8 初登校 挿絵有り
「それじゃあ行って来ます」
「はい、いってらっしゃい」
「お兄ちゃんまたねー!」
「うん、またね!」
全力で両手を振ってバイバイしてくれる姉妹に光太郎もまた手を振り返し、山手線西荻窪駅の人波にもまれて目指すは学校のある新宿駅。
|灯火青年師範学校中央新宿校《とうかせいねんしはんがっこうちゅうおうしんじゅくこう》が正式な名前だが、普段は略して新宿灯青校や制服の色から黒東校などとも呼ばれる、灯士を専門に育てる国家機関である。
十三才から十九才までの少年少女が在籍しており、優秀な生徒は各所の幹部候補生として迎えられる程だ。
灯青校は日本全国に現在四箇所存在しており、首都東京にある新宿校が旗艦校となっている。
灯士の育成は全国的に学校教育に取り入れられており、誰もがみな小学生の頃には幽導灯の劣化番である吉祥降魔灯に触れることになる。その中で素質に優れた学生が推挙され、灯青校に転校、進級してくるのだ。
しかし光太郎のように十五才にもなって転校してくる生徒は珍しい。優秀な者はもっと早い段階から青田買いされるのが常だからだ。
必要とあれば幼い時分から親元を離れて魑魅魍魎への対処を強いられる国策に当然批判はあるものの、素質のある者を遊ばせておく余裕などこの国には残されていない。例え国家護法灯士にならなかったとしても、秀でた者は民間灯士としての活躍が望まれている。
ようやく科学技術が発展してきたとはいえ、実状は戦時中に等しい。だが誰しもが長く続く闇との戦いに疲弊しており、昨今安全な都市部では感覚が麻痺しているのが実情だ。
日が差す昼間は妖魔の影響も抑えられているが、夜ともなると呪術に守られている都会と言えどもなにが起こるか分からない。それゆえ人々の生業は日中と概ね決まっており、夜半は寺社仏閣や自治体により配布された守護符や御守りに頼り、物忌みよろしく引きこもる生活を推奨されている。
登校に際し、白猫の福は当然家でお留守番となった。
前々からよくよく言い聞かせてきたことだが、当日朝は一悶着あって今頃はむくれているだろう。
光太郎は心の中で謝りながら新宿行きの車窓から外を眺めていた。
程なくして新宿駅に辿り付いた光太郎は南口から出て歩き出す。念のため事前に下見はしてあるが、自分と同年代の学生達が同じ黒の制服に身を包んで同じ方向に進んで行くので迷うことがなかった。
程なくして灯青校に辿り付くと、職員室を訪れた。そこで担任となる高橋 依子に挨拶をして談話室を目指す。中には既に四人の男女が待ち構えていた。
灯青校の仕組みは変わっており、在籍する学生は班に所属することが推奨されている。
班はおおよそ三名から十名ほどで構成されており、年代も男女もバラバラだ。班の出入りは比較的自由に行われているが、光太郎のように余所から転校してきた生徒は担当教師の一任で決まることも多い。
今回彼が入る班の名前は十三班。だがこの班には問題があった。
「お早うございます、僕は富山から上京して来た本科三年の暁光太郎、十六歳です。これから宜しくお願いします」
促されて光太郎が朗らかに挨拶をすると、様々な返事が返ってきた。
「俺は東方 悠人、同じ本科三年だ、よろしくね~」
「八塩 勇十四歳です! 本科一年です! よ、よろしくです!」
「花牟礼 えまです。本科二年の十五歳です。宜しくお願いします」
「……」
一人挨拶もせずこちらを見ようともしない男子がいる。
髪を金色に染めて改造した制服を着崩している様はこの集団内において特に異様であった。たまらず依子が口を出す。
「ほら天堂君、ちゃんと挨拶しなさい」
「天堂 龍次、本科四年だ……俺はお前等とおままごとをするつもりはない。よく覚えとけ」
「天堂君! あなたは最年長でこの班の班長でしょ!」
「なりたくてなったわけじゃない、だが俺より弱い奴の言うことを聞く気にもなれん、俺は俺の好きにさせてもらうぜ」
依子の非難をかわしてゆらりと立ち上がり退室しようとする龍次だったが、ふと光太郎の腰元が気になった。
「お前それ、幽導灯か?」
「はい、愛灯の海王丸です」
「へぇ、数打ち物の降魔灯じゃないのかよ。よほどのボンボンで金にものを言わせて手に入れたのか、それとも特別なコネでもあるのか……」
「幽導灯はただの道具じゃありません、霊と魂を宿す神籬です。優れた幽導灯は使い手を選ぶものです」
「じゃあそんなご大層なもんぶら下げてる自分は優れた灯士だと言うんだな?」
「未だ修行の身とは言え、佩灯に恥じぬ灯士であるつもりですよ」
身長差を利用して睨み付ける龍次だが、光太郎はにこりとして柳に風といった風に淡々と受け流す。
「はは、おんもしれえ、じゃあ一発俺と勝負してくれや」
狭い談話室内に緊張が走った。