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幽導灯火伝  作者: 惟霊
77/82

77 神隠し霊界編 終




 児童連続失踪事件の説明会は突如として高姫主演のライブステージと打って変わり、盛り上がる上にも盛り上がった。


 元が少女灯歌劇隊の持ち歌なので、当然の如く灯高生の面々は曲の盛り上げ方をよく知っている。ステージ上の咲の合図も相まって野太い男子学生親衛隊を主とする合いの手が随所に入って、地響きがするような狂乱の舞台となったのだった。


 体育館の天井が震えるほどの歓声が上がる中、高姫の赤い髪が照明を受けて炎のように輝いていた。彼女の動きは流麗でありながら力強く、まるで長年舞台に立ち続けてきたプロフェッショナルのような完成度を誇っていた。黒姫もまた姉に劣らぬ優雅さで踊り、二人の息はぴたりと合っていた。


 高姫は見事に一つのミスもなく歌い切り、演奏も完璧だった。これは光太郎以下限られた灯士にのみ確認された事項だが、神仏やご眷属も近くに降りてきてノリノリで踊っていたほどだった。古来天の岩戸開きでの天鈿女命(アメノウズメノミコト)が踊った舞が日本の芸能や舞踊の起源とされており神々も大いに喜ばせた故事通りに、本来の神仏も楽しいことが好きなのだ。


 会場の熱気は最高潮に達し、汗だくになりながらも誰もが笑顔で手拍子を送っていた。恐怖に震えていた人々の顔には今や純粋な喜びだけが浮かんでいる。


 興奮の時が過ぎて五曲歌ったところで高姫も満足して大盛況のうちにライブは終了した。記者の南はこの機会を逃すものかと高姫に追いすがり、独占インタビューを成功させるに至った。後日月間灯青校の特別編として発刊されたその内容は大いに都民の耳目を驚かせる驚天動地の内容だったが、それはまた別の物語である。


 喧噪の時が終わり、光太郎は改めて新宿灯青校の忠魂碑の前で犠牲となった人々の冥福を祈っていた。夜が深くなりつつあるとはいえ街灯が近くにあるのもあり、周囲は思いのほか明るく、線香の煙がたなびきロウソクの炎が立ち上っていた。


 夏の夜特有の湿った風が頬を撫で、遠くから聞こえる蝉の鳴き声が余韻のように響いている。体育館から漏れ出ていた喧騒も今はすっかり収まり、静寂が学校を包み込んでいた。


 光太郎はふと背後で人の気配を感じて振り返った。そこには神隠し霊界で共に死線をくぐった八塩勇の姿があった。街灯に照らされた八塩の表情は、どこか思い詰めたような影を帯びている。


「まだ残ってたんだね、八塩君」


「ええ、まぁ……」


 どこか居心地が悪そうに八塩は光太郎の横に並んで手を合わせた。線香が燻らす香が薄く鼻孔をくすぐる。石造りの忠魂碑は大きく聳え立っている。どこか言い出しにくそうな八塩に対して光太郎が話しかけた。


「そうそう、沢田君のお母さんがご実家の金木犀の挿し木用の枝を持ってきてくれたんだ。それで校長先生にも話したんだけど用務員さんが挿し木に詳しいそうで、時機を見て忠魂碑の横辺りに植樹してくれるそうだよ。実際花を咲かせるまでには五年から七年くらいかかるそうだけど、楽しみだね」


「そうですか、良かったです」


 八塩の声は小さく、まるで何か別のことを考えているようだった。


「――なにか気になることがあるのかい?」


 光太郎の問いにようやく八塩は重い口を開いた。その瞳には迷いと苦悩が渦巻いている。


「光太郎さん。あれから僕は考えたんですが、おつるさんにしてみると自分に似た境遇の行き場のない子供達を保護していたに過ぎなかったんだと思うんです。もちろんやり方の強引さと結果は悲劇を招いてしまいましたが説明会の邪魔をした人達を見ると、ささいな親子喧嘩じゃなくて実際に虐待されていた子供もいたはずなんです。そんな子達にとっては文字通り花子さんは救い主に見えたんじゃないでしょうか。やり方は間違っていたけれど、あの子達を助けてあげたいという気持ちは本物だったんじゃないでしょうか?」


 八塩の言葉は震えていた。神隠し霊界での出来事が、まだ生々しく心に残っているのだろう。沈黙する八塩に光太郎は優しく続きを促す。


「君はそう思ったんだね」


 八塩の両目から穢れ無き涙が流れ落ちる。その涙は銀光に輝やく。


「はい。光太郎さん、結局今回の事件で一番悪いのは誰だったんでしょうか。生まれてすぐ殺されて怨霊となったおつるさんでしょうか。それとも父親とその親族なんでしょうか。当時の政府なんでしょうか。村のしきたりを強制していた人達なんでしょうか。この事件を利用して私腹を肥やそうとしていた人達なんでしょうか――僕には……僕にはもう、なにが正しいのかわからなくなってしまいました。教えてください光太郎さん、僕は、これからどうすればいいんですか?」


