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幽導灯火伝  作者: 惟霊
36/82

36 加代の過去




 「も、もちろんだよ! 僕にできることならなんだってやってみせるさ!」


 決意に満ちた康夫の心はすっかり覚悟を決めたようであった。そこで三十分の小休止の後に再集合する約束をして、康夫は席を立ち、一階の居間へと向かった。


 彼は神棚の前に立ち一礼して手を伸ばすと、奥に安置してある袱紗(ふくさ)に包まれた幽導灯を取り出してゆっくり鞘から抜き、灯身を見つめた。


 カチカチと古時計が時を刻んでいる。


 淡く炎のように燃えて煌めく光を眺めてこれまでのことを思いだす。


 やがて頃合いで二階に戻ると、千代が不安げに康夫を見つめた。彼はおどけて言った。


「大丈夫だよばあちゃん、僕は味噌っかすだけどこれでも灯青校の卒業生だからね、後輩にいいとこを見せてくるさ」


「なにバカなこと言ってんだい、ちゃんと加代ちゃんを連れ戻してこなきゃ承知しないよ! ……学生さん、こんなアホでもあたしにとっちゃ大事な孫なんだ。加代ちゃん共々どうかよろしくお願いします」


 深々と頭を下げる千代に目礼を返す光太郎。


「最善を尽くします、しかしもしお取次ぎを仕損じた時は迷わず灯青校に連絡をお願いします」


 言葉にならないといった感じのくしゃくしゃな泣き顔で千代が何度も頷くと、光太郎と康夫は寝ている加代を挟んで対面して座った。


 時刻は深夜にほど近くなり、あれほどやかましかった風の音も止み怖いくらいの静寂がこの場を支配していた。


 静かに祈っていた光太郎が重々しい息を吐いて康夫を見る。


「それではこれから加代さんの心の世界である霊界へと侵入します。おでこの奥にある奇御魂(くしみたま)の殻を破って飛び込みますので、神仏のみなさまにお任せしますという心持で、気負わず楽にしてください。では始めます」


 光太郎は右手に幽導灯を持って斜めに構え、灯先をこめかみへと向けた。そして左手は指で輪っかを作りやがて口元へと運んだ。


 祝詞を唱えた後に高い口笛の音色が室内に響き渡る。


 康夫が美しい旋律に聞き入っていると次第に体の緊張もほぐれ、うつらうつらとしてきた時に、彼は不意に浮遊感を感じた。


 どうしたことだと慌てて辺りを見渡せば、ふわりと自分の体が浮かんでいるではないか。


 いや、自分の肉体自身としては依然部屋の中央に鎮座ましましているのだが、俗に言う幽体離脱と呼ばれる現象が起きており、霊体が肉体と分離しているのだった。


 無重力状態の中空で康夫があわあわとしていると、光太郎の霊体も肉体から抜け出てきた。


「さあ行きましょう、ここからはなにが起きるかわかりません。くれぐれも心を強く持って邪気に毒されないようにしてください」


「わ、わかった。よろしくお願いします」


 康夫が霊体なのになぜか付けているメガネの位置を直すと、光太郎は幽導灯を掲げて祈った。


 するとどうだろう、二人の意識はラルロの螺旋を描いて加代の霊界へと侵入し、気が付いた時には辺りの景色がすっかり変わり、見知らぬ山中に立っているではないか。


「こ……ここはいったい」


「しっ、静かに。誰か来ます」


 光太郎が康夫に注意を促すと、半透明になった二人の体を突き抜けて男が叫んだ。


「お嬢様早く! 追いつかれてしまいます!」


 後を振り返って叫ぶ男にか細い声ではいと応える少女があった。年の頃は十代半ばで酷くやつれた様子であったが、その容貌は加代にそっくりである。


 ここは彼女の心象世界であることから、過去にあった記憶を見せられているのだろうことを二人は感じ取った。


「あぁ加代さんは少女の頃も素敵だなぁ」 


「呆けている場合ではありませんよ、今見ているのは加代さんの過去の記憶であって、残像なんです。早く加代さんの本霊を見つけて呪いを解かなければ……」


 光太郎がそう呟いて心中深く神に祈りだした頃、にわかに周囲の様子がおかしくなった。


 山中を駆けていた手代らしき男性と少女はいつの間にか周りを妖魔に囲まれて絶体絶命のピンチに陥っていたのだ。


「やめろ、来るな! お嬢様、お逃げください! うわぁぁぁぁぁぁ!」


 断末魔の悲鳴を残して無残にも一瞬の内に男性は邪鬼どもに嬲り殺され、その肉を食われた。


 加代は顔面蒼白になりながら、かろうじて自我を保っているようであった。


「オンナ、オンナダ」


「クケケケ、ウマソウダ」


「グヒヒヒヒ……」


 欲に目のくらんだ魑魅魍魎らが加代に狙いを定めてじりじりと追い詰める。


 少女の悲鳴が響く中、思わず康夫は彼女を救わんと掴みかかる。しかしその手は虚しく空を切るのであった。


「落ち着いてください康夫さん、これはもう過ぎ去った記憶の出来事です」


「しかし、そう言われても僕は!」


「それより見てください、なにやら雲行きが怪しくなってきましたよ」


「え?」


 康夫が視線を戻すと、先程まで少女に襲いかからんとしていた邪鬼の群れが、狼狽えて後ずさりしている


 その理由はとりもなおさず、加代の前に突然現れた鬼人にあることは明白であった。


 音もなく現れたどす黒い暗褐色の大鬼の姿がぶれると、次の瞬間には妖魔の群れは血煙と断末魔の絶叫を残してバラバラになり消滅していった。


 鬼人がぽつりと独りごちる。


「他愛もない、しょせん雑魚は雑魚か」


「あ、あ、ああ……あなた様は」


「よう、覚えていたか、久しいな。俺は帰って来たぞ、加代」


 おそらくは知人なのだろうが、この場面では鬼人の顔に靄がかかっており、しかと見ることは叶わなかった。


 激しい眩暈を覚えて暗転する加代の意識の中で、しかし光太郎と康夫の二人は確信していた。





 あの男こそが加代を呪っている張本人であると。

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