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幽導灯火伝  作者: 惟霊
35/82

35 呪詛




 呪い、それは有史以前の古代から存在しており、呪詛(じゅそ)とも言う。


 個人間のいさかいから国家をめぐる陰謀に至るまで、官民問わず幅広く行われて来た儀式でありまじないだ。


 人間三人集まれば派閥が出来上がるものだが、人類史を振り返れば、お互いを恨み呪い祟って来た歴史であると言っても差し支えないだろう。


 一口に呪いと言っても様々で、程度の低いものでは陰口悪口裏話などの類から、蠱毒や狗神の祟りなどの本格的なものまで多種多様に存在する。


 神仏を動かす一厘が愛と真心ならば、呪いの原動力となるのは欲心と怨念、執着心である。


 人は神の子、神の宮である。本来持つ善性を活かすどころか魂を悪に染め、相手を意のままに操ろうとするならば、その行為は即ち外道であり邪道なのだ。人倫にもとる所業である。


 光太郎は加代の様態を見てすぐさまこれは呪いが原因だと見破った。


 だが性急に呪詛を取り去ろうとすると、本人や先祖の因縁、家代々の祟り霊や邪気邪霊が一気呵成に暴れ出し、加代の霊体と健康を損なう危険性があったので、あくまでも慎重に聞き取りから進めるつもりであったのだ。


 しかし呪いをかけた張本人の登場により、事態は一変した。


 古来から悪霊が人の意識を乗っ取ることはままあるのだが、ここまで敵意を明らかにして宿主の人格まで押しのけて憑依するのは珍しくて危険な状況だ。


 だがそんな事態にあっても微塵も臆するすることなく、光太郎は毅然と呪いの主に話しかけた。


「あなたは何者ですか? なぜ加代さんを呪い苦しめているのでしょうか」


「くくく、俺が何者だろうとどうでもいいだろう。それよりもお前だ、自分に関係もない女を助けようなどとは酔狂なことだ、一体どういうつもりだ?」


「闇に苦しむ人あらばその灯をもって救うべし。それが灯士の本懐です」


「ほほう? 貴様はこの女を助けようと言うのか、だがいいのか? こいつは虫も殺さぬ顔をして今まで何人も人の血肉を食らってきたのだぞ? そんなものをお前は助けると言うのか?」


「違う! 加代さんはそんな人じゃない! きっと、脅されていたんだ!」


「ははは唐変木め、お前は加代に惚れているらしいが、こいつのことをどれだけわかっていると言うのだ? 俺にはわかるぞ、この女の強さも、弱さも、希望も、絶望も、なにもかもな! 北海道から逃げ出せたのも、この俺の気まぐれにすぎないのだ。強情を張って素直に鬼人となるのを拒んでいたが、遠く北の地を離れようとも我が呪いは解けなどしない。もうしばらくすれば鬼となり果てて自ら人を食い殺し、遠からず俺の元へ帰って来るだろう。その時、最初の犠牲者は誰かわかるか?」


 ニタニタと下卑た笑みを浮かべる加代、戦慄する康夫。


「お前だよ、お、ま、え! 加代の中からずっと見ていたぞ、下心丸出しでだらしなくヘコヘコとこびへつらいやがって気色悪い奴め。だがここ最近の貴様の狼狽えようはなかなかに面白かった。見当違いの治療法を試みては日に日にやつれていく姿は実に滑稽だったぞ! わははははは!」


「だっ、黙れ!」


 羞恥と憤りから顔を紅潮させて立ち上がる康夫だったが、加代はなおもおどけてみせる。


「おっと怖い怖い、一体なにをするつもりだ? そこのこまっしゃくれた小僧の力を借りて、加代を葬るつもりか? できるものならやってみろ、できるものならばな!」


「……くそっ!」


 悔しさに体を震わせて苦悶の表情を浮かべる康夫の横で、光太郎は静かに祈っていた。


「かけまくもあやにかしこき(さえ)の神、今こそありやかにその神意を現わしめたまいて、天かけり国かけり魔が払いのいずを示したまえと、かしこみかしこみもーまおすー……」


 やおら光太郎が祈りだすと、瘴気が立ち込めていた和室の空間がにわかに光に包まれて輝き始め、加代に乗り移ったものが突然苦しみだす。


「ぐっ、小僧がこしゃくな真似を! 結界を強めたな!」


光太郎の祈りに呼応して幽導灯が光を放ち、場に清浄なる気配が立ち込めると共に、加代に取り憑いた鬼が苦しみだした。


「おのれ……だが無駄な足掻きだ、ここで多少時を稼いだとしても、なにも解決はしないのだ! ふわははは! 我が呪いは顕在なり! 加代を殺すか、それとも貴様らが死ぬか、好きな方を選ぶがいい! ははははは!」


加代は天を仰いで高笑いをしたかと思えば、がっくりと項垂れて力なく倒れ込んだ。康夫は素早く対応してゆっくりと布団の上に寝かしつけた。


ひとまず急場を凌いだとは言え、光太郎が加代の体調を確認する最中も康夫の心は暗澹としていた。


そんな中、祖母の千代が思い詰めた口を開く。


「加代ちゃんの様子はどうなんだい?」


「今は落ち着いています、しかしその場しのぎに過ぎないのは事実です」


「でも原因がわかったんなら、後はお役人に任せればいいんじゃないのかい?」


「それは……やめた方ががいいでしょう。加代さんは鬼人として即座に処理されてもおかしくありません、呪いだけ解こうとしても、おいそれと手を出せばこちらの命はないでしょう」


「そんな! それじゃあ加代ちゃんがあんまりだ! やっとのことで地獄から這い出してここまでこれたってのに! ……康夫! なんとかならないのかい!?」


康夫は押し黙ったまま俯いて歯をくいしばった。堪えた嗚咽が口唇の隙間から漏れ出す。


悲嘆に泣き暮れる祖母と孫であったが、光太郎は意を決して居住いを正し、二人に向き直った。


「危険ですが、一つだけ方法があります。それは肉体から霊魂を飛ばして加代さんの霊界に侵入し、呪いを解く方法です。しかしこれには神仏の加護もさることなから、加代さん本人の霊を説得する必要があります。康夫さん、あなたに命がけで加代さんを取り戻す覚悟はありますか?」


あどけなさを残す少年の澄んだ瞳が康夫を射抜く。彼は一瞬たじろいで見せたが、それでもやがてぎこちなく、確信を持って頷いたのだった。

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