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清姫  作者: 井口
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001

「なんでいきなり、我武者ランド、なんて言い出したんだよ」


 片田舎の町からバスに乗って三〇分。電車に乗り換えて、そこから約一時間かけて『我武者ランド』というテーマパークへ向かっていた。


「四月の桜祭りの時のガラポンの景品。期間が丁度今日までだったんだよ」


 そう言って百合はチケットを見せてくる。


「いっつも急だけど、今回ばかりとか言ってられんくらい呆れるぞ……」

「いつもが急なら、今日ははちってことやな」

「誰が上手いこと言えって? どいつもこいつも脳天気野郎だな」

「本当は去年のうちにって思ってたんだけど、まぁ今日の今日まで失くしてて、本の栞にしてたん忘れとった」

「だから四分の一、日焼けしてんのか。物欲とか以前に、そもそも欲も、関心と、感心もないのは、実に百合らしいけど」


 我武者ランドなんて久しく行っていない。そもそも人の集まる場所に、好んでいこうとする奴の気が知れない。二時間もアトラクションに並ぶくないなら、正直、百合や海と家でゴロゴロするほうがマシ。

 特段、インドア派と言うわけでもないけれど。流行りと言うものに興味がない。普通のものに興味が湧かない。

 例えばクリスマス__俺はキリスト教徒でもなければ、他人の誕生日を祝えるほどできた人間ではない。豆電球を見て何が楽しいんだろう。

 バレンタイン__チョコレートなんていつでも食えるだろ。以上。

 ハロウィン__トリックオアトリート? いや菓子なんざいつでも食えるだ、大人しくtrick(殴ら)させろ。日本にはお盆があるだろ。きゅうりやなすに木の棒刺せるだろう。

 捻くれているのは重々承知の上だ。


「そう言えば知っとる? 我武者ランドの噂」


 俺の右隣に座っている海が、突如奇妙な話を持ちかける。


「ウワサ? なにそれ」

「そう噂。そこにおらん人を話題にあれこれ話すこと。または、世間で言いふらされとる、明確でない不確かな話」

「風評・風聞・風説。世評、浮説。巷談・巷説・世間話。虚言・空言、飛語・蜚語ひご。流言・流説、陰口、デマ、ゴシップ、スキャンダルなど__ニュアンスに差はあるが、うわさ、に分類される類語は多岐にわたる」

「誰が『噂』を解説しろなんて言ったよ? お前ら舐めてるだろ。学年一位だか二位だか三位だか知らんけど__知らんけど! 俺もそれなりに頭は良いほうだからな! 俺はその噂話の内容が聞きたいんだよ」

「おいおい、そんなカリカリしなさんな__さては清姫、フライドポテトはカリカリ派なのか!」

「お前、なんなのさっきから。今日同じこと二回言ってるけど? なに俺の揚げ足取ろうとしてんのか? 」

「フライドポテト、だけに?」


 フッ__。

 両脇の男女おとこおんなどもが鼻で笑う。嘲笑だ。つまらん、と言いたいのだろうが、俺とて意図していったわけではない。

 それに俺はサツマイモ派だ、と言おうとしたけれど収拾がつかないだろうから飲み込んだ。


「因みに、三歳のときから、百合くんはジャガイモのソラニンが毒だとは知らず、毎日食べていたよ」

「誰得なんだよその情報」


 きっと毎日食べていたから、こんな毒しかないような性悪になったんだろう。そう考えれば合点がいく。


「亡霊が出はるんやって」


 両脇に座る幼なじみどもだが、性格は真反対のくせして、脈略のない話を、ヤクザのカチコミかってくらい勢い良くぶっ込んでくる。

 いつものことだが。


「亡霊?」

「そう亡霊__」

「あ、もうその手にはのらねぇから。解説はいらねぇから。さっさと話を進めろよ。口聞いてやらんぞ」

「あーあ。先手を撃たれたね。残念・無念・享年一五ってね」

「随分とまた、残酷すぎる謳い文句だな、それ」


 この植物人間は、たまによくわからない言い回しをする。彼の、兄か姉か__血縁は従兄弟になるらしいが、この証明しずらい存在である、蟲生津(むしょうづ)鳴神(なるかみ)という、神様の影響かもしれない__とも言い切れないが。

 とにかく、ケラケラ螻蛄おけらだの、蟻がテンこ盛り(ありがとうと言う意味)だの、よく可笑しな言葉を作っている。

 だが今は、やつの生態をダラダラと紹介している時間ではない。やつの性格を語ることほど、無駄な時間はこの世にはない。絶対に断言できる。断言できる、と言っている今の時間でさえ無駄だ。百合の言葉に意味などないのだから。

