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幽導灯火伝  作者: 惟霊
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78 箱根陰謀編




 大盛況のライブから数日後、久しぶりに十三班は朝の学校でホームルームを揃って迎えた。出席したのは怪我から回復した龍次、光太郎、えま、悠人に担任の依子を加えた五人だ。八塩勇は例の神隠し霊界脱出騒動の後、全てが片付いて安心した頃に瞑眩現象が起きて高熱を出し学生寮で寝込んでいた。これは滑川、中田、佐々木の三人も同様である。


 瞑眩現象(めんげんげんしょう)とは、徳を積み高い霊層の波動を受けると今までの古い自分や因縁が浮き出てきて剥がれ落ちる時の反応を差し、場合によっては三日から一週間程度高熱やめまいに苦しむようになる。四人は日常生活を送れる程度には回復しているもののとても任務には赴くことができないために、学校の許可のもとに休養していた。


 十三班が今いる談話室は朝の光が差し込み、窓の外からは夏の蝉の声が響いている。すっかり良くなった龍次は光太郎から休んでいた時にあった出来事を聞き、唸りながらも自分の不在を残念がった。


「そんなことがあったのか。それにしても俺抜きで楽しそうなことしやがって、悔しいぜ」


 拳を左手に打ち付けてへそを曲げている龍次に依子が眉をひそめて注意する。


「変なこと言わないの、全員無事で帰ってこれたのが不思議なくらいの大事件だったんだから!」


 依子の声は普段より高く、目がつり上がっている。神隠し事件の記憶が蘇ったのか、手が微かに震えていたほどだ。龍次は居心地が悪そうに視線を逸らすと、嘆息した。


「それにこないだのライブよ、なんなんだよあれ。四凶の高姫黒姫が新宿灯青校で歌って踊るとかありえんだろ。お前の交友関係はどうなってんだよ光太郎」


 この龍次の言葉には皆うんうんと頷きを返した。えまは思い出すように手を口元に当て、悠人は大げさに肩をすくめて見せる。あの日の超常現象的なライブは、参加者全員の記憶に鮮明に刻まれていた。


「偶然お近づきになっただけだよ。お二人とも、気に障ることをしなければ話の分かるお人柄だよ」


「ほんとかぁ?」


 悠人が怪訝な顔で疑義(ぎぎ)を挟むが光太郎は爽やかに笑うのみだ。そのまま会えない間の活動報告をしていたのだが、自然と話は光太郎を中心としたものになっていた。


 外では夏の日差しが降り注ぐ中セミが鳴いており、遠く野球を楽しむ生徒の声が校舎に木霊している。よく冷えた麦茶が入ったグラスの氷がカランと音を立てて、エアコンの効いた室内が涼しい。全員の報告が終わった後で話はこれからの活動内容になったが、龍次が口火を切った。


「悪りぃ、戻って早々こう言うのも嫌なんだが、俺はしばらく十三班で動けねぇ」


「なにか用事ができたのかい?」


 光太郎の穏やかな問いかけに、龍次は普段の勢いのある態度とは打って変わって、どこか重苦しい表情を浮かべた。


「あぁまぁな……実は俺の親父が危篤でよ、面倒臭いことに実家とやらに帰らなきゃなんねぇらしい。奴が死のうが生きようが、どうでもいいんだけどよ」


「随分と乱暴なことを言うんだね、龍次君。君らしくもない」


 光太郎の指摘に、龍次はバツが悪そうに左手で首の後ろを撫でながら俯いて話した。室内の空気が急に重くなり、えまも悠人も身を乗り出して龍次の話に耳を傾ける。


「それがよ、俺は今まで生まれてこの方親父って奴に会ったことがねぇんだ。ややこしい話なんだが、俺の死んだかーちゃんは天堂家の使用人をやってたらしくて、そこで当主の親父との間に俺をこさえて家を追い出されたんだと。俺が天堂を名乗ってるのはかーちゃんがそうしろってうるさいからなんだが、俺としては他人も同然よ。でもいよいよ死ぬって聞いたら一度は箱根まで行ってその面見てみたくてな。すまんが暫くは別行動で頼むわ」


 龍次の告白は、普段の彼からは想像できないほど深刻なものだった。談話室の雰囲気は一変し、外から聞こえる喧噪も遠く感じられる。依子は書類を置いて龍次を見つめ、えまは心配そうに手を組み合わせている。


 光太郎は難しそうな顔をして話す龍次の顔をじっと見つめていた。あまりにも真剣にそうしているものだから、龍次は怪訝に思って聞いてみた。


「お、おい、どうした? 俺の顔になにか付いてんのか?」


 光太郎の視線は鋭く、まるで龍次の魂の奥底まで見透かそうとしているかのようだった。談話室内の時間が止まったように静寂が流れ、一同は息を殺して二人のやり取りを見守った。


「……お父さんの実家は箱根だそうだね。僕も一緒に行くよ」


「はぁ? いやそこまでしてくれなくてもいいって、俺の家のもめ事で迷惑をかける訳には」


「そうじゃないよ龍次君、今ここで君を一人で行かせたら、きっと今生の別れになるだろうからね。君の顔、死相が出てる」


「なっ……なんだと?」


 光太郎の衝撃的な発言に皆が身を乗り出して息を飲むと、グラウンドではカキーンと金属バットが快音を轟かせて興奮に沸く男子生徒の声が、幻想のように響いていた。


 まんじりともせず龍次を見つめる光太郎の視線に、ここに来て彼以外の全員がようやく事態の深刻さを実感するに至ったのだった。


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