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幽導灯火伝  作者: 惟霊
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43 口裂け女の怪 1




 駄菓子屋ナベシマでの呪い騒動をからくも解決した光太郎は、起居している松本家に帰るとそのままこんこんと眠り続け、夕方頃にようやく目が覚めた。


 貸し与えられている部屋のベッドの上で気が付くと、幼い姉妹の望と華、そして東京まで付いて来た愛猫の福が仲睦まじく傍らですやすやと眠っている。


 起こすのも悪いと思い静かに立ち上がって居間に向かうと、姉妹の母である松子が光太郎がいつ起きて来てもいいように用意していた食事を出してくれた。


 ありがたくも懐かしく感じる家庭料理を食べていると、やがて光太郎がいないことに気が付いた二人と一匹が騒がしく二階から居間へと降りてきた。


「あ、いいなーお兄ちゃんご飯食べてる、お母さん私も!」


「あたしもー!」


「あんた達はお昼ご飯食べたでしょ! おやつ出したげるからそれで我慢しなさい」


「「はーい!」」


 仲良くおやつを食べだした姉妹と共にちゃっかり福も鶏ささみ肉をゆでたものを出してもらい、ちゃむちゃむと舌を鳴らして食べている。どうやらご機嫌は直ったようなので優しく光太郎が後頭部を撫でると、ニャアと一鳴きして目を細めた。


 お腹も満足したところでふと気が付くと、今日発行された新聞に気が付いた。手に取りつらつらと目にしていくと、端の方に記者のコラムが載っていた。どうやら普段は月間灯青校で執筆しているが、たまに掲載される記事が好評らしく不定期連載されているようだ。顔入りで写真が載っており、南結子というらしい。


 内容は毎回記者の独断と偏見によるものだそうだが、今回は都市伝説怪奇口裂け女、東京の夜に現る! であった。これはいわゆるゴシップ記事の類であろう。


「ニャァア?」


 真剣に新聞の記事を読む光太郎を、胡散臭いものを見るような目で見る福ちゃん。


「そんなことないって、意外とこういうものの中にも真実があったりするんだから」


「ニャーニャ」


 あっそう勝手にすればとそっぽを向くも、体はぴとっと光太郎にくっついていて離れない。昨晩置いて行かれたのがよほど寂しかったようだ。


「えーとなになに、深夜東京の街を巡回する灯青校生の前にまたもや口裂け女が出現した……と」


「お兄ちゃん怖いの見てる~」


「ん? 華ちゃんこの人知ってるの?」


「口裂け女は学校でも有名だよ、夜に一人で歩いているとあたしきれい? って聞いて来るんだって! それできれいだよって言うと、これでも? って言ってマスクを取ると、口が耳まで裂けているんだって! そんでそのまま食べられちゃうんだって! きゃー!」


「きゃー! きゃー!」


「ニャァァァァ!」


 長女の望がそう話すと、怖いと言って光太郎にくっついて来た。それを真似して華もひっつき、おしくらまんじゅうの様になっている。福は華に無理やり抱きかかえられて迷惑そうだ。


「へーそれは怖いね」


「そーなの! でもポマードって三回言うと逃げてくんだって! あとべっこう飴を投げるといいんだって!」


「そうなんだ、でもなんでだろう」


「うん、よくわかんないけどみんなそう言ってる!」


「そっかー望ちゃんは物知りだね」


 褒めて欲しそうな長女の頭を撫でると、末っ子も撫でてくれと頭突きして来るので、順番に撫でてあげる。満足げな姉妹をあやしながらも、目は新聞の記事に注目していた。


「今回現れたのは夜の二十三時半、場所は高円寺。見回りをしていた灯青校の班員が怪異に遭遇、灯青校生徒らは果敢にも撃退を試みるも女はあざ笑うように消えていったとのこと。噂話や見間違いを含めても最近目撃数が増えている、今東京で何が起きているのか! か……うーんなんだろう」


「近頃騒がしいのは本当だけど、どうせなにかの見間違いじゃないかしら。その手の話は私が子供の頃からあるんだし。面白おかしく書いた方が新聞は売れるんだろうけど、困ったものよね。はいお茶どうぞ」


「ありがとうございます」


 少しあきれた風に言う松子が勧めるお茶を受け取り湯呑に口を付けようとすると、光太郎は瞠目(どうもく)した。そしてそのまま僅かな時間が流れる。


「あらどうしたの光太郎君、お茶じゃない方が良かった?」


「い、いえ違うんです、頂きます」


 ようやく気を取り戻した光太郎は、松子に向かって微笑むと、熱々のお茶を飲み込んだ。それと同時に今夜の予定も決まったのだった。




 それからは姉妹と一緒に晩御飯の買い物に行ったり、宿題を手伝ったりとあわただしく過ごした。


 TVを見るのが久しぶりの光太郎を気遣った望と華があれやこれやと説明してくれるのが微笑ましくもあり、福も光太郎の膝の上で満足そうに撫でられており、幸せな団欒であった。


 そして時は夜の二十二時、光太郎は灯青校の制服に着替えて愛灯の海王丸を腰に()いていた。すっかり寝付いた子供達の部屋を後にして、松子は不安そうに尋ねる。


「どうしても行くの? 学校からは謹慎するように言われているんでしょう?」


「すいません、どうにも気になってしまいまして少し確認してきます。この家には結界があるので安心です、どうか休んでいて下さい」


「光太郎君、私はあなたを心配しているのよ。今朝くたびれて帰って来たのに、今夜もまた出かけるなんて」


「それは、はは……面目ないです」


「ニャア! ニャアニャア!」


 光太郎がぐうの音も出ずに狼狽えていると、自分がいるから大丈夫だと弁護するように福が鳴き声を上げた。今回ばかりは付いていくと言ってきかないにゃんこであった。


「そうね福ちゃん、危なくなったら光太郎君を連れてすぐ帰ってきてね?」


「ニャオーン!」


 勇ましく返事をした福が俊敏に光太郎の肩に飛び乗ると、少年は学生帽をかぶって玄関に立った。


「では行ってきます」


「いってらっしゃい、気を付けてね」


「はい!」


「ニャ!」


 寝静まった東京の街を、一人と一匹が練り歩く。


 目指す場所はもちろん、怪異の現場――つまり。


 口裂け女である。

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