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9 決灯




「ちょっと天堂君! なんでいきなりそうなるの!」


「いいじゃねぇか先生、学生灯士の決灯(けっとう)は奨励されているはずだぜ?」


「それはそうだけど、今日来た子に対して乱暴過ぎるでしょ!」


「大丈夫ですよ先生、灯技場に行きましょう。よろしければ立ち会いをお願いできませんか?」


「え? えぇ、それはいいけれど、本当にいいの? 天堂君はこれでも学生ランキングの上位よ?」


「構いません、ご心配なく」


 爽やかに笑ってそう言われると、担任の依子としてもなにも言えなくなってしまった。


「おう、じゃ行こうぜ」


 十三班一行は部屋を出て渡り廊下を進んだ先にある野外第三灯技場へと向かった。予約を確認した結果、たまたまここが一時間ほど空いていたからだ。


 相撲の土俵に似た円形の舞台の前に立つとゆっくり龍次は上がった。それで光太郎も続こうとすると、急に同じ班の東方悠人(ひがしかたゆうと)に耳打ちされた。


「お前正気か? 龍次さんは不良で自己中だけど実力だけは折り紙付きなんだぞ! 噂じゃ現役の前線灯士でも敵わないって話だぜ! 悪いこと言わないから怪我する前に止めとけって!」


「心配してくれてありがとう、東方君。でもお互いの灯火を打ち合わせてみないと分からないこともあるからね、これから同じ班で活動するならなおさらだよ」


「おぅ良いこと言うじゃねぇか転校生! その通りだぜ、最近じゃあビビって俺と決灯しようとする奴がめっきり減ってきて退屈してたんだ。上がって来いよ、楽しもうぜ」


 促されて舞台上に立つ光太郎。審判の依子はため息を付きながら対峙する二人に注意事項を告げる。


「わかっていると思うけど決灯は神仏に捧げる奉納舞台よ、信義にもとる行いは禁止。場外に出た場合は仕切り直しで勝負の判定はどちらかが負けを認めるか、私が判断します。それでいいわね?」


「ああいいぜ」


「はい、構いません」


「それでは両者抜灯(りょうしゃばっとう)! 神仏に礼! 続いてお互いに礼! 構え!」


 龍次はすらりと佩灯を抜いて構えた。どうやら彼の愛灯も幽導灯であるようだ。互いの姿勢が整ったのを認めると、審判の依子が右手手刀を振り下ろす。


「始め!」


 決灯とは灯士同士がお互いの技と心を高めあい尊敬し合うための競技だ。


 神仏に捧げる儀式でもあるために不正や侮辱行為は許されない。狭義ではただの練習試合とも捉えられているが、こと灯青校内においては神聖めいた格式をもって受け止められているのだ。


 龍次は右手に持った金色の幽導灯を内側に流すようにして弧を描きゆっくりと振り続ける。キラキラとした残像が美しい尾を引き、なんとはなしに見ていた聴衆達の目を引きつける。


 対して光太郎はというと、真っ直ぐ幽導灯を正眼に構えたまま動かない。まるで兵法で謳われる動かざること山の如しを体現しているかのようだ。


「おいおいそりゃなんのまねだ? こっちはハンデで先に攻撃させてやろうと思ってんのによ」


「気にせずそちらからどうぞ」


「……へぇ余裕だな」


 一触即発のピリピリした空気から一転して静かな立ち上がりとなった。周りで続いていた決灯も終わり、徐々に光太郎達の舞台に注目が集まりだす。そしてこの様子を眺めているのは、なにも学生達だけではなかった。


 新宿灯青校の野外決灯場は一般にも公開されており、付近の住人や観光客、灯士好きの好事家や評論家、果ては優秀な灯士を見に一流企業や官僚までもが訪れる名所となっていた。


