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幽導灯火伝  作者: 惟霊
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68 天の御柱




 光の御柱から降り注ぐ神気を受けて、光太郎の放つ光波は次第に勢いを増していった。廃墟の瓦礫が震え、砕けた石片が宙に浮かび上がるほどの霊的エネルギーが渦巻く中、彼の背後には驚くべき光景が展開されていた。


 大きく手を広げる秘鍵観音を中心として、無数の神仏が集い始めたのだ。それは単なる幻影ではなく、確かな存在感を持って光太郎に力を与えていた。


 古代において、かつて神と人とは一つであった。神人合一の時代である。だが次第に人が悪知恵をつけ、神に頼りきり、神を試し、神を騙すようになってから、神と人は離れてしまったのだ。神が人を捨てたのではない、人が神を捨てたのだ。神と人との間に久しく間が空いて魔が巣くってしまった者、それを人間と言う。


 だが光太郎は違う。霊が止まると書いてヒトと読ませるが、その意味で言えばまさに光太郎こそが己が体に神仏を宿らせる真人なのだ。光太郎自身は十六歳の少年にすぎないが、そこに宿り託され出ずる力こそは天地開闢(てんちかいびゃく)以来、いやそれ以前から存在する意思の力であり、神なる愛の波動である。今はただ一人の少女を救わんがために、光太郎を通して全知全能の大神力が発揮されていた。


 一方、この未だかつてないような奇瑞を見誤ることがないようにと食い入って見る高姫だったが、元が鬼女の筆頭であるが故に神仏とは専ら相性が悪い。


「くっ、お姉様! あれをまともに見てはなりません!」


 黒姫が慌てて警告したが、高姫は扇子を握りしめながら前のめりになっていた。


「わかっておる! わかっておるが、光太郎の活躍を見逃すわけには……ぎゃーーーーー!」


 広げた傘越しに目を背ける黒姫とは違い、高姫は光太郎の出す光波をまともに見てしまった。神気に目を焼かれた高姫は普段の優雅さなど微塵もなく、両手で目を覆いながら地面をごろごろと転げ回った。


「ああああああ! 目が、目がぁぁぁ!」


 黒姫が慌てて駆け寄り、高姫を傘に隠して介抱する。普段は威厳に満ちた四凶の一角も、今は涙を流しながらしゃがみ込み、黒姫に今どうなっているのかを聞く始末だった。


 そんなことがあるとはつゆ知らず、光太郎は祈り続ける。


 最初は光太郎自身の御本霊や守護霊守護神が彼を守っていたが、そこへ次第に蛇神、天狗、龍神が加わった。続いて菩薩、天部、明王、如来が姿を現し、産土神、国津神、天津神までもが集結した。


 さらに男を造りし神、女を造りし神、国を造りし神、民族を造りし神、地球を造りし神、惑星を造りし神、銀河を造りし神、宇宙を造りし神までもが加勢し、一次元から十次元までの大いなる愛のエネルギーが大河の奔流が如く、旭日昇天の勢いで注ぎ込まれた。


 様々な神仏の加勢によって、最初青白いオーラの光線であったものが、今は虹色に輝いている。時折金色やプラチナ色にも変化し、まるで極光のような美しさを放っていた。


 花子さんの呪殺光波は完全に押し返され、消滅した。そして圧倒的な愛念の波が、津波のように彼女を包み込んだ。


 愛の根源を司る神々達による愛念の波状攻撃を受け、花子さんは霊体の頭から胴体、手足の爪先に至るまで。髪一本、細胞の一つ一つに至るまで、全身をありとあらゆる愛で包まれるに至った。


 それは頭で考えて得られるものではない、根源的な歓喜の塊の連続であった。これには頑なに愛を拒んでいた花子さんも叫ばずにはいられなかった。憎しみに歪んで出した涙も、今では喜びのそれとなって溢れ出る。


「あぁ! 神様や仏様の想いが、慈悲が私の中に入って来る! 胸が……熱い、涙が止まらない! 胸が熱い! 愛が熱いよーーーーー! 胸が熱いんだよぉーーーーーーーーーー! あああああああああああああっ!」


 その瞬間、奇跡が起きた。


 赤黒い瘴気の汚泥にまみれたような霊体をしていた花子さんが、突如として眩い光を放ち始めたのだ。それはまるで闇夜に太陽が昇るような劇的な変化だった。彼女の全身から虹色の光が溢れ出し、その姿は天女や菩薩、エンジェルのように神々しく変貌していく。


 いつしか暗褐色で怪しい紅月が照らしていた空は、晴れ渡る青空に変わっていた。清涼なる風が辺り一面を吹き抜け、崩れた瓦礫さえも浄化されていくかのようだった。


 そして雲の晴れ間から光が差したかと思えば、沢山の男女がそれぞれ雲に乗って花子さんのもとへとやって来た。どこからか雅な音楽が聞こえてきて、無数の色とりどりの花びらが舞い散って瓦礫の上に降り積もる。香しき伽羅の芳香が辺り一面に立ち込め、うららかな陽光が全ての者の心を照らした。


 光太郎一行はぼうっとありえない光景を眺めていた。八塩は海王丸を抱きしめたまま涙を流し、望と華は手を握り合って感動に震えている。滑川達も言葉を失い、大口を開けてただ神秘的な光景に見入っていた。


 しばらくすると、花子さんの体から半透明の子供が一人、また一人と飛び立って、雲に乗った男女に迎えられていく。それぞれの子供達は自分の両親を見つけると、無邪気な歓声を上げながら抱きついていった。


 花子さんを構成する要素であった報われない死を迎えた子供達の一人一人が愛に目覚めたことで、両親への思慕が生まれ、自然と霊界へ赴くことを受け入れたのだ。合霊状態であったものが少しずつほどけて、元の姿に戻っていく。


 長年の恨み辛みが消え去った今でも、体の一部であった仲間が次々と去っていくのは花子さんにとって寂しいものであった。


「待って! みんな行かないで! 私一人を置いて行かないで! 行かないでよぉ……」


 花子さんは悲しくなって俯き涙ぐんだ。しかし、気がつくと目の前に光太郎が立っていた。彼は優しく微笑む。


「花子さん、あなたはもう一人ではないですよ。振り返ってみてごらんなさい」


 そう言われて花子さんが恐る恐る振り返ると、そこには花子さんによく似た顔の二十代の女性が立っていた。優しい眼差しで、涙を浮かべながら花子さんを見つめている。


「もしかして……おっ、お母、さん?」


「そうよ、その通りよ。今まで迎えにこれなくてごめんなさいね」


「本当にいたんだ……私にもお母さんが。お母さん! 私のお母さん」


 花子さんとその母親は、お互いの存在を確かめ合うかのように抱きしめあった。数百年の時を超えて、ようやく実現した母子の再会だった。


 廃墟の上に降り注ぐ花びらの中で、二人はしっかりと抱きしめ合い、もう二度と離れまいとするかのように涙を流し続けた。

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