 以上。

 俺は早く噂話が聞きたいのだ。ホラー・スリラー・スプラッタの愛好家として、聞き耳を立てないわけにはいかない。

 海に話を催促すると、ようやく本題に入った。


「我武者ランドの、あの、鏡がえらいあるアトラクションに、その子は居てはるんやって。子ぉうか、少年らしいねんけどな」

「鏡のえらいある……ああ、鏡界線きょうかいせんとか言うやつだっけか? あのテーパー、ネーミングが独特すぎんだよな。大袈裟で意味深な名前が多いし」


 ジェットコースターなんか当て字で、時廻通轟行星ジェットコースターに、副題付いてるし。

 お化け屋敷は、深淵しんえん、と書いてアビスと読むし。

 メリーゴーランドはアンダーグラウンドなんて、全く楽しい要素は消えてるし。

 黒歴史と厨二病を混ぜ合わせたようなネーミングセンスだ。競合に勝つためには、これくらいの差別化は必要だろうけど。でもいつだか、初めてここへ来たときの夜のパレードは、俺好みで、物凄く興奮した記憶がある。キャッキャウフフの、メルヘンな雰囲気ではなかったことは確かだ。それこそ、ホラー・スリラー・スプラッタ、の要素があったような。それでなければ俺好みなんて言わない。


「その少年の姿を見た人間は、徐々に正気を失い、一週間以内に飛び降り自殺してしまうんやて。その死体からは自殺以前につけられた打撲痕と、いつ撮られたかも分からん、自分が性交しとる写真が届くんやって。胃の中からは元からカビとった食べもんと、蛆虫が出てくるんやとか」

「デマでもなんでもいいから、気を引きたくてしょうがない、かまってちょう子ちゃんが、ネット掲示板に書きそうな二番煎じのスレッドじゃん」

「まぁ、それは僕も思ってんねんけど、その自殺者らには共通点があるらしくてなぁ」


 全員が全員、揃いも揃って、同性愛者の人間みたいなやって__。


 海の最後に言ったその言葉が、ひどく耳に残った。

 キャッチーなメロディがなかなか頭から離れない__イヤーワーム、または、ディラン効果と呼ばれるあの現象のように。

 染み付いた。

 侵蝕されている。

 神経の奥まで。


「清姫? どうしたん?えらいぼーっとして、気持ち悪い? 乗り物酔い?」

「…………」


 どうやら、俺は自分だけの世界に飛ばされていたらしい。海が顔を覗き込み心配している。


「いや、大丈夫だ。三半規管は強いほうだ」

「そう?」

「ああ。それで、なんでそんな噂が出回ってるんだ? あまりにも単純で嘘っぽいが?」

「火のないところに煙が立たないこともあるしね。チャッカマンとか」

「その噂の少年を少年Gと仮名するぞ。海はその噂を信じてんのか? もしくは、少年Gに遭ったやつを知ってるのか?」

「うん」


 冗談で言った予想だったが、予想外の答えが返ってきてしまったせいか、驚嘆の声も上がらない。

 百合は隣で「お決まりやなぁ」と呑気に独り言ちている。そして海の話は淡々とコンテニューしていた。


「確か、一昨日ぐらいやったかなぁ、少年Gを見た言うて相談に来はったんよ」


 それは彼の家が神社だからだろう。神社と言うだけではない、極めて有名な名家だからだ。魔物・化物・怪物・怪異__所謂、そういう類のモノと人間との間を取り持つ職業を、生業としているのだ。俺の生まれた、くまも、その一派である。俺の家門は巷では陰陽師、なんて呼ばれている。


「打撲痕はあったのか? あと写真も?」

「うん。ほんまやったで」

「頭の弱い中高生の作った噂でも、性悪な奥様方の井戸端会議で広まったデマでもない」

「亡霊というか、極悪非道な怨霊だな」


 死んだ人間に、怨霊に、極悪も非道もなけどな。

 他に考えられることと言えば、誰か探し人がいるとか。同性愛者ばっかり狙ってるのは、少年Gも同性愛者で、恋人に裏切られた腹いせに、だとか。


「ま、僕らには関係ないね」

「そうだな。俺の左右の男女共は、人間ですらねぇからな。俺も恋人だのいた覚えないしな」

「そやろか? 恋人とかやなくて、清姫に気づいてほしくて、ってはるんかもしれへんよ」

「……海は俺を脅してんのか?」

「可能性のはなしや」


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