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幽導灯火伝  作者: 惟霊
79/82

79 ホームルーム




 死相――それは東洋の観相学や民間伝承において死期が近い人の顔や体に現れるとされる特徴的な変化のことである。


 普通の人間には見て取れぬものだが、霊眼が開けている光太郎の目には龍次の精悍な顔立ちに薄く不穏な影が差しているのをはっきりと視認していた。


 光太郎の衝撃的な告白にその場にいた全員が絶句していたが、先の異変で大活躍した少年が嘘を吐くはずもない。重苦しい沈黙が談話室を支配する中、窓から差し込む朝日さえも急に陰ったように感じられた。やがて誰もが尋常ならざる事態の到来を実感すると、意外なことに事なかれ主義のはずの東方悠人が椅子から立ち上がって同行を申し出た。


「そ、それってつまりさ、凛も危ないってことじゃないのか?」


「龍次君の妹さんだよね。恐らくそうだと思う」


「おいおいおい、なんだよ、どうなってんだよ! 滅法強い副会長の龍一さんは自分で何とか出来るかもしれないけど、あいつは強がっていてもまだまだ俺と同じで半人前なんだぞ! おっ、おおお、俺も行く!」


「お前が? なんでだ、命の危機があるって言ってんだぞ」


「なんでかと言われますと、その……かつての班友が心配なだけで、特にあの……」


 突然もどかしい態度をとる悠人に光太郎がピンときてポンと手を打つ。


「ああなるほど。悠人君は凛さんが気になるんだね」


「馬鹿ちがっ! そんなんじゃねえって!」


「なんだそりゃ、灯青校は原則恋愛禁止だぞ? わかってんのか?」


「わわ、わかってますよそれくらいは! でも知り合いの心配をするくらいはいいでしょ! 普通ですって普通!」


「まぁそりゃそうだけどよ」


 龍次と悠人の掛け合いに談話室の重い空気が少しだけ和らいだ。しかし依子とえまも黙ってはいなかった。


「はいはいはい! みんなが行くなら先生も行きますよ! なぜなら先生なので!」


「わ、私も行きます! なせなら十三班の一員なので!」


「ええと、依子先生は僕達以外に担当の班があるでしょうし、えまちゃんはお家が許してくれないのでは?」


「それはそうだけど、私には担任として生徒の安全を守る責任があっ!」


「やかましい! 今何時だと思ってるんだ!」


「朝の十時を過ぎた頃ですが……」


 同行に難色を示す光太郎に意義を申し立てる依子とえまだったが、突如として近くの空き教室から乱入してきた蓮佛香によって抗議は中断された。無造作な髪をかきむしった香は、目の下に隈を作りながらも鋭い眼光で一同を見回した後に詳しく事情を聞き、ため息を付きながら依子とえまを諭す。


「なるほどね、話は分かった。でも依ちゃんとえまちゃんは行かない方が良いね」


「ええっ!? なんでですか先輩!」


「納得いきません!」


「依ちゃんの本命星では普通に方角が悪いから足を引っ張るでしょ、えまちゃんに至っては花牟礼代議士の一

人娘なんだし普通に実力不足、向こうでなんかあったらややこしくなるから無理~、以上」


「先輩、悠人君はいいんですか?」


「あ~そこの君か、君はそうだな……」


 香は腰の鞘から幽導灯を引き抜くと紫色の光が部屋全体を包み込んだ。その光は最初は淡く柔らかかったが次第に強さを増していき、やがて穏やかに収束していく。香は目を閉じて黙とうし、やがて光が静まると香はゆっくりと目を開けた。


「光太郎君、その子は仲間外れにすると一人で勝手に行動するから連れて行くといいよ。目を離さないようにね」


「わかりました」


「やった!」


「じゃあ最後にお姉さんからのありがたい忠告だ。君達にはこの学校どころか世界の期待がかかってるんだから必ず五体満足で帰って来ること、いいね?」


「はい!」


「おう!」


「わかりました!」


 三人それぞれの力強い返事に香は満足そうに頷いた。


「そこの二人もふてくされてる暇はないよ、なにも表でチャンバラするだけが灯士の務めじゃないさ、太古の昔に女房が夫の狩猟の成功と無事を祈ったのが信仰の始まりなのだし、早速連続祈願を開始しなさいな。あぁくれぐれも悲壮感で祈るんじゃないよ? 全員無事で帰る姿を明るくイメージして確信を持って神仏に語り掛けるんだ、いいね?」


「はい!」


「先輩、わかりました」


 居残りを言い渡されて少し不貞腐れていた依子とえまは、自らの役割と使命を確認すると姿勢を正して応えた。


「よし、じゃああたしは御祈願済みのお神酒で迎え酒しなきゃならんからこれで失礼する。光太郎君、こないだのライブは大層面白かった、今度も愉快な土産話を期待しているよ」


「はぁ、善処します」


「はははは!」


 香は軽やかな笑い声を残してサマーコートを翻し談話室を去った。行く者、残る者、皆それぞれの健闘を祈ってホームルームは解散となった。


 光太郎が窓の外を見やると遠く西の空に薄暗い雨雲が不気味に広がり始めていた。それはまるで巨大な墨を流したような重々しい色合いで、夏の陽光と不吉な暗雲が空を二分する光景は、これから起こる出来事の前触れのようにも思えた。


 明朝、三人は東京の奥座敷、箱根へと旅立った。

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