った以上、今の俺は「自殺なんかしない。」と思えるが、きっとどうしようもない事が起きるのだろう。かなりショッキングだ。
「たっだいまー!」
大きな母の声が聞こえた。
「はぁ……」
家に帰ってこれたという安心感がようやっと持てた。
「どーしたの、響也。随分しけたツラしてんじゃん。」
「まぁ、ちょっとな。自殺する夢……あぁ!?うぅ……なんだ、これっ……!!」
またあの頭痛だ。未来の事を話そうとすると決まって頭痛が襲う。
「どうしたの!?」
母が心配そうに駆け寄ってくる。
「なんでもない……ちょっと頭痛がな。」
「頭痛薬いる?」
「大丈夫、ちょっと休むわ。」
「うんうん。そうしな!明日も朝練でしょ?」
「あぁ……そうだった。」
母はどこか怪訝な顔をした。部活一筋の俺が部活を忘れていたような発言をしたからだ。実際忘れていた。非日常の中で日常を忘れてしまった。明日は火曜日。学校に行けば茂や夏に会う事になる。
「さて、どうしたもんかな……」
不安で眠れない夜だった。