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52 北辰青玄流秘灯奥義




「ギャギャギャ!」


 正者を狙って本能で襲い来る邪鬼の群れが結界内にひしめく光太郎達を含めた見物人を殺めんと凶爪を立てて襲い来る。その度に結界は攻撃を弾くが、中にいた少女は怖がって母に縋りついた。


「お母さん怖いよー!」


「大丈夫よ、大丈夫だから泣かないで」


 必死で我が子をあやす母親だったが、その実自身も妖魔に囲まれて戦々恐々としていた。だがその時、香がしゃがんで怖がる女の子と目線を合わせた。


「心配ないよお嬢ちゃん、こんなのはすぐやっつけちゃうからここで見ててね」


「本当に?」


「ああ、お母さんとすぐにお家に帰れるよ、だからいい子にして待ってるんだよ」


「うん!」


 きざなウィンクをして右手に幽導灯を掲げると、香は悠々と結界から外へと歩みを進めた。光太郎は確信を持って彼女の後ろ姿を見つめているが、桜井咲はそうではなかった。心配から声をかける。


「れ、蓮佛さん! 加勢はいりますか!」


「必要ないよ、君が言ったんじゃないか」


 邪鬼達は前に出てきた香を警戒して一斉に下がったが、死角を突いて斜め後ろから邪鬼が襲撃する。


「私が新宿最強の女だって……さ!」


 香はそう言い放つと振り向きもせずに幽導灯を一閃、邪鬼は悲鳴を上げ胴体が泣き別れになって瞬時に塵と消える。それを見た妖魔達の顔がこわばる、だが多勢に無勢とばかりに五体の邪鬼が一度に襲い掛かった。


 生者への殺気漲る広場にあって紫電の閃光清らかに煌めき、鮮やかな紫の花火のように咲いて散っては瞬く間に妖魔を打倒する。


 どこからか雲霞の如く湧き出でる邪鬼の群れにまるで恐れることなく、それどころかどこか楽し気に己が愛灯を振るい、流れるように撫でるように切り払っていくその様は、まさに行雲流水の如くに雅で艶やかであり、ここに集った老若男女の目を奪い、心を打った。


「わぁ、きれい。ねぇお母さん」


「ええ、本当ね」


攻め寄せる邪悪な鬼どもの強襲を受けているのにも関わらず、偶然集まった一行に悲壮感はまるでなかった。それどころかもっとこの灯舞を見ていたいと誰もが強く願っていたが、それは咲も同じであった。


 新宿灯青校一番の有名人であり押しも押されぬ少女灯歌劇隊しょうじょともしびかげきたいの不動のセンターを務める咲をもってしても、その舞の未だかつてない美しさと素晴らしさに触れて、自然と目に涙を浮かべていた。


 普段の負けず嫌いな咲であれば己を上回る美しさへ悔しさを感じていただろうが、これはそういう領域の話ではない。例えるなら常人では立ち入ることのできない神仙域におられる仙女の舞を、たまたま今日この時に垣間見ることができたという状況に近しい。


 断末魔さえ置き去りにして高速の灯撃が降り注ぎ、いつの間にか相手は一体の大邪鬼のみとなった。余りの討滅の速さに大邪鬼は周りを見渡し狼狽えた。だがこの隙を逃す香ではない。ニカリと爽やかに笑うとくるくると幽導灯を回しては腰だめに構えた。


「さぁお集りの諸君、神仏もとくとご覧あれ! 我が灯火の輝きを!」


 次に香りは幽導灯を持った両手を高く掲げ、大上段に構えを取る。するとまるで宇宙の北極星からエネルギーが降り注ぐが如くに幽導灯が激しく明滅しているではないか。残された大邪鬼は聖なる北斗七星の輝きに恐れ慄いて逃げようとするが、蛇に睨まれたカエルの如くに微塵も体が動かない。今ここに準備は万端に整った。


北辰青玄流秘灯奥義ほくしんせいげんりゅうひとうおうぎ! 太乙紫微星光閃たいいつしびせいこうせん!」


「グアアアアァァァァァァ!」


 強烈な神霊波の斬撃により哀れな大邪鬼は何もできずに消滅し、香は静かに納灯する。束の間の静寂を経て広場では聴衆の割れんばかりの喝采が響き渡っていた。命が無事で喜び合う者や涙ぐむ者もいるが、皆一様に笑顔だ。そして誰もかれもが香の戦いを心から賞賛していた。それを彼女は慣れた様子で対応し、光太郎の前に立った。


 香は笑っているような、泣いているような、なんとも言えないような複雑な顔をして無言で右手を差し出した。光太郎もまた笑顔でその手を握り返した。


 初夏の善福寺公園に爽やかな一陣の風が吹き抜けた。固く握りしめられた手からは香の万感の思いが伝わってくる。


「どうやら見当違いなのは私の方だったようだね、感謝するよ笛吹童子」


「こちらこそ、誠に得難き体験でありました。ありがとうございました」


 照れくさそうに笑う香と対照的に光太郎は屈託のない笑顔を見せていた。この様子を見ていた咲はというと、今もってなにがなんだかわからぬ混乱の中にあったが、ようやく騒ぎが収まったのだなと安堵し、猫の福はしれっと戻って来てはあくびをしていた。だがその時ーー


「……っ、これは!」


 和やかに握りあっていた手をほどいて香りは再び幽導灯の柄に手を置き、彼方を睨んだ。そこからは先ほどまでとは比べるべくもない鬼気迫るエネルギーの塊が押し迫って来る。強敵に違いない。気に鈍い庶民であってもただならぬ気配に戦慄し顔面真っ青になった頃、気勢の主は突如として現れた。


「あらん? もう終わってしまったのかしら?」


「そのようですねお姉様」


 高姫と黒姫である。

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