 だがここに二人、この場に最も似つかわしくない美女が紛れ込んでいることには、誰も気が付かない。


「黒姫遅いじゃない、いつまでかかってるのよ愚図ねぇ、でもいいところに間に合ったわね」


「はぁ、お言葉ですがお姉様が三丁目にあるタピオカが飲みたいと仰ったから今の今まで並んでいたのですよ?」


「それは仕方ないわ、鬼女と言えども女の身、甘い物には目がないの。あなたも好きでしょ?」


「それはそうですが……」


「ほらほらほら、ぶすっとしてないでとっととここにおっちんしなさいな、幸いにも本日最大の見せ場はまだ始まったばかりよ、朝イチから出張って来たかいがあったわぁ……んーあまぁ~い♡」


「はぁ」


 カジュアルなモダンガール風の装いを身に纏った鬼女高姫と黒姫は、しれっと一般聴衆に紛れて高台のベンチに座り、光太郎の決灯を観戦していた。


 長い時を経てただ生きることに飽きた高姫の興味はあろうことか自分を討たんとする灯士へと向いていた。それもうら若く才能ある灯士が大のお気に入りだ。


 高姫には予感があったのだ、少年があの日身に付けていた制服こそ新宿灯青校のものであり、田舎から転校してきたのならば当日に波乱が起きないはずがないと。


 邪気邪霊の跋扈する現代社会において、影と同化し移動出来る高姫が職員室に忍び込んで情報を得るなど造作もないことであった。


 高姫の頭の中には新宿灯青校はおろか全国の有名学生灯士のほぼ全ての情報が入っている。それは刊行されている月刊灯青校を愛読している証左でもある。


 彼女は物好きをこじらせた結果、今やプレミアムアイテムとなった創刊号から月刊灯青校を揃えており、隅から隅まで熟読していた。


 月刊灯青校の記者は全国の灯青校はおろか有力な情報があればどんな山の中へでも分け入って優秀な学生の取材に行っており、後に第一線で活躍する灯士達の足跡は必ずこの月刊誌で発見されると言っても過言ではなかった。


 しかしなかったのだ。暁光太郎などという名前は、これまでの高姫の記憶や既刊誌をどこをどう探してみても全く見当たらなかったのだ。 


 つまりそれは、現代の忍者であり公儀隠密にも優ると言われる月刊灯青校の記者達を出し抜いているということであり、今現在自分だけがあの類い希なる少年の真なる価値を知り得ているということである。


 一灯士ファンとしての高姫は今そのことに耐えがたい充足感と満足感を感じ、言いようのない思いに身もだえしていた。


「ねえ分かるかしら? いえわからないでしょうね黒姫、妾のこの気持ちは」


「はぁ、なんでございましょうか」


「ふ、ふふふふ、長年後塵を拝してきたが、とうとうあの月刊灯青校を差し置いて妾が一人、あの子の真価を知っているという快感よ! 歓喜よ! まだ誰にも触れられていない特大ダイヤの原石を一番最初に見つけたらどう思うのよ黒姫!」


「それはまあ、嬉しいのでしょうね」


「そうその通り! そうなのよ! ……ああしかし、宝石は磨かれて衆目にさらされてこそ世に美しさを認められるでしょ? でもそうなれば妾だけが知っているという優越感がなくなるわ! なんという矛盾! 口惜しさ! その辺の唐変木にあの子の素晴らしさを知ってもらいたいと思うと同時に我が手から離れていく寂しさをひしひしと感じるわ。この複雑な思い、あなたにわかるかしらぁ?」


 高姫は悩ましげな声でそう言うと、勢い余って飲み干したタピオカジュースの容器を握りつぶした。黒姫は呆れたように呟く。


「少しはわかると言いますか、わかりたくもないと言いますか……あ、ほらお姉様、金髪がじれて動きますわよ」


「本当だわ、これから盛り上がるわよ~! ってあら? もうタピオカがないわ」


 高姫がそう独りごちると、すっと黒姫はおかわりを差し出した。


「どうぞお姉様、そう仰ると思ってもう一つ買って参りました」


「あらぁ気が利くじゃないの黒姫、ありがと、さすが妾の妹ね、んふっ♡」


「どういたしまして」


 高姫は渡されたばかりの甘い甘いタピオカジュースのストローを今度はじっくり吸い上げて、観戦を続けることにしたのだった。

更新の糧となりますのでブックマークと評価の程、宜しくお願い致します。

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