41 ※返魂歌
オーヒャーラーイ ヒーリュウヒー オーヒャーラーイ ホウホウヒ……
笛の音が鳴り続け、それに合わせて光太郎は舞い続ける。やがて勢いが最高潮に達するとピタリと静止して、光太郎は右手の幽導灯をこめかみにあてるようにかざし、左手で拝み、厳かに祝詞を唱え始めた。
「そもそも呪いというものは 呪って終われるものならず
人を呪わば穴二つ 相手が落ちたる穴ぼこと 己が掘りたる墓穴かな
墓穴というのはいかならん ああ人の身にありながら
神降り来る魂汚し 報いを受けたる因果かな
天網恢恢疎にして漏らさず
天理の網目は粗けれど いつかは来たれるその裁き
天に唾する者あらば 必ず己に落ち来る
報いを受けたる心とは 悔みと不平の塊で
恨みと嫉妬の権化かな 己の都合を優先し
他人思いやることぞなく 注意されても耳貸さず
呪い続ける暗心 その始まりこそ些細でも
毎日毎日愚痴を吐き 恨み続ければ誰であれ
その魂これ鬼となり 人を苛む呪いとなりて
己がはまる穴となり 親兄弟を巻き込んで
親戚縁者も巻き込んで 破滅に至れる悲しさよ
惚れた腫れたと言うけれど 人には心がありまする
相手の気持ちを考えず 離れる心を良しとせず
無理に束縛してみても ますます離れる恋心
たとえ体を拘束しても 心というのは自由なり
思うようにはいかぬもの 人は物ではありません
さはさりながら さりながら
惚れた女に執着し 歪んだ思いを持つ者よ
今日まで呪える咎人よ 神仏今こそ奮い立ち
呪いの技を返すなり 冥府の庁に神がいて
悪を裁くを知らないか 素神の許しの名の下に
閻魔大王現れて 悪しき呪術を返すなり
祟る心を返すなり 恨む心を返すなり 執着心を返すなり
心が返る身に返る 魔念出し主にみな返る
諸天善神も加勢して 非道の仕打ちを倍返し
全てが己の行いの 結果の因果ぞよく知れや
ああよく知れや よく知れや
秘鍵の観音現れて 次元の扉を開けるなり
神の化身を誘いて 導き給える偉大さよ
その大稜威に栄あれ 皇大神に栄あれ ――
一念三千 回光返照
常楽我浄 和光同塵
応用無辺 神仏百出
一切救済 秘鍵開錠!」
光太郎が最後に秘文を唱えると、シャンシャンシャンシャンと高らかに音が鳴り、突如として光太郎と観音の後方頭上に大きな門が現れた。
そして光太郎が幽導灯を突き出し、ひねる仕草をすると、ガッチャンと錠前が開く音がすると共に霊界の大門が雄々しく開かれて、奥から凄まじい神威と共に霊厳なる御神霊がこの場に現れようとしていた。
南雲は大粒の冷や汗を流し、このままではまずいと必死の思いで身をよじるが、神将達の呪縛がそれを許さず、微動だにできない。
焦る彼に対して光太郎は涼しい顔で天の数歌を奏上する。
「ひとふたみよ いつむゆななや ここのたり ふるべゆら ふるべゆらゆら~ ひとふたみよ いつむゆななや ここのたり ふるべゆら ふるべゆらゆらゆら~……ホォオオオオオオオオオオ!」
数歌の終わりに上げられる警蹕の声が高らかに鳴り響く時、いよいよ光と轟音を伴って神門の向こうから巨大な龍が姿を現わした。
身の丈十メートルはあろうかというその御姿は、縁が藍色に光っており、艶やかな黒檀色の大黒龍である。
黒龍は数ある龍神の中でも赤龍と並ぶ戦いの龍であり、体色の黒は陰陽五行説で言う所の最強の卦である土行を指し示す。
閻魔の庁より来る偉大なる黒龍は、身をひるがえして吸い込まれるようにして光太郎の幽導灯に宿ると、少年はそれを構え、カッと目を見開き叫んだ。
「閻魔十王が合体化身であらせられる、大黒青龍王守り給え幸はえ給え! 大黒青龍王守り給え幸はえ給え! 大黒青龍王守り給え、幸ーはえー給ーえー!」
その時、霊空間にいくつもの霊妙たる声が重なって、許すと仰せられた。
凄まじい霊威を纏って光太郎の体と幽導灯がずしんと一気に重くなる。しかしそれでいて胸の奥底から力強い何ものにも負けぬ神気がこみあげてくる。
彼は力強く愛灯である海王丸を振りかぶると、秘技の名を高らかに宣言する。
「冥府冥王神許加勢! 秘灯奥義! 大厳十王黒龍呪い返し!」