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幽導灯火伝  作者: 惟霊
61/82

61 不動明王




 振り向くと、行方不明になっていた健太がカラフルなクッションにもたれて座っていた。憔悴しているようだが元気が残っているようだ。光太郎は急いで駆け寄る。


「健太君! 無事だったんだね、本当によかった」


「うん、マサル君達が助けてくれたんだ!」


 健太は元気そうだったが、ふと表情が曇った。


「でも……望と華は攫われちゃったって聞いた」


 光太郎は辺りを見回したが、やはり松本姉妹と福の姿はどこにもない。


「二人と福ちゃんの行方を知ってるのかい?」


「花子さんのところに連れて行かれちゃったよ」


 マサルが悲しそうに答えた。


「花子さんは特に可愛い女の子を気に入っちゃうんだ、一緒に遊ぼうって言って連れて行っちゃう」


 光太郎の口元が引き締められる。


「そうか……ならばやはり花子さんのところに行かなくてはね」


「あぶないよ! 花子さんは大人や灯士が大っ嫌いなんだ!」


 マサルは興奮してそう叫んだが、沢田が落ち着かせて代わりに話す。


「花子さんは僕達よりもずっと強くて、一度彼女の領域に入ったら二度と戻ってこれない。恥ずかしながら灯士の僕でさえ現状はこうして隠れ家を作って細々と抵抗するのが精一杯なんだ」


「でもこのままでは脱出はもちろん新たなる被害者を出し続けることになってしまう」


 室内に沈黙が流れる。その時マサルが光太郎の腰に下がる海王丸に目を留めた。降魔灯とは違い幽導灯と呼ばれる業物になると存在そのものに自ずから放つ格式と霊位の違いがある。


「お兄ちゃん、それ幽導灯だよね? いいなぁ僕も灯士になりたかったなぁ」


 マサルの声には深い憧れが込められていた、他の子供達も同じような表情でそわそわしながら海王丸を見つめている。


「でももう無理だよね、僕達はここから出られないし、灯青校にも入れないや」


 光太郎は膝をついてマサルと目線を合わせた。


「そんなことはないよ、確かに正式な灯士になるには灯青校での任命が必要だけれど、本当に大切なのは志と学問なんだ」


「志と学問?」


「その昔、中国に孔子という偉い人がいてね、弟子達に本当の学問をすることで人は聖人に近づけると教えたんだ。その後も荀子や朱子といったリーダー達が同じことを説いた。西洋でも古代ギリシャのプラトンという哲学者が知恵への愛こそが人間を成長させると言っているよ。別の話では、ある人が和尚さんに自分は慈悲心が無いけれどそれでも仏教を勉強して良いものだろうかと聞いたんだ、そこで和尚さんはなんて言ったと思う?」


 子供達の目が次第にきらきらと輝き始めた、光太郎は続ける。


「それで構わないよって言ったんだ。神仏や聖賢について深く学ぶことで、その大いなる慈悲心を知ることになるだろう。そうすれば誰だって自然と慈悲の心が芽生えてくる。そしてたとえ完全でなくても、善を志して一生懸命努力する行動を神様は見ていてくださるんだよ。人を助けたい、正しいことをしたいという思い、その慈悲に基づく志こそが灯士の証なんだ。灯士とは神仏の担い手にしてお取次ぎ、体のない神仏になりかわって人々を助けようとする時、誰しもが灯士になれるんだよ」


 マサルが身を乗り出した。


「本当になれるの? ここで? 僕達でも?」


「本当だとも。君達はここで仲間と助け合い、沢田君と一緒に正しいことをしようと頑張っている。その勇気と優しさこそが、なによりも尊いものなんだよ」


 光太郎の話に沢田や滑川、八塩らも感動で目を潤ませている。沢田も同意する。


「あぁ本当に光太郎君の言う通りだ。君達は苦境にめげず、既に立派な灯士の心を持っているよ、僕はそれを誇りに思う」


 なにかを察した光太郎が瞑目して立ち上がりゆっくりと海王丸を抜くと、一瞬にして厳かな空気に包まれた。そして青白い灯身が打って変わって赤く温かい灯火に変わると部屋全体を力強く満たした。


「南無不動明王。請い願わくば灯士にならんと欲する子供達にその不動力をお与えください」


 光太郎が心から祈りを捧げると、突然光太郎の背後に強烈な炎が燃え上がった。その光の中から、憤怒の表情でありながら慈悲深い眼差しを持つ不動明王の姿が現れる。


「まさか、ほんとに不動明王様なのか、ありえない。地獄のような魔界でこんなことができるなんて光太郎君、君は一体……」


 沢田は奇跡を目の当たりにして息を呑んだ。明王は光太郎を通して子供達を見つめ、その純真な心を称賛しているようだった。


 するとマサルを始めとする十数人の子供達の手に、小さなオレンジ色の光の粒が現れ始めた。それは次第に形を変え、腕の長さほどの大きさの美しい幽導灯となった。中心は温かなオレンジ色で、外側に向かって赤く輝いている。まさに不動明王の炎を体現したような神々しい光だった。


「これは!」


「君達の真心に応えて不動明王様が小さな幽導灯を授けてくださったんだ。今は小さいけれど、君達の意志の力で大きく強くなる。これで君達も立派な灯士見習いだよ」


 子供達は歓声を上げ、小さな幽導灯を大切そうに胸に抱いた。温かな光が一人一人の顔を照らし、希望の表情が浮かんでいる。


「やったぁ! 僕も灯士になれたんだ!」


「すごい、本当に光ってる!」


「ありがとう、光太郎お兄ちゃん!」


 沢田も感動で声を詰まらせている。


「ありがとう、光太郎君。君が来てくれて本当によかった。この子達にこんな希望を与えてくれるだなんて」


 マサルが小さな幽導灯を掲げながら言った。


「これで僕達も花子さんと戦えるかな?」


「そうだね、でも君達には健太君含めここにいる子供達を守っていて欲しいんだ。いつ花子さんに狙われるかわからないからね」


「わかった!」


「よーし頑張るぞ!」


 光太郎は学生帽を被り直し、周囲の面々を見渡して決意を新たにした。


「僕はこれから花子さんに会いに行こうと思う」


 そんな光太郎を見上げて、黙っていた滑川もしぶしぶゆっくりと立ち上がった。


「ももももちろん僕も行こうじゃないか、義を見てせざるは勇なきなりだ、なぁお前達!」


「そ、そうですね」


「はいぃ……」


「光太郎さん、お供します」


 滑川や中田、佐々木の他に八塩も同行の決意を固めた。そこに沢田も加わる。


「案内が必要だろう? 僕も一緒に行くよ、なにができるかわからないけど、行く末を見守りたいんだ」


「うん」


 松本姉妹と福を救うため、そして花子さんという謎の存在と対峙するために光太郎はいよいよ核心に迫ろうとしていた。


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