71 霊界の真実
沢田の突然の告白に光太郎を背負ったまま滑川は石のように固まった。薄暗い霊界の空気が一層重く感じられる。彼の顔は見る見るうちに青ざめ、唇が小刻みに震え始めた。
「ど、どういうことだよ、沢田君……」
しどろもどろになりながら、滑川はようやく言葉を絞り出した。 沢田は静かに、しかし覚悟を決めた表情で語り始めた。
「この世界は現実世界とは違う霊界だから、法則が違うのさ。元の肉体は長い時間が経って既に霊空間に溶けて無くなってしまったんだ。僕も灯士だからわかるんだ、寿命がもうないんだって」
その言葉はまるで鋭い刃のように滑川の心を切り裂いた。中田と佐々木も顔を見合わせ、信じられないという表情を浮かべている。
「そんな、せっかくまた会えたのに……」
滑川の声が震える。突然、何かを思いついたように顔を上げた。
「そうだ、暁君! 君が神様にお願いしてくれればきっと!」
背中の光太郎に必死の期待を込めて呼びかける。しかし、返ってきたのは力なく頭を振る気配だけだった。霊的な消耗で青白い顔をした光太郎が、苦渋に満ちた声で答える。
「僕もそうできればどんなにいいかと思うよ、でもだめなんだ。神は自然なり、自然は神なりというお言葉があるけれど、神様は自らがお造りになった天地自然の法則に背くことはできないんだ。特に死者を蘇らせるのは禁忌とされているから、失った肉体を取り戻すことは不可能だよ」
その瞬間、滑川の中で何かが壊れた。
「いっ、嫌だ! そんなことは認めないぞ! 認めたくない! 一緒に帰ろうよ沢田君! 帰ろう!」
声を荒げ、子供のように泣きわめく滑川。普段の虚勢はどこへやら、ただ友を失いたくない一心で叫び続ける。中田と佐々木も目を真っ赤にして一緒に帰りましょう! と加勢し始めた。
しかし――
「……いい加減にしろ滑川君! それでも栄誉ある黒東校の灯士なのか!」
沢田の一喝が薄暗い空間に鋭く響き渡った。その気迫に押されて、辺りは水を打ったように静まり返る。沢田の瞳には諦めと覚悟、そして仲間への深い愛情が宿っていた。
「僕だって帰れるものなら帰りたいさ! でも肉体を失って浮遊霊や地縛霊になってまで現実界に居座り、両親やみんなを苦しめたくはないんだ。それに残された子供達の面倒を最後までみるのが灯士としての僕の役割だと思うんだ。だからさ、最後は笑って見送らせてはくれないかい?」
「沢田君……」
滑川の声が掠れる。涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げると、いつの間にか沢田の左右にはマサルをはじめとする子供達が集まっていた。薄い光を放つ彼らの姿を見て、滑川は悟った。この少年少女達も、もう現実には帰れない身の上なのだと。
健太が前に出て、親友に向かって叫んだ。
「嘘だろマサル! お前もかよ!」
マサルは寂しそうに、でも強がって笑った。
「うん、悪いな健太、言い出せなかったけど僕もそっちには帰れないんだ。でもお前は違うだろ? 家に帰ったらもうワガママ言わないでお手伝いするんだぞ! 僕らはもうやりたくてもできないんだからさ!」
その言葉に、健太の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……わかった! 約束する! マサルやみんなも頑張れよ!」
「任せとけ!」
マサルと仲間の子供達は、まるで宝物のように小さな幽導灯を掲げて見せた。淡い光が彼らの顔を照らし、いたずらっ子のような笑顔を浮かび上がらせる。健太は何度も頷きながら、とめどなく流れる涙を必死に拭った。
望と華の姉妹も、もらい泣きで頬を濡らしている。福も小さく鳴いては悲しみを表していた。別れの時が近づいていることをその場にいる誰もが感じていた。
その時、遠くにいる子供達の中から小さな呟きが聞こえた。
「あれ? お父さんとお母さんがいないよ? 二人はどこにいるの?」
祖父母らしき霊に手を引かれた幼い子供霊が、きょろきょろと辺りを見回していた。その無邪気な問いかけが、壊れゆく霊界に新たな波紋を投げかけた。
それは何気ない一言だったが、自分も、私もと広がっていき、ざわざわと不穏な雰囲気を醸し出し始めていた。そしてついに誰かが言った。
僕もあっち側に行きたい、行かなきゃ。と。