60 レジスタンスの秘密基地
天井落下の危機を脱出した光太郎達は、助けてくれた少年に合わせて廊下の真ん中でしゃがみ込んでいた。その子は他の悪戯好きな子供霊達とは違い利発そうな顔をしている。
「ありがとう、君が助けてくれなかったら危ないところだったよ。君の名前は?」
「僕はマサル。この学校のことはよく知ってるんだ! お兄ちゃん達を安全なところに案内するよ」
マサルは振り返ると、少し先の廊下の消火栓を指差した。
「ここから入るんだ、少し狭いけど大丈夫だよ」
「え、この消火栓の中を?」
滑川が眉をひそめるが、マサルは慣れた様子で消火栓の扉を開く。するとそこには本来内蔵されているはずのホースなどはなく、人一人がやっと通れるほどの通路が続いていた。
「僕が先に行くから、みんなついてきて。絶対に声を出しちゃダメだよ、花子さんに見つかっちゃうから」
一行はマサルに従って消火栓の中を這って進んだ。途中通路に出たと思ったら今度は天井の吸気口を通り抜け、狭いダクトの中を慎重に移動する。やがて外に出ると記念樹でできた隠された長いアーチを通り抜け、壁の穴から体育倉庫に入ると、マサルは跳び箱の側面をコンコンと叩いた。すると自動的に上部の白いクッション部分がスライドして地下に続く梯子が現れた。
「ここを通ったらすぐそこだよ」
梯子の下は空洞になっており、そこからさらに地下へと続く階段が隠されていた。
「うわぁ、こんなところに通路があるなんて」
中田が小声で驚くと、マサルが振り返って人差し指を唇に当てて静かにするよう促した。
「花子さんの手下達は耳がとてもいいんだ、見つかったら大変なことになるから気を付けて」
「ご、ごめんよ」
石段を降りてさらに歩き重い扉を開けると、やがて明るい光が見えた。一行が辿り着いたのは、予想をはるかに上回る広さの地下空間だった。
「ようこそ、ここが僕達の秘密基地なんだ」
マサルが誇らしげに言うと、光太郎は目を見張った。そこはまるで子供達の理想の遊び場のような空間だった。
カラフルなソファーや机が並び、壁には漫画がびっしりと並んだ本棚、大きなテレビモニターには楽しげなアニメが流れている。片隅にはキッチンもあり、冷蔵庫からは微かな動作音が聞こえてくる。トイレや寝室も男女に分けて備わっており、まさに快適な住環境が整っていた。
「すげぇ、まるでSFみたいだ」
佐々木が素直に感嘆の声を上げた。そんな一行を迎えたのは、数十人の子供達だった。年齢は様々だが、皆どこか大人びた表情をしている。
そして奥から人影が歩み出てきた。十五、六歳の少年で、学生服を着ているが随分とくたびれている。あどけなさの中にどこか気品のある顔立ちで、光太郎達を見ると安堵の表情を浮かべた。
「やあ、生きてる灯士に会えるなんて久しぶりだな。僕は沢田秀一、二年前からここにいるんだ」
すると滑川の顔色が一変した、震える手で咳ばらいを誤魔化しながら呟く。
「さ、沢田? まさか、あの沢田君か? 君は確か行方不明になって……もう死んだとばかり」
「滑川君、まさか君がここに来るなんてね。まぁ僕達はここでピンピンしているよ。でも死んでいると思われても無理はないさ」
寂しく笑うかつての学友の姿に、いつもの威勢のいい滑川はすでにいなかった。唇を震わせ、言葉を失い立ち尽くしている。中田と佐々木も驚愕し、八塩は困惑の表情を浮かべていた。
光太郎が静かに口を開く。
「沢田君、君はとても優秀な灯士なんだね。子供達からもよく慕われているようだ」
「ああ……彼は将来を嘱望されていたんだ」
滑川が声を絞り出して肯定した。
「成績も人柄も申し分なくて、このまま行けば生徒会入りも確実だったはず。それがいつの間にかいなくなって、なぜこんなことに」
沢田は苦笑を浮かべて答えた。
「マサル君を呼び戻すためだったんだ。二年前、彼が家出して迷子になってしまってね。たまたまそれを見つけた僕は説得して連れ帰ろうとしたんだけど」
「その時花子さんに見つかって、二人とも一緒に攫われちゃったんだ」
マサルが悲しそうに続けた。
「僕のせいで秀一お兄ちゃんまで」
「いやマサル君、君のせいじゃないさ」
沢田は優しく少年の頭を撫でると、光太郎達に向き直った。
「ここは花子さんという少女が作り出した霊界なんだ。彼女は現実世界で居場所を失った子供達を攫い続けている。そして攫った子供達を配下にすることで恨みの念を集め、力を増し続けていて手が付けられない状態なんだ。この分だといつか東京はハーメルンの笛吹き男童話みたいに子供がいなくなっちゃうだろうね。僕達はいつかここから脱出することを期待しながら花子さんに連れ去られてきた子供達をできるだけ保護してるんだ」
「なるほど、それで最近になって急に被害が拡大しているのか」
光太郎が納得したように頷く。
「そう、最初は数人だったのが、今では一度に大勢を連れ去れるようになったんだ。早く解決しないと、ここに長くいるほど現実世界に戻れなくなる。たぶん僕はもう……」
沢田の言葉が途切れた時、部屋の隅から聞き覚えがある嬉しそうな声が聞こえた。
「光太郎兄ちゃん!」