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幽導灯火伝  作者: 惟霊
51/82

51 大悟




 蓮佛香は北極星を軸にした神仙道を代々受け継ぐ名家の後継ぎとして、北辰青玄会《ほくしんせいげんかい》を受け継いでからは弱みを見せずに気丈に生きてきた。


 生来の才能もあって修行が進むと共に気に敏感になり、先の未来が見通せるようになってきた。妖魔との戦いに有利なのもあって学生時分はいい気になっていた時もあったのだが、次第次第に人類がこの先待ち受ける未来を見せられて憂鬱になっていった。


 人類がこれまで積んできた古今の悪行はなまなかな業払いで許されるものではない。人を苦しめ、悲しませた歴史が負債となって蓄積し、ある時未曾有の天災となって襲い来るのだ。


 神仏は一度の災害で人類が滅ばぬように小出しに災害を起こしてきたが、それも限界がある。人間に厄年があるように、地球そのものにも厄年があるのだ。抑えきれぬ悪業の噴出がまずは妖魔の出現となって世界に表出した。


 この災いから生き延びた多くの者は、二度と再びこのような惨事が起きないだろうと思っている。だが香はこれが始まりに過ぎないと知っていた。


 聖徳太子の予言にある、ういじにすいじに。つまり飢え死に水死にの世が来るのはまだこれからなのだ。


 いくら強い妖怪変化を調伏したとしても地球規模の災い、つまり火山の噴火や大津波などが来れば人の身には耐えられないのだ。仮にこの先霊能力で自分一人が生き延びたとしてもそれがなんになるのであろうか。寂寥感にさいなまれながら、さりとて束の間の平和に喜んでいる人々に人類の終焉を告げることもできず、香は苦悩の日々を過ごしていた。


 代々シャーマンの家系である蓮佛家には大切にされている言い伝えがあった、それは聖徳太子が生まれ変わって己がなした予言を悉く覆していくというものだった。


 香りは三日前に霊夢を見た、善福寺公園に太子の再臨たる笛吹童子が来ると。


 香の心中では期待よりも怒りの方が大きかった、年端もいかない学生が今更現れてなにができるのかという気持であった。


 だが今、粛々と光太郎の前に跪いて頭を下げていると、胸の奥から熱いエネルギーが湧いてきて思考がクリアになってくる。スポットライトが当たるようにその場にだけ宇宙からの神聖な波動が降り注いでいるのが感覚が鋭くない見物人達をもってしてもよくわかった。


 新宿灯青校の先輩である桜井咲にしても、ここに至ってはただ息を飲んで成り行きを見守っていた。


「許す」


 光太郎が手に持つ幽導灯を香の額の前にかざしてそう短く告げると、香は眉間の奥が一気に開いたような心持となった。次いでばこんと尾てい骨あたりで大きな衝撃音が鳴り、知らず知らずの間に両目からは滂沱の涙が流れ落ちていた。


 仏教用語に見性(けんしょう)というものがある。人間本来に備わる仏性を見極めて悟ることを言うが、この時香は大いに小さな自分の殻を破って悟りを開いたのだ。


 確かに人類には未来がなく滅亡するかもしれない、だが大事なのは今この時なのだ。神ならぬ身には本当の未来はわからない、だからこそ一意専心に今を生き抜くべきなのだ。


 修行者として香はそのことを重々承知しているつもりだった、しかし知っているだけで魂から理解はしていなかったのだ。


 未来がどうあれど一人の修方として、人間として精一杯生き貫き、己の本分を全うする。その当たり前の覚悟が足らなかったのだ。


 自分の凝り固まった観念が外れて、香は生まれ変わったかのような清々しい気持ちになった。だが同時にその境地に反応したものがあった。


「グギャァァァァァ!」


 どこからか聞こえるその雄たけびは邪鬼のものに相違ない、突如として亜空間から大中小の邪鬼の群れが現れて牙をむきだした、。れにはそれまで事態を見守っていた見物人達が一斉に慌てだす。


「きゃぁーーーー!」


「そんな! 邪鬼がなんでこんな昼日中に出るんだ!」


「えーんママー!」


 発狂した人々が騒ぎ、逃げ惑おうとしたが光太郎はあくまで冷静に対処した。


「みなさん、こちらに集まってください! 先輩、結果を張ります! 協力してください!」


「え? えぇわかったわ!」


 光太郎と咲は祈りながら幽導灯を回すと周囲を取り囲む霊気の層が出現し、邪鬼の侵入を阻んだ。咲が叫ぶ。


「なんなのこれ! 一体どうなってるわけ⁉ 邪鬼はどこから出て来たの?」


「香さんの霊格が上がり分別の知恵を乗り越えた悟りを開いたので、それを察知して邪霊が湧いてきたのでしょう。光が射せば影ができるように本当の天界が動けば邪神界もまた感応し、邪魔をしてくるものです」


「それ本当なの? 聞いたことないわよそんな話!」


「真実の神仏にまみえるのは普通得難い体験ですから無理もないですね、まぁ僕はしょっちゅうお会いしてますが」


「はぁ! 君、頭大丈夫⁉ それにしてもこのままじゃまずくない?」


「困りましたね、我々だけなら押し切るのも良いのですが、みなさんを守りながらだと結界の維持がおろそかになります。ここは焦らず応援を待ってーー」


「必要ないよ」


  光太郎が振り返ると、そこには未来を呪っていた彼女はもう存在せず、極紫光を称える幽導灯を携えて立ち上がる灯士の雄姿があった。


「ここに私がいるからね」


 蘇りしその魂は暗黒の夜空にあっても北極星の如く高く清く輝く。

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