 八塩は泣きぬれて救いを求めるように光太郎を見た。その瞳には純粋な迷いと、答えを求める切実な願いが込められていた。光太郎は八塩に正対すると、意外なほどの力強さで少年の両肩を掴み、しっかり目を見て告げた。


「いいかい八塩君。歴史の折々に現れて僅かばかりのヒントを与えてくれることはあっても、正神界の神々は決して人に強制して従わせるということをしないんだ。本人の同意もなく無理やり命令するのは邪神や悪魔のやり方だよ。意見は聞いてもいいなりになってはいけないよ。辛くとも最後まで自分自身の考えで志を立て、前に進んで行くべきなんだ。確かになにが正しいことかなんて神様でないとわからないけど、それでも人間は善に向かって進まねばいけないんだ。それを神道では、直毘(なおび)御魂(みたま)に見直し聞き直し、身の過ちは宣り直し(のりなおし)給いて、平らけく安らけく聞し召し給えなんて言うけれど、これは神様に向かって私は善に向って進んで行くけれど、その過程で間違いを犯すかもしれません。だからどうぞ神様、誤りや不正、歪みがあればこれを正して下さいまして罪や穢れを祓って下さいという意味なんだ。だからね、どれだけ難しくても自分の進む道は自分で決めるべきだよ。そうでなければ必ず悔いが残る」


「……はい、わかりました。光太郎さん」


「なんだい?」


 八塩は意を決して宣言する。その声には迷いを振り切った強い決意が宿っていた。


「僕をまた、十三班に入れてくれませんか?」


「今回以上に恐ろしい思いをするかもしれないよ、次は命を落とすかもしれない。それでもかい?」


「はい。頭ではうまく言えないんですけど、そうしたらいいような……いえ、そうすべきだと思ったんです」


 八塩は自分の降魔灯に触れた。死線を共に越えた愛灯は確かな力強さを持って主人の決意を後押ししてくれていた。


「うん、君が自分の意志で決めたことなら歓迎するよ。またよろしくね、八塩君」


「はい! よろしくお願いします!」


 八塩は元気よくお辞儀した。その顔には迷いが消え、新たな決意が宿っている。


「ちなみにそういった人生や進退に迷った時は必ず()の大神様にしみじみと深く祈ると良いよ。素の大神様は宇宙万物(うちゅうばんぶつ)大本(たいほん)にして無限絶対無始無終むげんぜったいむしむしゅうの神であり、蜂の()鳥の()住まいの()である安心の気を司る神様の祖神であり根源神なんだ。だからどんな悩みでも大愛によって聞いて下さるし、なにより大局観から見て物事のポイントを捉えて全てを活かしてくださるんだ。自分自身の限界や行き詰まりを越えるためには必ずお祈りすると良いよね。最高神様だからって気兼ねしないで、親しい年かさの先輩に相談するように毎日なんでも祈ると良いよ」


「えっ? はっ、はい! わかりました!」


「……話は聞かせてもらった!」


 その時滑川と中田、佐々木が笑顔で現れた。三人の足音が砂利を踏む音が夜の静寂に響く。


「勇は我が班を抜けたいそうだな!」


「そうなんです。すいません、無理を言って入れていただいたのに」


「おっと勘違いされては困る、君は正式に僕の班の一員になっていたわけじゃないぞ! 形式的に言うと十三班から出向してきた形になっているから、元に戻ってもなんら問題はないのだ!」


「そ、そうだったんですか、でもなんで?」


「うむ! それはそうした方が良いだろうと思った僕の勘だ! でも当たっただろ? だから気兼ねなく十三班で活動すると良い。だが忘れないでくれよ、僕達は班は違えど同じ灯士であり仲間なんだ、だからいつでも頼ってくれていいぞ! 暁君もな!」


「ありがとうございます、滑川さん!」


「ありがとう滑川君、あの時は本当に助かったよ」


「あっはっは、そうだろうそうだろう! 僕は足腰には自信があるんだ!」


「滑川さん、逃げ足はほんと早いっすからねー」


「自分だけ先に逃げるの得意ですよねー」


「そうそう……ってなにー! 言いたいこと言いやがって貴様らー! こらー!」


 中田と佐々木は笑いながら滑川から逃げ回って、明るい声がグラウンドにこだました。彼らの笑い声が夜の学校に響き渡り、重苦しかった空気を一変させていく。


 これからも忠魂碑の芳名録には歳若く道半ばにして倒れた灯士達の名が足されていくだろう。だが未来は決して暗くはないのだ。


 悲しみを乗り越えた分だけ、希望の灯火は明るく強く燃え上がり続けるのだから。

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