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幽導灯火伝  作者: 惟霊
53/82

53 純喫茶 平凡 挿絵有り




「……これはこれは、天はさらなる試練をお望みらしい。光太郎君、咲ちゃん、君達は皆さんを逃がすんだ、私はーー」


「あ、いやしばらく。ここは僕にお任せください」


「君に?」


「ええ」


 にこやかな笑顔を浮かべてずいと一歩前に進んだ光太郎は、丁寧にお辞儀をして挨拶をした。


「先日ぶりでございます、お二人様におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます」


 瞬間、疾風が走る。しかし光太郎は事前に予期していたかのように飛来するそれを両手の平で挟み込み、横にねじった。香が敏感に反応するが、光太郎は笑って頭を振った。


「ご機嫌など全然麗しゅうないわ、全然麗しゅうないわ!」


「はて、なぜでございましょう」


「お前、それがわからんのか? 言っておいたよな? 面白いことをするなら事前に連絡せいと」


「いやこれはなにぶん急なことでして……」


「言い訳は無用よ! この! この!」


「はははははは」


 高姫は手に持つ西洋扇子で何度も光太郎を打とうとするが、ひらりひらりと躱されてしまう。高姫も本気で怒っている訳ではなさそうだが、頭に来ているのは間違いないようだ。


「お待ちください、どこかで落ち着いてことのあらましをお伝えしますので、ここはひとまず気を鎮めていただけませんか? 皆様の目もありますので」


「ぬ?」


 言われて初めて衆目に気が付いた高姫が少し気恥ずかしそうに品を作って扇子を手にほほほと笑った。だが次の瞬間にはキッと光太郎を睨みつけずいと右手を差し出し、小さなマッチを押し付けた。


「これは……喫茶店のマッチですか?」


「新宿にあるその店で事情を聞くゆえに生意気な猫も歓迎するから揃って来るがよい、よもや逃げようとは思わないわよねぇ?」


「もちろんでございます」


「フカー!」


「ふふふ」


 高姫は不敵に笑うと、呆れる黒姫と共に瞬時に消え去った。残された者達はわけがわからぬ中呆然としていたが、光太郎がにこやかにとりなして場を解散させると、光太郎と福、香、咲の面々は表通りでタクシーを拾って小一時間ほどで指名された喫茶店へと辿り着いた。


 その喫茶店は古めかしい赤レンガ造りで小さく看板が出ており、ぱっと見では営業している飲食店とは思えないように見える。ドアには貸し切り中と急いで書かれた紙が張ってあるが、光太郎はためらいなく扉を開けるとチリンチリンとベルが鳴り、中のテーブル席ソファーに腰かけていた高姫が優雅に扇子を振った。


「よく来たわね光太郎とその仲間達、さぁお座りなさいな」


「……あっお客様、ちょっとペットの入店は」


「あらいいのよこの猫は、猫であって猫じゃないもの、ねぇ? さぁ人数分のブレンドを持ってきてちょうだい」


「は、はぁ。ではごゆっくり」


 店のマスターと思われる白髪頭の男性は、焦燥した様子を隠しもせずすごすごとカウンターの向こうに消えた。


 光太郎は福を抱えて堂々と高姫の正面に座ると、香と咲も恐る恐る席に着いた。貸し切り中なので他に人影はなく、薄く流れるジャズミュージックとシーリングファンが雰囲気を彩る。


 むすくれる福を撫でてなだめながら光太郎は善福寺公園での出来事を語った。高姫は瞑目し黙って聞き終えると、薄く目を開いて香を見た。


「なるほどねぇ、それで新宿最強が帰って来たわけね。ならばこの地も安泰だわ」


「はは、お姉様方には遠く及びませんよ、それにしても驚きました、まさか四凶の一角たる高姫様が灯士の推し活をされているとは」


「それよそれ、また今様の者はけったいな言葉を使いよる、まぁ意味がわからなくはないけどね。妾達の一番の敵はそれ退屈よ、これまではなんとも思ってなかったけれど世人のために命を賭して戦う若人のなんと眩しいことか。妾も一度だけ人の親になったからわかるのだけれど、お前達の生き様になんとも言い知れぬ哀愁を感じるのよねぇ。黒姫もそうでしょ?」


「それはお姉様だけですわ」


「……今後お二人が敵方に回らないのはありがたいけれど、にわかには信じられない話だね」


 香が腕を組んで美しい顔を曇らせながらにそう言うと、何故か発奮した高姫が腕まくりをして凄んだ。


「なによ信じられないって言うの? ならば証拠を見せてあげるわ、立ちなさい桜井咲」


「えっ、わっ私ですか?」


「そうよ、そして十八番のあの歌を歌ってみなさい、妾が完璧な振り付けで踊って見せるから。ほら黒姫もこっちへ来て後ろに並びなさいな」


「はぁ」


 やる気を出した高姫はもう止まらない。いそいそと立ち上がってはフォーメーションを整えると、咲は皆の前で求めに応じて少女歌劇隊において一番盛り上がる曲をアカペラで歌う羽目となった。突然の展開にどうしたらいいかと狼狽えるも、嘘か真か伝説の鬼女二人から請われては断れるはずもない。彼女は恐怖に慄きながらもそこはプロ、踏んだ場数がものを言い、瞬時に気持ちを切り替えて歌声を響かせた。


「例え未来が暗闇に閉ざされても、信じた道を突き進む~」


 咲の歌唱に応じて寸分たがわぬ踊りを舞う鬼女二人。高姫はニコニコと嬉しそうだが、黒姫は物調面をしながらも完璧なユニゾンでシンクロしている。やがて曲が終わると高姫は会心の笑みを見せた。


「どうだ! これで妾の推し活が嘘ではないとわかったか!」


「お見事です、自分はこの曲を知りませんが素晴らしい歌と踊りでした!」


「そうでしょそうでしょ? いやぁ暇な時に練習しておいた甲斐があったわねぇ黒姫や」


「私にはいい迷惑でしたが、お姉様が灯士にかぶれている証明にはなったでしょうね」


「あらもういけずねぇ」


「ニャー」


 やんやと盛り上がる高姫を見てなんだこれと福は鳴き、光太郎は褒めたたえる。咲は戸惑いながらもその完璧な振り付けに驚き、香は一人頭を抱えて呟いた。


「これはさすがに信ちゃんには報告しないとだね、復帰早々大仕事だ。やれやれ」




 高姫は出口王仁三郎作「霊界物語」の登場人物からの引用ですが、今作では「戸隠山鬼女紅葉退治之伝」に出て来る紅葉を核の人格に設定しています。これは完全に著者の勝手なこじつけであり創作です。

挿絵(By みてみん)

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