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幽導灯火伝  作者: 惟霊
82/82

82 発見




 座敷牢から解放された三人は薄暗い廊下を慎重に進んでいた。古い屋敷特有の軋む床板の音が足を踏み出すたびに軋み、壁に掛けられた燭台の炎が不自然に揺らめいている。どこからともなく低い読経の声が聞こえてくるが、その経文は正しい仏教のものとは明らかに異なり、逆さまに唱えられているかのような不快な響きを帯びていた。


 光太郎は手近な襖を次々と開けていく。最初の部屋は埃まみれの書庫で経典らしきものが散乱していたが、どれも文字が歪んで読めなかった。次の部屋には仏壇があったが、位牌の代わりに不気味な藁人形が安置されている。三つ目の部屋でようやく古びた長櫃(ながびつ)を発見した。


「これは……」


 龍次が慎重に蓋を開けると、中には三振りの幽導灯が丁寧に並べられていた。海王丸、吠丸、そして悠人の降魔灯である。まるで供物のように白い布に包まれて安置されていた。


「やった! これで鬼に金棒だぜ!」


 悠人が歓喜の声を上げながら自らの降魔灯を手に取る。龍次も吠丸を腰に差し、光太郎は静かに海王丸を佩刀した。三人の表情に安堵と闘志が宿る。


 気合も十分に廊下に出た途端、不快な気配が濃厚に立ち込めてきた。壁の染みが一斉に動き出し、その中から青白い顔をした一つ目入道が姿を現す。身の丈は二メートルはあろうかという巨体で、額の中央に巨大な単眼がギョロリと光っている。その後ろからは青坊主が数体、不気味な笑みを浮かべながら現れた。


「六根清浄! 六根清浄!」


 妖怪坊主達がニタニタと心にもない念呪を唱え始める。その瞬間、手にした数珠が鎖のように伸びて鞭となり、空気を切り裂きながら三人に襲いかかった。


「うわっ!」


 悠人が慌てて降魔灯で受け止めるが、数珠の鎖は生き物のようにうねり、腕に巻きつこうとする。一つ目入道は巨大な錫杖を振り回し光太郎を襲うも、少年は愛灯を抜き難なく受け流した。


「不動明王守り給え幸はえ給え!」


 悠人が必死に祈りながら降魔灯を振るうと、赤熱化した灯身が数珠の鎖を焼き切った。しかし青坊主達は次々と新たな術を繰り出してくる。懐中から取り出したる呪符を念じると俄かに経文が浮かび上がり、それが呪縛の網となって襲いかかってきた。


 光太郎は海王丸を素早く構えると、青白い光が廊下を照らした。


「南無観自在菩薩」


 静謐な祈りと共に振るわれた一閃が、呪縛の網を切り裂いた。しかし妖魔達は執拗に攻撃を続ける。一つ目入道が錫杖を地面に突き立てると、今度は床板が波打つように隆起し、三人の足元を崩そうとした。


 戦いは次第に激しさを増していくが、ようやく龍次の愛灯吠丸が唸りを上げて青坊主の一体を斬り伏せると、その体は黒い煙となって消えた。だが苦労して倒しても、壁の染みから新たな妖僧が湧き出てくる。まるでこの屋敷全体が僧侶系妖魔の巣窟と化しているかのようだった。


 敵の猛攻を凌ぎ戦闘が一段落した時、龍次は不意に動きを止めた。吠丸を手にしたまま、じっとその刀身を見つめている。いつもなら金色に眩く輝く灯身が、今は薄く曇ったような色合いを帯びていた。


