予期せぬ遭遇
「行くわって言ったけど行くアテねぇな。」
正直途方に暮れていた。本当に全く知らない土地なのだ。スマホもポケットに入っていない。財布もない。一文無し、手掛かり無し、頼れる者も物も無い。正に詰み盤面だ。だがここが未来だという事は分かった。それだけでも収穫かもしれない。いや、収穫なのか?戻る術が全く見つからないのに?とにかく何か手掛かりを探さないといけない。畑が右にも左にも広がり、車通りも全くない。
「クッソ、夏に大通りとかに出る道を訊けば良かった。」
自分の失態を責めるも踵を返す事は出来ない。してはならない。前から自転車が一台来る。帽子と制服の色で分かった。パトロール中の警官だ。なんという幸運。
「あ、あの!」
「ん?どうしたんですか?」
かなりがたいが良く、身長が180cmは優に超えていそうな偉丈夫だ。
「実は道に迷ってしまって…。ここはどこですか?」
「ここはC県のF市。何処へ向かうんですか?」
……嘘だろ。C県のF市と言えば自分が住んでいた街だ。畑は確かに多かったが、ここまで廃れてはいなかったはず。一体何があったのだろうか。
「いえ、どこに向かうという訳ではないんですけど……。」
警官が目を細めて顔を覗き込んでくる。
「名前を伺っても?」
「え、岡崎響也ですけど……。」
「嘘だろ……?」
警官はそう呟くと両肩を掴み、顔をクシャクシャにして叫んだ。
「お前、どこ行ってたんだよ!ずっと音信不通で!何度連絡したと思ってるんだよ!」
状況が全く読めない。つまり俺はこっちの時間軸では行方不明という事か。だがおかしい。夏には心配した素振りは全くなかった。
「すまねぇ、実は俺は記憶を失ってるんだ。お前は誰だ?」
例の如く誤魔化す。
「おいおい嘘だろ、俺ら大親友だったじゃねぇか……。一社茂だよ!ずっと野球を……。」
野球を、と言ったところで茂は口を噤んだ。
「どうした?」
「何でもねぇ。そんな事より家帰れねぇだろ?送るよ。」
願ってもない事だ。家に帰れば何かの手掛かりが得られるかもしれない。
少し道を歩くと畑の群から抜けて大通りが見えてきた。この周辺は近郊農業が昔から盛んだったのだ。
「なぁ、懐かしいよな。こうやって二人で歩いたんだぜ。」
記憶を呼び覚まそうと茂が語りかけてくる。
「そうだったのか……。」
懐かしいも何も、つい昨日までそうしていたのだ。ノスタルジーを感じるわけがない。いっそ自分は過去の人間と打ち明けてしまいたい。茂ならきっと受け入れられると思うのだ。
「響也。」
低い声で名前を呼ばれた。彼が低い声で名前を呼ぶ時は決まって何か大切な話をする時だ。それは高校時代……彼で言う昔から変わらないのだ。
「どうした?」
「嘘を吐く必要はないぞ。」
背筋に悪寒が走った。……バレていた?記憶喪失の嘘が?演技はしていた筈だ。それとも歳をとらないでいるのがおかしいと勘付いてしまったのか?
「すまねぇ、実は……」
「ん、着いたぞ。」
未来の俺の家は所謂普通のアパート。強いて言えばかなり年季が入っていそうで見た目はかなり悪い。蜘蛛の巣が階段に張り付いている。
「中に入って話そう、響也。」
____鍵が開けっ放しだ。違和感を感じた。自分は結構注意深い。鍵のかけ忘れなどある訳がない。
中に入って、俺と茂が見た光景は。
首を吊って死んでいた、俺の未来の姿だった。