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幽導灯火伝  作者: 惟霊
55/82

55 連続児童失踪事件




 善福寺公園の一件から数日後、半ば強いられて連絡先を香や咲と交換光太郎は、早速香からの電話を受けて、最近東京で断続的に続いている連続児童失踪事件を解決するべく近所のパトロールに赴いていた。


 しかし事件と言っても誰も犯人の姿を見たことはなく、ある日突然子供がいなくなっているそうだ。世間では怪異の仕業ではなく犯罪者グループによる組織的な拉致や誘拐のたぐいではないかとも言われており、真相は謎に包まれている。


 被害者の児童も広い範囲に渡ってあらゆる状況下で失踪しているので、手がかりもほとんど無いと言っていい。気負っていても仕方ないので午前中にお祈りをしっかりして出かけた光太郎は、西荻窪の街を歩いていた。


 昼下がりの散歩に同行しているのは鞄に入った猫の福とお世話になっている松本家の姉妹、望と華だ。


 姉妹は邪魔になるからやめなさいと言う母の小言を聞きもせずに、純粋に自慢の兄を見せびらかして一緒に遊びたい気持ちで付いてきていた。


 光太郎としても無垢な好意を邪険にできず、今日のところは近所を調査して帰るつもりでいた。光太郎は二人の姉妹と手を繋いで歩き、とりあえずの目的地として駄菓子屋であるナベシマを目指すことにした。


 益体もない幼子の話など高校生時分の学生には面白いものではないだろうが、光太郎はにこやかに頷きを返して辛抱強くあっちこっちへと飛ぶ話題に相槌を打っている。やがて子供達のにぎやかな声が聞こえてくると、そこはもうナベシマの前だった。


 康夫と加代の一件以来様子を見に訪れようとして今この時までのびのびとなっていたが、中を覗き込んでみると楽しそうに女の子とお手玉をしている元気な加代の姿があった。


「こんにちは加代さん、お体の具合は良さそうですね」


「ああ、光太郎さん! ええ、もうすっかり!」


 鬼人化の呪詛を受けて幽鬼のように青白かった加代の姿はすでになく、彼女は二十台らしい若さを取り戻していた。優し気に笑う面差しにはもはや悲壮感など微塵も感じられず、恋人の康夫やその祖母である千代に大切にされているだろうことがわかる。少年の声を聞きつけて奥から二人も顔を出した。


「光太郎君だって? ああ本当だ! よく来たね、待ってたよ! さぁお上がりよ、今座敷の用意をして……あだっ!」


「あぁあぁもうみっともない、急に張り切って慌てるから足をぶつけるのさ、あんたは座ってな。でも本当によく来てくれたね光太郎さん、さぁお嬢ちゃん達も猫ちゃんもこっちへおいで、なにか作ってあげようねぇ」


「わーいやったー!」


「役得ってやつだね!」


「ナァン」


「えー? なんで松本達だけなんだよずっけーな~」


「黙んな口の減らないがきんちょめ、光太郎さんには返しても返しきれない御恩があるんだから当然さね」


「ぶーぶー」


「はは、千代さん、僕がお金を出しますのでこの子達にも焼いてあげてください、この前灯青校から依頼達成の報奨金を結構頂いたのですよ」


「マジでいいの! やったー!」


「やったー!」


「光太郎さん、気を使わなくていいんだよ?」


「いえ、いいんです。ちょうど子供達に聞きたいこともあったので」


「えっなになに? 俺なんでも教えちゃうよ!」


「健太、あんたは絶対役に立たないと思う」


「なんだとぉ? 松本姉ー!」


「なによ」


 一人やたらと調子が良くて元気な子がいるなと思ったら、どうやら姉である望のクラスメイトであるようだ。きっと教室の中でも仲良くこんな風にやりあっているのだろうことがよくわかる。


 二人がヒートアップしているのを他所目に、康夫は光太郎に事情を尋ねて唸った。


「うーん子供の神隠しねぇ……そういえばそんなような記事を新聞でも見たけど、最近までそれどころじゃなかったからなにもわからないなぁ、加代さんはどうだい?」


「はい、近所のお母さん達と世間話をすることがあるんですが、先週隣町の子が突然消えたという話を聞きました。なんでも喧嘩の途中で飛び出した子が行方不明になったとかで、未だに見つかってはいないようです」


 器用に焼きそばを焼きながら話を聞いていた千代も会話に加わった。


「あぁ私もそんな話は聞いたねぇ、ただの家出にしちゃあ足取りが追えないとかでさ。ねぇ光太郎さん、これはやっぱりよくないもんの仕業なのかね」


「まだわかりかねますが、その可能性が高いです。しかし子供達をどこに隠しているのかがわかりません」


「それもそうだわね、子供なんて黙ってろって言ってもピーチクパーチクうるさいったらありゃしないのに、攫った子供達をどうやって誰にも気付かせないで隠せているのかねぇ。どっちにしろ早く犯人には掴まって欲しいもんだ」


「ええ」


 鉄板から上がる焼きそばの湯気と香ばしい香りが店内を満たし、それだけで幸福感と期待感が増していく。きちんとお昼ご飯を食べてきた光太郎と松本姉妹であったが、およばれして食べるものは別腹だ。集まった子供達はソースの香りにわくわくしながら千代のコテ捌きを見守っていた。その時である。


「健太! あんたまたさぼってなにやってんだい! 弟の面倒を見ている約束でしょうが!」


「げぇ! 母ちゃん!」


「さぁ帰るよ! どうもお騒がせしました」


 声を荒げて入店して来たのは健太の母で石井良枝といい、西荻窪において家族で松庵軒という町中華屋を営んでいる。健太も家業をしぶしぶ手伝ってはいるが、主にいつも幼い弟の世話をさせられているのが不満で、目を盗んではちょくちょくナベシマまで遊びに来ていた。


 いつもだったら割合素直に引き下がる健太だったが、タダで焼きそばを食べられる直前だということもあり、必死に抵抗した。だがここに健太の味方はいない。鞄の中の福も耳を畳んで迷惑そうにしている。


「健太、家に帰んなよ、焼きそばはまた今度食べればいいじゃん」


「いーじゃん!」


「うるせー! 俺は絶対光太郎兄ちゃんみたいな灯士になるんだ! もうラーメン作ったり弟の世話したりなんてだせぇことはしたくないんだよ!」


 売り言葉に買い言葉のその一言が余計だった。怒りが頂点に達した母のビンタがバシンと頬を打ち、健太の両目から大粒の涙が溢れ出る。


「あんた、もっかい言ってみな!」


「なんだよ母ちゃんのバカ! もう嫌だ! こんな家出てってやる! うわああぁぁぁぁん!」


 ゾワリ、悪寒が光太郎の背を撫でる。時空が歪む不穏な違和感。


「いけない! 健太君!」


 慌てて光太郎が手を伸ばすが一足遅く、次の瞬間には地面から突如として現れた大きな大きな黒い右手が泣き叫ぶ健太をがしっと掴み、跡形もなく連れ去ってしまったのだった。


 一同なにが起きたのかすぐにはわからなかったが、やがて狼狽した健太の母の慟哭が店内にこだました。


「そんな……健太、どこに行ったの? 健太! 健太ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

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