5 討伐 挿絵有り
「なんだぁその面ぁ! まだ諦めてねぇのか! 生意気なんだよ!」
逆上した鬼人の攻撃はいっそう激しくなり、集中豪雨のように間断なく光太郎を叩く。段々とズタボロになっていく彼を観て囚われの少女は恐ろしくなり耳を塞いで目を瞑った。警官を含む周囲の大人達は少年を救いたくても手立てが無く、忸怩たる思いを募らせていた。
時はゆっくりと進み行き、遂に猛攻に耐えきれなくなった少年は右膝を突いた。目の光は失われていないが、息も絶え絶えに鬼人を睨み付ける。
「ぐっ! ーーはぁ、はぁ」
「へっへっへ、そろそろ限界みたいだな。ぼちぼち他の警官も集まってくるだろうからよ、お遊びはここまでだ」
鬼人は眉間にシワを寄せて意識を集中させた、すると黒い角に魔力が集中して禍々しい気が満ちる。男が必殺の鬼術を放って光太郎を次の一撃でもって葬ろうとしていたのが誰の目から見ても明らかだった。
最終的に赤黒い邪気が鬼人の右手に宿り、それをひと思いに振りかざす。
「死ねぇクソガキ!」
裂帛の気合を入れて放たれた必殺の一撃は、あやまたず光太郎の胴体を切り裂き絶命させるーーそのはずであった。
「なにい!?」
彼が元いた場所は大きな爪痕がえぐったかのようにアスファルトが引き裂かれている。だがまるで先読みしていたかのように左前方に飛び退いた光太郎は、辛くも難を逃れていたのだ。
「動くなってつったろうがこの野郎! ガキがどうなってもーー」
「今だ福ちゃん!」
その時、うち捨てられていた光太郎のズタ袋から白い閃光が帯を引いて弾丸のように飛び出した。
「ニャアアアアアアアアアン!」
稲妻のように早いそれは狙い澄ましたかのように正確に鬼人の右胸にぶち当たる。たまらず鬼の口から悲鳴がこぼれた。
「ぐうおおおおおおおおっ! なんだ!」
「きゃあ!」
鬼が体勢を崩してたたらを踏んでいると、解放された人質の少女が前に倒れ込んだ。それを支えようとした光太郎が勢いよくすべり込む、その結果間一髪少女は地面に倒れ伏すことなく少年の胸に抱かれる。
体勢を立て直した鬼人がこれ幸いと寝そべる光太郎を認めて爪を伸ばす、次こそはと一息に彼の息の根を止めるつもりだ。
「もらったぁ! 今度こそ死ねぇ!」
「海王丸!」
だが少年は慌てず騒がず高らかに愛灯の名を呼ぶと、自然とそれは自ら飛んで来て左手の平に収まったではないか。
「なっ!」
「南無三宝ーー」
鬼人の耳に澄んだ声色が届くと、次いで全身を高圧電流が駆け巡るような衝撃が襲った。
「あばばばばばばば! ばびでどぉうばっべんばばばばば!」
光太郎の手元に握られた幽導灯海王丸の青白い灯光がレーザービームのように直進して、鬼人の胴体ど真ん中をずどんと貫いていたのだ。
精錬なる青い稲妻が鬼人を大いに痺れさせ、邪気が浄化された証である大量の白煙が上がる。そう長くない間全身を戦慄かせて絶叫していた鬼人は、海王丸の光が途切れるとやがて口から泡を吹いてバタリと仰向けに倒れた。
その額には鬼人の証したる角が消えており、黒く変色した肌の色は青白いものの元の人のそれへと戻っていた。伸びた牙や爪も元通りに収まっている。
しばらく固唾を飲んで見守っていた警官達は、巡査長の命令の下にやっと飛び出して来た。
「か、確保! 確保だー!」
「は、はい!」
気を失った男は意識を失ったままあえなく捕縛され、担がれて運ばれて行った。光太郎はふうっと一息ついて少女と共に立ち上がると、彼女の土埃を払ってあげた。
「もう怖い人はいなくなったから目を開けて大丈夫だよ、怪我はないかい?」
「う、うん! どこも痛くないよ!」
「あぁそれは良かった。よく頑張ったね、えらいよ」
「うん! お兄ちゃんありがとう!」
「和子ー! 和子ちゃーん!」
「あ、お母さんだぁ」
徐々に騒がしくなる聴衆の中から矢のように飛び出して来たのは車内で見た少女の母親だった。
涙を流しながら娘をぎゅっと抱きしめている。おそらく騒動の途中で娘が囚われになっているのを知ったものの、周りに止められて近づけなかったのだろう。
「ありがとうございました、本当にありがとうございました」
かすれた声で涙ながらにお礼を言う母親と共に光太郎が無事を喜んでいる時、遙か彼方で鷹揚に柏手を打つ鬼女がいた。一部始終を覗いていた高姫である。
「見事見事。あの童を人質に取られた時はどうするかと思いきや、思わぬ隠し球があるじゃない。あの白猫、ずっと鞄の中に入っていたようだけどただの猫じゃないわね、どういう素性なのかしらん♪」
「ああ、またお姉様の悪い虫が……そろそろ新宿に行きませんとフルーツパーラーの予約時間に間に合いませんわ」
「固いことをお言いでないよ黒姫や、上京してすぐさま難事を解決した少年灯士にこの高姫が直々に餞別をくれてやろうというのよ、これは末代までの誉れではなくて?」
「はぁ、そうでございますか。まあこうなったらテコでも動きはしないのは分かっております、せめて手短にお願い致しますわ」
「うふふふ、はぁーい♡」
高姫はしなやかな肢体をくねらせて立ち上がると、両手を前にかざして念じた。そこには先程の鬼人など児戯に等しい程の邪気が集まる。
「さぁさ灯士よ、妾にお前の人生を見せておくれ」