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幽導灯火伝  作者: 惟霊
32/82

32 駄菓子屋ナベシマ




 にぎやかな灯舞の後に昼食を済ませた光太郎達は、井の頭公園を後にしてかねての約束通り近所にあると言う駄菓子屋へと向かった。


 休日の昼下がりからか店の内外は子供達であふれかえっており、通りの向こうからでも盛況ぶりがうかがえた。


 店は西荻窪駅からしばらく離れた道路脇にひっそりと佇む一軒家であり、大きくカタカナでナベシマと看板に書かれている。


 古いバネ式のゲームの横に最新式のビデオゲームが並び両方に子供達がくっついて真剣に遊んでいる。隣の空き地ではベーゴマやめんこで遊んでいたり、女の子達は雑誌のチェックに余念がない。


 そこに仲良く姉妹と両手を繋いで光太郎が現れると、目ざとい子供達が声をかけてきた。


「よー松本じゃん! その人誰?」


「松本の家に兄ちゃんていたっけ」


 顔なじみであろう子供達の声に末っ子が胸を張って答えた。


「いとこの光太郎お兄ちゃんなの! とってもかっこいいんだよ、今一緒に住んでるの! 今日はお菓子をいっぱい買ってくれるの!」


「ちょっと華、ずうずうしいよ」


「はは、大丈夫だよ望ちゃん、今日は特別ってことでね」


「やたー!」


「もーお行儀悪いんだから!」


「はは、ほら、望ちゃんも好きなの選んでおいでよ」


「うん、わかった!」


 店内に入るとそこには所狭しと駄菓子や模型、おもちゃが並んでいた。広めの造りではあるが、物が多すぎてジャングルに迷い込んだかのような錯覚がする。


 嬉しそうに小さな籠を取って駄菓子を選んでいる姉妹を眺めていると、店主であろう男性に声をかけられた。年の頃は二十から三十あたりで眼鏡の奥から優し気な眼差しを覗かせている。


「やぁ初めて見る顔だね、西荻にはよく来るのかい?」


「ついこないだ上京して松本のおばさんの家にお世話になっている暁光太郎と言います。よろしくお願いします」


「へぇそうなんだ、僕は鍋島康夫(なべしまやすお)だよ。ばあちゃんと一緒に店番してるんだ、よろしくね。でも学生灯士さんなんだね、この辺でも珍しいから驚いたよ」


「ええ、新宿の学校へ通ってます」


「ええー!? この人灯青校の学生さんなの?」


「そりゃそうだろ、腰に降魔灯付けてんだし」


「でも月刊灯青校で見たことないし、そんなにたいしたことないんじゃないの?」


「むかー! お兄ちゃんは凄いんだから!」


「ニャア! ニャニャア!」


 華が抗議の声を上げると同時に鞄の中でおとなしくしていた福ちゃんが顔を出してうなった。するとすっかり周囲の女の子達に気に入られてしまい、注目を浴びてしまう。


「あんた達なにを騒いでるんだい、うちは猿山じゃないんだよ! っておや、初めて見る顔だね」


「ばあちゃん、今度から松本さんちで暮らすことになった光太郎君だよ。学生灯士さんなんだって」


「あらまぁそれは立派なことだねぇ、ちょっと上がっておいでよ、もんじゃ焼きでも作ってあげようかねぇ」


「「やったぁ!」」


「あんたらは関係ないだろ、すっこんでな!」


「「ちぇーっ!」」


「まったくちょっと油断すると食ってない餓鬼みたいに集まるんだからしょうがないねぇ、ほら学生さん、上がっとくれ」


「あ、はい。ではお言葉に甘えて」


 光太郎と松本姉妹は奥の座敷に通されて、そこで待つこと数分間。もんじゃ焼きのタネが入ったボールを持っておばあさんが現れた。おばあさんは慣れた手つきで温まった鉄板に油をひくと、出汁を残しながら具だけを鉄板の上に出し、キャベツがしんなりするまで炒めて待った。


 そして具でドーナツ状の土手を作ると出汁を入れやすい大きさに調整し、その中に出汁を徐々に流し込む。


 出汁が煮立ったら土手をくずして、粘りが出るまでまぜ合わせる。程よく水分が抜けてきたら食べ頃だ。


「兄さん、もんじゃは食べたことあるかい?」


「いえ、田舎では見たことないです」


「ならちょっとだけ手ほどきしようかね。そこに小さなヘラがあるだろ? それははがしって言ってそいつで直接もんじゃを取って食べるのさ。ちょっと見ときな」


 そう言うとおばあさんははがしを持って外側から少しづつかき取るよう鉄板に押しつけた、するとはがしに直接具がくっついたではないか。おばあさんはそれをおもむろに光太郎に渡した。


「ほらこれで食べてみな、熱いから気を付けてね」


「ありがとうございます」


 ふうふうと吹いてから口に入れると、じんわりもんじゃのうま味が口に広がってとても美味しく感じられた。


「さ、お嬢ちゃん達も食べな、猫ちゃんにはシーチキンでもあげようかねぇ」


「いやそんな、気を使わないでください」


「いいのいいの、普段うちらがあーだこーだ言いながらも生活できてるのもみんな灯士さん方のお陰だからね、若いのに立派なことだよ。うちのごくつぶしにも見習ってほしいねまったく」


「あはは、相変わらずばあちゃんはきついなぁ」


 康夫が情けなく笑っていると、その隙を狙ったかのように児童の一人が座敷に忍び込んでさっと光太郎が外した幽導灯に手をかけた。いや、かけようとしてバチッと弾かれた。


「わっ、な、なんだこりゃあ!」


「なんだじゃないよこの悪ガキめ!」


「痛ぇ!」


 少年は幽導灯の見えない壁に弾かれてうろたえたところでしこたま頭上におばあさんの拳骨をくらい、のたうち回った。


「痛いじゃないよ、手癖の悪いガキだね! 人様の物に手をだすんじゃないよ!」


「だってぇ、ちょっと見てみたかったんだもん」


 涙を浮かべてべそをかく男の子をかわいそうと思ってか、光太郎が言った。


「幽導灯は持つ人を選ぶからね。貸してあげることはできないけど、見せてあげることならできるよ」


 光太郎がやおら愛灯に手をかけてゆっくりと鞘を抜くとするりと青く煌めく灯身が姿を現した。


 自らを光源として輝くマリンブルーの明滅に、この場にいた全ての者が目を奪われていた。


「わぁ、すごいキレイ」


「赤くない……やっぱり降魔灯じゃないんだ」


「凄い、あれ本物の幽導灯だぞ!」


 だが興奮する一同の中で一人だけ、瞳の奥に異なる感情を浮かべる者があった。そこに見え隠れするのは驚きと怯え、言い知れぬ恐怖。


 その人物こそ鍋島康夫である。


 光太郎はこれに気が付きながらも素知らぬ風に笑顔で納灯し、食事を続けるのであった。

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