「どうしたんだい龍次君」


 光太郎が異変に気付いて声をかける。龍次の表情には困惑と不安が浮かんでいた。


「いや、なぜかな、俺の守護神である九頭龍神の反応が鈍い気がするんだ。魔境の中だからなにかに邪魔されているのか、どうなのか……」


 龍次は吠丸を握る手に力を込めるが、いつも感じる温かい神気がほとんど感じられない。まるで厚い壁に遮られているかのように、九頭龍神との繋がりが希薄になっていた。


「まだ理由はわからないけど敵の狙いは龍次君そのものにあるみたいだし、気を付けないとね」


 光太郎の言葉に龍次が頷く。確かに自分を名指しで呼び出したのだから、なにか特別な理由があるはずなのだった。


「それなんだけどさ、光太郎のお願いなら神仏は未来を教えてくれるんじゃないのか?」


 悠人が期待を込めて光太郎を見る。しかし光太郎は首を横に振った。


「そううまくは行かないよ。お釈迦様が使われたという六神通の中でも本当の神通力と呼ばれる漏尽通力(ろじんつうりき)とは煩悩が尽きて解脱する知恵のことなんだけど、転じてあらゆる人の悩み、苦しみ、さまざまな問題を解決する能力のことを言うんだ。この力を十全に発揮するには人間としてありとあらゆる苦労をした上で、発揮される慈悲心や大愛の実践がなければいけないんだよ。神は今の今まで言わんぞよとの神示があるけど、易々と神の慈悲にすがろうとするとかえって魔を呼び込み崩壊することになるんだ。祈って聞いてくれはしても、どう動かれるかはその神様次第で、神様自身も自らがお創りになったこの世の法則があるから動くに動けず難儀している訳だね」


 光太郎の説明を聞きながら、悠人は廊下の先を見つめた。相変わらず不気味な読経の声が響き、壁の染みが蠢いている。


「う~んようするに、とりあえず自分でできるだけ頑張れってこと?」


「そうだね、祈りながら実践し、極限まで来て魂が絶叫したその時、因縁因果を越えて神様が本来ありえないような奇跡を起こして下さるんだ。だからと言ってそれを最初からあてにすると確実に魔に魅入られるよ。天界の魔物は使命ある者をどうやって堕落させるかに日夜全力を尽くしているからね、目に映る妖魔だけが敵だとは思わないことだね」


 光太郎の言葉が終わるか終わらないかのうちに、廊下の奥から新たな敵の気配が押し寄せてきた。今度は目玉坊主を筆頭に、弓や長巻を武器にした妖僧兵達が大挙して現れた。


「なるほどな、確かにまだ見ぬ困難を考えても仕方ねぇ、今は全力でぶつからねぇとな! ほらお代わりが来たぜ!」


 龍次が吠丸を構えて前に出る。たとえ九頭龍神の加護が弱まっていても、己の信念で戦い抜くという決意が態度に現れていた。


「わわ! 不動明王守り給え幸はえ給え!」


 悠人も降魔灯を振るって応戦する。目玉坊主の巨大な単眼から放たれた呪詛の光線を、辛うじて弾き返した。


「せい!」


 光太郎も海王丸で妖僧達を次々と斬り伏せていく。青白い光が闇を切り裂き、邪気を浄化していった。


 激しい戦闘の中、龍次は最後の一体に渾身の力を込めて吠丸を振り抜いた。金色の灯閃が煌めき、目玉坊主の巨体を両断する。その衝撃で奥の襖が吹き飛び、隠されていた座敷牢が姿を現した。


 三人が駆け寄ると、格子の向こうには二人の人影があった。


 一人は龍次の兄である副会長の龍一。もう一人は品の中にも影がある着物を着た年かさの女性で、おそらく龍次の義母にあたる人物だろう。二人とも憔悴した様子であり、特に女性の方は顔面蒼白で今にも倒れそうな状態だった。


 龍一は格子越しに龍次を見て複雑な表情を浮かべた。龍次の父である巌と妹の凛の姿は無い。ここではない別の場所に捕らえられているのであろう。廊下の奥からは相変わらず得体の知れない唸り声が地響きのように聞こえ続け、この屋敷に潜む邪悪な意図がまだその全貌を現していないことを物語っていた。

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