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幽導灯火伝  作者: 惟霊
39/82

39 対決




「加代さん、もう一人で苦しむことはないんだ、これからはずっと僕が一緒だからね」


「康夫さん……ありがとう」


 冷え切った地下牢のような空間でむつまじく抱き合う二人はあたかも泥田に根ざして咲く蓮花のようであったが、これに激高する者があった。


「おのれ……おのれおのれおのれ! 下手な三文芝居を見せつけやがって!」


「ぐうっ!」


「光太郎君!」


 ついに黒い瘴気の塊から姿を現わせた大鬼は、一撃でもって光太郎の体をやすやすと弾き飛ばし、石壁へと叩きつけた。


 怒りに満ち満ちたその表情は、大の大人も裸足で逃げ出しそうなほど恐ろしいものであった。


 大邪鬼が地鳴りのような音を立てて歩み寄る様に、先ほどまでいた天国から地獄に叩き落されるような心持になった康夫の膝が、ガクガクと震えだす。


 やがてそれが眼前まで来るに至ると、だが気丈にも康夫は恐怖を押し殺して加代をかばい、鬼の前に立ちふさがった。


「どうしたどうした青二才、膝が震えているぞ? お前のようなガキには加代はもったいない、大人しくこっちに渡せ」


「わ、渡さない! 加代さんは僕が守るんだ!」


 息をぐっと飲みこんで幽導灯を構えた康夫の目にはもはや迷いはなかった。光太郎少年に促されてやっと本気になれた彼は、その身がどうなろうと加代を守り切るつもりなのだ。


「馬鹿め! 死んで後悔するがいい!」


「来るなら来い! 加代さんを苦しめてきたお前に僕は――絶対に負けない! うおおおおおおお!」


「康夫さん!」


 両者は激突して激しい火花が散る。


 取り巻く怨念の邪悪さや強さ、鬼の体躯、どれを取っても康夫には勝ち目などない戦いに思えるが、そういう問題ではないのだ。


 一寸の虫にも五分の魂、痩せ腕にも骨と言うが、腐っても幽導灯士であり思い人の前に立つ男子なのだ、必死に幽導灯を奮って鬼の拳をいなし続け耐える。


 康夫の目から見ても年少ながらも己より精強であろう光太郎を簡単に黙らせた鬼人だ。勝ち目などあるわけがない。


 だが立ち向かわないわけにはいかないのだ、灯士には引くに引けぬ戦いがある、それが今日この時なのだ。


「やあああぁぁぁ!」


 裂帛の気合を込めて、ついに眩い幽導灯が邪鬼の胴体を捉えた。確かな手ごたえに、不意に康夫の顔もほころんだ。だがその瞬間。


「ぐふぅ!」


 鬼人の右拳が深々と康夫の腹をえぐった。ずるりと力なく康夫の体が滑り落ち、頬が冷たい床石を撫でる。


「康夫さん!」


「加代さん……逃げ、て」


「はっはっはぁ! 良い恰好をしようと思ったらしいがここまでだったなぁ! 加代、そこでよく見ているがいい、惚れた男の最後の姿をな!」


「やめてぇぇぇぇ!」


 加代の断末魔も虚しく鬼人が伸びた爪を康夫の体に突き立てようとした、正にその時。不思議な光のベールによって攻撃は弾かれた。


「な、なにぃ? なんだこれは!」


 五体を切り裂きうっぷんを晴らすはずであった鬼が、唖然として光輝に包まれる康夫を見つめる。そして鳴り響く不思議な金属音。


 シャリンシャリンと鳴るそれは、気高い鈴の音に似たなにかである。


 これは尋常事ではないと悟った鬼が慌て始めた時、いつの間にか康夫の前に立つ少年の姿があった。


 青く煌めく幽導灯を掲げて超然と佇む彼こそはやはり、光太郎である。半眼に開きし眼でとつとつと語りだす。


「神は広大無辺(こうだいむへん)にして清涼(せいりょう)なり 愛をもって帰一するを真心となす」


 シャリン


「真心に行動が伴いはじめて(まこと)となす」


 シャリン


「誠極まりて天動かざること未だこれ、あらざるなり」


 シャリン


「誠は世界を救う」


 シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! ――シャリン!


 光太郎は優雅に幽導灯を構える


天機(てんき)到来せり」


 そこにいるのは先ほど吹き飛ばした少年ではなかった。毛髪の一本一本に至るまでに満ち溢れた神気が奔流のようにたなびき、彼の体全体を包み込んでいる


 何ものにも侵しがたい雰囲気に包まれた様は、現人神(あらひとがみ)阿羅漢(あらかん)か、はたまた神仙かと思わせるに充分であった


「こ、光太郎君なのかい?」


「はい」


 光太郎は祈りつつゆっくりと倒れた康夫に向けて幽導灯をかざした


 するとどうだろう、清浄なる光が康夫の全身を包み込み、腹部を始めとした全身の痛みが引いていくではないか


 康夫は驚いて立ち上がり、少年を見た。光太郎は神妙に頷く


「康夫さん、あなたの勇気のお陰でようやくお取次ぎが始められそうです、後はお任せください、加代さんを頼みます」


 光太郎がそう言って微笑むと、玄妙にして信厳なる雰囲気にあてられた康夫はコクコクと頷き、加代と一緒に後方へと下がっていった

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